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3巻

3-2

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「ふむ、君がゼルート、で合っているか?」
「はい。お、私がゼルートです」

 咄嗟とっさに一人称を変えたのがおかしかったのか、セフィーレはクスッと笑う。

「ふふ、無理に敬語を使わなくてもいいぞ。それと一つ、君に頼みがあるんだが、私と戦ってくれないか?」
「へぇっ!?」

 やはり、しっかりと答えることはできなかった。
 だが、護衛対象からいきなり自分と戦ってほしいと頼まれてスムーズに答えるのは、誰にだって難しいだろう。
 どう答えたらいいのか分からず、少しの間、ゼルートの思考は停止していた。
 すると、セフィーレの従者の一人で、いかにも貴族至上主義という考えが体から漏れ出ている青年が詰め寄ろうとした。だがその前に、バルスが間に入った。

「セフィーレ嬢、この街を治めているバルスと申します。申し訳ないのですが、この者、ゼルートに、もう少し理由を説明していただいてもよろしいでしょうか」
「む、そうだな。さすがに説明が足りなかったか。理由としては――」

 セフィーレの理由を簡単にまとめると――姉のミーユから、ゼルートという名の冒険者はかなり強いと聞いた。そして是非一度手合わせをしたいと思った……ということらしい。
 後はあまり人前で話せる内容ではないのか、にごされてしまう。

にごされた部分は、ある程度強くて性格が悪くなければ、自分の家に仕えないかという提案か。もしくはあまり考えたくないけど、どっかの国と近いうちに戦争をするから手を貸してほしい、そんな内容かもな)

 ゼルートはそのように推測していた。
 詳しく説明をした後に、セフィーレはもう一度手合わせを申し込んできた。

「というわけで、私と戦ってくれないか?」
「そ、そうですねえ……」

 正直、どう答えればいいのか、判断できない。
 ゼルートとしては戦ってもいい。むしろちょっと戦ってみたいと思っていた。
 だが、もし手合わせで怪我けがをさせてしまった場合、絶対に厄介やっかいごとに発展する未来が見える。
 ゼルートがどう答えればいいのか迷っていると、先程の典型的な貴族の青年に、いきなりけなされた。

「セフィーレ様、このような薄汚い者と戦う必要などありません。第一、この者は冒険者になったばかりの少年。どうせ、この年でDランクになったのも、そこにいる従魔のドラゴンのおかげでしょう」

 突然の自分への侮蔑ぶべつに、ゼルートは面食らった表情になる。
 そして昔のお披露目ひろめ会の際に絡んできた、三人の馬鹿息子のことを思い出した。

(なんかなつかしく感じるな……あのときはかなりボロカスにしてたたきのめしたよな。てか、このにごった金髪の坊ちゃん貴族は、本物のアホなのか?)

 出会ってすぐ暴言をいてきた坊ちゃん貴族の頭が心配になる。

(目の前にいる人物が辺境伯だと分かっていて、こんな態度を取ってるのか? 結果的に、自分の主の評判を落としていることに気づいている様子が全くない。それに、俺も一応貴族の子息なんだけどな……。まっ、ギルドの資料には名前しか載ってないし、まさか貴族の子息だとは思わないか)

 ゼルートがそんなふうに思っていると、セフィーレがムッとした表情で坊ちゃん貴族に反論した。

「だが、あの姉上が、実力を読み間違えることはないと思うのだがな。あとローガス、その貴族以外に対する口を直せ」

 主に反論されたが、ローガスは特に自分の考えを改めるつもりはなさそうだった。

「ミーユ様もそのときは、とある事情でかなり心にあせりがあったはずです。それゆえに、そこの者の実力を読み違えたのでしょう」

 坊ちゃん貴族の考えは、ゼルートにとって完全に無視できる内容ではなかった。

(その考えには一理あるかもな。確かにあのときのミーユさんは、アレナのことで心の中に大きなあせりがあっただろう)

 だが、ゼルートと一度戦ってみたいというセフィーレの気持ちは、一切変わらない。
 そこでしびれを切らしたローガスが「それならば、私がこの薄汚い冒険者と戦い、実力を測ってやりましょう」と答えた。
 ゼルートはまさかの展開に少し戸惑とまどったが、戦うことを了承した。

(バルスさんの面子メンツとかを考えると、ここでセフィーレさんか坊ちゃん貴族、どちらかと戦った方がいいのは間違いない。というか、目の前の傲慢ごうまん君は単純にボコボコにしたいな)

 残念な教育を受けてきたのか、それとも元々しんくさっているのか。ローガスみたいな相手から侮辱ぶじょくされれば、当然のように怒りがいてくる。

(とはいえ、一応依頼主の従者だから、致命傷になるような傷は負わせない方がよさそうだな。でも、恥をかかせるのは全然ありだよな)

 ポーカーフェイスを保ちながら、ゼルートは心の中では黒い笑みを浮かべる。

「ゼルート、あまりやりすぎちゃ駄目よ」
「分かってるよ、アレナ。だから、心配しなくても大丈夫だ」
「ゼルート、相手は一応貴族の子息だ。子孫繁栄を考えると、睾丸こうがんつぶさない方がいいと思うぞ」
「ぶっ! はっはっは、確かにそうだな。気をつけるよ、ルウナ」

 ローガスの子供を心配するような言葉を口にするが、ルウナは内心、彼がどれだけゼルートにボコボコにされるかを楽しみにしていた。
 そして、ゼルートとローガスはお互いに得物えものを持ち、五メートルほど離れた位置に立つ。ゼルートは剣で、ローガスは槍――魔槍だった。
 明らかに他者を見下みくだす目をしつつ、ローガスはいかにも駄目貴族の発言をする。

「ふっ、本当にみすぼらしい格好をしているな。鎧は着ていない。武器はどこにでも売っている量産型の長剣。本当に、奴隷と従魔におんぶに抱っこらしいな。化けの皮ががれる前に降参してもいいんだぞ、地に頭をつけて言えばな」
(量産型の長剣、ねえ。まっ、それは確かに間違ってない。こいつは、俺が錬金術で造った量産型の武器だ)

 なんて思いながら、ゼルートは怒りを通り越して、あきれていた。
 相手の実力を正確に測れない程度の力しか持っていない。
 だからこそ、ゼルートみたいな規格外を目の前にしても、傲慢ごうまんな態度が消えないのだ。

(貴族特有の、とでも言えばいいのか? 冷たい威圧感はあるが、ブラッソやゲイルの威圧感に比べれば、そよ風にもならない)

 相手の力量を把握はあくできないからこそ、ここまで傲慢ごうまんで調子に乗った態度を取る。そんなローガスが少々可哀そうに思えてしまう。

(これから大勢の人間が見ているところで恥をさらすというのに……。ムカついてはいるから、とりあえずボロカスにはするけど。てか、この勝負に勝ったら、報酬ほうしゅうとしてあいつの武器をもらおうかな。貴族の子息が持っている武器なだけあって、結構上物だし)

 ローガスが出しゃばらなければ、戦うことはなかった。
 ゼルートの脳内では、ローガスはたまに絡んでくる、自分の実力を過剰に信用している馬鹿と同じだった。
 なので、今回の戦いに勝ったら、武器ぐらいは奪ってもいいか、と考えていた。

(……いやいやいや、それはバルスさんの面子メンツつぶす行為か……チッ!!! 本当にダル絡みって感じだな。まあいいや。とりあえず、伸びて伸びて伸びまくってるしょうもないプライドをへし折るか)

 ちなみに、坊ちゃん貴族のセリフを聞いたアレナとルウナとバルスは、あの馬鹿は死んだかもしれないと思った。

(あの子……そんなに死にたいのかしら?)
(ゼルートに対してあんな発言を……。ネズミがドラゴンに挑むような状況だというのに。もしかして、自分は魔王だとでも勘違いしているのか?)
(確かにゼルートは、その見た目から弱いと思われるかもしれないが、彼の底知れない魔力を、闘気を感じられないのか?)

 辺境伯のバルスでさえ、この戦いでローガスが再起不能になっても仕方ないとあきらめていた。
 一方、坊ちゃん貴族の発言を聞いたセフィーレたちは、「またか……」と困った表情をしている。
 日頃からローガスは問題を起こしているのがうかがえる。
 ただ、ゼルートの態度も、ローガスの強気な様子に負けていない。

「お前こそ、恥をかく前に降参した方がいいんじゃないか? アゼレード公爵家の娘の従者が、己が馬鹿にした、たかが子供の冒険者に手も足も出ずに負けた、なんてことになったら……アゼレード公爵家の顔に泥を塗ることになるよな。それって、どう考えても末代までの恥ってやつだろ」

 ゼルートの口は、まだまだマシンガンのように止まらない。

「てか、お前程度の実力しか持ってないやつがなんで冒険者を馬鹿にしてんだよ。温室育ちのぬるい訓練しか経験してこなかったんだろ。なのに、そのくさった生ゴミみたいな態度、世間知らずにもほどがあるだろ。他の従者はまともな目をしてるのに、お前だけちょっと犯罪者みたいになってるぞ。人を侮辱ぶじょくしすぎて、そんな目になったんじゃないのか?」

 バルスの面子メンツのために、という考えはどこにいったのか。
 ゼルートのマシンガン口撃は、見事にローガスの怒りを爆発させた。
 そして、アレナはあきれ顔になり、ルウナは爆笑、バルスはしょうがないといった表情をしていた。
 予想外の口撃を聞いたセフィーレとその従者たちは思わず噴き出し、こらえ切れなかった者は思いっきり笑っていた。

「き、貴様ぁぁあああああああーーーーーーッ!!!!!!」

 大ダメージを受けた坊ちゃん貴族は顔を真っ赤にし、いくつも青筋を立てながら怒鳴どなり散らす。

「そのふざけたことをしゃべる口を二度と開けないようにしてやるッ!!!!」

 ゼルートは、この物言いに内心あきれていた。

(おいおいおい、仮にも公爵家の次女に仕える従者が、そんな言葉を口走ってもいいのかよ。周りに誰もいないってわけじゃないんだぞ)

 当たり前だが、周囲にはバルスと彼の私兵が、少々離れた場所にはドーウルスに入ろうと、門の前で並んで待っている者たちがいる。
 大声を出せば、当然その内容は聞こえてしまう。

(それに、これは一応、決闘じゃなくて模擬戦扱いなんだぞ。なのに、二度と口を開かせないとか、思ってても言ったらダメだろ。どんだけ頭に血が上りやすいんだよ)

 原因はゼルートにあるが、それでもローガスは特に頭に血が上るのが速い。
 模擬戦前の口撃合戦は終わり、審判役のバルスが開始の合図を行う。
 坊ちゃん貴族は魔槍を構え、相手の出方を観察するような真似まねはせず、勢いよく飛び出す。
 そして、完全にゼルートをつぶす、もしくは殺すつもりで、顔面に突きを放った。

(へ~~~、調子に乗るだけの力はありそうだな。無意識に身体強化を使っているが、刃に魔力はまとわせてはいない。だいたいCランク冒険者ぐらいの実力かもな)

 ただ、Cランク冒険者程度の実力では、ゼルートにろくなダメージを与えられない。
 ゼルートは特に表情を変えることなく、体を半身はんみにして体重の乗った突きをかわした。
 坊ちゃん貴族は、自身の突きがかわされるとは微塵みじんも思っていなかったのか、驚きを隠しきれない。
 しかし、ある程度戦い慣れてはいるので、手元に槍を戻して、今度は細かく連続で突きを放つ。
 突きは頭部、心臓部、中心線――明らかに急所を狙った攻撃ばかり。

(おーーーいおいおいおい。いくらなんでもやりすぎだろ。そりゃ、俺を殺したい気持ちはあるんだろうけど、そこまでオーラと攻撃に出すのはアウトだろ)

 心の中で文句を漏らしながらも、ゼルートはその場からほとんど動かずに連続突きを飄々ひょうひょうとした表情でかわし続ける。
 その後も相変わらず急所を狙った攻撃ばかりが続き、それをゼルートが最小限の動きでかわす。
 そんなやり取りが一分ほど続いた。

(ちょっと期待外れだな。あれだけ傲慢ごうまんな発言をしていたんだから、もう少し強いと思っていたんだが)

 今の状況を何分、何十分、何時間と続けても、ローガスはゼルートに勝てない。

(魔槍を使ってるからには、奥の手があるんだろうけど……まさか、それを使わずに俺に勝てると思ってるのか? それなら、本当に随分とめられたもんだな)

 鑑定眼を使って調べてはいないが、坊ちゃん貴族が使用する魔槍には、特別な効果が付与されているはずだった。
 だが、薄汚い冒険者相手にそれを使う必要はない、自身の身体能力と技量のみで倒す――ローガスは、そう思いながら戦い続ける。ただ、その刃はかすりもしない。

(奥の手を使っても、あそこまで傲慢ごうまんになれる強さはないと思うんだが……まあ、これ以上回避に専念する必要はないか)

 ゼルートが攻撃に転じようと思ったとき、周囲の者の表情は様々だった。
 アレナとルウナは、ゼルートとローガスの実力差を正確に理解しているので、このような状況になるのは仕方ないという考えが表情に表れていた。
 バルスはゼルートの実力を評価していたが、ローガスが子供みたいにもてあそばれている様子を見て、自分が例外中の例外であるスーパールーキーの実力を過小評価していたことに気づかされた。

(まだまだ子供とはいえ、公爵家の次女の従者となるために育てられた子息を、こうも簡単にいなすとは……。対人戦ならば、冒険者よりも貴族の方がすぐれていると思っていたが、そんな常識はゼルートに当てはまらないな)

 改めて、ゼルートの規格外の強さを認識させられた。
 そしてセフィーレは、自分の想像通りの実力があったと分かり、満足げな表情をするが、やはり自分が戦っておけばよかったと、若干じゃっかん後悔していた。
 残りの三人の従者は、模擬戦の内容にあんぐりと口を開け、固まってしまっていた。
 ローガスには傲慢ごうまんになるほどの実力があると思っていたが、そんな同じ従者の攻撃が全く当たらず、かすりもしない。
 確かに強いとは聞いていたが、今回自分たちと一緒に主を守る子供は、自分たちよりはるかに上の力を持つ者なのだと、思い知らされた。

(この私の攻撃が、かすりもしないだとっ!? ふざけるな!!!!)

 ローガスはこんな状況、認められるわけがない。
 魔槍に魔力を込めて、身体強化の恩恵を得たことで、脚力と腕力が上がり、突きのスピードも上がる。
 ゼルートもそれに気づいた。

(魔槍の効果か。でも、誤差の範囲だな。つーか、攻め方が王道すぎてつまらないな)

 いまだにローガスはゼルートを殺す気満々なので、急所ばかりを貫こうとしている。
 一分も同じ攻撃を続けていれば、攻撃のタイミングが読めてしまう。
 その結果、最初よりも余裕を持って攻撃をかわせるようになる。
 ローガスの槍術が悪いとは思わない。
 だが、身体能力で圧倒的に上回っているゼルートを仕留めるには、色々と足りないものが多い。
 そもそもゼルートは、身体能力の面で言えば、スピードにすぐれたタイプなのだ。
 そんな相手に、同じような攻撃を何度も何度も繰り返す……無駄というより他ない。
 ゲイルやブラッソ相手に対人戦を何百回、何千回と繰り返してきたゼルートに、今更身体能力が劣る相手の真っ当な攻撃などかすりもしない。

(自分の感情を全く抑えられていない。これも大きな欠点だな。殺気が抑えられていない分、攻撃する箇所がさらに読みやすくなる。こんなことはある程度戦闘経験があれば分かるはずなんだけどな。やっぱりこの坊ちゃん貴族、傲慢ごうまんになれるほど実戦経験を積んでないよな)

 ゼルートが本気で敵を殺すとしたら、極力感情をコントロールして背後に回り、首をねるだろう。
 もしくは、爆発しそうな殺気を逆に利用して、二段攻撃で相手を仕留めるという手もある。
 だが、何度も突きを繰り返すローガスの脳にはそういった考えは一切なく、自分を侮辱ぶじょくした薄汚い冒険者を殺す――それしかなかった。

(うん、やっぱり俺が長剣を使うのはどう考えてもよくないな)

 体術より剣術の方が得意というわけではない。
 しかし、相手の実力を考えるに、武器を使うほどの相手ではないと判断し、ゼルートは長剣をアイテムリングの中に入れて、素手で戦うことにした。

(ちょうどいいハンデになるかどうかは分からないけど、武器を使う意味はなさそうだし、素手で十分だろ)

 そんな軽い気持ちで切り替えたが、その余裕な態度がローガスのプライドを刺激した。
 額にはさらなる青筋が浮かび、攻めるペースが速くなった。
 だが、代わりに精密さが欠け、狙いがブレブレになりはじめた。
 それ様子を見て、ゼルートは精神年齢五歳かよと思った。

(はっはっは!!!! 本当に面白いな、完全にピエロだ。攻撃がさらに読みやすくなった。でも、そろそろ本当に飽きた)

 完全に攻撃へと転じる。
 右肩に放たれた突きを右手の甲で弾き、左の拳に魔力を込めてブレットを放つ。
 放たれた魔力の弾丸は、ガラ空きだったローガスの腹に決まり、槍を手放すことはなかったが、その場にひざをついた。
 そしてゼルートは、ローガスがギリギリで反応できそうな速さで、側頭部にミドルキックを打ち込む。

(これぐらいならかわせるだろ)

 ゼルートの予想通り、ローガスはミドルキックを本当にギリギリのところでかわすことに成功した。
 もう少し遅かったら、そこそこイケメンな顔がボロボロになっていただろう。
 ローガスはそこから立ち上がることはできたが、攻撃に転じるまではいかない。
 槍の攻撃範囲は広いが、極めていないと、ふところに入られたら何もできなくなる。
 戦闘上級者ならば、槍以外のサブの武器で対処する場合もあるが、ローガスにそういった手札はない。
 自身の槍の腕に相当の自信を持っており、万が一のために槍以外の武器を装備しようという考えには至らなかった。
 ゆえに、今回のようにふところに入られると、相手の攻撃を避けるしかなくなる。
 ローガスも一応貴族なので攻撃魔法は使えるが、並行詠唱のスキルは習得していないので、動きながら呪文を唱えることはできない。
 当然、魔法名だけを言葉に出し、魔法を発動する無詠唱も使えない。
 現状を打破するには、ゼルートの体勢を崩して、勝機をつくるしかない。
 その間もゼルートは、ボクシングのコンビネーションや、空手の突きや蹴りなどの攻撃を、絶え間なく繰り返している。それらをギリギリで後退しながら避けているため、ローガスは自分の後ろに何が迫っているのか確認できていなかった。

(ギリギリ避けられる速度で攻めてるつもりだったんだけど、まさかここまで上手く進むとはな)

 そしてついに、坊ちゃん貴族はゼルートの蹴りを避けた瞬間、勢いよく背後にある木にぶつかる。さらに、何が自分の身に起きたのかと、振り向いた。
 それを見たゼルートは、こいつは本当にセフィーレの従者なのかと思ってしまった。

(戦いの最中に後ろを向くとか、これ、絶対に作戦とかじゃなくて素だよな。はーー……殺してくれって言ってるようなものだぞ)

 本当に、本当に心底あきれてしまった。
 だが、攻撃の手をゆるめたりしない。
 スタンを使用して、ローガスの手に持っている槍にしびれを与える。

「がぁ!?」

 気絶するような痛みではない。だが、確実に動きは一瞬止まってしまう。
 その上、しびれの影響で槍を握りしめていた手がゆるんでしまった。
 そのすきをゼルートが見逃すわけがなく、槍を右足で蹴り飛ばす。

「シッ!!」

 すかさず今度はローガスの腕を掴み、一本背負いをかまして地面にたたきつけた。

「が、はっ!!!」

 勢いよく地面にたたきつけられ、坊ちゃん貴族の肺にあった空気は全て外に出てしまい、呼吸がまともにできなくなる。
 そんな状況でも、ゼルートは慈悲じひもなく攻め続ける。
 アイテムリングから再び長剣を取り出し、ローガスの顔の真横に突き刺してつぶやいた。

「これ以上戦うってんなら、五体満足は保証しない。ここから先は試合じゃなく、殺し合いの方の死合だ。それでも、まだやるか?」

 最終警告だった。
 そう告げられたローガスは、自分がどのような状況にいるのかをようやく理解し、悔しそうに顔をゆがめ、その場から動かなくなった。

「そこまで!! 勝者は、冒険者ゼルート!!!」

 ローガスの戦闘不能を確認し、バルスはゼルートの勝利を宣言した。
 すると、周りで模擬戦の様子を見ていた冒険者や商人、一般人から、大きな歓声と拍手が起きる。
 中には、今回の模擬戦でどちらが勝つか、けをしていた者もいた。
 勝った、負けた、今日の報酬ほうしゅうが消えた、今日は飲み放題だ――そんな言葉がゼルートの耳に入ってきた。

(本当に、この世界の人たちはけ事が好きだな。俺が確か……ドウガンって冒険者と戦ったときも、多くの同業者がけをしていたな)

 そのときはまだゼルートの実力が知れ渡っていなかったこともあり、損をした者が多かった。

(観客の中には商人もいたみたいだし、俺がこの坊ちゃん貴族に、アゼレード公爵家の顔に泥を塗るって言ったことが、現実になるかもな。まあ、俺が大声で言ったから聞こえてしまったかもだけど。俺は事実を言っただけだから、罪はないだろ……おそらく)

 ゼルートは今になって、自分の口にした言葉が心配になってきた。
 だが、既に言ってしまったし、模擬戦も終わったのだ。気にしてもしょうがない。
 アレナは、ゼルートがローガスを必要以上にボコボコにしなかったことにホッとし、ルウナは逆にあまりボコボコにされていないので、少々不満を持っていた。

(私なら、あのいけ好かない男の顔面をボコボコにしてボロ雑巾ぞうきんにしてやるのに。いや、私はゼルートの奴隷という立場なのだから、ゼルート以上に丁重に接しないといけないのか。うむ、面倒だな)

 審判を務めていたバルスは、アレナと同じく、ゼルートが必要以上にローガスをたたきのめさなかったことにホッとしていた。
 そして、もう一度ゼルートの評価を改めた。

侮辱ぶじょくされたゼルートの心情を考えれば、顔面に思いっきり拳か蹴りをたたき込んでもおかしくない。だがあの子は、相手がアゼレード公爵家の次女に仕える従者だということを考慮し……相手に降参を迫るという形で決着をつけた)

 まさに感情をコントロールした結果だろう。まだまだ年齢的には幼いが、その精神力に感服した。

「ふふ、やはり私の目は間違っていなかった」

 セフィーレは、模擬戦の結果を把握はあくし、やはり自分が戦っておけばよかったと少し後悔した。
 従者の三人は、予想とは全く異なる結果を目の当たりにし、見た目で実力は測れないという事実を理解した。
 三人の中で回復役を務めている女性が何かに気づき、小さくブツブツと何かをつぶやきはじめた。
 ここで、セフィーレが一歩前に出て、ゼルートたちに自己紹介を始める。

「バルス殿から聞いているとは思うが、私がセフィーレ・アゼレードだ。武器は主にレイピアを使う。魔法は風と火が得意だ。短い間だが、よろしく頼む。そしてできれば、私とも模擬戦をしてほしい」

 ゼルートは、差し出された手を苦笑いしながら握んだ。

(この人も結構戦闘狂っぽいな。ルウナといい勝負かも。というか、セフィーレさんがこんな好戦的な性格ってことは……もしかしてミーユさんも実は戦闘狂なのか? それはちょっと嫌だな)

 ゼルートの頭の中のミーユは、基本的にクールだが、同時に優しさを持つ人というイメージだ。
 なので、あまりそのイメージが崩壊してほしくないというのが本音だった。
 そして次は、従者の一人――短髪で茶髪、ノリが軽そうな青年が自己紹介をする。

「次は俺だな。初めまして、ソブル・デーケルだ。武器は主に短剣を使う。魔法は土が少し使える。ダンジョンでは斥候せっこうを担当することになっている。あんたたちの噂は聞いている。頼りにさせてもらうぜ」
(俺たちの噂……既に俺たちのパーティーがゴブリンとオークの群れと戦って、俺がオークキングを討伐したのは知ってるみたいだな)

 群れの討伐が終わってから既に一か月が経っており、その話は貴族だけではなく、一般人の耳にも入っていた。
 次はショートカットで、男勝りな顔をしている女性が前に出た。

「次は私の番ですね。名前はカネル・ソートリア、主に使う武器は大剣。この中では一応タンクを担当しています。魔法は水が使えます。それで、よければ時間があるときに、私とも模擬戦をしてください。よろしくお願いします」

 またか……と、ゼルートは心の中で少々大きなため息をいてしまう。

(いや、別に嫌というわけではない。こういう人は嫌いじゃないし……でも、護衛の依頼を受けてそういうことをお願いされるのは、本当に予想外だ)

 よく戦闘狂の人と遭遇そうぐうするなと彼は思っているが、そんなゼルート自身もスイッチが入れば、ルウナ、セフィーレ、カネルと同じ同類である。
 だが、このとき、そのことは彼の頭からすっぽ抜けていた。
 そして最後に、母性が強いと思わせる金髪美人の女性が口を開いた。

「最後は私ですね。リシア・ナルファーと申します。武器は主にメイスを使います。魔法は光を使い、回復役を務めています。短い間ですが、よろしくお願いします」

 リシアが頭を下げると、修道服の上からでも分かる大きな胸が強調され、ゼルートは思わず赤面してしまった。
 ゼルートたちも軽い自己紹介を終えてから馬車に乗り込み、目的のダンジョンがある街、バーコスに向かう。


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 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
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 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

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