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二百八十話 改めても思っても、口にしない

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「アッシュ君、一回だけで良い。私と模擬戦してくれないか」

「えっ?」

いきなり模擬戦を申し込まれ、固まってしまったアッシュ。

レイとしては……何故個人戦にエントリーしなかったんだと、もっと詳しく理由を聞きたいところ。
ただ、本人の口から自分は錬金術を学びに、この学園に入学したという言葉既に聞いた。

アッシュは確かな実力はあれども、本人は騎士の進むつもりはない。

何故それだけの力があるのに、騎士にならないのか……戦闘系の職に就こうとしないのか。
そう言いたい気持ちはあるが、既に解り切っていること。

強さはあれど、そういった道の職よりも錬金術に魅力を感じているから。
そこまで意志が固い状態であれば、第三者である自分が何を言ったとしても、アッシュの意志が変わることはない……それが解からないほど、レイは子供ではない。

それはリオたちも同じだった。

しかし、強者との戦いを好むレイとしては、是非ともアラッドが自分よりも戦闘センスがあると断言したアッシュと、是非とも手合わせしたい。

「アッシュ、先輩がお前と一度だけ模擬戦をしてほしいらしい。もし、この後時間があればで構わない。もしくは、明日やまた後日でも良い……だよな」

「あぁ、勿論だ。都合はそちらに合わせるか……一戦だけどうかな」

「わ、分かりました。この後、特に予定はありませんので」

錬金術の勉強ぐらいしか予定はないので、こういった件は早めに終わらせてしまった方が良いと判断し、その日の内にアッシュとレイの模擬戦が行われた。

この模擬戦、一応制限時間は五分と決めて行われた。

その結果に……アラッドを含め、全員が今日一番……表情を崩し、驚くこととなった。

「そ、そこまで!!!」

懐中時計で五分を測っていたベルが、模擬戦終了を宣言。

結果……二人の模擬戦は、引き分けとなった。

「アラッドが自分よりも戦闘センスが上って言うから、強いんだろうとは思ってたけどよ……そう宣言するだけあるな」

「本当ですね。このまま成長し続ければ……というのは、野暮な考えね」

「そうだね……進む道は、人それぞれだ」

アッシュは五分間の間、レイからの猛攻からずっと逃げていた訳ではない。

勿論、全力で回避することもあったが、木剣が触れあえば……受け流し、隙が生まれた瞬間に得意の突きを放つ。
レイもそれをあっさり食らうことはないが、自分の剛剣をここまで綺麗に受け流せる者はあまり記憶がなく……胸を貸すという気持ちは瞬時に消え、闘志に火が付いた。

それからはどちらも攻防を行う流れとなり、アッシュも果敢に攻める場面もあったことから、勝負内容は決して悪くなかった。

勿論、レイはこの模擬戦で全力を出してはいなかった。
スキルも使っていないが、それはアッシュも同じ。

生死が懸かった戦いであれば結果は違ったかもしれないが、少なくとも……レイはこの勝負、引き分けという結果になった時点で自分の負けだと感じた。

(……攻めきれなかった。怪我を追わせてはならないという思いは確かにあったが……ふふ、やはり惜しいと思ってしまうな)

戦闘職に就かないというのは、非常に勿体ない。
レイが心の底からそう思う程に、アッシュの技術、体の使い方などは優れていた。

だが、改めてそう思ったからといって、無粋なことはしない。

そもそも、話を聞く限り最低限の訓練は毎日行っている。
今は双子の妹であるシルフィーを応援しようと、時間外労働をしている。

錬金術を学びに来ているのに、そこまで訓練に取り組んでいる事を考えれば、寧ろ良くやっていると褒めるのが妥当だった。

(本人にはその気がなくとも、アラッドからすれば背後から迫りくる存在なのかもしれない……そういえば、ドラングは弟であるアッシュがここまで強いことを知っているのか?)

ふと、そんな考えが頭に浮かんだが……本人に事実を伝えようとは思わなかった。
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