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第15話 チェスで対決
しおりを挟むルイド王子の誕生日パーティーが無事に終わり、私は部屋中の私物を鞄に詰めていく。それから退職届けを書き、丁寧にそれを折って封筒に入れる。これでもう、悩まなくて済む。ルイド王子とはもうこれっきりだ。
明日にでもメリダメイド長に提出しよう。そう思いながら、自室の部屋を開けて、廊下に出ようとした。すると、その前に誰かが部屋をノックする。
「どなた?」
ドアを開けると、それはアーロン・フェルナンデス公爵だった。
「閣下! 何用でこんなところに!」
「ルイド殿下を待っている間に君に会おうと思ってね。おや、もう片付けはすんでいるのか。私の屋敷に行く準備は出来ているみたいだ」
「申し訳ありませんが、閣下のところへ行く予定はありません。それになぜ私が閣下のところへ行かないといけないのです?」
「気に入ったと言っているだろう?」
フェルナンデス公爵は私の顎を持ち上げて、視線を合わせる。相変わらず寂しげな瞳だ。私は思わず彼に言う。
「あなたにはルイド様しかいないのでしょう? 彼を傷つけるのはよくありませんわ」
彼は驚きながら、私をじっと見つめる。しまった。友達がルイド王子しかいないなんてそんなことありえるわけない。なんてことを口にしてしまったのだろう私は。
「閣下! も、申し訳ありません。口が勝手に」
「ますます面白い」
「え?」
「たしかにルイド殿下は、唯一の友だ。それなのになぜ傷つけるようなことをするかって? それは決まっている。ようは、」
フェルナンデス様はさらに私に近づく。吐息が私の耳元に漏れて、私は思わずひや!と叫んだ。
「奪いたいんだ。彼は私とは違い、望んだ者は必ず手に入る。それが気に入らないのだ。少しくらい私が望んだ者を譲っても、彼は痛手にはならないと思うがね。君がいなくなるのはとてつもなく嫌らしい。それを見てるとさらに君が欲しくなるんだ」
「お、おやめください」
彼は私から離れると、どこか勝ち誇ったようにふふっと笑った。
「なぁに。今日の夕方にでも、君は私の使用人になる。そのために今日は殿下に勝負を申し込んだのだからな」
「勝負とは……まさか決闘じゃ」
「まさか。チェスだよ。チェス」
「チェス……!」
「殿下は私に勝ったことがないが、君のためなら本気でかかってくるだろう。まぁ、気長に待っているといい」
チェスで対決って……!
私は物じゃないわよ!
私は歩き去ろうとするフェルナンデス公爵の腕を掴んだ。
「なんだ」
「フェルナンデス公爵。私が閣下と戦います。私が負けたらあなたのところへ行きますわ。私が勝ったら、私を解放してください。私は景品ではありません。勝負なら私が受けて立ちます!」
フェルナンデス公爵は片方の口角を上げた。
「ほほう。面白い。いいだろう。私が勝てば今夜にでも私のところへ来るんだ。いいな」
「かしこまりました」
私は彼が待っていた応接間にチェス盤とチェスの駒を用意する。
「先手は君に譲ろう」
チェスは先手が有利だと言われている。閣下は私が勝てないと思って先手を譲ったのだろう。私はむっとして椅子に腰かけた。
「ありがとうございます。では、遠慮なく」
お互いに席につき、チェスが始まった。
初盤は私が優勢に思えた。彼の駒の動きはかなり手慣れており、ルイド王子とは全く違い好戦的だ。その中で幾度か隙をつき、優勢に持っていく。彼は時折長考して駒を動かしていた。
これなら勝てる! そう余裕をもっていたのが仇となり中盤はフェルナンデス公爵が徐々に駒を奪っていく。
「チェスができるとは、優秀なメイドだな。私のところへ来たら、毎晩相手になってもらいところだ」
「あなたのところへは参りません!」
「いや、来てもらおう。これで終わりだ」
クイーンが、奪われた!
ちゃんと見ていたはずなのに、私のクイーンが奪われてしまうだなんて。クイーンを奪われると勝率は一気に減ってしまう。私はもう一度差し手を確認した。
ダメだ。悪手だ。これも悪手。
最善の一手を常に考えなければ、負けてしまう!最善の一手。最善の一手を考えなければ。
アーロン・フェルナンデス公爵は勝ったとばかり足を組んでこちらの様子を伺っている。これでは蛇の餌になってしまうわ!
最善の一手を!
そう!
これだわ!
見つけた!
これで勝てる!
「!」
フェルナンデス公爵は詰みを見落としていたようだった。
「閣下。勝負は私の勝ちのようです」
「……終盤まで差してもらおう」
詰みだと言うのに、フェルナンデス公爵は駒を動かす。負けたと思いたくないのだろう。私は仕方なく駒を進めていった。
「チェック」
「終わりか……まさかメイドに負けるなんてな。負けたのは始めてだ」
「では、殿下。私が勝ちましたので、どうか私のことは諦めてくださいませ」
「今回は、諦めよう。だが、また次がある」
「次などありませんわ。ここをやめたら私は旅に出るつもりですから」
「追いかけていく。今度こそ必ず、望む者を手に入れるんだ」
今度こそ?
彼は自分のものにできなかったことがあると言うのだろうか。
「エミリア!」
ルイド王子が大騒ぎで部屋へと駆けつける。
「エミリア。話は執事から聞いたよ。チェスの対決だなんてあまりにも無謀だ! フェルナンデスはこの国一番のチェスの名手なんだよ」
「心配しないでください殿下。勝ちましたから」
「勝ったって……!?」
ルイド王子が目を丸くすると、フェルナンデス公爵は肩をすくめた。
「そういうことです殿下。用は済んだので私はこの辺で。また会おう。エミリア」
彼はそう言うと、部屋から出ていく。ルイド王子は私と向き合って、話を再開した。
「エミリア。本当に辞めてしまうのかい?」
「そうです。殿下」
「それなら、私と勝負しよう」
「勝負?」
彼はそう言うなり、さっきまでフェルナンデス公爵が座っていた椅子に腰かけて、チェスの駒を整列させていく。
「私が勝ったら、君はここに残る。私が負けたら、君は自由の身だ」
「殿下」
「私は絶対に負けない。負けるつもりはない! だから本気でかかってくるんだ」
殿下が負けることはわかっているのに。
今までだって、前世だって私に勝ったことがない。私はしぶしぶ椅子に座った。
「先手は君に」
「いえ! 殿下からどうぞ先手を」
「言っただろう! 本気でかかってくるんだ。私は負けない!」
彼はこうなってしまうと頑固なところがある。どのみちこの戦いは勝てる。これで気持ちよく辞められたらそれでいいじゃないエミリア。殿下だって納得するはずよ。早く終わらせて、今夜にでも辞表を出そう。
私はかしこまりましたと言って、ポーンをe4へ動かした。
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