上 下
12 / 15

12

しおりを挟む
 それはあまりにも突然で、あまりにも一瞬の出来事だった――


 ヴィルドレットの視線上――目の前の『終焉の魔女』の背後の向こう側、十数メートル先に突如として現れた白い人影。
 辺りが既に薄暗く、顔こそ確認出来ないが背格好からしてその人物の正体を『大聖女マリカ』だと判断する。そして、何の為にここへ来たのか、直後、彼女は何をするのかまで、ヴィルドレットは瞬時に判断した。

『――《光の矢ライトアロー》!!』

 刹那――マリカの振り翳した杖の先から一本の光の矢が放たれ、それは一直線にこちらへ飛んで来る。

 マリカの放つ《光の矢ライトアロー》はまさに『神速』。

「――ヴィルドレット避けて!!」

 同時にマリカはヴィルドレットへ回避を求める。

 光の矢の進路上に存在する『終焉の魔女』の更に先にはヴィルドレットもいて、マリカの思惑が叶った直後の光の矢はヴィルドレットすらも貫く危険を孕んでいたからだ。

 マリカの声が森に木霊したこのタイミングでようやく『終焉の魔女』が振り返るが、その時既に光の矢は『終焉の魔女』の目前まで迫っていた。 
 ――もはや、手遅れ。ここからの回避は幾ら無詠唱での《瞬間移動テレポート》でも不可能だろう。


 ◎


 一体、いつからなのだろうか。 

 物心ついた頃には既にあの美しい声音に心奪われていた。

 幼き頃から恋焦がれるその存在は、実在せぬ存在として理解しながらも、成長と共にその想いは増すばかり。

 追い求めた――否、求める事すら出来ずにいた己の心の中だけでの存在だったはずの初恋の相手。

 夢にまで見た『その人』が今、目の前にいる事が只々嬉しい。
 
 顔は見えずとも、初めて目にするその姿に心臓の鼓動が高鳴り、言葉を交わしては心が弾む。
 そして遂には、長年募りに募らせた思いの丈をぶつけてしまう始末。

 しかし、それに対する反応は『終焉の魔女』を感じさせない程の乙女っぷりで、あたふたと分かり易い動揺を見せるその様は、恋に疎い純真無垢な少女そのもの。
 彼女が『終焉の魔女』だろうと、何だろうと関係ない。彼女が愛おしいくて堪らない。


 ――だから、君の為ならこの命喜んで捧げよう。 


 ◎


「「いやあぁぁああーーーー!!」」

 マリカの悲鳴と共にヴィルドレットの胸から大量の血飛沫が吹き出した。

マリカの放った光の矢が『終焉の魔女』に到達しようとした刹那――

 ヴィルドレットは咄嗟に『終焉の魔女』を右側へ押し退け光の矢の進路上から外すが、許された刻限の中で行えた動作はそれが限界だった。

 ヴィルドレット自身の回避は間に合わず、無情にも光の矢はヴィルドレットの胸を貫いた。


 ◎


 勢いよく押し退けられたシャルナは体制を崩し、地に倒れ込む。
 
 シャルナが見上げる視線の先には光の矢に胸を貫かれ、血飛沫を撒き散らしながら膝から崩れ落ちようとするヴィルドレットの姿。

 ――まさか、自分の為に?

「――え? なんで……」

 本来であれば己の命を奪いにきたはずの彼。しかし、ひょんな事から互いに心を通わせ、そして彼は愛を伝えてきた。

 なんら大袈裟な表現では無い――文字通り、天にも登るかのような幸せを感じ、それは言うまでもなく千と何百年と生きてきたシャルナの人生の中で初めて味わう至福の感覚だった。

 ――私は幸せになれるの?……なっていいの? あんなに沢山の命を奪ってきた私は幸せになる事が本当に許されるの?

 そんな罪悪感が胸の中を騒ぎ立てた矢先のこれだ。

 ――私が幸せになりたいと願ったから?だからこうなったの?

 自分が幸せになる事を許さない何かが、それを阻止するべく、この事態を引き起こしたとさえ思えてしまう程の過酷な顛末に絶望する。

 しかし、そんな嘆きを口にする暇などあるはずも無く、目の前の事態は進展していく。

 うつ伏せに倒れ込んだ彼の周りには血の海が広がり、目はうつろで今にも光を失いそうである。

 そして光の魔術を放った白装束の女は悲鳴を上げながら駆け寄ろうとしていた。

 シャルナは彼の体に触れると《瞬間移動テレポート》を発動した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒き魔女の世界線旅行

天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。 しかし、この交通事故には裏があって… 現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。 BLNLもあります。 主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。 登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。 ただいま第1章執筆中。

異世界で「出会い掲示板」はじめました。

佐々木さざめき
ファンタジー
 ある日突然、ファンタジーな世界に転移してしまった!  噂のチートも何もない!  だから俺は出来る事をはじめたんだ。  それが、出会い掲示板!  俺は普通に運営してるだけなのに、ポイントシステムの導入や、郵便システムなんかで、どうやら革命を起こしてるらしい。  あんたも異世界で出会いを見つけてみないか?  なに。近くの酒場に行って探してみればいい。  出会い掲示板【ファインド・ラブ】  それが異世界出会い掲示板の名前さ!

白の魔女の世界救済譚

月乃彰
ファンタジー
 ※当作品は「小説家になろう」と「カクヨム」にも投稿されています。  白の魔女、エスト。彼女はその六百年間、『欲望』を叶えるべく過ごしていた。  しかしある日、700年前、大陸の中央部の国々を滅ぼしたとされる黒の魔女が復活した報せを聞き、エストは自らの『欲望』のため、黒の魔女を打倒することを決意した。  そしてそんな時、ウェレール王国は異世界人の召喚を行おうとしていた。黒の魔女であれば、他者の支配など簡単ということを知らずに──。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

異世界転生 ~生まれ変わったら、社会性昆虫モンスターでした~

おっさん。
ファンタジー
夏場のアパート。脱水症状で孤独死した、天道 瑠璃は、何かの幼虫として、生まれ変わった。 成長するにつれ、広がる世界。見える、現実。 彼は、異世界で生き延び、進化して、種を繁栄させることができるのか?! 昆虫系、サバイバルライフ、ファンタジー。卵塊と共に、ここに爆誕! ※展開遅めなので、ゆっくりと、異世界で暮らす転生者達の、心の成長を読みたい方向けです。

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...