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1巻
1-2
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◇
それから三日が過ぎ、ようやく王都に着いた。ゼルートが初めて目にした王都は予想していたよりも遥かに大きかった。
(あれだな、田舎の人がいきなり新宿や渋谷に来たときの心境みたいなものか。当たり前だけど、店や人の多さも尋常じゃないな)
ガレンが治める領地ではあまり見られない亜人も、たくさん歩いている。
そんなふうに王都の凄さに圧倒されているゼルートに、ガレンが息子の緊張を解こうと話しかける。
「どうしたんだ、ゼルート。あまりにも王都が強烈で言葉が出ないか」
「はい! なんというか……王都はとても凄いところなんだね、父さん!!」
「そうだろう、そうだろう。ここにはお前の知らないものがたくさんあるぞ!」
ガレンはゼルートが喜んでいるのが嬉しいのか、いつもより声が弾んでいる。
「なんであなたがそんな自慢げに語っているのよ、まったく。さあ、まずは教会に行くのよ。観光はそれから」
「よし。それじゃあ、行くとするか」
「とっても楽しみです!!」
四人は教会に向かう。
ゼルートはギフトが二つあることをほとんど確信している。そして、それが戦闘で役立つものであることを強く望んでいた。そうすれば、将来冒険者として活躍できるからだ。
「それにしても、ゼルートはどんなギフトがあるんだろうな。やはりクライレットやレイリアと同じで、攻撃系のギフトかもな」
「あなた、まだギフトがあると決まったわけではないのよ」
「いいや、俺とレミアの子供なんだ。いいギフトを持っているはずだ」
「もう、あなたったら」
レミアがガレンにデレデレな表情を見せる。
(あ~~……砂糖を吐きたくなるくらいに甘い二人だな。甘すぎて、コーヒーも欲しくなってきた。というか、子供の前でそういう会話はしちゃ駄目だろ。そうじゃなかったら、どうするんだよ)
ガレンとレミアに悪気はない。しかし、ギフトの有無や傾向は両親や祖父の遺伝が関係あるとはいえ、必ずしもその通りのものを持っているというわけではない。
(いや、でもマジでギフトを持ってなかったら、ショックのあまり泣きに泣いて、死ぬまで引き籠ってしまう自信がある)
自分をこの世界に転生させてくれた神様を信じてはいる。……だが、改めて考えると、そんな不安が頭をもたげる。
「着いたぞ、ゼルート。ここが教会だ」
ゼルートが色々と考えているうちに、目的の教会に到着していた。
(建物の外観は、前世で見た教会とあまり変わらない気がするな。でも、少々派手ではあるかな?)
王都の教会は、ゼルートが想像していたよりも派手だった。
それもそのはずで、王都は多くのものが国内の他の街と比べて優れている。
それを分かりやすく見せつけるために、建物の外装には力を入れている。
もちろん、内装も手を抜かずに作られている。
「おや、ガレンさん、お久しぶりですね」
教会の中に入ると、奥から五十代半ばの優しそうな人という印象の神父がやって来た。
「お久しぶりです、クラートさん」
「お久しぶりです」
ガレンに続いて、レミアが挨拶をする。
「レミアさんもお久しぶりですね。以前お会いしたのは、レイリアちゃんのときでしたか」
「そうですね。今回は次男のゼルートが五歳になったので、お告げを聞きに来ました。ほら、ゼルート。ご挨拶を」
(父さんたちが世話になっている人なのかな? それなら、しっかり挨拶した方がいいよな)
ゼルートは両親に恥をかかせないように深く頭を下げた。
「初めまして、ゼルート・ゲインルートです。今日はよろしくお願いします」
「これはどうもご丁寧に。この教会の神父、クラートです。いやはや、さすがガレンさんたちのお子さんですね。クライレット君やレイリアちゃんと一緒で、礼儀正しいですね」
「そうでしょう! なんて言ったって、俺とレミアの子供ですからね!!」
クラートの言葉に、ガレンは自慢げに胸を張って答える。
当のゼルートは……親として子供を自慢したいのは分かるものの、精神はすでに大人であるため、恥ずかしいという気持ちの方が強かった。
「ほら、あなたもクラートさんも、お話をするのはいいですけど、ゼルの用事が終わってからにしてくださいね」
「それもそうですね。それではこちらに」
クラートはそう言うと、ゼルートたちを普段は使われていないらしい奥にある部屋の前まで案内する。
「ガレンさんたちは少々お待ちを、それではゼルート君はこちらに」
「はい、分かりました」
ゼルートがクラートについていこうとしたら、ガレンとレミアが声をかけてきた。
「報告を楽しみにしているぞ」
「あまり緊張しないで、気楽にいきなさい」
レミアの言葉はゼルートにとってありがたいものだったが、ガレンは少々プレッシャーになった。
だが、気を取り直してクラートの後に続いて目の前の部屋に入る。そこは、ゼルートが思っていたよりも飾りけのない部屋だった。
ただ、中央に女の人の像がある。
(あれが、この世界の神様なのかもしれないな)
「それではゼルート君、この像の前で祈りを。ギフトがあれば、そのスキル名が頭に浮かんできますからね」
「はい!」
(さ~て、頼むぞ~。この結果で人生が決まるといっても過言じゃないからな)
祈りはじめてから少しして、ゼルートの頭の中にある言葉が浮かんできた。
創造
鑑定眼S
創造と鑑定眼S。それが、ゼルートが与えられたギフトだった。
ちなみに、鑑定眼Sのスキルを有している者はこの世界で数えるほどしかおらず、創造に至ってはゼルートしか有していないスキルだ。
(創造と鑑定眼か。うん、どっちもよさそうなスキルだな。それじゃあ、そろそろ目を開けて…………)
無限の努力
憑魔
ゼルートが目を開けようとしたとき、もう二つ、スキル名が頭に浮かんだ。
これも、ギフトである。通常のスキルは、お告げを聞いたあとにステータスを開かないと確認できないからだ。
(あれ? ……………………なぜに四つ???? 無限の努力と憑魔か………………なんで、もう二つあるんだ???)
鑑定眼Sと創造以外にもギフトを持っていたのは嬉しい。嬉しいのだが……ゼルートとしては、完全に予想外の展開だった。
(ん~~~………………あっ、そうか、そういうことか!! じゃなきゃ説明つかないもんな。このもう二つのギフトは、俺がこの世界に転生するときに、あの老人の神様がくれたものなんだ)
あの神様だけでなく、この世界の神様もギフトを二つくれた。
そうでなければ納得できないので、ゼルートは無理矢理そう決めつけた。
(創造と鑑定眼はなんとなく分かるけど、無限の努力は…………努力し続ければどこまでも、身体能力が上がり続けるのかな)
得た四つのギフトの中で、鑑定眼Sと創造と無限の努力は、どういった効果を持つのか、ゼルートにもなんとなく分かる。だが、憑魔というスキルはどういった効果があるのかいまいち想像できなかった。
(もしかしたら……モンスターの力を自分の身に宿す……的な効果か? それならかなり強力なスキルだな。……っと、スキルについて考えるのもいいけど、そろそろ目を開けないとな)
目を開けると、先程見た神様の像があった。
「ゼルート君、目を開けるのが随分と遅かったですが、体に何か異変でもありましたか?」
そばで見守っていたクラートが、心配そうに声をかける。
「大丈夫です。考え事をしていたので、目を開けるのが遅くなってしまいました」
「そうでしたか。異変がないようで何よりです。ところでギフトはありましたか?」
クラートの問いに、ゼルートはにっこりと笑って答える。
「はい、とてもいいギフトを持っていました」
「そうですか。それはよかったですね」
クラートは自分のことのように嬉しそうに笑う。
その反応に、ゼルートは彼がいい人であるという印象をさらに強める。そして、今のやりとりで一つ気になったことを尋ねる。
「クラートさん、どんなギフトだったかは聞かないんですね」
ゼルートの質問に、クラートは慣れた様子で答えを返す。
「人にギフトについて聞くのは、基本的にマナー違反ですからね。覚えておいた方がいいですよ、ゼルート君」
まだまだ一般常識が身につけきれていないゼルートにとって、これは知っておかなければならない情報だった。
(へ~、確かに相手のギフト……人によっては知られたくない情報を聞くのはよろしくない、か)
「それではそろそろ戻りましょうか」
「はい」
ゼルートはこのとき、早速クラートに対して鑑定眼のスキルを使ってみた。
クラート 53歳 レベル32
職業 神父 元Cランク冒険者
ギフト 短剣術上昇率小
スキル 短剣術レベル6 棍棒術レベル3 投擲術レベル4 気配察知レベル4 罠解除レベル5 火魔法レベル3 水魔法レベル2 土魔法レベル3
(へ~なかなかのステータス……なのか? 基準を知らないからちょっと分かんないな。てか、冒険者から神父に転職ってありなのか? かなり生活様式が変わって大変だと思うんだけどな)
実のところ、クラートのステータスはなかなかのものであり、習得しているスキルのレベルを考えれば、十分ベテランと呼べる域に達している。
さらにゼルートは、ガレンとレミアの元に戻る前に、自分のステータスも確認した。
ゼルート・ゲインルート 5歳 レベル0
職業 貴族の息子
ギフト 創造 鑑定眼S 無限の努力 憑魔
スキル 剣術レベル2 身体強化レベル2 火魔法レベル2 水魔法レベル2 風魔法レベル2 土魔法レベル2 雷魔法レベル2 氷魔法レベル2 光魔法レベル2 闇魔法レベル1 無魔法レベル3
(これは…………まずい、ひじょ~~~~~~~~にまずい!!)
クラートのステータスしか見たことがなくても、自身のステータスが五歳児ではありえないことだけはゼルートにも理解できた。
そして、彼が自分のステータスのことを考えているうちに、目の前には両親がいた。
二人はゼルートが戻ってきたのが分かると、早速近寄ってくる。
「おっ、戻ってきたか。さてさて、どんなギフトを持っていたんだ、ゼルート」
「あなた、まだギフトを持っていると決まったわけではないのよ」
絶対にゼルートにはギフトがあると確信しているガレン。レミアはそんな夫に注意している。
その様子を見たクラートが口を開いた。
「レミアさん、安心してください。どうやらゼルート君は、無事ギフトを持っていたようですよ」
それを聞いたレミアは、ホッとした表情になる。
決めつけてはいけないと注意しつつも、レミアもゼルートはギフトを持っているだろうと思っていたので、実際その通りだったことが分かって安堵し、また嬉しかった。
「それならよかったわ。ゼルートがギフトを持っているか少し心配だったのだけど……でも本当によかったわ」
「いや~さすが俺の息子だ!! それで、どんなギフトだったんだ?」
ガレンは期待に満ちた目でゼルートに尋ねる。
(うっ、あんまりそんな目で見てほしくないんだけどな……内容的には大喜びすると思うんだけど。でも、あんまり人目があるところで、言っていいものでもない気がするからな)
ゼルートとしては、ガレンやレミアには伝えてもいいと思っている。だが、クラートやそこかしこで働いている他の神父たちには知られない方がいいと考えていた。ゼルートのギフトに関する限り、その考えは間違っていなかった。
「いや、あの……」
「どうしたの、ゼル?」
「ギフトに関してなんだけど……あまり人目があるところでは言えないと思って……」
ガレンとレミアとクラートだけでなく、他の神父たちも足を止め、ゼルートを不思議そうに見た。
ゼルートが後から聞いた話によると、お告げを聞いた子供たちは、大抵親にその内容を自慢するらしい。聞くのはマナー違反だが、自分から話す分には問題ないのだろう。
今回のゼルートのような態度を取るのは、王族の子や、公爵家などの貴族でも爵位の高い家の子供のみ。
子供ながらいつも冷静沈着な兄のクライレットも、このときばかりはとても喜んでいたという。
「それはステータスの方も、なのか?」
「はい……」
自分のステータスを思い出し、ゼルートは頷く。
「そうか………………うん!! やっぱり、さすが俺の息子だな!!!」
「へぇ???」
ガレンの予想外の返事に、ゼルートはつい変な声を出してしまった。
「そんなに凄いギフトとステータスだったのだろう?」
その問いに、ゼルートは若干戸惑いながらも答えた。
「う、うん。結構凄いと思います」
「なら、そんな顔をすることはない! もっと胸を張って、それを誇るくらいの態度でいろ‼」
「そうよ、ゼル。もっと喜んでいいのよ」
レミアも嬉しそうに言う。
(………………そうか、俺は考えすぎていたのか)
子供でも大人でも心が躍る能力を手に入れたのだ。ここは素直に喜ぶべきだろう。
はしゃいだところで何もおかしくない。
「よし! それじゃあ、用事も終わったし、王都の観光に行こうか!!」
「そうね。ゼル、約束した通り、欲しいものを買ってあげるわ」
「母さん、本当に!? やったーーーーーっ!!!!」
(うん! やっぱり親から何か買ってもらうってのは、嬉しいものだな)
こうして、執事のレントも入れた四人で、王都の観光が始まる。
精神年齢が青年とはいえ、ゼルートも初めて見るものには当然興味が湧き、飽きない時間であった。
(まあ、母さんの服やアクセサリーの買い物にもつき合わされたんだけどな。父さんもゲッソリしていた……)
そして観光の途中で、ゼルートは刃引きがされていない鉄の剣が欲しいとガレンにねだった。
ガレンは少し渋い顔をしたが、レミアは何も言わない。
レミアが黙っていることから、これについて彼女はすでに了承しているのだと、彼は悟った。
そのため、少し悩みはしたのだが、仕方ないなといった表情で許可を出す。
こうしてゼルートは前世も含めて人生で初めて、本物の真剣を手に入れた。
男として真剣ほど心が躍るものはなく、家に帰るまでゼルートのテンションはマックスであった。
◇
ゼルートたちが王都から家に帰って数日が経った。
その間はこれといった出来事はなかった。ただ、ゼルートはあることを鑑定眼で知り、かなり驚いている。
王都から家に帰る途中でも、ガレンが襲ってきた魔物をあまりにも簡単に倒すので、鑑定眼Sを使ってステータスを覗いてみたところ……開いた口が塞がらなくなるほどに凄かった。
ガレン・ゲインルート 25歳 レベル73
職業 領主 元Aランク冒険者
ギフト 剣豪 剣術上昇率大
スキル 剣術レベル10 槍術レベル7 短剣術レベル6 二刀流レベル8 盾術レベル5 魔剣術レベル8 身体強化レベル7 投擲術レベル6 火魔法レベル7 水魔法レベル5 風魔法レベル7――
二つ名 旋風を纏いし剣豪 神速の騎士
かなり上等なギフトとスキルを有している。
魔力の総量はステータスに映らないのだが、ランクSの鑑定眼を持つゼルートには大体の量が分かった。
(魔力量なら、もしかしたら父さんを超えてるんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった)
ガレンのステータスがこれほどまでに高いのならば、レミアも相当な高ステータスなのではないかと思い、すぐに確認してしまった。
レミア・ゲインルート 25歳 レベル60
職業 なし 元Aランク冒険者
ギフト 基本属性魔法攻撃力大 短剣術上昇率中
スキル 短剣術レベル7 棍棒術レベル5 身体強化レベル4 気配感知レベル6 罠感知レベル6 料理レベル5 裁縫レベル4 火魔法レベル10 水魔法レベル8 土魔法レベル8 風魔法レベル7 雷魔法レベル7 闇魔法レベル6 獄炎魔法レベル4――
二つ名 煉獄姫
レミアのステータスも尋常じゃないほどに凄かった。
感じられる魔力量も、生まれてから今まで意識的に増やし続けているゼルートの五倍以上はある。
(獄炎魔法なんて初めて聞いたわ! あれか、火魔法レベル10まで上げてさらに使い続けると使えるようになる魔法とか、そんな感じか?)
とりあえず、ゼルートは二人がとてつもなく高い実力を持っていることを知った。
なお帰宅してからガレンに、冒険者になるなら、十二歳になったら冒険者の学校に入った方がいい、と言われた。
けれどゼルートとしては、十二歳になったら、そのまま冒険者になりたかった。
(そのために必要なものはあと七年もあれば、自分で揃えられるだろうしな)
――そんなふうにかなり先のことを家の庭で考えていると、ゼルートは自身に近づいてくる足音を耳にした。
「ゼルート、こんなところにいたのか」
やって来たのは、ゼルートの二歳上の兄であるクライレットだった。
クライレットの見た目は、漫画とかに出てきそうな生徒会長のイメージにぴったりであり、さらに期待を裏切らないイケメンである。
クールな見た目だが、ドライというわけではなく、とても優しい。
「どうしたんですか、兄さん?」
すると、クライレットは真剣な顔でゼルートに質問する。
「母様から、ゼルートは魔法使いの才能があると聞いたが、それは本当か?」
予想外の質問だったので、ゼルートは少々驚いた。
(自分のことを才能があるって言うのは、なんか嫌なんだよな。それに、スキルレベルは決して高いとは言えないから、正確なところは分からないし……。だから、曖昧に返しておこう)
「確かに、母さんと魔法の練習をしたりするけど……どうしたの、兄さん?」
「実は、ゼルートに頼みたいことがあってな」
(ほ~それは珍しい。クライレット兄さんは、子供ながらに自分のことはほとんど自分でやってしまうからな)
大抵のことはあっさりできるようになってしまうので親としては寂しい、とレミアはたまにゼルートに愚痴っていた。それをゼルートは、息子に愚痴る話題ではないと思ったが、毎回うんうん頷きながら聞いていた。
そんなクライレットが、弟であるゼルートに何かを頼むのである。
「僕に魔法を教えてほしいんだ。使えないことはない。だが、それほど威力はない。いずれは父さんの跡を継ぐ。なら、今のうちから少しでも強くなって損はないと思ってな」
(は~クライレット兄さんらしい考えだな。でも、なんだかそれだけじゃないような気がするんだよな……)
ゼルートはクライレットの瞳を見て、そう感じた。
「それにな……」
「それに?」
「ほら、あと三か月ほどしたら、王都で貴族の子供たちのお披露目会があるだろ。そのときに他の貴族の子供たちに舐められたくないんだ」
(ああ~そういえばそんなのがあったな。確か、七歳になる年に開かれるんだっけ)
ゼルートの記憶は正しい。この国には、その年に七歳となる貴族の子供たちと彼らの親が王城に招かれ、パーティーが開かれる。子供たちをお披露目するとともに同年代の貴族の子女同士で仲を深めさせようという目的だ。
そういった頼みなら喜んで引き受けよう、とゼルートは決めた。
「いいですよ。早速、広い裏庭に行きましょうか」
「そうだな。よろしく頼むよ」
裏庭に行ったゼルートは、クライレットにどうすれば上手く魔法が使えるかを話しはじめた。
「えっとですね……まずは、魔力量を多くする方法を教えたいと思います」
「うん、よろしく頼む。っと、質問なんだが、魔力量はレベルが上がったときにしか増えないものではないのか?」
「確かにレベルが上がったときにも魔力量は増えます。ですが、他にも方法があるんです」
「それは興味深いな。是非教えてもらおう」
久しぶりに興味津々といった様子の子供らしい顔になっている兄を見て、ゼルートはクライレットもやっぱり中身は子供なんだと安心する。
「この方法は、寝る前にやってください」
「え? 寝る前に? 今とかじゃなくて、寝る前の方がいいのか?」
「はい! 魔力量が増加するうえに、これをやると、もの凄く眠くなり、ぐっすり眠れて一石二鳥なんです!」
「その、一石二鳥というのはいまいち分からないが、すぐに寝られるというのはいいことだな」
「そうでしょう! では、方法を教えますね。今回に限り見てますので、今やってみてください」
「ああ!」
結果を言えば、クライレットはすぐに体内の魔力を全て放出する方法を習得した。
(まあ簡単に言えば、魔力をすべて体の外に出して、限界が来たなって思ったときに、もう少し頑張って残りの魔力をひねり出すって感じだからな。魔力操作が圧倒的に下手くそでない限り、できないことではない)
しかし、この方法を簡単に理解するクライレットなら、次の段階である、脳内のイメージを利用して、魔法を無詠唱で使うやり方も理解できるかもしれないと期待する。
(とはいっても、魔力の放出に成功してしまったため、兄さんは寝てしまったので、次の段階に入るのは明日だな)
それから三日が過ぎ、ようやく王都に着いた。ゼルートが初めて目にした王都は予想していたよりも遥かに大きかった。
(あれだな、田舎の人がいきなり新宿や渋谷に来たときの心境みたいなものか。当たり前だけど、店や人の多さも尋常じゃないな)
ガレンが治める領地ではあまり見られない亜人も、たくさん歩いている。
そんなふうに王都の凄さに圧倒されているゼルートに、ガレンが息子の緊張を解こうと話しかける。
「どうしたんだ、ゼルート。あまりにも王都が強烈で言葉が出ないか」
「はい! なんというか……王都はとても凄いところなんだね、父さん!!」
「そうだろう、そうだろう。ここにはお前の知らないものがたくさんあるぞ!」
ガレンはゼルートが喜んでいるのが嬉しいのか、いつもより声が弾んでいる。
「なんであなたがそんな自慢げに語っているのよ、まったく。さあ、まずは教会に行くのよ。観光はそれから」
「よし。それじゃあ、行くとするか」
「とっても楽しみです!!」
四人は教会に向かう。
ゼルートはギフトが二つあることをほとんど確信している。そして、それが戦闘で役立つものであることを強く望んでいた。そうすれば、将来冒険者として活躍できるからだ。
「それにしても、ゼルートはどんなギフトがあるんだろうな。やはりクライレットやレイリアと同じで、攻撃系のギフトかもな」
「あなた、まだギフトがあると決まったわけではないのよ」
「いいや、俺とレミアの子供なんだ。いいギフトを持っているはずだ」
「もう、あなたったら」
レミアがガレンにデレデレな表情を見せる。
(あ~~……砂糖を吐きたくなるくらいに甘い二人だな。甘すぎて、コーヒーも欲しくなってきた。というか、子供の前でそういう会話はしちゃ駄目だろ。そうじゃなかったら、どうするんだよ)
ガレンとレミアに悪気はない。しかし、ギフトの有無や傾向は両親や祖父の遺伝が関係あるとはいえ、必ずしもその通りのものを持っているというわけではない。
(いや、でもマジでギフトを持ってなかったら、ショックのあまり泣きに泣いて、死ぬまで引き籠ってしまう自信がある)
自分をこの世界に転生させてくれた神様を信じてはいる。……だが、改めて考えると、そんな不安が頭をもたげる。
「着いたぞ、ゼルート。ここが教会だ」
ゼルートが色々と考えているうちに、目的の教会に到着していた。
(建物の外観は、前世で見た教会とあまり変わらない気がするな。でも、少々派手ではあるかな?)
王都の教会は、ゼルートが想像していたよりも派手だった。
それもそのはずで、王都は多くのものが国内の他の街と比べて優れている。
それを分かりやすく見せつけるために、建物の外装には力を入れている。
もちろん、内装も手を抜かずに作られている。
「おや、ガレンさん、お久しぶりですね」
教会の中に入ると、奥から五十代半ばの優しそうな人という印象の神父がやって来た。
「お久しぶりです、クラートさん」
「お久しぶりです」
ガレンに続いて、レミアが挨拶をする。
「レミアさんもお久しぶりですね。以前お会いしたのは、レイリアちゃんのときでしたか」
「そうですね。今回は次男のゼルートが五歳になったので、お告げを聞きに来ました。ほら、ゼルート。ご挨拶を」
(父さんたちが世話になっている人なのかな? それなら、しっかり挨拶した方がいいよな)
ゼルートは両親に恥をかかせないように深く頭を下げた。
「初めまして、ゼルート・ゲインルートです。今日はよろしくお願いします」
「これはどうもご丁寧に。この教会の神父、クラートです。いやはや、さすがガレンさんたちのお子さんですね。クライレット君やレイリアちゃんと一緒で、礼儀正しいですね」
「そうでしょう! なんて言ったって、俺とレミアの子供ですからね!!」
クラートの言葉に、ガレンは自慢げに胸を張って答える。
当のゼルートは……親として子供を自慢したいのは分かるものの、精神はすでに大人であるため、恥ずかしいという気持ちの方が強かった。
「ほら、あなたもクラートさんも、お話をするのはいいですけど、ゼルの用事が終わってからにしてくださいね」
「それもそうですね。それではこちらに」
クラートはそう言うと、ゼルートたちを普段は使われていないらしい奥にある部屋の前まで案内する。
「ガレンさんたちは少々お待ちを、それではゼルート君はこちらに」
「はい、分かりました」
ゼルートがクラートについていこうとしたら、ガレンとレミアが声をかけてきた。
「報告を楽しみにしているぞ」
「あまり緊張しないで、気楽にいきなさい」
レミアの言葉はゼルートにとってありがたいものだったが、ガレンは少々プレッシャーになった。
だが、気を取り直してクラートの後に続いて目の前の部屋に入る。そこは、ゼルートが思っていたよりも飾りけのない部屋だった。
ただ、中央に女の人の像がある。
(あれが、この世界の神様なのかもしれないな)
「それではゼルート君、この像の前で祈りを。ギフトがあれば、そのスキル名が頭に浮かんできますからね」
「はい!」
(さ~て、頼むぞ~。この結果で人生が決まるといっても過言じゃないからな)
祈りはじめてから少しして、ゼルートの頭の中にある言葉が浮かんできた。
創造
鑑定眼S
創造と鑑定眼S。それが、ゼルートが与えられたギフトだった。
ちなみに、鑑定眼Sのスキルを有している者はこの世界で数えるほどしかおらず、創造に至ってはゼルートしか有していないスキルだ。
(創造と鑑定眼か。うん、どっちもよさそうなスキルだな。それじゃあ、そろそろ目を開けて…………)
無限の努力
憑魔
ゼルートが目を開けようとしたとき、もう二つ、スキル名が頭に浮かんだ。
これも、ギフトである。通常のスキルは、お告げを聞いたあとにステータスを開かないと確認できないからだ。
(あれ? ……………………なぜに四つ???? 無限の努力と憑魔か………………なんで、もう二つあるんだ???)
鑑定眼Sと創造以外にもギフトを持っていたのは嬉しい。嬉しいのだが……ゼルートとしては、完全に予想外の展開だった。
(ん~~~………………あっ、そうか、そういうことか!! じゃなきゃ説明つかないもんな。このもう二つのギフトは、俺がこの世界に転生するときに、あの老人の神様がくれたものなんだ)
あの神様だけでなく、この世界の神様もギフトを二つくれた。
そうでなければ納得できないので、ゼルートは無理矢理そう決めつけた。
(創造と鑑定眼はなんとなく分かるけど、無限の努力は…………努力し続ければどこまでも、身体能力が上がり続けるのかな)
得た四つのギフトの中で、鑑定眼Sと創造と無限の努力は、どういった効果を持つのか、ゼルートにもなんとなく分かる。だが、憑魔というスキルはどういった効果があるのかいまいち想像できなかった。
(もしかしたら……モンスターの力を自分の身に宿す……的な効果か? それならかなり強力なスキルだな。……っと、スキルについて考えるのもいいけど、そろそろ目を開けないとな)
目を開けると、先程見た神様の像があった。
「ゼルート君、目を開けるのが随分と遅かったですが、体に何か異変でもありましたか?」
そばで見守っていたクラートが、心配そうに声をかける。
「大丈夫です。考え事をしていたので、目を開けるのが遅くなってしまいました」
「そうでしたか。異変がないようで何よりです。ところでギフトはありましたか?」
クラートの問いに、ゼルートはにっこりと笑って答える。
「はい、とてもいいギフトを持っていました」
「そうですか。それはよかったですね」
クラートは自分のことのように嬉しそうに笑う。
その反応に、ゼルートは彼がいい人であるという印象をさらに強める。そして、今のやりとりで一つ気になったことを尋ねる。
「クラートさん、どんなギフトだったかは聞かないんですね」
ゼルートの質問に、クラートは慣れた様子で答えを返す。
「人にギフトについて聞くのは、基本的にマナー違反ですからね。覚えておいた方がいいですよ、ゼルート君」
まだまだ一般常識が身につけきれていないゼルートにとって、これは知っておかなければならない情報だった。
(へ~、確かに相手のギフト……人によっては知られたくない情報を聞くのはよろしくない、か)
「それではそろそろ戻りましょうか」
「はい」
ゼルートはこのとき、早速クラートに対して鑑定眼のスキルを使ってみた。
クラート 53歳 レベル32
職業 神父 元Cランク冒険者
ギフト 短剣術上昇率小
スキル 短剣術レベル6 棍棒術レベル3 投擲術レベル4 気配察知レベル4 罠解除レベル5 火魔法レベル3 水魔法レベル2 土魔法レベル3
(へ~なかなかのステータス……なのか? 基準を知らないからちょっと分かんないな。てか、冒険者から神父に転職ってありなのか? かなり生活様式が変わって大変だと思うんだけどな)
実のところ、クラートのステータスはなかなかのものであり、習得しているスキルのレベルを考えれば、十分ベテランと呼べる域に達している。
さらにゼルートは、ガレンとレミアの元に戻る前に、自分のステータスも確認した。
ゼルート・ゲインルート 5歳 レベル0
職業 貴族の息子
ギフト 創造 鑑定眼S 無限の努力 憑魔
スキル 剣術レベル2 身体強化レベル2 火魔法レベル2 水魔法レベル2 風魔法レベル2 土魔法レベル2 雷魔法レベル2 氷魔法レベル2 光魔法レベル2 闇魔法レベル1 無魔法レベル3
(これは…………まずい、ひじょ~~~~~~~~にまずい!!)
クラートのステータスしか見たことがなくても、自身のステータスが五歳児ではありえないことだけはゼルートにも理解できた。
そして、彼が自分のステータスのことを考えているうちに、目の前には両親がいた。
二人はゼルートが戻ってきたのが分かると、早速近寄ってくる。
「おっ、戻ってきたか。さてさて、どんなギフトを持っていたんだ、ゼルート」
「あなた、まだギフトを持っていると決まったわけではないのよ」
絶対にゼルートにはギフトがあると確信しているガレン。レミアはそんな夫に注意している。
その様子を見たクラートが口を開いた。
「レミアさん、安心してください。どうやらゼルート君は、無事ギフトを持っていたようですよ」
それを聞いたレミアは、ホッとした表情になる。
決めつけてはいけないと注意しつつも、レミアもゼルートはギフトを持っているだろうと思っていたので、実際その通りだったことが分かって安堵し、また嬉しかった。
「それならよかったわ。ゼルートがギフトを持っているか少し心配だったのだけど……でも本当によかったわ」
「いや~さすが俺の息子だ!! それで、どんなギフトだったんだ?」
ガレンは期待に満ちた目でゼルートに尋ねる。
(うっ、あんまりそんな目で見てほしくないんだけどな……内容的には大喜びすると思うんだけど。でも、あんまり人目があるところで、言っていいものでもない気がするからな)
ゼルートとしては、ガレンやレミアには伝えてもいいと思っている。だが、クラートやそこかしこで働いている他の神父たちには知られない方がいいと考えていた。ゼルートのギフトに関する限り、その考えは間違っていなかった。
「いや、あの……」
「どうしたの、ゼル?」
「ギフトに関してなんだけど……あまり人目があるところでは言えないと思って……」
ガレンとレミアとクラートだけでなく、他の神父たちも足を止め、ゼルートを不思議そうに見た。
ゼルートが後から聞いた話によると、お告げを聞いた子供たちは、大抵親にその内容を自慢するらしい。聞くのはマナー違反だが、自分から話す分には問題ないのだろう。
今回のゼルートのような態度を取るのは、王族の子や、公爵家などの貴族でも爵位の高い家の子供のみ。
子供ながらいつも冷静沈着な兄のクライレットも、このときばかりはとても喜んでいたという。
「それはステータスの方も、なのか?」
「はい……」
自分のステータスを思い出し、ゼルートは頷く。
「そうか………………うん!! やっぱり、さすが俺の息子だな!!!」
「へぇ???」
ガレンの予想外の返事に、ゼルートはつい変な声を出してしまった。
「そんなに凄いギフトとステータスだったのだろう?」
その問いに、ゼルートは若干戸惑いながらも答えた。
「う、うん。結構凄いと思います」
「なら、そんな顔をすることはない! もっと胸を張って、それを誇るくらいの態度でいろ‼」
「そうよ、ゼル。もっと喜んでいいのよ」
レミアも嬉しそうに言う。
(………………そうか、俺は考えすぎていたのか)
子供でも大人でも心が躍る能力を手に入れたのだ。ここは素直に喜ぶべきだろう。
はしゃいだところで何もおかしくない。
「よし! それじゃあ、用事も終わったし、王都の観光に行こうか!!」
「そうね。ゼル、約束した通り、欲しいものを買ってあげるわ」
「母さん、本当に!? やったーーーーーっ!!!!」
(うん! やっぱり親から何か買ってもらうってのは、嬉しいものだな)
こうして、執事のレントも入れた四人で、王都の観光が始まる。
精神年齢が青年とはいえ、ゼルートも初めて見るものには当然興味が湧き、飽きない時間であった。
(まあ、母さんの服やアクセサリーの買い物にもつき合わされたんだけどな。父さんもゲッソリしていた……)
そして観光の途中で、ゼルートは刃引きがされていない鉄の剣が欲しいとガレンにねだった。
ガレンは少し渋い顔をしたが、レミアは何も言わない。
レミアが黙っていることから、これについて彼女はすでに了承しているのだと、彼は悟った。
そのため、少し悩みはしたのだが、仕方ないなといった表情で許可を出す。
こうしてゼルートは前世も含めて人生で初めて、本物の真剣を手に入れた。
男として真剣ほど心が躍るものはなく、家に帰るまでゼルートのテンションはマックスであった。
◇
ゼルートたちが王都から家に帰って数日が経った。
その間はこれといった出来事はなかった。ただ、ゼルートはあることを鑑定眼で知り、かなり驚いている。
王都から家に帰る途中でも、ガレンが襲ってきた魔物をあまりにも簡単に倒すので、鑑定眼Sを使ってステータスを覗いてみたところ……開いた口が塞がらなくなるほどに凄かった。
ガレン・ゲインルート 25歳 レベル73
職業 領主 元Aランク冒険者
ギフト 剣豪 剣術上昇率大
スキル 剣術レベル10 槍術レベル7 短剣術レベル6 二刀流レベル8 盾術レベル5 魔剣術レベル8 身体強化レベル7 投擲術レベル6 火魔法レベル7 水魔法レベル5 風魔法レベル7――
二つ名 旋風を纏いし剣豪 神速の騎士
かなり上等なギフトとスキルを有している。
魔力の総量はステータスに映らないのだが、ランクSの鑑定眼を持つゼルートには大体の量が分かった。
(魔力量なら、もしかしたら父さんを超えてるんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった)
ガレンのステータスがこれほどまでに高いのならば、レミアも相当な高ステータスなのではないかと思い、すぐに確認してしまった。
レミア・ゲインルート 25歳 レベル60
職業 なし 元Aランク冒険者
ギフト 基本属性魔法攻撃力大 短剣術上昇率中
スキル 短剣術レベル7 棍棒術レベル5 身体強化レベル4 気配感知レベル6 罠感知レベル6 料理レベル5 裁縫レベル4 火魔法レベル10 水魔法レベル8 土魔法レベル8 風魔法レベル7 雷魔法レベル7 闇魔法レベル6 獄炎魔法レベル4――
二つ名 煉獄姫
レミアのステータスも尋常じゃないほどに凄かった。
感じられる魔力量も、生まれてから今まで意識的に増やし続けているゼルートの五倍以上はある。
(獄炎魔法なんて初めて聞いたわ! あれか、火魔法レベル10まで上げてさらに使い続けると使えるようになる魔法とか、そんな感じか?)
とりあえず、ゼルートは二人がとてつもなく高い実力を持っていることを知った。
なお帰宅してからガレンに、冒険者になるなら、十二歳になったら冒険者の学校に入った方がいい、と言われた。
けれどゼルートとしては、十二歳になったら、そのまま冒険者になりたかった。
(そのために必要なものはあと七年もあれば、自分で揃えられるだろうしな)
――そんなふうにかなり先のことを家の庭で考えていると、ゼルートは自身に近づいてくる足音を耳にした。
「ゼルート、こんなところにいたのか」
やって来たのは、ゼルートの二歳上の兄であるクライレットだった。
クライレットの見た目は、漫画とかに出てきそうな生徒会長のイメージにぴったりであり、さらに期待を裏切らないイケメンである。
クールな見た目だが、ドライというわけではなく、とても優しい。
「どうしたんですか、兄さん?」
すると、クライレットは真剣な顔でゼルートに質問する。
「母様から、ゼルートは魔法使いの才能があると聞いたが、それは本当か?」
予想外の質問だったので、ゼルートは少々驚いた。
(自分のことを才能があるって言うのは、なんか嫌なんだよな。それに、スキルレベルは決して高いとは言えないから、正確なところは分からないし……。だから、曖昧に返しておこう)
「確かに、母さんと魔法の練習をしたりするけど……どうしたの、兄さん?」
「実は、ゼルートに頼みたいことがあってな」
(ほ~それは珍しい。クライレット兄さんは、子供ながらに自分のことはほとんど自分でやってしまうからな)
大抵のことはあっさりできるようになってしまうので親としては寂しい、とレミアはたまにゼルートに愚痴っていた。それをゼルートは、息子に愚痴る話題ではないと思ったが、毎回うんうん頷きながら聞いていた。
そんなクライレットが、弟であるゼルートに何かを頼むのである。
「僕に魔法を教えてほしいんだ。使えないことはない。だが、それほど威力はない。いずれは父さんの跡を継ぐ。なら、今のうちから少しでも強くなって損はないと思ってな」
(は~クライレット兄さんらしい考えだな。でも、なんだかそれだけじゃないような気がするんだよな……)
ゼルートはクライレットの瞳を見て、そう感じた。
「それにな……」
「それに?」
「ほら、あと三か月ほどしたら、王都で貴族の子供たちのお披露目会があるだろ。そのときに他の貴族の子供たちに舐められたくないんだ」
(ああ~そういえばそんなのがあったな。確か、七歳になる年に開かれるんだっけ)
ゼルートの記憶は正しい。この国には、その年に七歳となる貴族の子供たちと彼らの親が王城に招かれ、パーティーが開かれる。子供たちをお披露目するとともに同年代の貴族の子女同士で仲を深めさせようという目的だ。
そういった頼みなら喜んで引き受けよう、とゼルートは決めた。
「いいですよ。早速、広い裏庭に行きましょうか」
「そうだな。よろしく頼むよ」
裏庭に行ったゼルートは、クライレットにどうすれば上手く魔法が使えるかを話しはじめた。
「えっとですね……まずは、魔力量を多くする方法を教えたいと思います」
「うん、よろしく頼む。っと、質問なんだが、魔力量はレベルが上がったときにしか増えないものではないのか?」
「確かにレベルが上がったときにも魔力量は増えます。ですが、他にも方法があるんです」
「それは興味深いな。是非教えてもらおう」
久しぶりに興味津々といった様子の子供らしい顔になっている兄を見て、ゼルートはクライレットもやっぱり中身は子供なんだと安心する。
「この方法は、寝る前にやってください」
「え? 寝る前に? 今とかじゃなくて、寝る前の方がいいのか?」
「はい! 魔力量が増加するうえに、これをやると、もの凄く眠くなり、ぐっすり眠れて一石二鳥なんです!」
「その、一石二鳥というのはいまいち分からないが、すぐに寝られるというのはいいことだな」
「そうでしょう! では、方法を教えますね。今回に限り見てますので、今やってみてください」
「ああ!」
結果を言えば、クライレットはすぐに体内の魔力を全て放出する方法を習得した。
(まあ簡単に言えば、魔力をすべて体の外に出して、限界が来たなって思ったときに、もう少し頑張って残りの魔力をひねり出すって感じだからな。魔力操作が圧倒的に下手くそでない限り、できないことではない)
しかし、この方法を簡単に理解するクライレットなら、次の段階である、脳内のイメージを利用して、魔法を無詠唱で使うやり方も理解できるかもしれないと期待する。
(とはいっても、魔力の放出に成功してしまったため、兄さんは寝てしまったので、次の段階に入るのは明日だな)
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