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第118話 今、ここではないだろ

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「ったく、森林火災になってないのは幸いだな」

イシュドの視線の先には……三つの頭を持つ番犬、ケルベロスがいた。

まだイシュドたちの気配は感じ取っておらず、適当な獲物を探している最中。

「っ…………ねぇ、イシュド」

「却下だ」

何を言い出す前に、イシュドはガルフの言葉を遮った。
非常に珍しい光景である。

「ま、まだ言い終わってないんだけど」

「あいつと戦いたいって言うんだろ」

「う、うん。勿論、一人でじゃないよ……フィリップたち、全員で」

戦力に数えられているフィリップとしては、おいちょっと待てとツッコみたいところだが、本当にガルフが少し離れたところに居る化け物に挑むのであれば……一人で活かせる訳にはいかないと、重い腰を上げる。

「俺以外の全員で、ってことか?」

「うん」

チラッと弟と妹に視線を向ける……二人に恐怖心はなく、寧ろ瞳に奥には思いっきりワクワク感が宿っていた。

ミシェラたちに関しては少々違うものの、誰一人として萎えてはおらず、闘志が燃え上がっていた。

「…………却下」

「っ!? ど、どうして」

相手が、気軽に挑める相手ではないことは解っている。

ケルベロスのランクはBであり、まだモンスターの名前や特徴に関して知識は薄いガルフだが、有名どころのモンスターであるケルベロスのランクは知っていた。

「イシュド兄さん……本当に駄目なのですか」

「あぁ、駄目だ」

ガルフ、フィリップ、ミシェラ、イブキ、クリスティール、ダスティン、ヴァルツ、リュネ。
全員歳若くはあるが、同世代の者たちよりも数歩先を歩んでいる。

三次職に就いている者は……一人もいない。
しかし、それでもと思わせる力と輝きが、彼等には確かにある。

だが…………それでも、という野性的な感覚が働き、イシュドは彼等の勇気を押し留めようとした。

「濃い」

「濃い、ですか」

「あぁ……俺の、個人的な感覚かもしれねぇが、解る…………ありゃ、お前ら全員が挑めば勝てるかもな。でも、誰かが死ぬ」

「「「「「「「「っ!!!!」」」」」」」」

「それが一人なのか、二人なのか……それともそれ以上なのか、解らん」

遠い。
加えて、イシュドは獣人という種族の様に、特別鼻が利く種族ではなく、ただの人族。

それでも……何年も戦場で戦い続けた経験から、標的の身に沁みついている血の濃さ……そこから、どれだけ修羅場を潜り抜けてきたのか、殺戮を繰り返してきたのかが解るようになっていた。

「戦ってりゃあ、自分の命をベットしなけりゃならねぇ日はいつかくるだろうよ。一度や二度じゃねぇ……戦場にいりゃあ、嫌というほど体験する」

命を懸けた戦い、それに関してはこの場にいる全員が体験したことがある。

そんな事はイシュドも解っていたが、それでも止める。

「そんな当たり前だ、何度でも乗り越えてみせるとか思ってるかもしれねぇが、別にそれは悪くねぇ……つか、歓迎するってもんだ。けどな……今は、自分の命を投げ捨てでも何かを守りたい時、何かを成し遂げたい時ってわけじゃねぇだろ」

本音のところ、イシュドには自分がいる場で、誰も死なせたくないという思いもある。
ぶっちゃけた話、ヴァルツとリュネに関しては完全な足手纏いにならないにしても、八人の中で一番死ぬ可能性が高い。

ケルベロスの戦闘力を考慮すれば……後ろから眺めていた場合、あと一歩が届かない可能性は十分あった。

「……そう、だね」

「解ってくれたようでなによりだ。まっ、詫びと言っちゃあれだが、あいつとは俺が戦る。ケルベロスがどう動くかでも勉強しててくれ」

そう言うと、家の中を歩くような足取りで獲物を探しているケルベロスの方へと向かった。


「はぁ~~~~…………我儘言って、イシュドを困らせちゃったかな」

友が化け物の方へ向かう姿を見て、ガルフは地面にしゃがみ込み、大きなため息を吐いた。

「ん~~~、別に困ってはいなかったんじゃねぇか? 寧ろ、そういうところは歓迎しそうだし」

フィリップの言う通り、イシュドはなんやかんやでガルフの前のめりな闘志を、勇気を歓迎はしていた。

だが今回ばかりはそれはそれ、これはこれ案件であった。
それだけである。

「けどま、ぶっちゃけ……俺はイシュドが説明した通り、結構ヤバいと思ってた」

「イシュドを抜いた全員で挑んでも、絶対に誰か死んでしまうと」

「そうそう。ここら辺に出現するモンスターはどいつもこいつも強ぇ。そう考えると、あのケルベロスだって他の地域に生息してるケルベロスより強くてもおかしくねぇだろ」

フィリップの言葉に、全員が同意するように頷いた。
ガルフも……変な意地を張ることなく、首を縦に振った。

「それに、イシュドの表情から察するに……何かを感じ取ったのかもな」

「もしかして、仇に近い存在だったとか?」

「それは……違うんじゃねぇか? 仮にそうなら、あのケルベロスが出会った瞬間に、憤怒の表情を浮かべてるだろ。イシュドなら、そういう場面でこそ、あえて冷静にいられると思えなくもないけど……俺としては、逆にケルベロスがションベンちびって逃げ出すほどの圧を零すと思うな」

「俺も、フィリップの考えに賛成だな……しかし、それではイシュドは何を察したのだと思う?」

「俺に話を振られても困るって感じなんすけど。でも、そうだな…………個人的な感覚っすけど、いつか見た傭兵に雰囲気が似てるかな」

その男は、特に性格が悪いわけではなく、常日頃テンションが低いわけでもない。
ただ……フィリップはその傭兵を見た瞬間、何故か返り血を浴びた姿が見えた。
それは勿論錯覚であり、男はあまり身綺麗さを気にしない傭兵ではあるものの、風呂には入っていた。

「それなりの戦闘経験を積んでいる個体かもしれない、ということだな」

「俺の直感っすけどね。まっ……俺の直感が当たってるか否かは、これからの戦いを観れば解るんじゃないっすか」

視線の先では……既にイシュドが雄叫びを上げるケルベロスに対し、好戦的な笑みを浮かべながら、振り下ろされる爪撃に対して鉄拳を振り上げていた。
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