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最終章 それぞれの想い

それぞれの想い(後半ウイリアム視点)

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 ――残り1ヶ月。

 私がギルバード邸のメイドとして居られる残された時間だ。

 シフト制で回るメイドの業務、それを管理するクライン様の『次の人材が確保できるまでの期間、なんとかそれまでは継続して働いて欲しい』というクライン様の要望を子爵様へ伝えたところ、ならばと、1ヶ月の猶予を与えられた。

「1ヶ月、ですか……」

 クライン様の反応は暗い。

「はい……。『私の後が入って来るまで』という、ふんわりとした期間はダメでした」

「まぁ、そうでしょうね。――では、取り急ぎ求人広告を出すと致しましょう」

 そう言ってクライン様は求人広告の作成に取り掛かった。

 私の経験測から言って、1ヶ月という猶予は微妙なところ。だが、人気職種である故に採用試験等の日程さえ詰めれば1ヶ月以内に新しい人を入れる事は可能だと思う。
 但し、その後その新人メイドがどれ程の期間で仕事をマスターし、シフトに入れるようになるのか。こればっかりは個人差がある為何とも言えない。
 私の場合だと3日目からはシフトに入るようになった。でも、遅い人だとそれだけで1ヶ月以上掛かる場合もあるとか。ただそれは本当に稀なケースらしく、大抵の者は1週間ほどでシフトに入るらしい。
 まぁ、あの厳しい採用試験を経て来るわけだから、そこは大丈夫だと信じたい。



 私からクライン様へ、皆に公表しないで欲しいと所望した為、ギルバード邸の中で、私の結婚、退職を知る者はクライン様のみだ。
 
 辞める事を前提とした場合と、そうでない場合とでは、同じ1ヶ月でも前者と後者、その内容は大きく異なるだろう。

 親しいメイド仲間達と最後まで、変わらぬ日常を過ごしたかった。――という理由が半分。
 
 そしてもう半分の理由――



 いつものように客室の清掃をミリと2人でやっていると、

「――ねぇ、エミリアさん」

 作業をしながら声を掛けてきたミリへ、私も同じように返す。

「――ん? 何?」

「最近、旦那様とはどうなの?」

「……またその話? 何度も言ってるでしょう?違うって。 そもそも――」

「はいはい。こんな、私みたいなおばさんを旦那様のような御方が――、ですよね?」

 私が言わんとする言葉を予想で切り取り、それを口にすると、ミリは得意気な微笑みで私の方を向いた。

 そんなミリに私は膨れ顔で応じ、口を開く。

「……そうよ。 あなた達が聞いたっていう旦那様のそれは何かの間違い。なんでそう言い切れるかっていうとね――」

「はいはい、分かりました。 それで最近旦那様とは、どうなんですか?」

 私の否定的な意見には全く聞く耳を持とうとしないミリ。こういった反応はミリだけではない。他のメイド仲間達もミリ同様だ。
 
「私の話聞いてる? どうもこうも、何もないわよ。あなた達と同じ、旦那様に仕えるただのメイド。それ以上も以下もないわ」

 口にした言葉が私の本意であるのには間違いない。彼女達の言う事こそが間違いだと。
 でも、そう口にしながらも、私は彼女達のその冷やかしの言葉が欲しいと思っている。

 ――真実では無い。分かっている。こんな事を思ってしまう自分が気持ち悪い。……こんなおばさんが、あろう事か年下の、それもあんな雲の上の人を相手に……。

 『何かの間違い』だった事を、旦那様の言ったその言葉こそが真実だと捉えている自分。

 旦那様との関係を、違う、と否定する自分に対して、他者からの『肯定』が入る事でそれが心地良く感じるのだ。

 ――え、そうかな? そう思う? だったら私が間違ってるのかな?

 と、そう思う事で、僅かな希望を見出すようで、嬉しくなって――その後、虚しくもなるのだが。

 私が結婚する事を彼女達が知ってしまえば、そう言った嘘の希望も見れなくなる。
 
 少しでも長く、私は旦那様の事を想いながら、ドキドキしていたい。
 
 ――うん。やっぱり私って、本当、気持ち悪い。



 ◎

 
 
 夜、執務室にて次なる政策を考えているところへクラインがやって来た。

 両手でトレーを持ち、その上にはティーセット。
 クラインが紅茶の給仕とはかなり珍しい事だ。

「……今のまま避け続けて、本当に良いのですか? 旦那様」
 
 クラインはほんのり湯気が立ったティーカップを机の隅の俺から邪魔にならない位置、しかし手の届く範囲内に置くと、何やら唐突に問い掛けてきた。
 主語の無い問い掛け、字面だけだと何についてか分からないが、おおよそ見当はつく。
 
「……いくら欺こうとしても、バレバレか」

「そうですね。バレバレです。……というか、あの状況から言い逃れようとする旦那様のその度胸には、いやはや、さすがは英雄。感服するばかりです」

 クラインは俺の前に立ちながら自分に用意した紅茶を啜る。

「馬鹿にしてるだろ?」

「いえいえ。滅相もございまません」

 動じるどころか余裕の佇まいで、やはり紅茶を啜る。

 俺は溜息をひとつ吐き、そしてエミリアに対する本心を吐いた。

「……そうだ。俺はエミリアを愛してる……しかし彼女は人妻であり、そして貧民だった。貧困に苦しむ家族を助ける為に、彼女は高額所得が望める当家の使用人になったんだ。愛する家族と離れ離れになってまで」

 ここまで口にしたところでクラインの余裕の表情が僅かに変化したような……。
 たぶん、気のせいだろう。俺はそのまま続ける。

「貧民の者が当家のような貴族家の使用人に採用されるなど、それこそ並大抵の努力では無かったはずだ。家族一丸となってエミリアを支え、励まし、その末に『貴族家の使用人』という職業を勝ち取ったのだろう。エミリアのご主人から、すれば――……なんだ?」

 やはりクラインの表情の変化が気になり、俺は堪らず問い掛けた。
 クラインは「は?」っと言ったように口を少し開けて、薄ら笑いを浮かべているように見える。

「……いえ、面白そうなのでそのまま続けて下さい」

 やはり馬鹿にされているような……クソ。まったく調子が狂う。
 しかし、初めて口にした自分の本心。ひとたび口にしてしまうと不思議とそれは止まらないもので、俺は促されるままに続きを口にしていく。

 コホンと、仕切り直しに咳払いをひとつ挟み、

「……とにかく、エミリアのご主人からすれば、愛する妻を単身こちらへ送り出す事は苦渋の決断だっただろうと思う。エミリアが居ない間はご主人が娘の面倒を見て、そして休暇の度に帰ってくる妻――エミリアの帰りをただひたすら楽しみに待っているのだ。そんな仲睦まじい夫婦の絆、家族の絆を俺が壊すわけにはいかないだろう?」

 言い終えた頃には、明らかにクラインは笑っていた。

「――いや、失礼。 それにしても、まさか旦那様がエミリアが独身でいる事をご存知なかったとは正直驚きました。エミリアはご主人と離婚されております」

 独身――だと?

 『独身』と聞いた瞬間、俺の頭の中を衝撃が走り、次に真っ白になり、そして疑問符が占拠した。

「――は?」

 エミリアが……人妻では無い……だと?離婚している事は分かった。しかし、だとしたら幼い娘の面倒は一体誰が……

「――は!そういう事か、娘の面倒はご両親が見ているという事か!」

「……いえ、違います。エミリアの娘は我が領国一の美女として名高い、あのアリア殿。リデイン子爵令息マルク様の妻です」

「――――」

 驚きで全ての動作が止まる。瞬きも忘れ、表情筋もぴたりと止まった。

「……それにしても、何というか、ものすごい勘違いをなされていたようで……」

 クラインは困った者を見るような目で、薄ら笑いを浮かべ、そして呆れたように言った。

「――――」

 俺は未だに驚きで言葉を失ったまま、動かず。

 もはやどこから手を付ければ良いのか分からず、自分でも呆れる程の勘違いと驚きの連続にただただ唖然。

 だが、そんな俺でも単純明快に分かった事がある。
 
 ――これで俺は、エミリアの事を諦めなくても良くなった。

 そう思うと、何やら胸の奥から熱いものが沸々と湧いてくる。

 しかし、そんな時、クラインが言いにくそうに再び口を開いた。

「ただ……。エミリアには、誰にも言うな、と言われているのですが……」

「――何だ?」

 何やら不穏な表情をするクラインに胸騒ぎを覚え、俺はその続きを促した。

「あと、ひと月程でエミリアはここを去る事になるでしょう」

「それはどういう事だ?」

 クラインのその言葉の中に理を見出せなかった俺は更に続きを促し、次にクラインから発せられたその言葉に、

「――リデイン子爵卿がエミリアへ結婚を申し込んだそうです」

「――!!」

 愕然とさせられたのだった。
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