上 下
168 / 244

第168話 何を教えた

しおりを挟む
「戻ってきたみたいだな」

「あぁ~~、なるほど。戻ってくるのが遅かった理由はそれか」

ただ盗賊を討伐して戻ってくる。
それだけなら、時間が掛かっても一時間程度で戻ってこられる。
今のガルフたちにはそれだけの実力があった。

「よぅ、おかえり。面倒な戦いだったか?」

「いや……そんな事は、なかったよ」

「そうか」

盗賊団のアジトには、囚われていた女性冒険者たちがいた。
しかし、彼女たちが人質として扱われ、ガルフたちが被害を被ることはなかった。

「そういえばイシュド、盗賊団のアジトにあいつらが溜め込んでた物はどうするんだ?」

「フィリップ、それは今する話ではないのではなくて? というより、まずあなたはアジトの討伐に参加していなかったでしょう」

「いやいや、それは解ってるっての。けど、そういう話は先に済ませちまった方が良いだろ。なぁ、リーダー」

「……そこでリーダーって呼ぶってことは、フィリップは俺の選択に同意するってことで良いのか?」

「勿論。俺に決定権がないのなんて解り切ってるからな」

イシュドがガルフたち……冒険者達、商人たち、囚われていた女性冒険者たちに顔を向けると、全員が異論を口にすることなく頷いた。

「分かった。それじゃあ、盗賊たちが溜め込んでた物は、お前らで適当に分配してくれ。俺らはいらない」

「「「「「っ!!!???」」」」」

冒険者、囚われていた女性、商人。
全員が驚きを隠せなかった。

「ど、どうして…………い、いや。そういう訳にはいかないよ」

共にアジトへ乗り込んだリーダーの冒険者は、とてもイシュドの選択を素直に受け取れなかった。

「あんた達にも、そちらの女性にも金は必要だろう。こっちはこっちで良い経験を積むことが出来た。だから気にしないでもらって大丈夫なんで」

「そ、そうか……」

「んじゃ、一緒に最寄りの街まで行きましょう」

囚われていた女性は冒険者とはいえ、現在は非常に衰弱した状態であり、商人と護衛の冒険者たちにとっては完全にお荷物。

後で実は死んだという話を耳にするのは目覚めが悪くなってしまうため、イシュドたちは特に何かを貰うことなく最寄りの街まで送り届けた。

ただ……それでは商人や冒険者たちの気が済むわけがなく、礼としてその街でイシュドたちに夕食を奢った。


「んで、話ってなんだ」

既に就寝時間であるにもかかわらず、イシュドはミシェラとイブキに呼び出され、街のバーに訪れていた。

「あなた、ガルフに何を教えましたの」

「……もうちょい細かく話せ。お前が何を聞きたいのか解らん」

何を聞きたいのかは解らないが、やや心配な表情を浮かべるほど聞きたい事がある……ミシェラはそんな表情を浮かべていた。

「イシュド。ガルフは……アジトに居た盗賊と対峙した時、雄叫びを上げながら突っ込みました」

「ふ~~~ん。まだ、嫌な感覚が残ってて、それを払拭する為だろうな。俺も似た様な体験はあるぞ」

イシュドの場合、武者震い故にいつも以上に吼えながら戦ったことが何度かあった。

「ガルフは、一人で半分以上の盗賊を倒しましたのよ」

「振り切ろうとして戦った甲斐ある結果じゃねぇか。もしかして、二人ともガルフに無理させてしまったって思ってんのか? そりゃあいつにとって有難迷惑になるだろ。この先、人を殺す経験なんて何度も経験するだろ」

優しさだけで他者を守れるほど、世の中甘くない。

ガルフは確かに他者に優しいが、それが解ってない甘ちゃんではない……と、イシュドは捉えている。

「それは否定しませんわ。それに、まだそれはそこまで思うところはないわ。問題はその後……盗賊の一人が捉えていた女性を人質に取った時ですわ」

人質に使える人間がいるというのに、それを使わないという選択肢はあり得ない。

「お前らの表情から察するに、ガルフの奴が何とかして助けたってことか」

「……確かに、ガルフが助けましたわ。それはそうなのだけど……ガルフは、私たちに一切相談することなく、瞬時に落ちていた石を投げましたのよ」

「投げられた石は上手く盗賊が武器を持っていた手に当たり、武器を落しました」

「良いじゃねぇか。悪いところなんて、一つもなくねぇか?」

今のところ、イシュドから見てツッコむところは一つもなかった。

だが、二人からすればありありの状態であった。

「あるに決まってますわ!!! まず、何故小声で私たちに相談しなかったんですの!!!」

「仮にガルフ一人で助けるとしても、一人で突っ込むのは得策とは……」

「…………マスター、同じのをもう一杯」

「かしこまりました」

二人の意見を聞き終えるも、イシュドは特に表情を崩すことなくグラスに入っていたカクテルを呑み干し、同じ物を再度頼んだ。

「話を聞いてますの!!??」

「聞いてる聞いてる。ちゃんと聞いてるからバーでそんな大声出すなっての」

「っ…………」

既に多くの住民が寝床に入っているが、バーはいる客たちにとっては、まだまだこれから酒を堪能する時間。

当然、三人がいるバーにも他の客たちがいる。

「そういえば、いつだったか……ガルフから、そういう状況になったらどう動けば良いか質問されたっけな」

「それで、イシュドはどう答えたのですか」

「人質は……人質として形を成してるからこそ、意味がある存在」

イシュドの口から人質、その言葉が零れると同時に、他の客たちの意識が吸い寄せられるように次の言葉を待った。

「人質としての価値をなくしてしまったら、意味がない。だから、基本的にバカ共が人質の首や心臓に刃を添えたところで、死んだから無価値になるから動かせないんだよ」

盗賊たちは、今更誰かの命を奪うことに躊躇するような存在ではない。

だが……シリアルキラーの様な狂った存在でなければ、明確に次は自分が死ぬかもしれないという強烈な圧に耐え切れない。

残った盗賊は、人質という盾が無くなってしまった瞬間、死が確定する。
だからこそ動くべきだとガルフに教えた…………そんなイシュドの思考、考えが……全く理解出来ない程、二人は愚かではなかった。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?

京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。 顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。 貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。 「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」 毒を盛られ、体中に走る激痛。 痛みが引いた後起きてみると…。 「あれ?私綺麗になってない?」 ※前編、中編、後編の3話完結  作成済み。

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

処理中です...