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第16話 私が公爵令嬢!?

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 ありえない……!
 こんなことって……!

 私は本気だった。
 本気で勝ちに行く予定だった。いや、本気を出すまでもないとまで思っていたのに、いつの間にか本気で彼と戦っていた。

 初盤は確実に私が優勢だったはずなのに、ジリジリとジリジリとルイド王子が優勢になっていった。彼はあまり長考することもなく、たんたんと駒を進めた。駒を置くと、手を組んで私をじっと見つめる。
 彼の目は今までになく燃えており、目を合わせるのが怖いくらいだった。私は彼のあの熱意にやられたとでも言うのだろうか。

「チェック」

 ルイド王子は静かにチェックメイトの手前であるチェックを言い渡す。私は逃げたくても逃げられない、完全に詰まされたのだ。

 私は自分のクイーンを倒して、負けを宣言する。すると、王子は大きくため息をついて背中を椅子の背もたれに預けた。

「勝った……! 私の勝ちだよエミリア。君はここに残る、いいね」
「か、かしこまりました。殿下。ですが、ひとつだけ言っておきます」

 私は負けた悔しさからか、胸を張って殿下に告げる。

「ここに残ったからと言って、気持ちが揺れ動くことはありません。前にも言いましたが、私と殿下は身分が違いますゆえ。どうかお互いの立場を大事にしていきましょう」
「それでいいよ。君がここにいてくれるなら」

 王子は満足と言った表情で私に笑いかける。本当にわかっているのだろうかこの人は。私は困惑した表情でチェスを片付ける。すると、王子は私の手を握って

「これからもよろしくね。エミリア」
と言った。

 ***

 どうにもこうにも、私はルイド王子から離れられない運命にあるらしい。でも、私がメイドである限り、彼の幸せはあり得ない。そして私の気持ちが彼に知られなければ、恋人になることも、結婚することだってない話だ。

 今は久しぶりの休日。私は両親の住むパン屋へ戻り、店の番をしていた。母親からは休めばいいのにと言ってくれたが、仕事を手伝っているほうが気が楽でいい。私は父が焼いてくれたパンを丁寧に並べて、お客がくるのを待つ。

 チリンチリンと入口の呼び鈴が鳴り、私はいらっしゃいとお客に声をかける。それは身なりのいい老人と、隣にいるのは執事だろうか。貴族がこの下町のパン屋に何の用事があるというのだろう。私は少しかしこまったように、老人に尋ねた。

「パンをお探しですか?」

 老人は黒いハットを脱いで、使用人に渡す。そして私をギロリと見るなり、おお!と嘆いた。

「お探ししていたのです! シンシア様!!」

 シンシア、さま?
 どこにシンシア様がいると言うの?
 ここには私とあなたとその使用人しかいないのに。まさか、私のことを言っているの?

「あのー、人違いですわ。私はシンシアではありません。エミリア・シデロと申します」
「いや! 間違いない! あなたは、カザールス公爵家の一人娘。シンシア様で間違いありません! 私は長いこと、シンシア様を見つけるためにありとあらゆるところを探し歩いて参りました。そこでルイド王子の誕生日パーティーの時に見かけて、まさかと思っていましたが……あぁ、奥様にそっくりで」
「そんなわけないわ! 私はここで生まれたんです!」
「それなら、あなたを育ててくれたご両親に聞いてみるといい。明日またこちらに伺います。私はカザールス公爵家に長く仕えております、ロイシャーと申します。ではまた」

 ロイシャーはそう言うと、お店から出ていく。私は頭痛がして、水を一杯飲んで気持ちを落ち着かせた。

 私が、公爵家の一人娘?
 これは何かの冗談よね?
 私はこの下町で育ったのよ。赤ちゃんだった頃は覚えていないけど、たしかにここで育った!

 そうよね?


「エミリア。あんたに話をしておかないといけないとは思っていたの。でも、話をしたらあんたを失ってしまうんじゃないかと思って……!」

 母さんが珍しくハンカチを持って、涙を流している。父さんも母さんの肩を抱いて、真剣な眼差しで私を見ていた。それから母さんは涙をぬぐいながら、説明してくれた。

「昔、一人の女がここへやってきて赤ん坊だったあんたを抱いていた。一時期でいいからこの子をかくまってやってくれってお願いしてきたんだよ。その女はあんたを私たちに預けるとすぐにいなくなってしまったのさ。後で聞いた話だと、貴族の間で何か揉め事が起きたとかで赤ん坊だったあんたが命を狙われていたらしいのよ。子供ができなくて困っていた私たちからしたら神様からの贈り物だと思ったね」

 それから父さんが続ける。

「まさかお迎えがくるだなんて思わなかったんだ。すまないね、エミリア。いや、シンシアお嬢様。これからどうするかはあなたが決めることです。ここに残って私たちの家族になってもいいし、本当の家族のもとへ行ってもいい。私たちはあなたの幸せを望んでいるよ」
「父さん、母さん、何水臭いこと言ってるのよ。私はエミリア。血が繋がってなくたって、私たちは家族よ。安心して」

 私たち3人は抱き締め合った。
 父さんと母さんを安心させようとしたが、まだ頭が混乱していた。

 私は、下町のエミリアではなくて、
 シンシア・カザールス公爵令嬢。
 貴族の娘だったってわけ!?

 いいえ、さっき来たあの執事に言えばいいのよ。私はここに残るって。貴族の娘として戻るつもりはないって。そうすれば誰にも知られずに下町のエミリアとして過ごすことができるわ。

 今さら、シンシアとして公爵令嬢になるになるんて無理な話だもの。
 でしょ?
 
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