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 『魔術』を操る者は『終焉の魔女』討伐に欠かせない大変貴重な戦力として目されてきた。

 しかし、『終焉の魔女』は紛れもなく世界最強の魔法使い。彼女に勝る魔術師は存在しない。

 世界の列強から成る『魔女討伐連合』は魔術では到底敵わないと認識を改め、魔女討伐に有効な手立ては無いかと模索した結果一つの妙案に行き着く。
 
 それが『魔術』と『剣術』の融合――即ち『魔剣士』の育成であった。
 

 ◎


『――クロ……』

 聞き惚れた声音は己の鼓動を高鳴らせ――

『――私の、旦那さんになってくれる?』

 恋情が含まれたような台詞に何故か切なさが込み上げる。

(――君は一体……)


 ◎
 

 黒髪の少年はゆっくりと瞼を開き、上体を起こした。

 心地良いそよ風に薄手の白いカーテンがなびき、差し込める朝日は室内と共に黒髪の少年の心も清爽にする。

「また、この夢か。」

 ため息混じりの呟きとは裏腹に、夢の中で出遭う謎の女性に黒髪の少年の心は既に奪われていた。

 現実性の無い儚い恋心が後を引く中、視線上にある扉が開く。

「おはよう。 ヴィルドレット」

 所々に金や宝石があしらわれた仕立ての良い白装束を身に纏った姿はただでさえ神秘性を煽るのに、背中辺りで束ねられた腰まで伸びる美しい金髪と、それと同じ色の輝きを放つ瞳が更にその神秘性に拍車をかける。
 年齢は二十歳。整った顔つきはオトナの雰囲気を漂わせせつつも、可愛いらしさも兼ね備える美しい女性。

 ――『大聖女』こと、マリカ・ザタニア。 黒髪の少年改め、ヴィルドレットより三歳年上の魔術の師匠である。

「おはようこざいます。 師匠」

 マリカはカーテンが靡く窓から青く澄み切った空を見上げ、

「……いよいよね……」

 そう、呟くようにヴィルドレットへ投げかけた。 それに対してヴィルドレットは掌を握りしめて、

「――自信はあります。必ずこの手で魔女を討ち、世界に安寧をもたらします。」

 力強く誓いを言葉にするヴィルドレットをよそに心配そうな面持ちで振り向くマリカ。

「ヴィルドレット……慢心は禁物よ。 あなたの思っているより魔女は遥かに強い……」

 マリカは目を瞑り、過去に己が相対した時の『終焉の魔女』の姿を思い出しては表情を強張らせる。

「――そう、アレは化け物よ……」

 そう言うマリカの魔術師としての肩書きは『超級魔術師 序列第一位』。


 そも、魔術師は五つのランクに分けられる。

 初級・中級・上級・特級と続いて――最上位が『超級』。
 
 そんな世界最高峰の魔術師であるマリカが化け物と、恐々とした口調で称えた『終焉の魔女』の存在に息を飲むヴィルドレット。

「とにかく、超級魔術師 序列第三位になったからといって決して魔術で対抗してはダメよ? 分かってる?」

「――もちろん分かってます。 その為の『魔剣士』ですから。」

 マリカの忠告にすぐさま切り返すヴィルドレット。それに対してマリカは「うん」と軽く頷いて、

「魔剣士の強みを活かして魔術師の弱点を突く――あなたの最大の強みはあくまで『剣術』。 魔術師である前にあなたは剣士。それも、超級剣士 序列第一位――『剣聖ヴィルドレット・ハンス』なのだから」

 もはや褒め殺しに近いマリカの言葉に「そんなに持ち上げないでください」とキッパリとした姿勢で掌を差し出すが、それとは裏腹に頬を赤らめるヴィルドレット。 その様子にマリカは「ふっ」と吹き出しそうになったところを噛み殺すように我慢するが、

「ふ、ふふふ……あはははは!」

 やっぱり可笑しくて盛大に吹き出した。

 そんなマリカに対してヴィルドレットは更に顔を真っ赤に染め上げて、

「――な、何がそんなに可笑しいんですか!? いつもそうやってガキを見るような目で見て……俺だって、もう十七歳なんですよ! ――ていうか、師匠と三つ変わらないんですからね? 」

 ――否。 本音は『三つ』だ。

 そんな劣等感を胸に隠しながらもヴィルドレットは人差し指でマリカを差し、縦に揺らしながらガキっぽく主張する。

 恥じらう様子を隠すようムキになったり、大人に対して必死に背伸びする姿は可愛げすらも感じられるが、そんな少年の肩書きは間違いなく『最強』そのもので、最恐の魔女に対抗し得る唯一の希望の光。

 そんなヴィルドレットの差す人差し指をマリカはぎゅっと握ると、

「はいはい。 分かりましたよ。 そんな事より、人に指を差したらダメでしょ? いつも言ってるじゃない」

 母親じみた事を言って指差す方向を、自分から逸らした。
 
「……全然分かってないじゃないですか」

「ごめん、ごめん!可愛いくて、ついついイジメたくなっちゃうのよね」

 懲りないマリカは、更にヴィルドレットの黒髪を撫でる。

「――やめいッ!!」

 ヴィルドレットはそんなマリカの揶揄う掌をすかさず払い退ける。
 冒頭のシリアスなやり取りは何処へやら、仲の良い姉弟の様なやり取りに和やかな空気が流れ、しばらく穏和な表情で見つめ合う二人。
 しかし、先にその表情を崩し、真面目に戻したヴィルドレットの次なる言葉に再び空気が変わった。

「――明日です。」

 それに対してマリカも一転、物憂げに「そう。」と一言だけ。

「――だ、大丈夫ですよ! 師匠。 俺、最強ですから!」

 不安にられる様子のマリカに空元気に親指を立てるヴィルドレット。 こういう所も子供っぽい。

 マリカは歪めた表情を強引に微笑みに変え、

「そうよね。 ヴィルドレットは最強、だもんね。」

 『最強』と言いながらも『最恐』が脳裏を掠めると、ふと、心が衝動的になり――今まで全く気が付かなかった己の心中の片隅に隠されたとある感情に行き着く。

 今まで誰からも気付かれないよう限りなく小さく、ひっそりなりを潜めていたくせ、一旦己に気が付かれるとその感情は瞬く間に膨れ上がり、そして気が付くと――

 今、目の前に居る――もしかすると、もう二度と会えなくなるかもしれない最愛の男性ひとの唇に己の震える唇を重ねていた。
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