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第11話 林で出会ったコウモリ

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 城を出た北道をまっすぐ歩くと、林がある。目的の花を採取するにはもってこいの場所だ。

「昼間に行くと殿下にばれちゃうし、夜に行くしかないわよね」

 私は護身用のナイフを懐に忍ばせる。後は杖の代わりになる木の棒さへあればなんとかなるだろう。あそこの林は城に近いということもあって獣はある程度駆除されているはず。

 自分の勇気次第だ。
 いくわよエミリア。

 私は王子にホットミルクを渡した後、ローブを纏って城からこっそり出た。
 

 林の奥へ奥へと慎重に進み、お目当ての植物を探す。

「ないなぁ。もっと奥に行くしかないのかしら」

 大丈夫。今まっすぐにしか進んでいないから迷子にはならないはずだ。
 さらに奥まで進むと、探していた紫色の植物が辺り一面に咲き乱れていた。

「あった! しかもたくさんあるじゃないの。さっさと採って帰りましょ」

 私はウキウキ気分でその花を採っていく。これだけたくさんあれば、効果は抜群だろう。

「さぁて、帰るとしますか」

 私が向きを変えた時だった。
 茂みの中から、威嚇するような唸り声が聞こえる。

 私は木の棒を構えた。

「な、なに!?」

 茂みから出てきたのは、4頭の狼だった。
 お腹が空いているのか、口からよだれが滴り落ちている。
 私は唾を飲み込み、震える手で木の棒を握りしめた。

「なによ! 私を食べても美味しくないんだからね!!」

 狼はぐるぐると声を鳴らしてさらに近づいてくる。
 4頭もいれば逃げることなどできない。すぐに追いつかれて食べられてしまうだろう。

 もう戦うしかない。
 この頼りない棒切れを使って。

「来るならきなさいよ! 怖くなんかないんだから!」

 強気で出ていても狼は構わず近づいてくる。
 一頭の狼が吠えた瞬間、他の狼たちが一斉に私に襲いかかった。

「や、やっぱり無理ぃぃぃぃぃ!!」

 私はここで狼たちに食べられて終わってしまうのか。
 なんて終わり方なのよ。
 せめて、せめて最期にルイド王子に挨拶しておけば良かったな。

 そう思って目を閉じようとしたその時、一つの黒い影が私の横を通っていった。

「何!?」

 その影は黒いマントだった。
 マントを羽織ったその人は、腰に提げていた鞘から剣を抜き、狼たちを次々と倒していく。
 それも柄の部分だけを使って、彼らの眉間に器用に当てていった。
 狼たちは情けない声をあげて去っていく。

「わ、私助かったのね……」
「お前は愚か者か?」

 私を助けてくれた人が剣を鞘に戻して近づいてきた。
 黒いウェーブのかかった髪に、吊り上がった黒い瞳。全身も黒い制服を纏い、まるで大きなコウモリを思わせた。

「よ、よかったぁぁぁぁぁ!」

 彼の言葉をきく余裕などない。
 もう少しで死ぬところだったのだ。
 私はへなへなと座り込み、大声で泣き叫ぶ。

「もう死ぬかと思ったぁぁ!」

 男は無視されたことにむっとしたのか、さらに話しかける。

「おい。聞いているのか」
「ちょっと待って……私死にかけたんですよ。今話をきく余裕ないです! うぅぅ。怖かったぁぁぁ」

 前世だってあんな経験したことがない。
 私は殿方の前であるのに、次から次へと涙が溢れていった。

「そんなに怖いのなら、この林に1人で入ってくるな。しかも今宵は満月。狼たちが活発に動き出す日だ。死にに来たのかと思ったぞ。おい、私のマントで鼻水を拭うなっ」

 男はポケットからハンカチを取り出し、私に差し出した。

「ありがとうございまず」
「落ち着いたところで訊くが、なぜ1人こんな林の奥で花摘みなどしていた」
「色々と事情がありまして、この花がどうしても必要だったのです」
「この花が?」

 男は一面に咲いている紫色の花を見る。

「そうです。人にプレゼントするために必要なものだったんです。この林は獣が少ないから大丈夫だと思ったのですが」
「本当に愚かだな。私がいなければ死んでいたぞ」
「では、あなたはなぜここに?」

 男は少し間をおいて満月を見た。

「満月を見にな。ここは特等席だ。獣たちも私の存在を知っているのか襲ってはこないのだ」
「あなたはどなたですか? その服装は、もしや貴族の方?」
「お互い二度と会うことはないのだから名前など言わなくてもよかろう? さぁ、出口まで送るから自分の家に帰ってその花を渡すんだな」

 男は私を出口まで案内すると、再び林の中へと入っていった。
 本当に幸運なことだ。日頃の行いがいいおかげね。
 私はさっきまでの恐怖体験をポジティブ思考に切り替えて、城へと帰った。

 それにしてもあの方は、一体誰なのだろうか。
 もう二度と会わないとはいえ、とても寂しそうな表情で満月を見ていた。
 
 誰かを想っているような表情とは違う。
 その表情は、ひとりぼっちで泣きそうな子供のようだった。

 私は城に帰って徹夜でプレゼントを作製していく。
 裁縫は少し苦手だが、やるしかない。何度も針が指に刺さり、その度に舐めて傷を癒す。
 下手くそのほうがいい。
 彼に呆れられるならそのほうが好都合だ。
 
 それでも私の心のどこかで喜んでもらいたいという気持ちが掠めていく。
 心揺らいだ状態で出来上がったプレゼントはどこか不細工で歪なものに見えてくる。

 私の心みたい。
 
 出来上がったものは出来上がったものだ。後は綺麗に包装するだけ。
 さぁ、殿下を起こす時間だ。
 私は眠たい目を擦って、プレゼントを引き出しに入れ、自室から出た。
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