上 下
32 / 34
番外編

番外編 初夜

しおりを挟む
 結婚式が終わった。

 アリアやリデイン子爵家はもちろん、中央のお偉いさん達、貧困層時代の仲の良かった職場の同僚や、ギルバード領の領民達にも盛大に祝福され、まさに夢のような幸せなひと時だった。

 だが『時間』とはある種残酷で、過ぎてしまえば無くなってしまう。

 だから私は記憶として留める為にその一つ一つの瞬間を目に焼き付けた。
 絶対に忘れる事の無いように、死ぬまで、いや、死んでも尚忘れる事のないように。

 今日のこの日の記憶が私にとっての一生の宝物だ。



 そして、夜も更けて……ついにこの時がやってきてしまった……。

 ――結婚初夜。
 
 この身を、いよいよ旦那様に捧げる時がきたのだ。

 本当に、私なんかでいいのだろうか?と、この期に及んでまだそんな事を考えてしまう。

 お風呂ではメイド3人掛かりによる入念な洗身を受け、私はその間ずっと恥ずかしかった。
 いくら同性とはいえ、この歳になって身体中の隅々を見られ、他人ひとに洗われるのは本当に勘弁して欲しい。

 ちなみにミリは私の身体を洗いながらずっとニヤニヤしてたけど、一体なんだったのだろう……。ちょっと気持ち悪かった。

「奥様、下着はどう致しましょうか?一応、奥様のイメージに合ったものを3枚、こちらで用意いたしました」

 と、脱衣所で並べられた3枚の下着の中から好きなやつを選ぶようにメイドに促された。

 各それぞれのデザインを以下の通りだ。
 
 至ってノーマルなデザイン性の白色に、若々しく爽やかなデザインの水色。それと、エレガントでちょっぴりエロティックな黒色。

 さて、どうしようか……。

 まず、最初に候補から外れたのは水色。私はもう若くないし、爽やか系は遠慮しておこう。
 
 そうなってくると、迷うのは白か黒だが……。

「じゃあ、これにしようかしら……」

 悩んだ末に白にした。

 お風呂で身を清めた後はドレスを着せられた。
 あの、前に旦那様から買ってもらった白い生地に水色の花柄模様が刺繍で施されたやつだ。
 
「では、奥様!頑張って下さいね!」

 ぽん!と、軽く背中を叩かれ、振り向くとそれはミリで、その表情はまるで緊張する私へ『気合いを入れろ!』と、励ますような握り拳も作っていた。

「……うん」



 私は今、天蓋付きのベッドの上で旦那様が訪れるのを待っているところだ。

 一本の蝋燭の火がゆらゆらと揺れ動き、そのオレンジ色の灯火が暗闇の部屋を悶々と照らしている。

 ドクドクと、自分の心臓の音が大きく響いているのがよく分かる。そして身体も小刻みに震えている。

 当たり前だ。
 私のこれまでの人生において身体を許した事があるのはジョンのみ。

 一体いつぶりだろうか……。
 
 不安や恐怖心が心の中を席巻する中、ちょっぴり期待感もその中には混じっており、そして高揚感も……。

 そんな張り裂けそうな己の胸に手をやって一人待っていると、

 ――ガチャ……

 ノックは無く、ただ扉が開く音と共に誰かが入ってきたのだけが分かった。

 私は天蓋のレースカーテンに隠れるように身を丸くした。

「……エミリア」

「……はい」

 声のする方へ恐る恐る顔を上げると、そこにはオレンジ色の明かりに照らされた銀髪に、青く輝く2つの双眸がこちらを見つめていた。

「……とても綺麗だ。エミリア……」

「……あ、ありがとうございます」
 
 ベッドの上で硬直する私に旦那様がゆっくりと、近く寄ってくる。

「大丈夫だエミリア。君の事は大事にする。だから恐がらなくていい……」

「……はい」

 こうして、私は旦那様の愛に溺れていった……。



 旦那様から受けた愛はものすごく優く、それでいて甘く蕩けるようなものだった。

 最初は恥ずかしさと緊張でガチガチだった私を旦那様は優しくリードしてくれた。
 そんな旦那の温もりに溶かされ、とても優しく、それでいて刺激的な初夜を過ごしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜をボイコットされたお飾り妻は離婚後に正統派王子に溺愛される

きのと
恋愛
「お前を抱く気がしないだけだ」――初夜、新妻のアビゲイルにそう言い放ち、愛人のもとに出かけた夫ローマン。 それが虚しい結婚生活の始まりだった。借金返済のための政略結婚とはいえ、仲の良い夫婦になりたいと願っていたアビゲイルの思いは打ち砕かれる。 しかし、日々の孤独を紛らわすために再開したアクセサリー作りでジュエリーデザイナーとしての才能を開花させることに。粗暴な夫との離婚、そして第二王子エリオットと運命の出会いをするが……?

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜
恋愛
娼館に身を置くティアは、他人の傷を自分に移すことができる通称”移し身”という術を持つ少女。 そんなティアはある日、路地裏で深手を負った騎士グレンシスの命を救った。……理由は単純。とてもイケメンだったから。 そして二人は、3年後ひょんなことから再会をする。 けれど自分を救ってくれた相手とは露知らず、グレンはティアに対して横柄な態度を取ってしまい………。 これは複雑な事情を抱え諦めモードでいる少女と、順風満帆に生きてきたエリート騎士が互いの価値観を少しずつ共有し恋を育むお話です。 ※◇が付いているお話は、主にグレンシスに重点を置いたものになります。 ※他のサイトにも重複投稿させていただいております。

貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています

柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」  私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。  その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。  ですが、そんな私に―― 「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」  ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。

乙女ゲームを知らない俺が悪役令嬢に転生したらこうなった

八(八月八)
恋愛
駅の階段で落ちたはずの貧乏サラリーマン:上村育人25歳が何の因果かトリップしたのは…乙女ゲームの世界! しかも西園寺彩華としてヒロインをイジメぬき、最後には婚約者に縁を切られ没落する悪役令嬢だ。 しかし育斗は『悪役令嬢』を何たるかを知らなかった。 おまけに既に断罪イベント一歩手前の状況。 果たして育斗は断罪イベントを回避出来るのか?そもそも令嬢としてやって行けるのか? そして本当の西園寺彩華はなぜ消えたのか? 小説家になろうでも投稿しています。

モブ公爵令嬢は婚約破棄を抗えない

家紋武範
恋愛
公爵令嬢であるモブ・ギャラリーは、王太子クロード・フォーンより婚約破棄をされてしまった。 夜会の注目は一斉にモブ嬢へと向かうがモブ嬢には心当たりがない。 王太子の後ろに控えるのは美貌麗しいピンクブロンドの男爵令嬢。 モブ嬢は自分が陥れられたことに気づいた──。

妹が連れてきた婚約者は私の男でした。譲った私は美形眼鏡に襲われます(完)

みかん畑
恋愛
愛想の良い妹に婚約者を奪われた姉が、その弟の眼鏡に求められる話です。R15程度の性描写ありです。ご注意を。 沢山の方に読んでいただいて感謝。要望のあった父母視点も追加しました。 アルト視点書いてなかったので追加してます。短編にまとめました。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています

四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

処理中です...