3 / 25
序章 追放された赤い花
第3話 サイガーダへ
しおりを挟む牢獄に差し込む月明かりが唯一の光だった。
部屋の隅で膝を抱えて項垂れていると、牢の外からカデオ王子がやってきた。
金色のセミロングの髪を一つに結び、あごはスッと鋭く、目はやや垂れている。アンジェロ様のもつサファイアの瞳とは違う瑠璃色の瞳には深みがあり、気をつけていないと引き込まれてしまいそうになる。
「可哀想なレディ・ロザリンド。誰も面会に来てくれないなんて」
「聖人君主ともあろうカデオ様が一体ここへ何のご用なの? 私を助けてくださるとか?」
カデオ様は二人だけにするように衛兵たちに目配せをする。それから彼は私に近づくように手招きをした。
私がおそるおそる近づくと、カデオ様は私の腕を引っ張り耳元で囁く。
「ロザリンド。君を助けてくれる人はいない。これは全て君の悪行から招いたことだ。君のせいでもあるんだよ。だからせめて、私のための、大業を成すための生贄になってくれ」
ここで私は、カデオ様の策略に巻き込まれたのだと確信した。
「誰か、誰かいないの! この人よ! カデオ王子がマーガレットを殺した! 犯人は彼よ! あの三人と騎士をうまく抱き込んで私を陥れた。誰か!!」
カデオ様は私から離れるとやれやれという風に肩をすくめた。
「ご乱心のようだ。無理もない。君は孤独にあの紅蓮地獄へ連行されるんだ。いや、もともと独りぼっちだったか」
「カデオ! 覚えていなさい! 必ずあなたに復讐するわ」
「さようなら。ロザリンド。哀れな赤い花」
カデオはひらひらと右手を振って去っていく。私は彼の背中を目に焼き付けた。
許さない。
許さない。
私を裏切った者も。
陥れた者も全て地獄へ送ってやるんだから!
***
サイガーダ。人が住むところではないと言われるほどの極寒の地故に、紅蓮地獄と例えられた国。
その例えの通り、辺りは銀世界が広がっており、吹雪いていない時はない。
その森の奥の塔で私は幽閉された。暖炉に火がついているにも関わらず、あまりの寒さに身体中霜焼けができ、凍死するのではと寝るのが怖かった。
塔には管理人がいて、私の世話係にもなっている。彼女の名前はアリッサ。昔、私の屋敷で皿洗いをしていたそうで、他人のお金をくすねたらしく、このサイガーダへ送られたそうだ。年齢は四十代くらいで、顔はやつれて痩せ細っており、今にも倒れそうな体をしていた。この塔に長いこと暮らしていることが奇跡に近いくらいだ。こんなところにいたら心まで凍って荒んでしまうに決まっている。
だが不思議なことに、彼女の目はサイガーダの夜空に輝く星々よりも明るく輝いていた。そしてどこにそんな元気があるのかわからないが、明るく積極的に私のお世話をしてくれた。
サイガーダに送られて絶望していた私は、怒りのままに部屋中の物を壊していった。いつもは鞭で誰かを叩くところだが、なぜかアリッサに手を出すことができなかった。そして彼女は黙って壊れたものを掃除し、私の背中をさする。冷たいはずの手なのに、どこか温かみを感じた。
会話をする相手はもちろん彼女しかおらず、私は自分が嵌められてここに連れてこられたんだとアリッサに説明した。話の間、彼女は黙って聞いており、時々目に涙を溜めていた。
「誰も私を助けてくれなかった。誰も信じてくれなかったのよ。あなたもどうせ、妄言だと思って心の中で笑ってるのでしょう?」
「ロザリンド様。私はあなたを信じます」
彼女は私の手をとって、温めるようにさする。
「触らないでよ。私は公爵家の娘よ。正妻の子ではないけれど……」
なぜか手を引っ込めることができない。
目頭が熱くなり、大粒の涙が次々と頬から落ちていく。
私はここでやっと泣くことができたのだ。
「大丈夫。大丈夫ですよ。ロザリンド様。この私がおりますから。あなたをひとりぼっちにはさせませんよ」
小さな子供に戻ったように私はわんわんと声を上げながら泣き、アリッサは私を優しく抱きしめた。
***
サイガーダへやってきてから三年。自分の身の回りのことは自分でやるようになり、心も次第に穏やかになっていった。これもアリッサのおかげなのか。こんな生活でも彼女がいるなら悪くないかもと少しばかり思うようになった。
だが、問題があるそれは物資が日に日に届かなくなってきたことだ。これでは二人とも飢え死にしてしまう。そう心配していたある日、暖かそうな毛皮を着た男が物資をもってきた。
「なんだよ。お前らまだ生きてやがったのか」
男は食材が入っている汚い袋を床に投げる。アリッサは怒っていた。
「来るのが遅いじゃない。ロザリンド様が飢え死にしたらどうするつもり?」
「パレードでも開くかな。そうだ、ロザリンド。お前にとってめでたいことがあるぜ。オデュロー国最悪の悪女にお前の名前があがったんだ。なぜかわかるか? お前がマーガレット様を殺したせいで、皇太子アンジェロ様が自害されたんだよ」
アンジェロ様が……自害……?
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢が死んだ後
ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。
被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢
男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。
公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。
殺害理由はなんなのか?
視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は?
*一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。
ずっとあなたが欲しかった。
豆狸
恋愛
「私、アルトゥール殿下が好きだったの。初めて会ったときからお慕いしていたの。ずっとあの方の心が、愛が欲しかったの。妃教育を頑張ったのは、学園在学中に学ばなくても良いことまで学んだのは、そうすれば殿下に捨てられた後は口封じに殺されてしまうからなの。死にたかったのではないわ。そんな状況なら、優しい殿下は私を捨てられないと思ったからよ。私は卑怯な女なの」
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる