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六百五十二話 売るのか否か

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(なんだ……この感覚)

リーチが短い双剣を使うスティームは、基本的に小回りを利かせながら戦う。

自分がロングソードを一応扱えはするが、アラッドには到底及ばない。

アラッドはロングソード以外にも魔法、体技、糸、そして得物に関してはスティームと同じく双剣以外にも短剣や槍、戦斧なども扱え……まさに武芸百般。
というか……ちょっと色々とおかしい総合戦闘家。

しかし、そんな中でもロングソードの扱いは頭一つ抜けており、アラッドが一流であれば、自分は三流レベルだと断言出来る。

にもかかわらず、何故か剛柔を握って適当に降り始めると……自然と、小回りを利かせて剣を振るうスティームに適した動きが出来た。

(僕、こんな事出来たっけ?)

残念ながら出来なかった。

双剣を使って戦う時の感覚をロングソードに落とし込む。
言うは簡単だが、そう簡単に出来れば技術の習得に苦労はしない。

武芸百般レベルのアラッドであっても、元はこの世界の住人ではないからこその珍しさ、強烈な興味が消えないからこそ苦労を苦労と思わない精神で長い時間をかけ、二流か一流半……もしくは一流レベルへと技術を引き上げた。

しかし……今、スティームはもし自分がロングソードを振るうのであれば、という想定の中でイメージとピッタリな動きを実演出来ていた。

「……す、凄いね、これ」

単純過ぎる感想しか出てこない。

とはいえ、今しがた体験した感覚を上手く説明できない。

「…………ガルーレ」

「おっ、私も振るって良いの?」

「勿論だよ。なんて言うか……凄いよ。ね、アラッド」

「そうだな。今のところ、とりあえず凄いという言葉しか出てこない」

パーティーメンバーの二人が言葉は単純であれど、大絶賛。

ならばと、ガルーレも同業者たちの視線を気にすることなく剛柔を振るい始めた。

その剣舞は先程までスティームが行っていた細かく鋭くといった内容とは違い、荒々しく豪快にという言葉が相応しい。
だが、ただ大雑把に振るっているのではなく、仮に敵と戦っているのであれば……確実に致命傷を与える一撃を放っている。

同業者たちの中には、首から……もしくは胸、脇などから鮮血が噴き出す幻影が見えた。

「な~るほど~~~。確かにこれは……あれだね、凄い!!!!」

とにかくガルーレも二人と同じだ大絶賛だった。

「とりあえずその言葉しか出てこないよな…………さて」

先程までニコニコと優しさすら感じる笑みを浮かべていたアラッドの顔が、一気に引き締まった。

「同業者の方々……剛柔は俺たちが引き抜いた訳だが、文句はないよな?」

主人にそのつもりはない。
ただ、軽く脅すだけ。
それを直ぐに理解したクロはゆっくりと冒険者たちの方に顔を向け、ポーズだけ戦るなら戦るぞという姿勢を見せる。

そしてその意図をストームファルコンのファルも察し、翼を大きく広げる。

「も、勿論だ。あんたが引き抜いたというのは、この眼でしっかり見てた」

「そうか、それは良かった。それなら大丈夫そうだな……先に行っておくが、もし後ろから襲い掛かってくるなら、手加減は出来ない」

当たり前だが、アラッドはこれまでに盗賊とぶつかっており、実際に人を殺したことがある。

ある一定のラインまで実力と経験が高まると、冒険者として真の意味で童貞を捨てたかどうか解るようになる。
今アラッドが同業者たちに向けている眼は、間違いなく真の意味で童貞を捨てたもの。

そこまで深く解っていない者であっても、アラッドの言葉に対して素早く首を縦に振った。

まだ二十も越えてない小僧が生意気過ぎる?
確かに態度どころか見た目も生意気だが、それでもここには先程の剣舞を見て……アラッドが優れた実力者であることが解らないバカは居なかった。

加えて、巨狼と巨隼が共に行動しているという点で、目の前の面子があのアラッドを含む新進気鋭パーティーであることが解る。
そして情報が正しければ……従魔の巨隼はBランク、巨狼の方は更にワンランク上のAランク。

この場にそんな化け物たちに勝てると豪語できるバカは一人もいなかった。

「物分かりの良い同業者たちで良かった。では、皆さんも気を付けて下山してくれ」

「あ、あぁ」

そう言ってアラッドとガルーレはクロの背に乗り、スティームはファルの背に乗ってあっという間に下山した。


「…………はぁ~~~~~。マジか~~~~~……売って浴びるほど酒を呑めると思ったんだけどな~~~」

「そりゃ俺らも同じだよ。あれをエスペラーサ家に売れば、それこそ大抵のやりたい事が出来た」

「新しい武器も買えたし……多分、欲しいスキルブックも買えただろうな」

「……あれだけの面子が揃っている。それを考えれば、彼らがどこかでこの鉱山のボスと言える存在を倒したのかも
しれないな」

とある冒険者がドンピシャな要因を言い当てた。

半ダンジョン化したリバディス鉱山は……最大の宝である剛柔を、他の探索者に渡すつもりはなかった。
今回は二人が同意していることもあってアラッドが抜いたが、スティームかガルーレが抜こうとしても、あっさりと抜けた。

「この鉱山のボスねぇ…………つ~かさ、あの三人……剛柔をエスペラーサ家に売るのか?」

「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

この場に居る冒険者たちは、皆そのつもりだった。
剛柔という武器は確かに……非常に魅力的ではあるが、それを売って得られる大金の方が魅力的であると感じている。

しかし……自分たちには解らないが、剛柔を振るい、剣舞を行った三人の表情からして……とても売るとは思えなかった。
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