663 / 1,032
六百六十二話 惚れる背中
しおりを挟む
「ふぅーーー…………はぁああああああああアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
「ッ!!! グルルルゥゥウウウウウアアアアアッ!!!!!!!」
一人の冒険者が雄叫びを上げて駆け出し、空を駆けるグリフォンはまだ自身に刃を向ける人間を仕留めるため、余計な思考を捨てて吼えた。
「……アラッド、君はあの冒険者が、本当に一人でグリフォンに勝てると思っているのかい」
三人が到着した時、戦況は……決して互角と言えるものではなかった。
グリフォンの体にも多少の傷はあれど、体力が半分を切っていることはない。
対して、一人残って戦っていた青年の体力は完全に半分を切っており……残り二割から三割といった程度。
アラッドたちが到着しなければ、確実に殺されていただろう。
「さぁ、どうだろうな」
「っ……びっくりするぐらい考えてなかったんだね」
「そうだな。あまり……深く考えていなかった。ただ、強い何かを感じ取った。スティームも、あの人から発せられている覚悟は感じただろ」
「それはそうだけど……」
覚悟。
眼に見える何かではなく、感じることでしか解らない、その人の意志の強さ。
(……迅罰を使っているからか、多分僕たちが着くまでと比べれば、戦況は良い方向に向いている。でも……どうなるかは、まだ解らない)
青年が元々雷魔法を覚えており、雷を武器に纏わせて戦うスタイルが得意だったという事もあって、迅罰に振り回され過ぎているという印象はない。
それでも、スティームの見立てではようやく五分に持っていけたといったところ。
「確かに凄い覚悟というか執念? だったね。もしかして、あのグリフォンに家族か親友、信頼していた先輩でも殺されたのかな」
「どうだろうな。その可能性もあり得そうだが…………俺は、あの人が何かを背負っている様に見える」
「グリフォンを討伐してほしいっていう住民たちからの希望?」
「それもあるだろうけど、他に……別の何かも、背負ってるような気がする」
それを感じ取ってしまったからこそ、覚悟を無下にする対応を取れなかった。
というのは建前ではなく、本音である。
だが……アラッドが青年に己の得物を貸す、それだけしか助力しなかったのには、それよりも大きな理由があった。
(背中を見て惚れたってのは……初めての感覚だな)
漢が漢に惚れた。
アラッドはその感覚を始めて体験した。
「……ここで彼の我儘を無視して手を貸せば、その背負ってる者が崩れ落ちてしまうかもしれない。だから、武器だけを貸すだけに留めたと」
「そんなところだ」
「…………解ったよ。いや、正直まだ納得出来ない部分は少しあるけど、もうそこに関してはあれこれ言わない。でも、一つ確かめたいことがある」
「なんだ?」
「本当に、あのグリフォンが彼に勝ったら、見逃すのかい」
再度、確認しておきたかった。
街を、住民を怯えやかす脅威を……見逃すのかと。
「約束だからな。ただ、もう一度この街にくれば、必ず殺す。そう脅すぐらいはしておこうか」
「……それなら、うん……良いかもね」
適当に言っているのではない。
眼を見れば本気で言っているのだと解る。
(本気のアラッドに脅される、か……モンスターにどこまで記憶力があるのかは解らないけど、その脅迫が本能に刻まられるのだとすれば……トラウマになるかもしれないね)
これまで、本気で戦うアラッドは見たことがある。
最近で言えば、クロと共に挑んだAランクモンスター、轟炎竜との一戦。
スティーム自身は闘技場の戦いで、ほんの一瞬とはいえ、狂化を纏った本気のアラッドと対面出来た。
先日、人に対して強烈な怒りをぶつけた光景は記憶に新しい。
しかし……誰かを本気で脅す光景は見たことがない。
(……ここで彼に殺されたとしても、勝利を得て別の場所に移れたとしても……地獄なのは変わらないかもしれないね)
ほんの少し、グリフォンのこれからに同情するスティーム。
戦況の傾き次第では、この場で殺されてもおかしくない。
だが、なんとか青年を倒せたとしても……強烈という言葉では生温い脅迫を受け、死ぬまでトラウマとして残り続けるかもしれない。
「どうやら……そろそろ、決着が着きそうだな」
第二ラウンドが始まってから数分後、確実に終点に近づいていた覚悟を決めた青年とグリフォンの激闘。
「ぬぅっ!! あぁあああああッ!!!!!」
「ッ!!!???」
迅罰は、正確にはロングソードではなく、木刀に近い。
故に強力な力を持っていれど、最初はロングソードとの違いに戸惑いを感じていたものの、青年は直ぐに扱いを心得た。
決して、剛柔の様に誰かが導いてくれるような感覚があったわけではない。
ただ……青年の負けられないという思いが、圧倒的な速さで迅罰の扱いを把握した。
斬る、切断するのではなく、叩き斬る。
場合によっては弾き飛ばす。
打撃と斬撃が混ざり合った攻撃にグリフォンは大いに苦戦させられた。
爪を使った蹴撃はグリフォンにとって敵を引き裂く大きな武器の一つだが、今の青年にはそれを弾き返す力がある。
遠距離は多数あれど、不用意に放つことだけには集中できない。
では…………逃げる?
それこそ絶対に取ってはならない行動であり、背を向けた瞬間に斬撃刃が迫りくることは明白。
なにより、せっかくのチャンスを自ら不意にすることとなる。
「ッ!!! キィィィイイイイェヤアアアアアアアアアアアッ!!!!」
覚悟を決めた獣は恐ろしい。
だが、それは人間も同じである。
「ッ!!! グルルルゥゥウウウウウアアアアアッ!!!!!!!」
一人の冒険者が雄叫びを上げて駆け出し、空を駆けるグリフォンはまだ自身に刃を向ける人間を仕留めるため、余計な思考を捨てて吼えた。
「……アラッド、君はあの冒険者が、本当に一人でグリフォンに勝てると思っているのかい」
三人が到着した時、戦況は……決して互角と言えるものではなかった。
グリフォンの体にも多少の傷はあれど、体力が半分を切っていることはない。
対して、一人残って戦っていた青年の体力は完全に半分を切っており……残り二割から三割といった程度。
アラッドたちが到着しなければ、確実に殺されていただろう。
「さぁ、どうだろうな」
「っ……びっくりするぐらい考えてなかったんだね」
「そうだな。あまり……深く考えていなかった。ただ、強い何かを感じ取った。スティームも、あの人から発せられている覚悟は感じただろ」
「それはそうだけど……」
覚悟。
眼に見える何かではなく、感じることでしか解らない、その人の意志の強さ。
(……迅罰を使っているからか、多分僕たちが着くまでと比べれば、戦況は良い方向に向いている。でも……どうなるかは、まだ解らない)
青年が元々雷魔法を覚えており、雷を武器に纏わせて戦うスタイルが得意だったという事もあって、迅罰に振り回され過ぎているという印象はない。
それでも、スティームの見立てではようやく五分に持っていけたといったところ。
「確かに凄い覚悟というか執念? だったね。もしかして、あのグリフォンに家族か親友、信頼していた先輩でも殺されたのかな」
「どうだろうな。その可能性もあり得そうだが…………俺は、あの人が何かを背負っている様に見える」
「グリフォンを討伐してほしいっていう住民たちからの希望?」
「それもあるだろうけど、他に……別の何かも、背負ってるような気がする」
それを感じ取ってしまったからこそ、覚悟を無下にする対応を取れなかった。
というのは建前ではなく、本音である。
だが……アラッドが青年に己の得物を貸す、それだけしか助力しなかったのには、それよりも大きな理由があった。
(背中を見て惚れたってのは……初めての感覚だな)
漢が漢に惚れた。
アラッドはその感覚を始めて体験した。
「……ここで彼の我儘を無視して手を貸せば、その背負ってる者が崩れ落ちてしまうかもしれない。だから、武器だけを貸すだけに留めたと」
「そんなところだ」
「…………解ったよ。いや、正直まだ納得出来ない部分は少しあるけど、もうそこに関してはあれこれ言わない。でも、一つ確かめたいことがある」
「なんだ?」
「本当に、あのグリフォンが彼に勝ったら、見逃すのかい」
再度、確認しておきたかった。
街を、住民を怯えやかす脅威を……見逃すのかと。
「約束だからな。ただ、もう一度この街にくれば、必ず殺す。そう脅すぐらいはしておこうか」
「……それなら、うん……良いかもね」
適当に言っているのではない。
眼を見れば本気で言っているのだと解る。
(本気のアラッドに脅される、か……モンスターにどこまで記憶力があるのかは解らないけど、その脅迫が本能に刻まられるのだとすれば……トラウマになるかもしれないね)
これまで、本気で戦うアラッドは見たことがある。
最近で言えば、クロと共に挑んだAランクモンスター、轟炎竜との一戦。
スティーム自身は闘技場の戦いで、ほんの一瞬とはいえ、狂化を纏った本気のアラッドと対面出来た。
先日、人に対して強烈な怒りをぶつけた光景は記憶に新しい。
しかし……誰かを本気で脅す光景は見たことがない。
(……ここで彼に殺されたとしても、勝利を得て別の場所に移れたとしても……地獄なのは変わらないかもしれないね)
ほんの少し、グリフォンのこれからに同情するスティーム。
戦況の傾き次第では、この場で殺されてもおかしくない。
だが、なんとか青年を倒せたとしても……強烈という言葉では生温い脅迫を受け、死ぬまでトラウマとして残り続けるかもしれない。
「どうやら……そろそろ、決着が着きそうだな」
第二ラウンドが始まってから数分後、確実に終点に近づいていた覚悟を決めた青年とグリフォンの激闘。
「ぬぅっ!! あぁあああああッ!!!!!」
「ッ!!!???」
迅罰は、正確にはロングソードではなく、木刀に近い。
故に強力な力を持っていれど、最初はロングソードとの違いに戸惑いを感じていたものの、青年は直ぐに扱いを心得た。
決して、剛柔の様に誰かが導いてくれるような感覚があったわけではない。
ただ……青年の負けられないという思いが、圧倒的な速さで迅罰の扱いを把握した。
斬る、切断するのではなく、叩き斬る。
場合によっては弾き飛ばす。
打撃と斬撃が混ざり合った攻撃にグリフォンは大いに苦戦させられた。
爪を使った蹴撃はグリフォンにとって敵を引き裂く大きな武器の一つだが、今の青年にはそれを弾き返す力がある。
遠距離は多数あれど、不用意に放つことだけには集中できない。
では…………逃げる?
それこそ絶対に取ってはならない行動であり、背を向けた瞬間に斬撃刃が迫りくることは明白。
なにより、せっかくのチャンスを自ら不意にすることとなる。
「ッ!!! キィィィイイイイェヤアアアアアアアアアアアッ!!!!」
覚悟を決めた獣は恐ろしい。
だが、それは人間も同じである。
126
お気に入りに追加
6,112
あなたにおすすめの小説
無能と蔑まれた七男、前世は史上最強の魔法使いだった!?
青空一夏
ファンタジー
ケアニー辺境伯爵家の七男カイルは、生まれつき魔法を使えず、家族から蔑まれて育った。しかし、ある日彼の前世の記憶が蘇る――その正体は、かつて世界を支配した史上最強の大魔法使いアーサー。戸惑いながらも、カイルはアーサーの知識と力を身につけていき、次第に自らの道を切り拓く。
魔法を操れぬはずの少年が最強の魔法を駆使し、自分を信じてくれる商店街の仲間のために立ち上げる。やがてそれは貴族社会すら揺るがす存在へと成長していくのだった。こちらは無自覚モテモテの最強青年になっていく、ケアニー辺境伯爵家の七男カイルの物語。
※こちらは「異世界ファンタジー × ラブコメ」要素を兼ね備えた作品です。メインは「異世界ファンタジー」ですが、恋愛要素やコメディ要素も兼ねた「ラブコメ寄りの異世界ファンタジー」になっています。カイルは複数の女性にもてますが、主人公が最終的には選ぶのは一人の女性です。一夫多妻のようなハーレム系の結末ではありませんので、女性の方にも共感できる内容になっています。異世界ファンタジーで男性主人公なので男性向けとしましたが、男女関係なく楽しめる内容を心がけて書いていきたいです。よろしくお願いします。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
見よう見まねで生産チート
立風人(りふと)
ファンタジー
(※サムネの武器が登場します)
ある日、死神のミスにより死んでしまった青年。
神からのお詫びと救済を兼ねて剣と魔法の世界へ行けることに。
もの作りが好きな彼は生産チートをもらい異世界へ
楽しくも忙しく過ごす冒険者 兼 職人 兼 〇〇な主人公とその愉快な仲間たちのお話。
※基本的に主人公視点で進んでいきます。
※趣味作品ですので不定期投稿となります。
コメント、評価、誤字報告の方をよろしくお願いします。
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる