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八百七話 後悔は、していない

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「旦那様、アラッド様からお手紙が届いています」

「アラッドからかい?」

冒険者として活動している息子から手紙が届く。
フールとしては、この上なく嬉しいこと。

しかし、基本的にアラッドはいくつもの街を探索したのち、纏めて思い出話を纏めて書き……手紙を送っている。

アラッドが実家での休息を終えて旅立ってからの日数を考えれば、既に次の街に進んでいてもおかしくはない。

(手紙がくるのは、後数か月は先だと思ってたけど……衝撃的な出会い、戦いでもあったのかな)

ほんの少しワクワクしながら封を破り、封筒から手紙を取り出して目を通していく。

序盤から中盤手前までに掛けては、フールの表情はいつも通りのニコニコ笑顔だった。
だが……中盤に入ると、目つきが薄っすら鋭くなり、手紙を届けた執事や、書類仕事を手伝っている者たちはその変化で、手紙にはあまりよろしくない事が書かれてある事を察した。

「………………ふぅーーーーーーーー」

「だ、旦那様。大丈夫、でしょうか」

「うん、そうだね。大丈夫……大丈夫だけど、ちょっと新しい紅茶が欲しいかな」

書類仕事を手伝っていた年配の執事はその言葉を聞くと、直ぐに準備に取り掛かる。

先程まで提供していた紅茶とは違い、リラックス効果がある物を使用。

「お待たせしました」

「ありがとう…………ふふ、流石だね」

「恐れ入ります」

ほんの少し、怒りが零れてしまっていた。
それを察するかのように紅茶の種類を変えた執事に賞賛を送り、心を落ち着かせることが出来た。

ただ……怒りが消えたわけではない。

「ところで、もしやアラッド様に何かが」

「そうだね。今のところ、アラッドたちに危害はない。とはいえ、少し無視出来る状況ではないかな」

以前、木竜を異次元に飛ばし、混乱からの暴走を誘発して木竜に最寄りの街を潰させようとした者たち。

その者たちと同じ組織に属する者たちから襲撃を受けた。
アラッドはそれらの報告の後に、個人的に思い付いてしまった可能性に関して記していた。

(…………あの時、撤退ではなく僕一人で討伐したことに、後悔はない)

当時、他の騎士たちを犠牲にすれば、もっと戦力を増やして挑むことも出来なくはなかった。
しかし、当然ながらフールがそれを良しとする訳がなかった。

(だが……それが引き金となり、向こうの戦力を増やすのだけは、避けたい)

結果としてフールが暴風竜ボレアスを一人で討伐したことに対して、恨みを抱える人など一人もいない。

それこそ、恨みを抱えるのはボレアスを慕っていた風竜やボレアスの子といったモンスターのみ。

「ギーラスとルリナ、ガルア…………一応、アリサにも情報を提供しておかないといけないね」

勿論、国王にも息子から伝えられた情報を提供するが、万が一とはいえ子供たちに被害が及ぶかもしれない。

既にギーラスはボレアスの子、ストールを単独で討伐するという功績を上げている。
ルリナとガルアも騎士としての活動を始めており、まだ何年も経っていないが、着実に功績を積み重ねている。

(僕が出れば、それが一番早い。移動も、アラッドが造ってくれた赤龍帝がある…………しかし)

ゴリディア帝国が、完全にアルバース王国と戦争することを決めているのであれば、かつて剣鬼と呼ばれたフールの存在も脅威の一つである事に変わりはない。

仮に……フールが治める街が再び襲撃された場合…………領主という立場上、万が一という思いが捨てきれない。

パーシブル家には多くの実力者がいる。
拠点として活動している冒険者たちのレベルもそれなりに高く、前回の様な襲撃があったとしても、対応出来るだけの戦力がある。

それはフールも解っている。
解ってはいるが……それはそれ、これはこれ。
そもそも領主が不在の状況にしてしまうことは、あまり良い選択とは言えない。

赤龍帝をしようすれば、非常に高速で移動できるものの、確実に一日の間に風竜を探して仕留められるとは限らない。

「…………少し、動きたい」

「かしこまりました」

まだ本日の書類仕事は終っていない。
仕事を手伝っている執事もそれは把握しているが、今のフールにはまだ怒りが残っている。

それが書類仕事に影響する訳ではないにしても、今の状態のまま仕事を行うのは良くない。
そう判断し、仕事が終わってからにしてくださいとは言わなかった。

(フール様のあの表情、雰囲気……アラッド様に危害はなかったと言っていたが、危機に晒そうとした者と遭遇したのは間違いないでしょう)

年配の執事的には、寧ろあのアラッドを狙うなど、逆に自殺行為だと思えたが……フールにとって息子たちが強いと解っていても、そういった人物……組織に狙われれば、どうしても不安の気持ちの方が大きくなる。

執務室から出たフールは訓練場で騎士たちの邪魔にならない様に剣を振り続けた。

そして書類仕事に戻り、夕食を食べ終えた後……国王への手紙、既に騎士として活動している子供たちへの手紙と、子供たちが通っている学園に向けて手紙を書いた。
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