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九百十二話 事故?

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「…………」

「…………」

動いた瞬間、そこから数十秒で決まる。

それを感じ取った両者は、動けないでいた……と思ったのも束の間、スティームと黒色のリザードマン、二人ともほぼ同じタイミングでその場から駆け出した。

「「ッ!!!!!」」

双剣とロングソードでは、手数ではスティームの方が勝っている。
しかし、一撃の剣速はロングソードを扱う黒色のリザードマンの方が上回っていた。

それはスティームが雷を纏い、身体能力を上げている状態であっても……闇を全うリザードマンの方が上であった。

(くッ!! 本当に、上手い……モンスターにこの言葉を、使うのはおかしいかも、しれないけど……達人って感じるほど、上手いっ!!!)

剣速では勝っていても、その差を埋めるのが手数。

右手の刃を弾かれれば、左手の刃で攻めれば良い。
それだけの話なのだが……黒色のリザードマンは、的確にスティームの刃を、万雷を弾いてくる。

右手の刃を弾く……それだけでは終わらず、右半身ごと弾き飛ばされれば、左手で放つ斬撃は完全に手打ちになってしまう。

(それならっ!!!)

まともな斬撃を放てないのであれば、近距離から斬撃波を放てば良い。
しかも、スティームは大まかに捉えようとするのではなく、敢えて踏み込まれたらヤバい部分に向かって斬撃波を放つ。

それにより、黒色のリザードマンは容易に躱すことが出来るが、決め手となる斬撃を叩き込めない。

(流石、並々ならぬ使い手ッ!!!!!)

スティームが放った斬撃波の意図を読み取ったリザードマンは、更にスティームの評価を上げた。

これまで自分が戦ってきた双剣を扱う戦闘者たちの中で、総合的に見て目の前の人間が一番強い。
だからこそ……更に闘志が燃え上がる。

四対六でスティームがやや不利……といった戦況が十秒ほど続いたタイミングで、事故が起こった。

「っ!?」

初めて戦う場所だから……という言葉は、戦場では言い訳にしかならない。

スティームが闇の斬撃波を回避した先の自慢が、ほんの少し崩れた。
それにより、スティームは前方に倒れ込んだ。

(好機ッ!!!!!!!)

叶うことなら、敵がミスをしたタイミングを狙って斬り倒すという選択は取りたくない。
強敵の全力を打ち破ってこそ、勝利の価値が高まり、闘争心を満たすことが出来る。

しかし、ある程度自分が出会った中で、総合的に見て最強と言える双剣士とそれなりに戦えた。
そして目の前の双剣士を殺せば、まだ自分は生き延びることが出来……更に強き者と戦うことが出来る。

だからこそ、黒色のリザードマンには決定的なスティームの隙を敢えて見逃す理由がなく、剣技……アッドスラッシュを叩き込んだ。

(むっ!!??)

確かに、リザードマンはスティームにアッドスラッシュを叩き込んだ。

斬った、と感じないほど滑らかに……理想の斬撃を叩き込んだ経験は、あった。

しかし……今のは違うと、いつか感じた最高の斬撃とは違うと断言出来る。
だからこそ、斬った感触を感じなかったことに、違和感を覚えた。

「ぐっ!!!!!!」

「流石ですね」

背後を振り返ると、そこには先程までの雷とは異なる赤色の雷を纏うスティームの姿があった。

先程の転倒は……決して、演技ではなかった。
ミスをしてしまったという自覚はあった。
決して、戦場でやってしまってはいけないミスだと……だからこそ、スティームは迷うことなく、黒色リザードマンのアッドスラッシュを食らう前に赤雷を纏うことが出来た。

どちらが相手の決定的なミスに食らいついた瞬間、それが勝負を決める瞬間になるとスティームは思っていた。

これで勝負が終わる……そう強く感じ、思う程……確信してしまう程、生物は油断してしまう。
それは人間もモンスターも変わらない。

(誘われて、しまったのかッ!!!!!)

なんとか隠し切れなかったスティームの殺意に反応することで、死角からの一撃を防ぐことに成功。

だが……赤雷を身に纏ったスティームは、先程まで刃を交えていたスティームとは異なる。

(これが、奴の、スティームの真の実力、ということが……我が、愚かだったなッ!!!!!!!!!!!)

「っ!!」

この期に及び、黒色のリザードマンは笑みを浮かべた。

目の前のスティームという人間は、自分の想像を上回る最強の双剣士だった。
であれば、先程の自分は何故生き延び……別の戦いを考えてしまったのかと。

何を、愚かな事をしてしまったのかと。
自分で口にしていた……戦いたい人間は他にもいる。だが、その機会は訪れないだろうと。

何故……この戦いが最後になると、だからこそ死力を尽くさなければならないことを忘れてしまったのかと。

だからこそ、黒色リザードマンは自分を愚か者と罵り……その上で、笑みを浮かべた。
死ぬ可能性が非常に高いと、本能が察している。
生物としての本能は、今すぐこの場から逃げるべきだと警鐘を鳴らしている。

だが、戦う者としての本能は、最高の戦場だと……全てを懸けるには、死ぬには良い日だと高らかに叫んでいた。

「ヌゥゥウウウァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」

ここが最後の戦場だと、全てを出し尽くさんと吼える黒色リザードマンを相手に……スティームは少なからず敬意を感じているからこそ、油断というミスは欠片もなく……五手、十手、ニ十手……三十手を迎え、万雷が確実に左腕を捉えた。
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