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五百十五話 それが礼儀

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モヤモヤした気持ちがそれなりにスッキリしたエレムは上手く気持ちを切り替えることができ、もうアラッドに絡むことはなく……自分の道を進もうと決め、行動し続けた。

「そういえばあの日以降、あの正義感が強いお兄さんは絡んで来なくなったね」

「みたいだな」

とはいえ、絡まれた二人はまたエレムが面倒な理由で絡んでくるのではないかと、やや構えていた。

「まっ、絡んで来なくなったなら、それで良いだろ」

「それはそうなんだけどさ……あんまりこう言うのはあれだけど、結構めんどくさそうな人だったじゃん」

「そうだな。そこそこ頭が固そうな人って印象が強いな」

アラッドも正直なところ、もう一回か二回は絡まれるかと覚悟していた。

「…………もしかしたら、その人の話は素直に聞く……そんな先輩が偶々いたのかもしれないな」

「一緒に討伐しようとしてる人たちの中に、そういう人がいたってこと?」

「多分な。どういう人かは知らないが、人生経験豊富な人なんだろうな……誰か知らないけど、もし知れたら一言礼を言っておいた方が良いな」

正義感が強そうな先輩冒険者を良い感じに落ち着かせてくれた冒険者は誰なのか……それは意外と早く解ることになった。


「チッ!!!! 出遅れたか!!!」

アラッドとスティームがエレムに絡まれてから約五日後、探索中に多数の攻撃音と……轟く雷鳴が二人の耳に入った。

緊急事態であるため、アラッドはクロの背に乗り、スティームはファルの背に乗って移動。

「……クソ、やっぱりか」

なるべく気付かれない距離で降りて身を隠す。

「あの一番前で戦ってる人って確か……」

「先日、俺たちに絡んで来た正義感が強い先輩冒険者だな」

視線の先には正義感が強い先輩冒険者……その他にも多数の冒険者たちが一体のモンスター……雷獣という強敵を相手に互角の勝負を演じていた。

前衛、中衛、後衛とバランス良く戦力が別れており、雷獣は非常に戦り辛い状況が続いていた。
ただ……それでも先日まで一応知らされていた状態よりも強くなっており、一撃でもモロに物理攻撃を食らえば、致命傷を負わせる攻撃力を有している。

「あれが雷獣、か……速いね」

「無理そうか?」

「うん、普通の状態じゃちょっと無理かな」

意外にもスティームは普段の自分ではまともに戦えないと認めた。

「アラッドと戦った決勝戦……あの時と同じぐらい集中してないと無理だね」

その眼は既に眺めるためではなく、仕留める為の……狩人の観察眼に変わっていた。

「というかさ、このまま眺めてるだけで良いのかな」

「……あれだけあの正義感が強い先輩に真っ向から自分の意見をぶつけたんだ。こうして戦闘を眺めるだけならまだしも、今更同志面して戦いに参加するのは……ダメだろ」

「…………うん、そうだね」

ただただ……二人は戦いが終わるまで観続けた。


「ハッ!!!!!!」

「ッ!! ジェエエァアアアアアッ!!!!」

雷獣は既にAランクモンスタークラスの実力を手に入れていた。

しかし、戦っているのはエレムだけではない。
先日自身が見えてなかった部分を丁寧に教えてくれた先輩、頼れる仲間たちと一緒に戦っている。

一人で戦っている訳ではないと解っていても、雷獣が放つプレッシャーは強く、容易に闘争心を折りにくる。
既に何人かの冒険者は重傷を受け、治療に専念している・

強敵も強敵。
数は多いというのに……今まで体験してきた修羅場がどれもしょうもない戦いだったと思えてくる。
それでも、やはり一人ではないという状況は心強い。

「ぶち込めッ!!! エレム!!!!!!」

「ぅオオオォアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

後衛部隊と中衛部隊が雷獣の気を逸らし、他の前衛のメンバーたちが渾身の一撃を囮に、体勢を崩すためだけに使い……大将へと正気を繋げた。


ここで決められなければ、男ではない!!!!!


今だけはエレムの頭から、心から普段の正義感に溢れた気持ち、心構えやプライドを全て投げ捨て……仲間たちの頑張りを無駄にしない為に、目の前の敵を倒す為だけに全神経を注いだ。

「ジェアッ!!!!!????? …………ッ!!!!!」

「なっ!!」

エレムの旋風を纏った一撃は……決して悪くなかった。

雷獣の毛を裂き、肉を裂いて内臓を裂いた。
最高の、渾身の一撃を叩きこむことに成功し、勝てたと確信しても仕方ない一撃だった。

だが……肝心の心臓に刃がギリギリ届いていなかった。

(死、ぬ…………)

走馬灯が脳内を駆け巡る。
完全に勝ったと思い、気が抜けていたエレムに……まさに野獣の如き形相で襲い掛かる雷獣の爪撃は受け止められず……自身が与えられなかった、完全な死が迫りくる。

「がっ!!!!????」

「ど、ドミトル、さん……」

誰も動けなかった。
理由はエレムと同じく、最後の一刀で勝ったと確信したからだ。

ただ……そんな中で一人、勝ったという安心感を無理矢理破り捨て、未来ある若者の元へ走り出した。

(この傷は……不味い!!!!!!)

ここまで、完全にあと一歩のところまで追い詰めた。
しかし、あと一歩のところまで追い詰めたのはエレムたちだけではなかった。

その自覚が彼らにあったからこそ……悔し涙が流れるも、冷静に逃走という手段を選ぶことが出来た。
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