上 下
9 / 167

第9話 買えるけども

しおりを挟む
「どうぞ」

「悪いな、アスト。うちのメンバーが無理言って」

「いえいえ。誰かにカクテルを振舞うのは楽しいので」

「そうか……それじゃ、有難く貰うな」

商人の男性も含めて全員の手に行き渡り、全員がまずは一口。

「っ!!?? ……美味い、な」

当然ながら、今回作った酒は、正確にはモクテルというノンアルコールのドリンク。

吞んでもアルコールの重さを感じることはない。
ただ……甘い。
甘みというのは、それだけで疲れた体に染み渡る。

「甘くて美味しいですね。それに、甘さの中にあるほのかな酸っぱさ……これもまた美味しい」

「うん、確かに良い酸っぱさだな。なんというか、すっきりしてるから後味が残らない」

「この様なドリンクを野営の最中に飲めるとは……ふふ、他の商人に自慢したら羨ましがられること間違いなしですね」

マックスや商人の男性たちは大絶賛。
Dランクの男女二人は、声にならない衝撃を受け、ちびちびとその味を楽しんでいた。

「これだけ美味いとあれだな。エールみたいにがっつりと呑む訳にはいかねぇな」

タンクの男もちびちびと、少しずつ口に入れてシンデレラの味を堪能する。

甘い飲み物。
まずこれが野営の最中に飲めるだけでも有難い。
加えて、アストが作ったモクテルは非常に冷えていた。
これもまた彼らの疲れた体を癒す要素となる。

そして……このドリンクに関して、アストはマックスたちに代金を請求しない。
先程、各ジュースが入った容器を見る限り、まだストックがあるのは解る。

しかし彼らにとっては貴重な飲み物という認識であり、これ以上タダで飲ませてくれと言うのは我儘が過ぎるというもの。

とはいえ、アストにとってパイナップルジュースやオレンジジュースは大して貴重な呑み物ではない。
レモンもまだまだたくさん買い置きしており、鮮度はネットスーパーの副次効果によって保たれている。

それでもアストはクソ鈍感で頭が回らない男ではなく、この世界にとってそれらがどれだけ貴重かは理解している。
だからこそ……最初の一杯こそ無料で提供したものの、彼らがもう一杯と頼むのであれば、さすがに金を取る。

(冒険者として、あまりお人好しと思われるのも困るからな)

移動の最中、アストが彼らにシンデレラを提供したのは、この日だけ。

だが、目的の街に到着した日の夜、アストが早速屋台を出して店を開くと、直ぐにマックスたちがやって来た。

「まずはシンデレラ? だったか。それは一杯ずつ頼む」

「かしこまりました」

Dランクの二人組も椅子に座っており、計五人分のシンデレラを提供。

そこからはマックスたち三人はメニューの中から知っているカクテル、もしくは知らないからこそ興味を持ったカクテルと料理を注文。

「よ、良く解らねぇから、任せても良いか」

「私も同じく」

「かしこまりました」

二人の好みなどを軽く訊き、三杯ほど楽しめるようにカクテルの度数を調整しながら作り始めた。

お通しにローストビーフを提供した後、マックスたちからの注文でアヒージョとドリアの調理に取り掛かる。

「…………当たり前と言えば当たり前なんだろうが、本当に慣れているんだな」

「野営で料理を担当してる立場としては、惚れ惚れする速さと丁寧さね」

前世の人生も含めて、アストはカクテルの制作だけに力を入れていた訳ではない。

バーでのバイトを始めてからは食材を購入して家で料理をする機会を得て……それまで料理など殆どしたことがなかったため、家族からは少々心配された、なんてこ事も
あった。

「お待たせしました。こちら、まずはアヒージョになります」

アヒージョの完成が、他のカクテルの制作を受けながらも、手際よくドリアの調理も進めていく。

「……アストが使ってるマジックアイテム。随分と珍しい物ね」

エルフの女性はマジックアイテムマニアではないが、アストが調理に使用している道具には、見覚えがない物が多い。

「冒険者として活動している中で知り合った錬金術師に、アイデアを提案して造ってもらったんですよ」

ネットスーパー……このスキルがあれば、調理に必要な器具は金さえあれば全て手に入る。
家電を使用するために必要な電気に関しても、ネットスーパー内で購入が可能。

ただ……そこまで色々と店で使用してしまうと、面倒なあれこれが広まってしまう。
そこを、別世界の日本という場所で育ったアスト(錬)にとって驚き大爆発の品であるマジックアイテムで再現しようという結論に至った。

マジックアイテムの内容がどうであれば、動力が魔力であれば、そういったマジックアイテムもあるんだな~とそこまで勘繰られることがなくなる。

「そうなの? それじゃあ…………いえ、なんでもないわ」

この世界にも著作権に近い権利が存在する為、マジックアイテムのアイデアを提案したのがアストであれば、それらのマジックアイテムが売れる度に、いくらかの金が懐に入ってくることになる。

「お待たせしました、ドリアです」

「美味しそうね」

ゲスい考えを頭の中から放棄し、ただ美味いカクテルと料理を味わうことだけに意識を向けた。

そしてマックスたちはアストの助言もあり、酔っ払って潰れることはなく、やや千鳥足になりながらも取った宿まで戻ることが出来た。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...