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3巻

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 第一章 護衛依頼



 日本人の少年は命を落とし、異世界で貴族の次男ゼルート・ゲインルートとして転生する。前世の記憶を保持する彼は、将来は家を出て、気ままな冒険者になろうと考えていた。
 ただ、冒険者になれるのは十二歳から。そこでゼルートは、それまでの間に可能な限りレベルとスキルを上げることを決意する。
 ちなみに、その助けになるかのように、彼は転生の際に、神様から様々なチートスキルをもらっており、中でも強力なのが、創造スキルだった。これは、頭の中で思い描けるものは何でも――物質は言うに及ばず、スキルや魔法まで――作れてしまうという、超便利スキルだ。
 おかげで、本人もびっくりするぐらい強くなり、やがて十二歳、旅立ちの時を迎える――


 現在、ゼルートとその仲間の二人――アレナとルウナは、ドーウルスの領主バルスに呼ばれ、彼の屋敷へと向かっている。
 アレナは、ゼルートが貴族と問題を起こしたから呼び出されたのではないかと思っており、不安が心をめ尽くしていた。
 彼女が妙な心配をしていることに、ゼルートは気づいていた。

(最近は特に問題を起こしてないんだけどな……まあ、確かに過去には起こしたかもしれないが)

 七歳のお披露目ひろめ会で起こした一対三の変則型の決闘。あれは、貴族たちに大きな衝撃を与えた出来事だった。
 しかし、最近のところでは心当たりがないゼルートは、意気揚々と領主邸に入り、バルスの仕事部屋まで案内され、ノックをしてから中へ入る。
 部屋の中に入ると、バルスが笑顔で三人を迎え入れた。
 特に面倒な問題で悩んでいるようには見えない。

「おお、よく来てくれた。とりあえず座ってくれ」
「分かりました」

 ゼルートはバルスの向かいの椅子いすに座った。
 アレナとルウナは一応ゼルートの奴隷という立場なので、後ろに立っていようと思っていたのだが、バルスから横のソファーに座っても構わないと伝えられたため、主の隣に腰を下ろした。

「今回の大規模な魔物の群れの討伐、ご苦労だった。それで、どういった戦いだったのか聞かせてほしい」

 ゼルートが当初考えていた通り、バルスが三人を屋敷に呼んだ理由は、問題が起きたからではなく、オークとゴブリンの群れの討伐に関する話を聞くためだった。
 それを聞いて、アレナはホッと一安心した。
 そして三人は、どういった技、魔法を使う個体がいたのか、成長した魔物は成長する前と比べてどれほど強くなったのか、そんな魔物たちをどうやって倒したのか――といったことを話していく。
 バルスは三人の話に、子供のように夢中になっていた。
 彼の様子を見たゼルートは、前に会ったときとは違う印象を受けた。

(魔物との戦いの話にここまで夢中になるなんて、意外と子供っぽいところがあるんだな)

 以前は、話は通じるが、もう少し堅物という印象だった。
 二十分ほど経ち、ゼルートたちが今回の討伐について語り終えたとき、バルスがつぶやいた。

「やはり、Bランクの魔物ともなれば容易には倒せないのだな」
「そうですねえ。身体能力の高さも脅威きょういですが、ある程度考えて行動するので、そこがまた厄介やっかいな点かと」

 実際には大した脅威きょういではなかった。ゼルートや従魔のゲイルからすれば、ほどほどの力で戦いが続けられる、ちょうどいいスパーリング相手といったところだった。

「そうか。とにかく、君たちが討伐に参加してくれたことに、心から感謝する。さて、話は変わるが、ゼルートにたずねたいことがある」
「俺に、ですか。もちろん構いませんが、どういった内容ですか?」

 ここ最近は、特に問題を起こしていない。それは事実だ。
 だがそれでも、どういった質問をされるのか予想がつかないので、ゼルートは緊張してしまう。
 アレナも、「もしかして!?」と表情にあせりが浮かぶ。
 一方、ルウナはなぜかワクワクした顔でバルスの質問を待っていた。

「お主、どこでアゼレード公爵家のミーユ嬢と知り合ったのだ?」

 ゼルートはパッと答えられなかった。

(アゼレード公爵家のミーユ嬢……って、誰だ?)

 ミーユという人が誰なのかすぐに思い浮かばなかった。だが、徐々に記憶がよみがえり、思い出した。

「アゼレード公爵という家名は分かりませんが、ミーユという名の女性にはこの前、この街で開催されたオークション会場で出会いました」

 そのときの状況を細かくバルスに伝える。
 話を聞き終えたバルスは、どこかまだ納得しかねている様子だった。

「そうか……だが、だからといって……いや、あの方ならば、大体の力は把握はあくできるか。しかし……」
「どうかしましたか、バルスさん?」
「……少し自分の中の疑問が解けた。先程の話の続きだが、ゼルート。お主にアゼレード公爵家から、次女のセフィーレ嬢の護衛を、と指名依頼が来ている。アゼレード公爵家は武にすぐれた貴族でね。一族の者は一定の年齢になると、試練としてその者のレベルに合ったダンジョンへ行き、最下層のボスを倒さねばならん。お主には、セフィーレ嬢が無事にボスを倒せるよう、彼女を護衛してもらいたいのだ」
「……へ????」

 全く予想していなかった話を聞き、ゼルートの口から思わず間の抜けた言葉が出てしまった。

(護衛依頼……しかも貴族の令嬢の護衛、か……面倒事のにおいしかしないな)

 正直面倒だと思ったゼルート。自分の性格上、高確率で相手側とめる未来が見える。
 だが、バルスの爵位は辺境伯であり、一方、公爵はその二つ上である。
 実質、公爵家はバルスに、ゼルートに引き受けさせるよう命令していると言えるだろう。

(ギルドから伝えられるんじゃなくて、バルスさんを通して伝えられたということは、家同士でそれなりに繋がりがあるんだろう。そして、俺が冒険者だから指名依頼という形になった。向こうにその気がなくても、俺がアゼレード公爵家の頼みを断れば、バルスさんが他の貴族からよくない印象を受けるかもしれないよな)

 ゼルート個人としては、バルスは話が通じるいい貴族だと思っている。
 なので、彼の面子メンツつぶすような真似まねはしたくないため、その依頼を受けることにした。

「分かりました。その依頼、受けさせてもらいます」
「そ、そうか。ありがとう。……本当に助かる」

 ゼルートはあまり気が進んでいない。
 そんな思いを、小さな感情のれから察したバルスは、公爵家からの報酬ほうしゅうとは別に、個人的にゼルートへ報酬ほうしゅうを渡すことを決めた。


 バルスのもとを辞したゼルートたちは、大通りを歩いていた。

「まさか、アゼレード公爵家から指名依頼が来るなんて……心底驚いたわ」

 心底驚いている割には、アレナはそこまで表情にあせりは見えない。
 ゼルートは今回の依頼に関して、肝心なことを思い出した。

「なあ、アレナって、確かミーユさんの友達……だったよな。なら、妹のセフィーレさんも多少は知ってるよな」

 主からの質問に、アレナは少々頭を悩ませながら答える。

「そうねえ……会ったことはないけど、ミーユから話を聞いたことがあるわ。確か、性格は結構真面目まじめ。でも、貴族らしくないところもあると言っていた。なんでも、夢は早めに現役を引退して冒険者になることらしいわよ」

 その夢は確かに貴族らしくない。
 アレナの説明を聞き、まだ会っていないが、ゼルートはセフィーレという女性に好感を持った。

(へ~~~、話を聞く限り、俺が嫌いなタイプの貴族じゃなさそうだな。まあ、ミーユさんの妹だから、性格に難ありってことはないか。でも、護衛依頼ってことは、多分俺以外にもセフィーレさんを守る人がいるよな)

 ゼルートが考えている通り、今回の依頼にはセフィーレだけではなく、その従者たちもついてくる。

(主の性格がまともでも、従者の性格に難がある……って可能性は捨てきれないよな。考え方なんて、人それぞれだから。だからって、見下みくだされるのは嫌だけどな)

 仮に従者とぶつかった場合はどうしようか。
 そんなことを考えていると、ルウナに小声で何かを伝えられたアレナの表情にあせりが浮かんだ。

「そうね、確かにそろそろ時間ね。ゼルート、悪いけどこの後ミシェルちゃんと用事があるから、また夕食のときに満腹亭で会いましょう」
「そういうわけだ。また後でな、ゼルート」
「オーケー、分かった。アレナ、ルウナ、楽しんできてくれ」

 ゼルートが知らぬ間に、二人は、先日の討伐依頼で知り合った冒険者の少女ミシェルと仲良くなっていた。
 ずっと自分と行動をともにする必要はないので、特に引き留める理由はない。

(そういえば、小遣いを渡してなかったな)

 誰かと遊ぶにはお金が必要だと思い、ゼルートの感覚でそれなりの金額を渡した。
 現在、パーティーのふところの管理は、ゼルートがしている。

「ありがとう、ゼルート」

 感謝の意を表すべく、アレナは優しくゼルートを抱きしめた。
 するとルウナも、ニヤニヤしながらアレナと同じく、礼を言って主を抱きしめた。
 二人ともスタイル抜群なので、やわらかい二つのもちが顔に当たって、男としての本音で語れば、幸せな状況だった。
 だが、大通りのど真ん中で、美女二人に抱きしめられるという状況は、かなり恥ずかしく感じたので、ゼルートはすぐに二人には離れてもらった。
 二人と別れた後、特に行きたい店などもなく、街をぶらぶらと歩きまわっていると、後ろから声をかけられた。

「おう、ゼルートじゃねえか。どうしたんだ、そんな辛気しんきくさい顔をして」
「誰だ、って……ガンツか」

 声をかけてきた人物は、ゼルートのDランク昇格試験を担当した、ベテランの冒険者だった。

「てか、俺ってそんな顔してたか?」
「ああ、なんつーか……面倒事を抱えてるって感じの顔をしてたぞ。役に立てるかは分からんが、相談ぐらいは乗るぞ。これでも先輩だからな」

 戦闘力ははるかにゼルートの方が上だが、人生経験ならばガンツの方がはるかに上だった。
 その優しさに甘え、ゼルートはガンツとともに、あまり客がいない裏通りの酒場へと向かった。
 酒場に入ると、ガラの悪い冒険者がゼルートを見つけた途端、絡もうと思ったのか、ニヤつきながら椅子いすから立とうとする。
 だが、ゼルートの隣にベテラン冒険者のガンツがいると知るや、あわてて椅子いすに座り直した。

(……ガンツは、この街では結構顔が知られてるんだな。多分、実力はBランクの一歩手前ってところだから、大抵の冒険者は歯向かえないだろうな。まあ、絡んできても、俺に身ぐるみがされて金玉つぶされるのがオチだけどな)

 相手の実力が正確に測れない冒険者ほど、ゼルートのカモにされる。
 二人はカウンターに座り、ゼルートは果実水を頼む。
 ガンツはまだ昼間だというのに、がっつり酒を頼み、ぐいっとあおる。

「ぷは~~~、仕事終わりのエールも美味うまいが、昼間に飲むエールもやっぱり美味うまいな。こう……みんなが仕事してる間に酒を飲めるって、優越感がないか?」
「俺にはよく分からないが、そういうものなのか?」
「そういうもんなんだよ。それで、どんなことで悩んでるんだ」

 ゼルートは、ガンツになら言っても大丈夫だと考えていた。
 既に二人の周囲は、ゼルートの遮音魔法によって、声が全く漏れない状態となっている。

「今度な、指名依頼で貴族の護衛をすることになったんだよ」

 内容を聞いたガンツは体が固まり、「マジかよ」と言いたげな表情になる。

(やっぱりそういう反応になるよな)

 冒険者になって一年も経っていないルーキーに指名依頼が来る。
 しかも、貴族の護衛依頼。普通ならあり得ない状況だ。

「…………っと、すまん。少しびっくりしすぎた。でも、お前の強さなら当然といえば当然だ。けどよ、お前が冒険者になってからまだ半年も経ってないんだよな。それを考えると、情報が出回るのがちょっと早い気がするな」
「よく分からないけど、貴族には貴族独自の情報網があるんじゃないのか?」

 もう少し詳細を話そうかと思ったが、さすがに深く話しすぎるのはよくないと考え、依頼人の関係者と知り合った経緯は伏せておく。

「それでさ、ガンツは貴族の護衛とかしたことあるか?」

 その問いに、ガンツは苦笑いしながらも、後輩のためだと思い、答えた。

「一回だけあるぞ。商人の護衛とかと違って、マジで神経をすり減らしたなあ……。金払いはいいかもしれねえけど、二度と受けたくないな」
「そ、そんなに嫌な思い出があったのか?」
「そうだなあ。特に口に出したわけじゃねえんだが、目が完全に俺たち冒険者のことを見下みくだしてたんだよ。自分を守るためのこまだとでも思ってたのかもな。それが物凄ものすごく不快に感じた。ただ、相手は貴族だ……依頼が終わったあとの評価で、今後の冒険者生活に影響が生じるかもしれない」

 貴族の評価一つで人生が狂う。
 それはなにも、冒険者だけではなく、商人や職人にも同じことが言える。

「俺の仲間や、一緒に依頼を受けた同業者は、ぶつけようのない怒りを襲ってくる魔物にき出していたな。全ての貴族が、冒険者を自分たちにとって都合のいい存在だと、見下みくだしてはいないだろうが……そういったやつもいるから、ストレスを感じる可能性は大いにあるな」
「なるほどねえ~~。でも、口に出さないだけまだいいかもな。喧嘩けんかを売られたら、俺なら買いそうだ」
「ぶはっはっは!!! ゼルートなら、たとえ決闘騒ぎに発展しても勝てるだろうけど、依頼的にはアウトだと思うぜ」
「だよなあ……極力しゃべらない方がいいか」
「それはありだと思うぞ。話しかけられても、なるべく早く会話を終わらせる。そうすれば、口喧嘩くちげんかからなぐり合いに発展することはないだろ」

 ゼルートにも、とても納得できる案だ。
 だが、最初の一言が明らかに喧嘩けんかを売っている内容ならどうするか。ゼルートなら、無意識に反抗的な言葉を返すだろう。
 彼は自分の力に確かな自信を持っているので、分かっていても喧嘩けんかごしの対応になってしまう可能性が高い。

「まっ、そんな感じだ。そもそも、貴族や権力者の全員が全員、くさった性根を持ってるわけじゃない。俺らみたいな冒険者を見下みくだすやつも当然いるが、そいつらは俺たちの苦労を全く知らない素人しろうとだ」

 当たり前の話だが、貴族の一員として生まれた者は、冒険者の苦労を知らない。

「商人の中にも、冒険者は自分たちの荷物を守って当然だ、荷物を守るためのこまでしかない、と考えるくずがいる」
「……まさしくくずだな」

 そういう風に考えている者がいるというのは、実際に見たことはないが分かっていた。
 ただ、それでも、そんな考えを持っているやつらに怒りがく。

くずな上に、馬鹿でもある。商人が自分の私兵を持っていないんだったら……頭が回るやつなら、やりようはいくらでもある」
「ガンツ、ちょっと悪い笑みを浮かべてるぞ」
「そりゃ、ちょっと悪い内容だからな。相手が普通に接してくれりゃ、俺も普通に接する。だが、相手がその状況を崩してくるんだったら、俺たちが大人しく黙ってる必要はないだろ」

 そんなガンツを見て、ゼルートは改めて、目の前の冒険者は確かに自分の先輩となる人物なのだと思った。

「ただ、冒険者としては当たり前だが、なるべく依頼を達成したいというのが本音だ」
「そりゃそうだな。依頼の達成率が悪かったら、ギルドからの信用が落ちるし」
「そうだろ。だからな、護衛依頼とかを受けるようなランクまで上がれば、依頼人になりそうな連中の情報収集も大事になってくるんだよ」

 ランクが上がれば、自然と護衛依頼を受ける回数も増える。
 街から街へと移動するときやダンジョンの探索、さらにランクが高いと、貴族の子息や令嬢を長期間護衛することもある。

「実際に、あまりにも冒険者に対して見下みくだした態度を取る商人や貴族は、冒険者たちがその護衛依頼を受けようとしない。結果、護衛なしで移動して盗賊に襲われてボロボロになった、もしくは殺されたって話もある」

 先輩冒険者からの話を聞き、ゼルートはその権力者たちはアホの極みに思えた。
 まず、自分が冒険者に依頼をしている時点で、持ちつ持たれつの関係になっているのを理解していない。

(頭がいい悪い以前の話として、そこら辺はすぐに理解できると思うんだが。もしかして、人を使う立場になると、そのあたりの常識を忘れてしまうのか?)

 とはいえ冒険者側としても、横の繋がりが広い商人たちに嫌われれば、今後の活動に支障が出るので、無駄な衝突は避けたい。

(とりあえず、ガンツの言う通り、そのあたりの情報は集めておいた方がよさそうだな)

 だが、ゼルートがこの先冒険者として活躍すればするほど、過去に起こしたお披露目ひろめ会の決闘の件が徐々に広まっていくはずだ。
 自身の家族を馬鹿にされ、それにキレたゼルートは、国王に変則け試合を提案。
 そしてゼルートが圧勝し、三つの家がつぶされることになった。
 どれだけの権力者がこの話を信じるのか。その場にいなければ、信じられないかもしれない。
 だが、あの場には多くの貴族やその子供たちがいた。
 一人の少年が三人の少年を相手に圧倒する戦いも、その目で見ていた。
 実際に戦いを見た者の話なら信じられるのか。噂話として聞いたとしても信じられるのか。
 権力者としての勘や能力が試されるとも言えるだろう。

(けど、今回の依頼を上手く達成できれば、公爵家の次女という後ろ盾が生まれて……今後、そこそこ権力を持っている貴族と喧嘩けんかになっても、大事にはならずに解決できるかもな。いや、もしそうするとしたら、そのあたりはきちんと本人に確認を取った方がよさそうだな)

 許可なく勝手に「俺の後ろには公爵家の次女がいるんだぞ!!」なんて発言をしたことがバレれば、ゼルート個人の問題ではなく、公爵家とゲインルート家の問題にまで発展してしまう。

「ありがとな、ガンツ。結構参考になった」
「おう、いいってことよ。依頼が終わったら、俺に一杯おごってくれよ」
「分かってるよ。そのときは酔いつぶれるほどのエールを飲ませてやるよ」

 今回の依頼で得られる報酬ほうしゅうなら、それくらいは余裕で稼げる。
 その後も二人は冒険話に花を咲かせ、夕食の時間まで会話を続けた。


 アゼレード公爵家の次女、セフィーレとその従者が到着するまでの数日間、ゼルートたちは実に平和に過ごしていた。
 自意識過剰な冒険者、ナルシストクソ野郎なナンパ君。そんな厄介やっかいな害虫どもに絡まれることなく、軽い依頼を受けてちょっと豪華な料理を食べて、模擬戦をする――とても平和な日々を送っていた。
 また、ゼルートはミシェルとたまたま街中まちなかで出会い、二人で武器屋やアクセサリー店を見て回りもした。
 ただ、ショッピングの最中に後ろから視線を感じてゾクッとした。
 その視線が誰のものなのかは確認していないが、おそらくあいつ――ミシェルの弟ダンなのだろうと、一発で正体が分かったゼルートだった。


 やがて、セフィーレとその一行が到着する日の朝。
 ゼルートたちは門から少し離れた場所で、セフィーレたちの馬車が到着するのを持っていた。
 暇そうにボーッとしているゼルートに対し、アレナが心配そうに声をかける。

「ゼルート、ボーッとしてるけど大丈夫なの? そろそろ、アゼレード公爵家の人たちが来る時間なんだから、しっかりしてよ」
「ん~~~、悪い悪い。昨日夜遅くまで色々と考え事をしていたからさ。な、ラル」
「そうですね。昨日はかなり遅くまで話していました」

 ゼルートたち三人の隣には、雷のドラゴン――ラルが待機していた。
 ゼルートは今回の護衛依頼には、元々従魔の誰かを参加させようと考えていた。
 リザードマンのゲイルはオークとゴブリンの群れを討伐する際に参加したので、除外。
 残るはスライムのラームとラルである。
 護衛対象が公爵家の人間ということなので、見た目だけで強さが伝わるのはラルの方だ。

(別にラームでも問題はない。というか、多数の敵から護衛対象を守るとなれば、ラームの方が適している。今回のメイン業務はサポートだから、強さ的にはどちらでもいい。……でも、もしかしたら見た目で文句を言う人がいるかもしれないからな)

 とりあえず、準備だけは万全にしておく。
 そういうわけで、今回の依頼に参加する従魔はラルが選ばれた。
 ラルの全長は一メートルと少し。
 もっと体を大きくすることも可能だが、本人としては今の状態が一番いい感じらしい。

「まあ、それぐらいはいいとして。なるべくセフィーレ様や、その従者たちと喧嘩けんかしたりしないでよ」

 アレナは、自分が最も心配している問題を、ゼルートに伝えた。
 それだけは避けたい。というか、避けようとするのが普通だ。
 相手の態度に問題があったとしても、ぐっとこらえて受け流す。
 そういったスキルも重要なのだ。
 だが、その重要性をさらっとルウナが否定した。

「いや、それはどう考えても無理な話じゃないか? ゼルートはまだ十二歳だ。見た目も年相応だから、セフィーレ様は何も言わないかもしれないが、その従者がなんくせをつけてくるのは避けられないと思うが」

 これは、貴族の思考がひねくれている、もしくはくさっているからという理由ではない。
 単純に、護衛の中に子供がいる、護衛パーティーのリーダーが子供、それだけで相手としてはなんくせをつけてチェンジしたくなる。
 だがそれは、自分は相手の実力を測れないと自白していることにもなる。

「……はーーー。そんなことはないと言えないのが悲しい現実ね。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。でもゼルート、決闘に発展して勝負に勝ったとしても、相手の装備をぎ取るようなことはしないでよ」
「…………分かった。これから一緒に戦う相手の戦力をぎ落とすのはよくないしな」

 ゼルートは若干じゃっかん考え込んでから、答えを出した。
 実際は、服をひんいて近くにいる連中に見せびらかすのも面白そうだと考えていたが、公爵家の次女であるセフィーレの恥にもなると思い、やめることにした。

「……ちょっと間が気になったけど、まあいいわ」
「ふむ、お主なら貴族の地位は関係なしに相手をボコボコにして、装備やら防具をぎ取ると思っていたが……多少の慈悲じひはあるのだな」

 気づけば予想外の人物がそばにおり、そう言って神妙な顔でうなずいていた。

「…………えっと、なんでバルスさんがここにいるんですか? 書類関係のお仕事とか片づけなくていいんですか?」

 普段は仕事部屋で書類の処理に追われているはずのバルスだった。
 しかも、周囲には十数人ほどの兵士たちが待機している。

「なんでここに私が立っているか分からないという顔をしているな」
「えっと、まあ……そうですね。分かりません」
「簡単なことだ。公爵家なんて私よりも圧倒的に立場が上の方が来るんだ、自ら出迎えに行かなければ、あとあと厄介やっかいなことになりかねない」
「なるほど、そういうことだったんですね」

 そこへ、ちょうどその公爵家の方が乗った馬車が到着した。

(馬車を引いているあの馬って、普通の馬じゃないよな。確か……ワイルドホース、だったか?)

 ゼルートの推測は正しく、馬車を引いている馬は、調教された魔物ワイルドホースである。
 低ランクの魔物ならば、突進だけで吹き飛ばせてしまう。
 ゼルートの興味がワイルドホースに向いている間に、ドアから一人の従者が降り、その次に、今回の護衛対象であるセフィーレが降りてきた。
 一切のよどみがない金髪のロングストレート。
 顔はミーユと似ており、りんとした風格が漏れ出ている。
 だが、まだ少し幼いため、あどけなさが残っており、可愛かわいいという印象を持つ者もいるだろう。
 体つきは「貧乳こそ正義!!」といった考えを持つ者でなければ、どんな男でも魅了するほど見事なものだった。
 本当に十五歳なのか疑わしいほど、容姿のレベルが高い。


(いやあ、マジかよ。ちょっとレベル高すぎないか? ハリウッド女優が逃げ出すレベルだろ)

 その圧倒的なまでの美しさとスタイルに、ゼルートはくぎづけになっていた。
 すると、馬車から降りてきたセフィーレと目が合った。
 向こうは、視線の先に立っている少年が、こちらが指名した人物だと理解したらしく、ゼルートの方へと歩を進める。
 敵意は感じないので、身構える必要はない。だがゼルートは、どんなことをたずねられてもしっかりと答えられるようにしようと思った。
 思っていたが……その覚悟はすぐに崩れた。


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