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番外編
番外編 湖の畔でピクニック
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結婚してから5年が経った。
私は今、侯爵夫人として、母として、忙しいながらもとても充実した幸せな日々を過ごしている。
「よーしっ!!今日はいっぱい遊ぶぞぉ!!」
まるで子供のような弾んだ声の主は、旦那様だ。そして、その声に続く子供達。
「わーい!ピクニック、ピクニック!!」
「早く行こうよー!!」
長男アルファ4歳とその妹マリア3歳。
ブラウンカラーの髪と瞳を持つアルファと、銀髪に青い瞳を持つマリア。
2人の子供達はそれぞれ私と旦那様の特徴を見事なまでに引き継いでいた。
結婚した頃、私は旦那様へとあるお願い事をした事がある。
『どうか、これからもギルバード領の事を最優先に、何を差し置いてでも領民の幸せの為に尽くされてください』
私は旦那様の領民に対する誠実な姿勢と、とにかく領民達に豊かな暮らしをと、ひたむきに頑張る姿に感銘を受け、そんな旦那様の事を好きになった。
だからこそ私は『私』という存在が旦那様のその信念の足枷になってしまわないよう、その思いを旦那様へ伝えたわけだが、
でも、そんな私の憂慮は不要だったようで。
旦那様はこれまで通り領地経営に尽力しながらも、私との時間も作ってくれた。
そして一番驚いたのは子供が生まれた後の旦那様のその変わり様だ。
これまで基本、無口で無愛想だったはずの旦那様はまるで別人のようにおおらかで子煩悩な良き父親へと豹変した。
曰く、昔のように一日中執務室に籠って思い悩むよりも、時間を決め、夜は家族と和気藹々と過ごす方が頭も冴え、仕事の方にも良い影響をもたらすのだと、旦那様は言う。
その言葉通り、年々領内の金の回りは良くなっている。
そして今日、旦那様は子供達と交わしたとある約束を果たす為に一日休暇を取って下さった。
その約束というのがギルバード領一の観光名所であるサファイア湖へピクニックへ行くというものだ。
そもそも休みの少ない旦那様。家族4人で出掛けるのも久しぶりだ。
もちろん子供達同様、私も今日のこの日を楽しみにしていた。
準備を整え、屋敷から出ると美しい夏の景色が視界に広がった。
青い空に入道雲、庭園を彩る花と緑。
その景色の中に、手を繋いで歩く旦那様とアルファの後ろ姿。
それを見ながら一人幸せを噛み締めていると、きゅっと小さな手が私の手を掴んだ。
「ねぇ、母上も行こ?」
見るとマリアが愛らしい笑顔でこちらを見上げていた。
「何をしてるんだエミリア!早く行くぞ!」
アルファに手を引かれながら先を行く旦那様にも急かされ、私は慌てて返事をする。
「はい!今行きます! じゃ、行こっか?マリア」
「うん!!」
馬車に揺られる事約一時間、目的地のサファイア湖に到着した。
「父上、早く、早く!!」
子供用の木剣を手に持ったアルファが馬車から飛び出すと、その後を旦那様が追う。
旦那様の手にも木剣が握られている。
最近、アルファは『騎士団』に憧れを抱いているようで、その騎士団をかつて率いていたのが自分の父であると知ってからは、特に羨望の眼差しを強め、最近は毎日のように旦那様へ剣術の教えを懇願していた。
そしてアルファのその願いは今日の日に果たされるよう旦那様と約束を交わしていたらしい。
かくいう私も旦那様の「騎士」としての姿は見た事が無く、剣を振るう旦那様のかっこいい所が見れると、内心楽しみにしている。
ひょっとするとアルファ以上に私の方が楽しみにしていたりして……?
「えい!やぁ!おりゃー!」
カン!カン!カン!
懸命に木剣を振るうアルファへ、旦那様は微笑みを浮かべながらそれを受けている。
「お!いいぞ、アルファ! しかし、父さんはその程度ではやられないぞ!――それ!」
カン!!
「――わぁ!!」
アルファのか弱い剣撃を少し力を込めて弾き返した旦那様は尻もちをつくアルファの方へと歩み寄ると膝を折って微笑んだ。
「うん!なかなか筋がいいぞ!アルファ」
「……本当?僕も父上みたいな凄い騎士様になれるかな?」
「あぁ。日々努力を惜しまず頑張り続ければ、きっとなれるさ。夢を叶える為の秘訣は『努力』だ。よく覚えていなさい」
「はい!」
「よし!じゃ、もう一丁いくか?」
「うん!――よぉし!今度こそ!――えい!」
カン!カン!カン!
父と息子の微笑ましいそのやり取りを眺めながら、私は今のこの幸せを噛み締める。
「母上! あのね、あのね、これ見て?作ったの!――はい」
娘のマリアが走って持ってきたのは、三本の紫、黄色、ピンクの花を束ねた髪飾り?らしき物。
でも、茎の部分を細い草でかなり簡易的に結んだだけなで、
「あぁ……バラバラになっちゃった」
私に手渡した際にその草がすぐに解けて三本の花はすぐにバラけてしまった。
でも、マリアは私の為に作ってくれた。
その気持ちが嬉しいし、マリア自身それを私に見て欲しくて、褒めて貰いたかったはずだ。
「凄いじゃないマリア!こんな物が作れるなんて母さんびっくりしたわ! ありがとう!」
そう言って、バラけた一輪の花を自らの髪に挿し込んだ。
「わぁ!母上可愛い!」
パァと、明るく笑うマリアに幼い頃のアリアの面影を重ねる。
幼い頃のアリアも私に「可愛い」とよく言ってくれていた事を思い出す。
懐かしいなぁ。 でも、さすがにもう『可愛い』って歳じゃないんだけどね……。
何度も言う。
私は幸せだ。この幸せはきっと死ぬまで続く。
何か困難があったとしてもこの家族なら乗り越えられる。
かつて、
幸せ過ぎて未来が恐いと思っていた時期があった。旦那様と婚約を交した当初の頃だ。
あの時は今の幸せがいつか壊れてしまうのではと、根拠の無い恐怖感に駆られていた。
でも、結婚して5年が経った今は、その恐怖感にも駆られなくなった。
きっと、どんな事があっても旦那様は私の味方でいてくれると、そう心から信じれるようになった証拠だろう。
この人の傍でなら私はどんな状況、何処ででも幸せだと自信を持って言えるから。
だから、私はこの先もずっと幸せだ。
私は今、侯爵夫人として、母として、忙しいながらもとても充実した幸せな日々を過ごしている。
「よーしっ!!今日はいっぱい遊ぶぞぉ!!」
まるで子供のような弾んだ声の主は、旦那様だ。そして、その声に続く子供達。
「わーい!ピクニック、ピクニック!!」
「早く行こうよー!!」
長男アルファ4歳とその妹マリア3歳。
ブラウンカラーの髪と瞳を持つアルファと、銀髪に青い瞳を持つマリア。
2人の子供達はそれぞれ私と旦那様の特徴を見事なまでに引き継いでいた。
結婚した頃、私は旦那様へとあるお願い事をした事がある。
『どうか、これからもギルバード領の事を最優先に、何を差し置いてでも領民の幸せの為に尽くされてください』
私は旦那様の領民に対する誠実な姿勢と、とにかく領民達に豊かな暮らしをと、ひたむきに頑張る姿に感銘を受け、そんな旦那様の事を好きになった。
だからこそ私は『私』という存在が旦那様のその信念の足枷になってしまわないよう、その思いを旦那様へ伝えたわけだが、
でも、そんな私の憂慮は不要だったようで。
旦那様はこれまで通り領地経営に尽力しながらも、私との時間も作ってくれた。
そして一番驚いたのは子供が生まれた後の旦那様のその変わり様だ。
これまで基本、無口で無愛想だったはずの旦那様はまるで別人のようにおおらかで子煩悩な良き父親へと豹変した。
曰く、昔のように一日中執務室に籠って思い悩むよりも、時間を決め、夜は家族と和気藹々と過ごす方が頭も冴え、仕事の方にも良い影響をもたらすのだと、旦那様は言う。
その言葉通り、年々領内の金の回りは良くなっている。
そして今日、旦那様は子供達と交わしたとある約束を果たす為に一日休暇を取って下さった。
その約束というのがギルバード領一の観光名所であるサファイア湖へピクニックへ行くというものだ。
そもそも休みの少ない旦那様。家族4人で出掛けるのも久しぶりだ。
もちろん子供達同様、私も今日のこの日を楽しみにしていた。
準備を整え、屋敷から出ると美しい夏の景色が視界に広がった。
青い空に入道雲、庭園を彩る花と緑。
その景色の中に、手を繋いで歩く旦那様とアルファの後ろ姿。
それを見ながら一人幸せを噛み締めていると、きゅっと小さな手が私の手を掴んだ。
「ねぇ、母上も行こ?」
見るとマリアが愛らしい笑顔でこちらを見上げていた。
「何をしてるんだエミリア!早く行くぞ!」
アルファに手を引かれながら先を行く旦那様にも急かされ、私は慌てて返事をする。
「はい!今行きます! じゃ、行こっか?マリア」
「うん!!」
馬車に揺られる事約一時間、目的地のサファイア湖に到着した。
「父上、早く、早く!!」
子供用の木剣を手に持ったアルファが馬車から飛び出すと、その後を旦那様が追う。
旦那様の手にも木剣が握られている。
最近、アルファは『騎士団』に憧れを抱いているようで、その騎士団をかつて率いていたのが自分の父であると知ってからは、特に羨望の眼差しを強め、最近は毎日のように旦那様へ剣術の教えを懇願していた。
そしてアルファのその願いは今日の日に果たされるよう旦那様と約束を交わしていたらしい。
かくいう私も旦那様の「騎士」としての姿は見た事が無く、剣を振るう旦那様のかっこいい所が見れると、内心楽しみにしている。
ひょっとするとアルファ以上に私の方が楽しみにしていたりして……?
「えい!やぁ!おりゃー!」
カン!カン!カン!
懸命に木剣を振るうアルファへ、旦那様は微笑みを浮かべながらそれを受けている。
「お!いいぞ、アルファ! しかし、父さんはその程度ではやられないぞ!――それ!」
カン!!
「――わぁ!!」
アルファのか弱い剣撃を少し力を込めて弾き返した旦那様は尻もちをつくアルファの方へと歩み寄ると膝を折って微笑んだ。
「うん!なかなか筋がいいぞ!アルファ」
「……本当?僕も父上みたいな凄い騎士様になれるかな?」
「あぁ。日々努力を惜しまず頑張り続ければ、きっとなれるさ。夢を叶える為の秘訣は『努力』だ。よく覚えていなさい」
「はい!」
「よし!じゃ、もう一丁いくか?」
「うん!――よぉし!今度こそ!――えい!」
カン!カン!カン!
父と息子の微笑ましいそのやり取りを眺めながら、私は今のこの幸せを噛み締める。
「母上! あのね、あのね、これ見て?作ったの!――はい」
娘のマリアが走って持ってきたのは、三本の紫、黄色、ピンクの花を束ねた髪飾り?らしき物。
でも、茎の部分を細い草でかなり簡易的に結んだだけなで、
「あぁ……バラバラになっちゃった」
私に手渡した際にその草がすぐに解けて三本の花はすぐにバラけてしまった。
でも、マリアは私の為に作ってくれた。
その気持ちが嬉しいし、マリア自身それを私に見て欲しくて、褒めて貰いたかったはずだ。
「凄いじゃないマリア!こんな物が作れるなんて母さんびっくりしたわ! ありがとう!」
そう言って、バラけた一輪の花を自らの髪に挿し込んだ。
「わぁ!母上可愛い!」
パァと、明るく笑うマリアに幼い頃のアリアの面影を重ねる。
幼い頃のアリアも私に「可愛い」とよく言ってくれていた事を思い出す。
懐かしいなぁ。 でも、さすがにもう『可愛い』って歳じゃないんだけどね……。
何度も言う。
私は幸せだ。この幸せはきっと死ぬまで続く。
何か困難があったとしてもこの家族なら乗り越えられる。
かつて、
幸せ過ぎて未来が恐いと思っていた時期があった。旦那様と婚約を交した当初の頃だ。
あの時は今の幸せがいつか壊れてしまうのではと、根拠の無い恐怖感に駆られていた。
でも、結婚して5年が経った今は、その恐怖感にも駆られなくなった。
きっと、どんな事があっても旦那様は私の味方でいてくれると、そう心から信じれるようになった証拠だろう。
この人の傍でなら私はどんな状況、何処ででも幸せだと自信を持って言えるから。
だから、私はこの先もずっと幸せだ。
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