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三百七十五話 優しい? 俺が?

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「アラッド、お前さんは本当に優しいな」

「優しい? 俺がか?」

同じタイミングで訓練場から出たベテラン冒険者の一人が、アラッドにお前は優しいなと声を掛けた。

だが、アラッドはそんな先輩の言葉に、疑問を持った。

「おぅ、そうだよ。お前意外に誰がいるんだよ。あれだけ同世代の奴らに面倒な視線を向けられて、今回だって金を払ったとはいえ、予想外の申し出だっただろ」

「そうですね。いきなり模擬戦を申し込まれるとは思っていませんでした」

「その申し出に応えた上で、最後の最後には完璧なアドバイスをしてやっただろ。どう考えても、優しい以外の言葉は見つからないって」

「……俺は、別に優しくありませんよ」

先輩冒険者はアラッドの心の広さを大いに褒めた。
周囲の冒険者……話を聞いていたギルド職員でさえ、アラッドは心底優しい大人だと感じた。

しかし、アラッド本人は、自分は別に優しくないと言い切った。

「俺は単純に理想論を彼らに伝えただけですよ。具体的なこれから進む道、行うべきトレーニングなどを伝えた訳ではなく……ただの理想論伝えただけです」

後輩の返しに、先輩は言葉を詰まらせた。
確かにアラッドがルーキーたちに伝えたアドバイスは、理想論だと言われれば……そう思ってしまう内容ではあった。

「その考えは否定出来ねぇけどよ、あいつらも他人から言われなきゃ、その理想論にも気付かなかったろ」

「……普通の人間なら、他人や……先輩たちからその理想論を伝えられたとしても、途中で諦めてしまいますよ。自分より経験を積んでる先輩からの言葉でもあっても、その時がくるまで本当に理想論だとしても、実行すれば良かったと気付けない……だから、理想論なんですよ」

アラッドと先輩冒険者は、ギルドのロビー内で足を止め、向かい合って会話を続ける。

二人は特に喧嘩している訳ではない。
先輩はアラッドが大人だと褒め、褒められた本人はそれを否定し、否定した理由を淡々と述べているだけ。

「あいつらの中に、もしかしたら実行出来る奴がいるかもしれませんけど……そこまで、ストイックな生活は送れないかと」

自分の時とは違い、状況が状況。

日々の生活を自分たちでなんとかせねばならず、何とかする為に……命を懸ける必要がある。
当然、休日はその命懸けのバトルや冒険で溜まった疲れを癒したい。

しかし……アラッドがルーキーたちに伝えたアドバイスを実行する為には、その癒しに使う時間を訓練に当てなければならない。

「まっ、無茶と言えば無茶か……でもよ、それはお前も普通じゃない……って言ってる事で合ってるか?」

「えぇ、俺は自分のことを客観的に見て、普通ではないと解っています」

人生二週目であるからこそ、その理想論が正しいのだと……今しかないのだと、努力に躊躇いを持たない。
他にも幼少期からこの歳になるまで、理想論を実行できた理由は他にもあるが、アラッド本人はそこが一番……自身の利点だと思っている。

「はっはっは!!! そこまで言い切れるか……本当にぶっ飛んでるな。なぁ、もう一言ぐらいあいつらにアドバイスはないか」

先輩冒険者は、この時何故かテンションが昂り、既にアドバイスを伝えたアラッドに、まだないのかと訊いてしまった。

彼らとアラッドの関係を考えれば、普通は答えてくれるわけがない。

「……本当に強くなりたいなら、意識的に常識とかを振り切るしかないですね。強くなれば、嬉しさや楽しさは後から付いてくると思いますよ」

「はは! その通りだな。きっちりあいつらに伝えさせてもらう」

聞く者によっては、少々無責任ならアドバイスに聞こえなくもない。

だが、そう思われるかもしれないアドバイスを伝えても仕方ない。
何故なら……アラッドにとって、彼らは他人なのだから。


(とりあえず、マジリストンに行くか)

墓荒しの事情を探るために、目的地は魔法の研究などについて盛んな都市、マジリストンに向かうと決め、その日の内にゴルドスを出た。
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