上 下
172 / 985

百七十二話 口を出すべきではない。それは分かっている

しおりを挟む
「さぁ、やろうか!!」

「はい、やりましょう」

レイ嬢のテンションは非常に高いが、対するアラッドはいたって冷静に対応。

(……とりあえず前と同じで、ロングソードでいっか)

冒険者ギルドの訓練場に置いてある子供用の木剣を取り出し、前回と同じように構え……いざ尋常に勝負。
審判はイグリシアス家の騎士が務めており、危ないと思ったら即座に止めようと考えている。

騎士の家系に仕える騎士は当然ぼんくらではなく、最初からアラッドに違和感を感じており……模擬戦が始まると直ぐにその違和感が正しいと確信した。

(レイお嬢様とあそこまで対等に斬り合えるとは……パーシブル家の三男の……アラッド様も子供ながらに圧倒的な身体能力を持っているのか)

レイ嬢とは中身が違うが、騎士が考えていることはあながち間違いではない。
そして前回とは少し違い、身体能力に関しては一気に全開まで上げて斬りかかるレイ嬢。

アラッドもレイ嬢の本気はおおよそこれぐらい、という目安があったので初激で思いっきり吹き飛ばされることはなかった。

剣技スキルのスラッシュや剣圧、バッシュなどは使わずに純粋な身体能力と剣技の腕前だけでぶつかり合う二人。

レイ嬢は自慢の身体能力の高さを生かし、一撃一撃を緩めることなく全力で斬り潰そうとする。
相手によっては、もう少し力を抜いてスピード重視に変えた方が良いかもしれない……なんてことを考える頭は持っている。

ただ、自分よりも確実に強いと解っているアラッドを相手に小手先の技を考える余裕はなく、全ての斬撃を一撃必殺にするつもりで動き続ける。

(……これはどう考えても、バークやダイアよりも強いな)

年齢だけならアラッドの数少ない友人である二人の方が上だが、身体能力の高さはあっさりと上をいかれていた。

しかし体力が回復したとはいえ、万全の状態ではない。
本気で動き続ければ体力は直ぐに消耗し、身体強化のスキルを使用し続ければ魔力は減っていく。

アラッドは的確にレイ嬢の斬撃を防ぎ、受け流し……躱し続けた。
最後にベストなタイミングでレイ嬢の喉元に剣先を突き付け、模擬戦を終わらせた。

「ッ……ふぅーーーー。また私の負けだな」

「今のレイ嬢は体力が回復したとはいえ、万全な状態ではありません。それに対して、俺は今戦い始めたばかりです」

「慰めは必要ない。例え万全な状態であったとしても、まだまだアラッドに勝てるイメージは浮かばない。もう一度戦って、それが良く分かった」

「……どうも」

模擬戦といえど、負ければ悔しい。
バイアードやアラッドといった明らかな格上との戦いであったとしても、レイ嬢の心には確かな悔しいという思いが溢れる。

だが、レイ嬢にはその思いを受け入れて飲み込める強さがあった。

「……素晴らしいな」

二人の模擬戦を初めて観戦していたバイアードは、無意識の内に組んでいた腕の力を強めていた。

(あれがまだ十二もなっていない子供の実力か……いかんな。気持ちが昂ってしまう。ああいった才気溢れる者を見てしまうと……後十年、二十年遅く生まれていればと思ってしまうな)

バイアードは肉体的にはもう、自分は全盛期を過ぎていると自覚している。
だからこそ、もっと自分が若ければ数年後……十年後に全盛期が来るかもしれない者たち全力で戦えたかもしれない。

と、いつも思ってしまう。

ただ……アラッドの実力はバイアードにそれ以上の衝撃を与えていた。

(加えて…………この感情は、絶対に抑えなければならないな。非常に惜しいとは思うが、彼の人生は……道は、彼が決めるべきもの。私の様な老騎士や親が口を出すべきではない)

バイアードは自分の立場を解っているからこそ、不用意にアラッドに対して騎士団に来ないか……とは言えない。
しかしその気持ちは、実際にアラッドの模擬戦の光景を見て爆発的に燃え上がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

わがまま令嬢の末路

遺灰
ファンタジー
清く正しく美しく、頑張って生きた先に待っていたのは断頭台でした。 悪役令嬢として死んだ私は、今度は自分勝手に我がままに生きると決めた。我慢なんてしないし、欲しいものは必ず手に入れてみせる。 あの薄暗い牢獄で夢見た未来も、あの子も必ずこの手にーーー。 *** これは悪役令嬢が人生をやり直すチャンスを手に入れ、自由を目指して生きる物語。彼女が辿り着くのは、地獄か天国か。例えどんな結末を迎えようとも、それを決めるのは彼女自身だ。 (※内容は小説家になろうに投稿されているものと同一)

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...