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2巻

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 第一章 Dランク昇格試験



 日本人の少年は命を落とし、異世界で貴族の次男ゼルート・ゲインルートとして転生する。前世の記憶を保持する彼は、将来は家を出て、気ままな冒険者になろうと考えていた。
 ただ、冒険者になれるのは十二歳から。そこでゼルートは、それまでの間に可能な限りレベルとスキルを上げることを決意する。
 ちなみに、その助けになるかのように、彼は転生の際に、神様から様々なチートスキルをもらっており、中でも強力なのが、創造スキルだった。これは、頭の中で思い描けるものは何でも――物質は言うに及ばず、スキルや魔法まで――作れてしまうという、超便利スキルだ。
 おかげで、本人もびっくりするぐらい強くなり、やがて十二歳、旅立ちの時を迎える――
 ドーウルスの街に着いたゼルートは、ベテラン冒険者ドウガンに絡まれるも、あっさり撃退する。しかし、今度はドウガンをしたう若い冒険者セイルに目のかたきにされ、決闘を申し込まれてしまう。直接戦っても負けるわけがないのだが、どうやっても遺恨いこんが残りそうだった。そこで、妙に馴れ馴れしくも親切な冒険者ガンツの計らいで、彼が試験官を務め、二人が参加するDランク昇格試験の場で決着をつけることとなった。


 Dランクの昇格試験当日――
 朝の七時、ゼルートと仲間二人は現在集合場所である街の外れにいた。ガンツも、セイルたちのパーティーもまだ来ていない。
 試験内容は、まだ知らされていなかった。
 そんな状態ではろくに準備もできないのだが、通例最低限の荷物を持ってきていれば問題ないという。

「そういえば、アレナのときはどんな試験内容だったんだ?」

 ゼルートが、元Aランク冒険者だった仲間のアレナにたずねる。

「私のときは……というより、Dランクの昇格試験はほぼ盗賊の討伐と決まっているはずよ。Dランク以上になると対人戦の機会も多くなるし、そういった依頼を受けることもできる。だから昇格試験で人を殺す経験を積んでおかせるのよ」
「なるほどね、確かに重要な体験だ」

 冒険者や騎士といった戦闘職にく者は、いずれ人間と殺し合いをすることになる。
 そのときになって初めて死体を見て震えたりいたりしているときに殺される――なんて事態が起こらないとは言えない。
 それに、人を殺したときの嫌なごたえも、最初のうちは体から離れないものだ。
 ゼルートは既に盗賊を殺したことがあるので、耐性はついている。
 ただ、最初はやはり気分が悪かった。
 前世でグロい系の画像や動画を見たことがあるとはいえ、実物を生で見たことはない。もちろん人を殺したこともないので、盗賊を殺さなければ犠牲者が増えるとわかっていても、抵抗感が残っていた。

(まっ、あの感覚を好むやつはそんなにいないだろ。シリアルキラー以外はな)

 ゼルートは次に、アレナと同じく最近仲間になった元狼人族ろうじんぞくの王女ルウナに水を向ける。

「ルウナはそこら辺大丈夫か?」
「ああ、まだ子供の頃……父親に戦場に連れていかれたからな。そこではお互いが悪だと認識して戦っていた。少し複雑な気分だったが、今回戦うのは正真正銘の悪だ。殺しても得しかないだろう」
「なるほど、ルウナらしい考えだな」

 ただ、ゼルートも同じようなことを考えていた。
 人を殺し、害をなそうとする相手に遠慮する必要はないと。

「おう、来るのが早いな、ゼルートにルウナちゃんとアレナちゃん」

 ガンツが笑顔でやってきた。

「ガンツは少し来るのが遅いんじゃないか? 試験監督ならもう少し早く来るべきだろ」
「ハッハッハ‼ 悪いな、昨日ついつい酒を飲みすぎちまってな。すまんすまん」

 言い訳のひどさに、ゼルートはあきれた。

(おいおいおい、試験監督がピクニック気分でいいのかよ。しっかりしてくれよ)

 それはさておき、とりあえずゼルートはガンツに知りたいことをいておく。

「なあ、ガンツ。正直言って、セイルたちは大丈夫なのか? なんか……ザ・ルーキーって感じだったけどよ」
「……その様子なら、試験内容を知っているみたいだな。ちょうどギルドに討伐依頼が出たのがあるから、それを頼む」

 ゼルートの質問とその表情から、ガンツは察した。

「一応聞いておくが、お前は盗賊を殺したことがあるのか?」
「ああ、前にな」
「なるほど。ったく、若いくせに色々と経験済みだな、お前は。それで、セイルたちの実力については……決して悪くはないぞ。むしろルーキーの中では、個々の実力もパーティーの評価も高いだろう。セイルに関しては、ドウガンの火炎大切断を自分なりにアレンジして、火の斬撃を飛ばす技を身につけているとも聞いた」

 この情報を聞けば、セイルたちがかなり優秀な方だとわかる。
 特に前衛に関しては、大した問題は見つからない。

「ただ、精神面に関してはよくわからん。もしかしたらはがねの精神かもしれないし、プルプルのスライムメンタルかもしれん……俺としては後者な気がしなくもないがな」

 その点は、ゼルートもなんとなく想像していた。

(やっぱりその可能性はあり得そうか……まあ、戦闘面に関しては俺がカバーすればいいか)

 そこへ、当のセイルたち四人も到着した。セイルはゼルートを見つけるなり、にらみつけた。
 なにはともあれ、今回の受験者が全員揃ったので、ガンツから試験内容が説明される。
 既にセイルたちも先輩冒険者からその内容を聞いていたようだが、改めて内容を聞かされたことで表情に緊張が生まれる。

「それじゃ、のんびり行くぞ。あっ、先に言っておくが……俺は基本的に魔物との戦闘には手を出さないから、そこら辺は覚えておけよ」

 これは昇格試験の決まりである。今回はゼルートたちがいるため、ガンツは特に心配していない。
 だがこの一言は、セイルたちにはさらに緊張感を与えることとなった。


「よし、今日はここで野宿だ!」

 出発してから何度か休憩きゅうけいを挟み、七時間ほどが経っていた。
 周囲は暗くなりはじめ、野営の準備を始めるにはちょうどいい時間だった。
 野営の準備は、通常の試験では協力しておこなうものだが、今回は特別ルールとして、二つのパーティーはここでも手際で競うことになっている。
 ゆえに、各パーティーはそれぞれの準備だけを進めていく。
 ガンツも、自分の野営の準備を進めながらも、試験官としてゼルートたちの様子をしっかり観察している。
 そして次に夕食の準備に移るのだが……ここでゼルートのパーティー以外が驚愕きょうがくする事件が起こった。

「おいゼルート、なんで料理をしてないのに、でき立てのオークの煮込みスープやクラッチバードの串焼きを持ってるんだよ⁉」

 うらやましそうな表情で声を上げるガンツ。

(もう日が暮れてるんだから大きな声を出すなよ。魔物が襲ってくるかもしれないだろ)

 魔物相手に後れを取るつもりはないが、それでも休憩きゅうけいするときはなるべく休みたい。
 一方のセイルたちは、ゼルート側の夕食があまりにも美味うまそうに見え、よだれを垂らしかけていた。
 ちなみに、セイルたちの夕食は干し肉と黒パンに野菜スープである。
 野営時の夕食としては、このようなメニューがとうだ。だが、過去にそれらを食べたことがあるゼルートは、その不味まずさゆえに食べたいとは全く思わなかった。

「ああ~~~~……まっ、色々とあってな。手に入れたんだよ」
「色々あってって、お前ぇ……いや、もうこれ以上は詮索せんさくしない。ただ……非常にうらやましいけどな」

 ガンツは、ゼルートの料理がアイテムバッグから出されていることに気づいていた。そしてそのアイテムバッグの価値にも。
 アイテムバッグは、ガンツほどの実力者ならば、普通一つは持っているものだ。
 しかし、ゼルートが持つ、中の時間が止まっているものとなると、世界に数える程度しか存在していない。詮索せんさくしないのは、『入手法』である。

「ガンツなら、そこまで容量は大きくなくても、アイテムバッグ自体は持ってるだろ」
「いや~~~、確かにそこそこ金は稼げてるんだが、戦闘のときは武器に魔力をまとわせて、力いっぱいぶったたくせいか、あんまり武器が長持ちしなくてな。武器の買い替えの出費が多いんだよ。だから、アイテムバッグまでは手が回らなくてな」

 ガンツが使用する武器は、長さ一メートルほどのアックスハンマーだった。
 戦闘は力でのゴリ押しが多いので、丁寧に手入れをしていても壊れてしまうことが多い。

「……それなら、なるべく攻撃時にだけ魔力をまとうようにしたらいいんじゃないか? それか、自動修復の効果が付与されたアックスハンマーを買うとか」
「ありだな。ただ、自動修復の効果が付与された武器は、基本的に高いからな~……攻撃や防御のときだけ瞬時に魔力をまとえるように訓練するしかないか」
「慣れれば楽だから、さっさと覚えてしまった方がいいぞ。魔力の節約になるしな」

 武器が魔力をまとうことで威力や切れ味が強化され、強度も増す。
 しかし、魔力を放出し続けることになるので、魔力の総量がそこまで多くないガンツとしては、ゼルートの言うやり方はぜひとも覚えておきたい技能だ。

「それはそうと、ガンツも一緒に食うか? 前におごってやるって言っただろ。こんな形でよかったらだけどな」
「いいのか⁉ ありがたくごそうになるぜ!!!」

 後ろではセイルたちがガンツに非難の目を向けているが、当の本人はそんなこと知ったことかという表情で、ゼルートから渡された飯を食べはじめる。
 そんな様子をルウナは気にしていないが、元Aランク冒険者であるアレナは、試験監督がそのような態度でいいのかと思った。

(でも、野営時にこれだけいい食事が食べられるのなら、食いついてしまうわよね)

 夕食は十分ほどで終わったが、アレナたちにとってはとても楽しく思える時間だった。
 一方セイルたちは、量が少なくお腹の音が鳴ってしまったこともあり、楽しい夕食の時間とはならなかった。
 彼らのお腹の音を聞いたゼルートは、四人にご飯を分けてあげようかと思った。だが、今回は野営でも競い合っていること、そしてどう考えてもセイルは自分の施しを受けないだろうと考え、結局は渡さなかった。

(というか、せめてこのあたりで食べられる木の実ぐらいは調べておけばよかったのに。弱い蛇やイノシシ系の魔物なら、簡単に処理も済ませられると思うんだが)

 そんなことを考えながら、ゼルートはアイテムバッグから一つの瓶を取り出した。

「ガンツ、ワインもあるが……飲むか?」

 実は実家で作っていた自家製である。ちなみに、現在はドラゴンのラガールがゼルートから引き継いでワイン作りを頑張がんばっている。

「ん~~~できれば飲みたい。飲みたいんだが、さすがに酔っぱらってしまうのはまずいからな」

 試験官としてそれはよろしくないと、ガンツもわかっている。
 ただ、やはり飲みたいという気持ちはある。

「安心しろよ。そんなに度数は高くないって言ってたぞ。それに酔いが心配なら、俺が後で酔いを抜いてやるよ」
「そんなことができるのか? まあ、それなら……ちょっとだけもらおう」

 結局酒の魔力にはかなわず、ガンツはゼルートから借りたグラスにワインを注ぎ、楽しい大人の時間を過ごした。
 そして就寝時間となり、ゼルートたちは魔物の皮などを使用して作った特製のテントに入った。
 野営時は、魔物や盗賊から身を守るために交代して見張りをおこなうものだが、ゼルートは簡易のゴーレムを生み出して見張りをさせた。

「ガンツ、俺たちの見張りはこれでいいよな?」
「……はーーーー、オーケーオーケー。大丈夫だ。まったく……お前は何でもアリだな」

 冒険者を目指すのが誰よりも圧倒的に早く、得たギフトのおかげで生産にけていたため、ゼルートは既に冒険者に必要な多くのスキルを得ていた。
 こうしてゼルートたちは、良質な睡眠すいみんを取ることができた。


 翌日、ゼルートは朝一番に起き、日課の鍛錬たんれんを始めた。

「さて、やるか」

 まずは前世でもやっていた準備運動から始まり、剣術と体術の動きを確認。
 そして魔力操作、武器や素手を使ったシャドーをおこなう。
 格闘技の技は、創造スキルで専門書を作り、それを読んだ上で、実際に何度も体を動かしてこの身にたたき込んだ。
 体術に関しては、ボクシングやキックボクシング、ムエタイが基礎になっている。
 ただ、乱戦時や心が熱くなると基礎が崩れ、我流の動きになってしまう。これは剣術も同じだが。

「なるほどねえ~~、こりゃDランクやCランクの冒険者が遊ばれるわけだ。いつからこの特訓、つーか修行を始めたんだ?」

 ゼルートは記憶をさかのぼって、ガンツの質問に答える。

「いつから……前に話したかもしれないけど、父親と母親が冒険者だったから、俺が冒険者になりたいって言った次の日には色々教えてくれたよ。訓練自体はマジで幼い頃からやっていて……今みたいな訓練は、十歳からじゃないかな」

 その頃には、ゼルートの戦闘スタイルは定まっていた。
 圧倒的な手札の数でどんな攻撃にも対応して敵をほうむる、無敵の戦闘スタイルと言えるだろう。

「は、ははは……なかなかのスパルタだな。幼い頃からってことは……三歳か四歳くらいからか? 今みたいな訓練じゃなくても、俺だったら絶対に投げ出してる自信があるな」

 ゼルート自身も、早い時期から訓練を始めたなと思っている。
 確かに、彼のように自発的に始める者は珍しいが、それなりの名家であれば、三~四歳で訓練を始めるのも珍しくない。
 その後、ルウナたちが起きるまで延々とお互いに質問し続けた。
 もちろん両者とも答えられないものがあるので、そのときは誤魔化ごまかす。
 そんなやり取りでも十分に楽しく、ゼルートにはルウナたちが起きるまでの時間があっという間に感じられた。
 やがて全員が起き、朝食の準備へと入るのだが……ガンツは当然のように、ゼルートたちと一緒に朝食を食べていた。


「ふッ!」

 盗賊のアジトへと進む道中、グレーウルフの群れがゼルートたちに襲いかかった。
 当然、セイルたちも迎撃しようと構える。
 しかし、準備運動代わりといった様子で、アレナが全て片づけてしまった。
 解体しやすいように首を一刀両断したため、あたりにグレーウルフの頭部がいくつも転がっている。

「ふーーーー、やっぱりグレーウルフ程度じゃあっなさすぎるわね」
「このあたりに現れる魔物のランクはせいぜいFかEらしい。それを考えると、相手にならないのは当然だろう。それより、次は私が戦ってもいいんだよな、ゼルート?」
「ああ、もちろんだ、ルウナ。だけど、その次は俺の番だからな」

 ゼルートたちの会話を聞いていたガンツは、やっぱりな、という顔をする。

(わかってはいたことだが……ゼルートたちレベルの実力者になると、ここら辺の魔物が群れで襲いかかってきても意味がないな)

 アレナのあまりの強さと、自分たちにはついていけないレベルの会話に、セイルたちは口をポカーンと開けている。
 一方、ゼルートはセイルたちの中にキラキラした視線を感じて、顔を向けた。

(あいつは……確かロークだったか? 視線の先には……ルウナか。もしかして、彼女に見惚みとれているのか? まあ、その気持ちはわからなくもないな)

 少々幼さが残っている美人系の容姿に、汚れが一切ない銀髪のストレートロングヘア。
 そして、十五歳とは思えないほどの、整ったスタイル。
 思春期の男子には目に毒とも言える。

ほおが赤くなってるし……マジでひと目惚めぼれ的な感じか? 別にそれにどうこう言うつもりはないけど……その恋が実る確率は低いだろうな)

 ルウナの好みのタイプが大体わかっているゼルートは、今のロークでは絶対に無理だと感じていた。
 しかし、だからといってロークの思いを止める権利はない。


「ようやく私の番か」

 さらに先に進むと、ゴブリンリーダーが率いるゴブリンの群れが現れ、ルウナが一人で対峙した。
 ゴブリンたちが現れた瞬間、女性陣の表情が一気にゆがんだ。

(ルウナは特になんとも思ってなさそうだが、アレナたちの顔からにじみ出る嫌悪感……アレナなんて、若干殺気が漏れていないか?)

 ゴブリンやオークは女性の天敵である。
 ちなみに……ごく少数だが、男の天敵となるゴブリンやオークのメスも存在はする。

(どちらにしろ、人類から嫌われる存在だよな。オークはまだその肉が美味うまいからいいけど……ゴブリンなんてマジで使い道がない。あっ、確か睾丸こうがんは錬金術で精力剤になるんだったか? ……とりあえず、男にしか需要がないよな)

 などとゼルートが考えてるうちに、ルウナがゴブリンたちをボコボコにしていた。
 拳を放てばその顔面が弾け、上段蹴りを繰り出せば頭部が刈られる。
 自らの高い身体能力を活かし、数秒でゴブリンたちを倒してしまう。

「……はーーーー、やはりゴブリン程度では話にならないな」

 倒すときは多少楽しそうな目をしていたが、戦いが終わると、ルウナの体から力が抜けて、口からは不満がこぼれ落ちた。

「ルウナの実力を考えればなあ……せめて、ゴブリンジェネラルとかキングじゃないと、心がおどらないんじゃないか?」
「ジェネラルにキングか……ふっふっふ、もし遭遇そうぐうして戦えるなら楽しみだな」

 ゼルートは、ルウナのバトルジャンキーな思考に苦笑いをするが、その考えもよくわかった。
 なぜなら、たった今目の前に現れたモンスターを見て、少なからず楽しみだという感情を抱いている自分がいるからだ。

「スケイルグリズリーか……このあたりでは珍しいな」

 Dランクの中でもよりCランクに近い実力を持っている魔物。体は鎧のように硬く、刃を簡単には通さない。ランクの低い武器であれば折れてしまうこともある。弱点は火だ。ただ、ファイヤーボール程度の威力では、大したダメージを与えられない。
 ルーキーの域を少し抜けた程度の冒険者が挑み、あっさり殺される場合が多いことから、『初心者殺し』とも呼ばれている。

(普通に考えれば、遠距離から攻撃魔法を放って倒すんだけど……別に真正面から挑んでも問題ないよな‼)

 後ろでセイルたちが騒ぐ声を無視し、ゼルートはスケイルグリズリーに向かって駆け出す。
 相手は自身に挑んでくる人間を吹き飛ばすために、腕を力任せに振り回した。
 だが、そんな単調な攻撃がゼルートに直撃するはずもなく、彼は容易に攻撃を受け流す。
 そしてゼルートはそのまま攻撃に転じようとする……が、スケイルグリズリーは体を回転させてもう一撃放ってきた。

「もしかして、結構知恵がある感じか?」

 しかしゼルートは、左側から迫る剛腕に左のジャブを放つ。
 そして動きが止まった瞬間、さらにそこへ右拳をたたきつけた。

「グワァァァアアアアッ!!!???」

 ゼルートの拳を食らったスケイルグリズリーは、痛みで動きが止まってしまう。
 そのすきを突き、拳に魔力をまとわせて右ストレートをぶち込む。
 拳はスケイルグリズリーの腹にめり込む。その勢いはスケイルグリズリーを十メートルほど後方へ吹き飛ばし……木に激突させた。

(……拳の感触的に骨が砕けたか? ひびは入ってるだろうし……やっぱり俺のワンサイドゲームで終わりそうだな)

 そう思っていると、基本的に魔法を使うことがないスケイルグリズリーが、魔法を使いはじめた。

「は、はっはっは‼ どうやら俺は運がいいらしいな」

 スケイルグリズリーが発動させた魔法は、ストーンバレットだった。
 ただ、そのストーンバレットは、ゼルートに向かっては放たれなかった。

「……おーいおいおいおい、マジか。えっ? そういう使い方するのか」

 なんと、スケイルグリズリーは発動させたストーンバレットを、自身の手足にまとったのだ。
 これにより、ゼルートの約三倍のリーチとなった。

(えーーーーー……体格差だけを考えれば、マジで反則だよな。にしても、希少種には見えないんだが……もしかして『成長した個体』なのか?)

 成長した個体は、希少種や亜種のように見た目が変わることはないのだが、経験を積んだことで、本来その個体が覚えないようなスキルを覚え、また身体能力が上昇されている場合がある。

「まあ、望むところって感じだ‼」
「グオオォォオオオァアアアアッ!!!!!」

 ゼルートの魔力をまとった拳と、スケイルグリズリーのストーンバレットをまとった拳が激突し――衝撃で周囲の木々が揺れる。

「ッ、なるほどな。ストーンバレットをまとったことで、身体能力も強化されたのか……結構厄介やっかいだな」

 さらに――

「グオオォォオオオーーーーーッ!!!!」

 これまではむやみやたらに手足を振り回していたスケイルグリズリーが、そんな戦い方では勝てないと考えたのか、何やら構えた。

「なっ⁉ 今度は武術かよ。いくらなんでも成長しすぎじゃないか? これだとCランクどころかBランクでもおかしくないぞ」

 スケイルグリズリーによる構えからの攻撃は、どれもが合理的で的確なものだった。

「おっと。よっ、ほっ。ジャブとストレートのコンビネーションに空手の蹴りまで使うなんてな……普通は絶対にあり得ないぜ」

 過去に何度もグリズリー系の魔物と戦ったことがあるゼルートだが、どの個体も目の前のスケイルグリズリーのように、立派な体術を使うことはなかった。


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