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九百九十七話 例がない

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「全部残しておいてもらっても良いですか」

受付嬢の虎竜に関するディーナへの聞き取りが終わり、解体士たちが丁寧に丁寧に作業を続け……ようやく虎竜と牛飢鬼の解体が終了した。

アラッドは解体された牛飢鬼の素材を……一つも売却するつもりはなかった。

「そ、そうですか……か、かしこまりました」

ギルドとしては、虎竜と同じぐらい牛飢鬼の情報も気になる。
素材に関しては売却するよりも、研究素材として扱いたかったが……断念するしかない。

アラッドが強いだけの平民出身であれば何度か交渉してとギルド側も考えるが、侯爵家の令息という立場を持つ彼に対し、強く出れなかった。

(内臓や脳なども駄目ですか……いったい何に使うのでしょうか?)

貴族界隈ではアラッドが錬金術も嗜んでいるというのは有名な話だが、冒険者界隈ではあまり広まっていない。

とはいえ、実際に内臓や脳を使用するのはアラッドではなく、弟のアッシュであった。

「ディーナさんは、どうしますか」

「……内臓や、脳は売却する…………あと、そうだな。肉も全て、売ろう」

「かしこまりました」

肉を全て売却する。

その判断に、アラッドたち三人は少しだけ反応を示した。

(えぇ~~~~~、全部売っちゃうの!!!???)

(ディーナさんなら、内臓や脳などを売却するなら解るけど、肉も売ってしまうのか…………いや、そうか。少し前までならいざ知らず、今となってはという事かな)

(…………俺たちが、口を出すことじゃないな)

ドラゴンという生物の肉は……基本的に美味い。

火竜であろうと水竜であろうと……それこそ土竜や毒竜といった属性のドラゴン肉であっても、味に多少の差はあれど……美味いという事実は変わらない。

そして虎竜も……モンスターの種族上、竜種……ドラゴンである。
虎という要素が混ざっているものの、それでもどんな珍味なのかと気になる食材である。
だが、今のディーナからすると、その肉は現在自分の相棒となった従魔の親の肉…………それを自分が食べる訳には行かず、名を考えてもらったアラッドたちにも「礼だ、受け取って欲しい」とは言えなかった。

因みに、ディーナは今回そこを忘れてしまっていたが、竜殺しの効果が付与された武器を使えば、もっと強く深いダメージを与えられていた。

「では、少々お待ちください」

ディーナからどれをどれだけ売却するか詳しく聞き、受付嬢は上司に話を持っていき、共に慎重に……本当に慎重に話を進めていく。

Aランクモンスターの素材という時点で、非常に高額であることは間違いない。
だが……虎竜という存在は過去に例がなく、どの素材をどれほどの額で買い取れば良いのかという情報がない。

クロが討伐したAランクモンスター、牛飢鬼に関しては牛飢鬼以外にもミノタウロスから進化を果たしたAランクモン個体が存在するため、ある程度上手く設定できるが……数十分ほど話し合っても結果が出てこなかった。

「申し訳ありません、ディーナさん。売却頂ける素材の額に関して、少しの間お待ちいただいてもよろしいでしょうか」

「あぁ、大丈夫だ」

ディーナもギルド側の事情をある程度把握しているため、無理に今日中に支払ってくれとは言わなかった。

「ディーナさん、この後祝勝会でもするか?」

「……そうだな。祝っても、良いか」

討伐した相手の子が相棒となってしまったが、やはりそれはそれでこれはこれという感情がある。

ディーナは、今夜はアラッドたちと共に夕食を食べようと思った。
だが……それは良い意味で予定変更となった。

「「「「ディーナっ!!!!」」」」

「なっ!!!???」

解体倉庫からギルドのロビーに戻ると、ディーナと交友のある者たちが一斉に駆け寄って来た。

パワータイプであるディーナとはいえ、決してレベルが低くない面々に飛び掛かられるとバランスを崩しそうになるが……なんとかギリギリのところで耐えた。

「っしゃ!!!!!!!! 主役が来たぜ!!!!!!!」

これまたディーナと顔見知りである男性冒険者が直ぐにエールの入った杯を渡し、アラッドたちにも渡していく。

「んじゃ、ディーナが宿敵をぶっ飛ばした快挙に、乾杯!!!!!!!!」

「「「「「「「「「「乾杯!!!!!!!」」」」」」」」」」

「………………ふふ……ありがとう。乾杯」

先程ロビーで行われた受付嬢とのやり取りで、ディーナが両親を殺した仇である虎竜を倒した……しかもなんだかんだでアラッドたちの手を借りるということもなく、一人で討伐した。

その話は直ぐに広まり、ロビーいた者……話を聞いた者は、直ぐに祝勝会の……もとい宴会の準備を始めた。

ロビーにはあまりディーナと交流のない冒険者たちもいるが、彼らも祝いたかった。
彼等の多くも知っている……親しい者をモンスターに殺される悲しみ、そこからくる憎しみを。

だが、ディーナという冒険者は見事乗り越え、怨敵を討ち滅ぼした。
例え彼女の実力に嫉妬している者であったとしても……今回の一件を祝わない理由はなかった。
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