163 / 720
高ランクになる以外の目標
しおりを挟むそれからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。
ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師としての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。
なので、わたしも何も言わなかった。
その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材集めに精を出していた。
いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。
というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。
「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」
ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。
「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」
「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」
「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」
クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。
細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。
かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。
「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」
その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。
「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」
「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」
「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」
「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」
マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。
「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」
「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」
「す、すみません」
つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。
「これで、残る薬材はいくつだ?」
「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」
わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。
今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。
「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」
「は、はひ……!」
軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。
生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。
……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。
西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。
「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」
「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」
「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」
すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。
「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」
その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。
そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。
「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」
「え? 一緒に行こうよ」
「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」
そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。
野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。
薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。
「そ、それでは、行ってきます」
懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。
やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。
「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」
「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」
勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。
「え、どうしたんですか」
「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」
するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。
リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?
「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」
「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」
おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。
「……わ、わかりました。それ、買わせてください」
「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」
「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」
そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。
説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。
「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」
青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。
……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。
この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。
「あっ! エリン先生ー!」
そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。
「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」
「違います! 追われているんです! 匿ってください!」
振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。
……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
54
お気に入りに追加
1,801
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
追放された薬師でしたが、特に気にもしていません
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。
まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。
だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥
たまにやりたくなる短編。
ちょっと連載作品
「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉
陣ノ内猫子
ファンタジー
神様の使い魔を助けて死んでしまった主人公。
お詫びにと、ずっとなりたいと思っていたテイマーとなって、憧れの異世界へ行けることに。
チートな力と装備を神様からもらって、助けた使い魔を連れ、いざ異世界へGO!
ーーーーーーーーー
これはボクっ子女子が織りなす、チートな冒険物語です。
ご都合主義、あるかもしれません。
一話一話が短いです。
週一回を目標に投稿したと思います。
面白い、続きが読みたいと思って頂けたら幸いです。
誤字脱字があれば教えてください。すぐに修正します。
感想を頂けると嬉しいです。(返事ができないこともあるかもしれません)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる