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第2話 私は転生したらしい

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 どうやら私は眠ったのではなく、死んでしまったらしい。
 なぜどうやらなのか。それは、私が別の人間になってこの世に誕生しているからだ。

 アルジミアン国の城下町に住むパン屋の娘。
 エミリア・シデロ。
 これが今の私の名前だ。
 
 赤ちゃんだったの頃は何も覚えていない、わからない状態だったが、三歳くらいになってから次第に状況がわかりだした。マリーだった頃の自分はエドガーを追うように死んで、新たにエミリア・シデロとして転生したのだと。

 人が死ぬと前世の記憶がない状態で生まれてくるはずなのに、前世の、マリー・セオドルスの記憶が残ったままになっている。神のミスか悪戯かよくわからないが、なぜマリーの頃の記憶が残ったままなのかはわからない。

「エミリア。お店の手伝いありがとうね。今日はもう上がっていいよ」
「うん、母さんも無理しないで。休める時は休んでね」
「ははっ母さんの体は強靭だよぉ?まだまだ働けるから安心をし。いいからあんたは休んじまいな」
「はーい」

 私は階段を上がって自室に戻り、窓を開けて町を眺めた。
 外は澄んだ青空が広がり、白鳩が数羽飛び立った。

 今世の17年間、私は優しい両親の下で心身ともに健康に育った。そしてマリーの頃の記憶のおかげで特にトラブルも起きることなく平穏と過ごし、今の私がいるわけだ。色恋はというと、特に深く発展することはなかった。私に近づく男性たちは何人かいたが、彼らと付き合ったり、彼らのことを好きになることはできなかった。
 マリー・セオドルスの記憶があることで困ること。それはエドガーの存在だ。彼の影が私の頭の中でまとわりつき、新しい恋への進行を妨げる。というよりも彼以上に、心の底から好きになれる男性がいなかったのだ。

 エドガー。あなたはどこにいるのだろう。
 どこか別の国で素敵な女性と結ばれているのかしら。
 そうだといいなと思いながらも、町を出ればかつての夫の姿を探している。
 誰かと腕を組んで歩いている姿でもいい。
 子供と手を繋いで歩いていてもいい。
 せめてすれ違うだけでも。
 幸せな彼の姿が、笑顔が見られれば、私はそれで幸せで死んでも悔いはないだろう。

 恵まれた環境であるのに、私の心はいつもどこかポッカリと穴が空いている。

「いけないいけない。エドガーはもうここにはいないのよ。私は新しい人生を大切にしなきゃ。来週から私はパン屋の娘ではなくなる。しっかり稼がなきゃ」

 私は一ヶ月前、王宮のメイド急募に応募し、見事に合格した。なぜ応募したのか、それは育ててくれた両親の恩返しのためにお金を稼ぐためだ。
 夫婦仲の良い二人だが、仕事のせいで旅行にも行けない。だから私のお金で二人きりで旅行にでも行って素敵な思い出を作ってほしい。もっと夫婦の時間を作って大切にしてほしい。それが私の願いだ。

 メイドはそんなに稼げる職種ではない。どちらかというと忙しい方が勝り、割りに合わないとも言われている。でも、稼がないよりはマシだ。それに、忙しい方が少しでもエドガーのことを忘れられる。前世の記憶に翻弄されるわけにはいかない。今をしっかり生きねば。

 私は窓を閉めて、来週に向けて荷物の整理を始める。王宮へは住み込みになるため、持っていく荷物は慎重に選ばねば。

 ***

 王宮へ向かう日の早朝は、春なのにまだ白い息が出ており、薄着では寒いくらいだ。
 母さんは私の肩に羽織ものを掛けてくれた。

「お前のために新しく買った少し上等な羽織ものだ。お城に行くんだから、少しはマシな格好で行かないとね」
「ありがとう。母さん」

 父さんがぎゅっと私を抱きしめる。

「エミリア。いいかい。王宮には陰謀やいじめが当たり前のように蔓延ってる。賢いお前ならわかるだろうが、身の程をわきまえて仕事に集中するんだ。面倒なことに巻き込まれないように。私はそれだけが心配だよ」

 母親が目に涙を溜め、父親も泣くのを我慢しているのか手が震えている。
 私も泣くのをグッと堪えて、にっこりと二人に笑顔を向けた。

「父さん、母さん。大丈夫よ。私器用だから上手いことやっていけるって。お金をたくさん稼いで、休みの日には帰ってくるわ。待ってて! 私がいなくなった寂しさでお店を潰さないように!」
「この子ったら!」
「えへへ」

 少し歩いたところで私はもう一度振り返り、両親に大きく手を振る。

「行ってきまーす!」

 両親も手を振って返してくれる。二人は私が曲がり角を曲がるまでずっと見ていてくれた。

 優しくて温かい父さんと母さん。
 今まで育ててくれてありがとう、大好きよ。
 だから私、頑張るからね。
 見ていてちょうだい!

 こうして私は胸を張り、王宮に向かって力強い一歩を踏み出した。
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