スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai

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八百六十九話 血肉にならない

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「げほ、げほ……申し訳ありませんでした、フローレンス様」

「何を言ってるのですか。あの戦いで、まだまだあなた達が強くなる可能性が生まれました。私は、非常にそれが楽しみです」

負けてしまった。
Bランクモンスターが相手とはいえ、ほぼ完封に近い状態で負けてしまった。

ヴァジュラがアラッドたちと共に行動するようになってから、休日は殆どギルドの訓練場で訓練を行っている。
そのため、初めてスティームと戦った時以上に、ヴァジュラは対人戦に慣れていた。

しかし、二人にとってはそんな事知らず……言い訳にならない。
それでも、これからまだまだ強くなる可能性が生まれたと褒められたのは、素直に嬉しかった。

ただ……ソルはどこか、複雑そうな顔を浮かべていた。
まずヴァジュラとの試合で、相方であるルーナにジェスチャーを送らず、感情の爆発によって無意識に狂化を発動してしまった申し訳なさ。

そして……やはり、これから先、更に強くなるには、狂化を使うことは避けては通れないこと。

(あれを使いこなせないと……でも…………ッ!!)

スキルに罪はない。
そんな事はソルも解っている。
だが、気持ちとは……感情とは、非常に厄介なものである。

考えるだけ無駄だだと、寧ろ開き直れば良いのだと解っているのに、ソルの本心は簡単に納得してくれなかった。

「次、私が戦うわ!!! 誰でも良いから戦りましょう!!」

「それじゃあ、俺が戦ろうか」

今度はスティームと男性騎士が試合を始めた。


「……もうちょい、あいつらの隣に居てやった方が良いんじゃないのか」

「あら、随分と二人に優しいのね」

フローレンスは相変わらずアラッドの隣で同僚とガルーレの試合を観戦していた。

「そんなんじゃねぇっての…………にしても、やっぱあれだな。改めて皮肉が効いてると思っちまうな」

「狂化に関して、ですか?」

「そうだよ。他の肉体強化スキルなら、最初から迷わず使えてただろ」

アラッドの言う通り、他の肉体強化スキルであれば、ソルは初っ端からは使わずともタイミングを見極めて使用していた。

「……やっぱり、フローレンスさんの言う通り、今日はあの二人に優しいね、アラッド」

「ルーナに関しては、単純に技術力を評価してるだけだ。ただ、ソルに関しては……ありゃ気持ちの問題だろ。そこは、簡単にどうこう出来る問題じゃないだろうからな……」

狂化というスキルを得たからといって、もう他の肉体強化スキルを得られないという訳ではない。

ただ、狂化というのは、普通に考えれば狂気さえある程度コントロール出来るようになれば、間違いなく戦況を変えられる手札になりえる。

「その気持ちの問題を、どう解決するかしってそうな顔ですね」

「さぁ……どうだろうな。仮に知ってたとしても、それは他人に教えられて気付くものじゃないだろ」

アラッドは、一応騎士の称号、爵位は持っているが、正式な騎士ではない。
だが、どういった存在なのかは理解している。

(せっかく使える手札が入ったんだ。使わなきゃ勿体ないというのに、使えず民を……同僚を死なせてしまった時に後悔しても遅い。それに気付けるかどうか……まぁ、別に他人が教えても良いとは思うけどな)

ソルは自分の部下ではない。
その為、ソルが自分で気付こうが、誰かに教えてもらって気付こうとも、アラッドにとっては心底どうでも良い話。

ただ……アラッドとしては、そういった事に関しては、自分の頭で至り、理解するからこそ己の血肉になると思っている。

「……やはり、アラッドには冒険者を引退した後、是非とも指導者になってほしいですね」

「そうか……いつ引退するかも解らないし、引退してもそれはそれで錬金術に本腰を入れられるようになる。仮にそういう道に進んだとしても、実家の領地だけでしか行わないだろうな」

「それは残念ですね……しかし、アラッドがいったい何歳まで冒険者として活動し続けるのか、見当が尽きませんね」

アラッドという人間は、肉体的に全盛期を過ぎようとも、強者として戦い続けられることは明白。

寧ろ絶対にそうだと確信しているフローレンスに対し、アラッドは先日スティームたちと三人で話した内容を伝えた。

「別の大陸、ですか……それは、非常に気になると言いますか、冒険者ではない私でも、冒険心がくすぐられる内容ですね」

「そうだろ。いつになるかは解らないが、いずれは別の大陸に渡り、その大陸でも冒険したいと思っている」

もしや、ようやく言語の壁が出てくるか? といった心配もあるが、アラッドはおそらくなんとかなるだろうと思っていた。

「しかし、この大陸だけでも冒険し尽くすのは難しいのではなくて?」

「どうだろうな。クロやファルの移動速度は速い。ヴァジュラもそれなりに速いのを考えると、移動にはそこまで時間は掛からない…………いや、そうだな……おそらく、今後冒険出来ない場所が出てくるだろうな」

「冒険出来ない場所、ですか? …………………………あぁ、なるほど。しかし……でも、そう……ですね。絶対に不可能とは思いませんが、活動し辛いのは間違いないでしょう」

「だろ」

フローレンスもゴリディア帝国との事情、今後の予想に関する情報を知っているため、苦笑いを浮かべながらも確かにと頷くのだった。
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