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第3話 再会は突然に

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 アルジミアン国のお城は主にレンガ色でできており、青磁色を基調としたサイミーア国との違いを見せつけられる。城自体の敷地はサイミーア国よりも広く感じた。私は地図に示してある召使い専用の扉から王宮へ入り、メリダというメイド長に挨拶した。彼女は小さな丸眼鏡を掛け直しながら私をまじまじと見て言う。

「あなたがエミリア・シデロね。後二人くるはずだから、もう少しここで待っていて」

 しばらくして、他の二人が城にやってきた。見たところ年齢は私とそこまで変わらない。広い王宮が珍しいのかキョロキョロと辺りを見回しており、メイド長がコホンと咳払いをする。

「みっともないわね。エミリアを見なさい。とても落ち着いているわ。ここのメイドになるには平常心が必要よ。まさかあなた、ここへ来たことがあるのかしら?」
「いいえ、まさか!」

 サイミーア国にいた時、時々お城に呼ばれることがあったから慣れているだなんて口が裂けても言えるわけがない。それに、サイミーア国はアルジミアン国にとって敵国だ。来世に渡ってもこの関係が改善されることはなく、それどころか溝は深まっていくばかり。サイミーア国のことは絶対に口にしてはいけない。

 私はわざと目を泳がせてハンカチで額を拭うフリをする。

「母が、王宮に来たらジロジロいろんな物を見たり、聞いたりしてはいけないと言われたので……!」
「その通りです」

 メイド長は真剣な表情で私たちに忠告した。

「初めにとても大事なことを言っておきます。自分自身の命を守りたかったら、この城で起こる出来事に対して見たり聞いたりしないこと。発言するなど言語道断です。私たちは貴族たちの身の回りのお世話をする。ただそれだけです。たったそれだけなのに、何人ものメイドたちが巻き込まれそして姿を消しています。だから今回急募を出したのです。あなたたちも消されたくなければ、自分の職務を全うすることです」

 王宮の陰謀のことはよくわかっている。エドガーも薄氷を踏むように王宮に勤めてきた。時折、その陰謀に巻き込まれることも。その時は二人でどうにか切り抜けてこれた。あれほど人間不信になるものは他にないだろう。
 何も後ろ盾もない、身分も低いメイドなど陰謀に使うための捨て駒にすぎない。慎重に早急に王宮の状況を察しておかなければ。

 メイド長に住む部屋を案内されてメイド服に着替える。服もレンガ色を基調としており、全体的にふんわりとした可愛らしい衣装だと少し嬉しくなった。
 
 次にメリダメイド長は、城を案内してくれた。城の内装こそ違うが、部屋の場所などはサイミーア国とあまり変わらない。スマートさを求めるサイミーア国とは違い、アルジミアンの城内は全体的に仰々しい。中庭には大輪の薔薇が咲き誇っており、大きな噴水が水を噴き上げている。これは掃除をするのに時間と労力がかかりそうだ。

 どこに配属されるのかまだわからないが、できれば装飾品の掃除だけは勘弁してもらいたい。落としたりして壊してしまえば一巻の終わりだ。ものの見事に首が飛んでしまう。

 メイド長の後ろを三人で追いかけるように歩いていると、彼女がいきなり立ち止まった。

「あなたたち。前方から皇太子ルイド様が来られています。端によけてお辞儀を。お顔をジロジロと見ないように」

 ルイド・セダスター・ルゼフォン。
 このアルジミアン国の皇太子だ。
 ルイド王子については私と同じ年齢であることくらいしか知らない。お顔を拝見したことさへないお方だ。

 私たちが深々とお辞儀をするとルイド王子は、おや?と言って立ち止まった。

「メリダ。新入りさんたちかい?」

 お辞儀をしたままで、王子の茶色の靴しか見えない。

 穏やかで優しそうな声。
 どこかで聞いたことがある声だ。


「左様でございます。お前たち、顔をおあげ」

 私は顔をあげてルイド王子を見た。

「え!?」

 彼の顔を見て思わず叫びそうになり、バッと口を抑えた。
 王子は不思議そうに私を見る。

「ん? どうしたんだい?」

 皆も怪訝な表情で私を見ており、私は慌てて言い訳を考えた。

「い、いえなんでも。突然しゃっくりが出てしまいまして……そのぉ、し、失礼致しました!」

 叫びそうになったのも無理もない。
 
 焦茶色の短髪におっとりとした優しい藍色の瞳。
 耳の形も鼻の高さもまさにそうだ。
 どこかで聞いたことがある声だと思った。
 彼の声はもう何百回、いや何千回も聞いたことがある。

 目の前にいるのは、エドガー。

 前世で私の夫だったエドガーがそこにいるのだ。
  
「変わったしゃっくりをするんだね」

 ルイド王子は優しく微笑む。

 あぁ、そうだ。
 この笑顔だ。
 間違いない。

 私の最愛だった夫は、アルジミアン国の王子に転生してしまったようだ。
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