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第一章 娘の結婚
(続)アリアの結婚
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アリアはマルク様との顔合わせの為、子爵様が村へ来たその日の内に子爵様の一行と共にギルバード領隣り、リデイン領へと出発した。
ここから先は後からリデイン子爵家の使用人から聞かされた話だ。
アリアを含む子爵様一行がリデイン子爵邸へ到着したのは夜遅くだった事からアリアとマルク様の顔合わせは翌朝に行われた。
これまで結婚の意思など微塵も無く、異性に全く興味を示してこなかったマルク様はアリアと会った途端に顔を赤く染めながら目を泳がせ、アリアの顔を直視出来ないでいるところへアリアが、「マルク様の妻となりたく、ギルバード領より参りましたアリアと申します。わたくしとの結婚、どうかご検討くださいませ」と、この言葉にマルク様はその場で即陥落した。……との事らしい。
さらにリデイン子爵家の使用人曰く、「女性の前で顔を真っ赤に染める、あのようなお坊ちゃまは初めて見ました」との事。
こうして、リデイン子爵家令息マルク様とアリアとの婚約は正式に決まり、結婚は1年後となった。
「ふふーん。 どうだ、お母さん!見たか!わたしの力!」
村を出発した日から翌々日、帰ってきたアリアは得意気に鼻を鳴らした。
そして、アリアが今着ている服はウチのものではない。おそらく子爵家から貰ったのだろう。一目で分かる高級品だ。
元々着ていた服はきれいに畳まれてアリアが持ち帰ってきた手提げ袋に入っているようだ。
「いや、まさかこんな事が起こるなんてねぇ。 恐れ入りました」
私が言うと、食卓の前に座ったアリアが嬉しそうに、うんうん、と頷く。私は夕飯の支度をしているところだ。
なんでも、マルク様はアリアよりも5つ年上の18歳との事らしく、風貌は少し長めの金髪に青い瞳の爽やか系の美青年で、アリアから見ても好印象だったようだ。
マルク様とのこの婚約はアリアにとっても嬉しいものとなったらしく、私としても幸せそうに微笑む娘を見て自然と嬉しくなる。
「貴族の家で出された料理にはどう頑張ったって見劣りするだろうけど……はい」
私は苦笑いを浮かべながら、作った夕飯をアリアの前に並べていく。
今夜はお祝いのつもりで少し奮発した。けれども、平民が食べる贅沢は貴族が食べる普通に決して敵わないだろう。でも、アリアは私が作った料理を見て、
「わぁ! 美味しそう! 子爵邸で出された料理は確かに豪華だったんだけど、正直、庶民のわたしの口には合わなかったよ。 わたしにとっての一番のご馳走はやっぱりお母さんの味だよ!――うん!美味しい!」
そう言いながら美味しそうに頬張るアリア。
「それでね。 お母さん、これ」
アリアはおもむろに持ち帰ってきた手提げ袋から手の平サイズの巾着袋を取り出した。
ジャリ……
なにやら金属同士が擦れる音がして、その音の質感から多量の金属が入っているのが分かった。
「……これって、もしかして」
「うん。 支度金だって」
アリアは巾着袋の口を開けた。中には眩暈を覚える程の大量の金貨。パッと見ただけでも、おそらく3年?くらいは何もせずに暮らせるだろうと思う。
「あと、これとは別に結婚後にもまとまったお金がお母さん宛てに入ってくる予定だよ。そして、その時の金額は今回よりも多いはずだよ」
「……え?」
驚きのあまり言葉が出ない。そして、アリアの口ぶりから察するに、おそらく金額の吊り上げ交渉をしている。私の為に。
「それとね。結婚後は母君も子爵邸近くに住まないか?ってリデイン子爵さまが」
――それは本当なの!?
と、思わずそう叫びそうになったのを、すんでのところで堪える。
村から隣り領の子爵邸までは馬車で5時間ほど掛かるらしい。
この事から結婚後はアリアとは滅多に会えなくなるだろうと思っていた。年に1度会えれば良い方だと。
娘の結婚が嬉しいのは、それは娘の幸せを一番に考えた上での話であって、本音では娘とずっと一緒に暮らしていたい。娘がいない日常がどうしても想像出来ない。
そんな私にとって子爵家側からの申し出はまさに願ったり叶ったりで、是非ともその申し出に乗っかりたいと思った。でも、
――本当にそれでいいのだろうか?
子爵家側からのその申し出をアリアから聞いて飛びつこうとした瞬間、ふと思った。
娘に縋り続ける私はこのままでいいのだろうか?と。
そして、考えれば考えるほどにその迷いは確信へと変わっていく。
――いや、ダメだ。このままではいけない。
それは決して、『私の存在は今後のアリアにとっての幸せの阻害となり得るのでは?』などという類いの娘の幸せを基準に考えたものではない。『娘の為に』という要素は切り離し、自分の為というその一点のみにそう思ったのだ。
娘の人生の旅立ちに私が付いてまわってはいけない。そんな私で在りたくない。私は、私の人生を生きていきたい。
娘同様、私にとっても旅立ちの時が来たのだと。娘から旅立ち、私は私の人生を切り拓いていかなけらばならない。そうしなければ『私』で無くなってしまう気がした。
あくまで、私は『私』の人生を生きて行こう。そう心に決めた瞬間だった。
「……お母さん?」
物思いに耽っていた私を不審に思ってかアリアは小首を傾げながら私を呼んだ。
「ん、すごく良い話だと思うんだけど……ごめんね。 お母さん、その話は遠慮しておくわ」
「え? なんで?」
私の出した答えが意外だったのか、アリアは少し驚いたような表情で私へ聞き返した。
「結婚は一年後、アリアはその時14歳。成人を目前にして、もう立派な大人だと言っていいわ。そんな、子が親の元から離れようとしている時に親が子の後を追うようではダメだと思うの」
アリアは私の言葉に眉を顰め、俯くと、消え入るような弱い声で言葉を紡ぎ出す。
「……でも、わたしはもっとお母さんと暮らしたい……」
アリアはとても賢い子だ。
今の様子から、私の言った事の真意を理解しているようだった。
しかし、理解はしていても納得はしていない様子。
寂しそうに顔を顰めるアリアの姿に私の心が揺れ動く。しかしここで甘えた選択をしてはいけない。私も、アリアも。
「しっかりなさい、アリア。マルク様との結婚はアリアの意思でもあるんでしょ?自分が決めた事には腹を括りなさい。結婚はね、人生において一番大きな決断なの。自分の足で立って、そして歩き出す。結婚するって事は『大人になる』と言う事でもあるのよ。成人の儀を迎えるという事よりもよっぽどね」
アリアは顔を上げると、目尻に溜まった涙を拭いて「分かった」と力強く答えた。どうやら納得した様子。アリアは昔から言えば物分かりの良い方だ。
ただ、その表情はしょんぼりと暗く、また、不安な色も混じっているようだった。
「そんなに悲しい顔をしないで? 何も、今すぐ離れ離れになるわけじゃないんだから。結婚までまだあと1年あるのよ?それまでに心の準備をしておくの。そして1年後、アリアは貴族の妻として、私は私の新たな人生を、強く、楽しく生きていくつもりよ」
「まるで1年後には今生の別れ、みたいな言い方……」
今にも泣いてしまいそうなアリアの顔。確かに少し、重かったか。
私は苦笑しながら口を開いた。
「ふふ、そうね。確かに少し重い話になっちゃったわね。とにかくお母さんが言いたいかった事はね……アリア、幸せになってね。という事と、それと、たとえ貴族の家にお嫁に行ったとしてもお母さんはずっとアリアのお母さんだからね。これは何があっても変わる事はないし、やめるつもりもないから!」
「うん。分かった」
――1年が経った。
アリアは14歳で、私は34歳になった。20代もそうだったが、30を超えてからは更に歳を食いたく無いと思う。
と、そんな事はさて置き、無事にアリアとマルク様の結婚式が執り行われた。
純白のウエディングドレスに身を包んだアリアは言うまでも無く、美しかった。そして、その隣りにはマルク様の姿が、互いに見つめ合いながら二人はとても幸せそうな表情をしていた。
婚約してからのこの一年の間、距離が距離だけにアリアとマルク様は中々頻繁には会えないようだったが、それでも時折りマルク様はアリアに会いに村まで来て、アリアもまた一月に一度くらいのペースで子爵邸へと赴き、二人は着実に愛を育んでいた。
アリアが子爵邸へ赴いた際には貴族の妻として恥ずかしくない程度の教養を侍女長から直々に教えを請うているようだった。そして、その教えを持ち帰ってきたアリアから、今度は私が教えを請うのだった。――とある私の新たな目標の為に。
こうして、アリアはリデイン子爵家の嫁として私のもとから羽ばたいていったのだった。
ここから先は後からリデイン子爵家の使用人から聞かされた話だ。
アリアを含む子爵様一行がリデイン子爵邸へ到着したのは夜遅くだった事からアリアとマルク様の顔合わせは翌朝に行われた。
これまで結婚の意思など微塵も無く、異性に全く興味を示してこなかったマルク様はアリアと会った途端に顔を赤く染めながら目を泳がせ、アリアの顔を直視出来ないでいるところへアリアが、「マルク様の妻となりたく、ギルバード領より参りましたアリアと申します。わたくしとの結婚、どうかご検討くださいませ」と、この言葉にマルク様はその場で即陥落した。……との事らしい。
さらにリデイン子爵家の使用人曰く、「女性の前で顔を真っ赤に染める、あのようなお坊ちゃまは初めて見ました」との事。
こうして、リデイン子爵家令息マルク様とアリアとの婚約は正式に決まり、結婚は1年後となった。
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そして、アリアが今着ている服はウチのものではない。おそらく子爵家から貰ったのだろう。一目で分かる高級品だ。
元々着ていた服はきれいに畳まれてアリアが持ち帰ってきた手提げ袋に入っているようだ。
「いや、まさかこんな事が起こるなんてねぇ。 恐れ入りました」
私が言うと、食卓の前に座ったアリアが嬉しそうに、うんうん、と頷く。私は夕飯の支度をしているところだ。
なんでも、マルク様はアリアよりも5つ年上の18歳との事らしく、風貌は少し長めの金髪に青い瞳の爽やか系の美青年で、アリアから見ても好印象だったようだ。
マルク様とのこの婚約はアリアにとっても嬉しいものとなったらしく、私としても幸せそうに微笑む娘を見て自然と嬉しくなる。
「貴族の家で出された料理にはどう頑張ったって見劣りするだろうけど……はい」
私は苦笑いを浮かべながら、作った夕飯をアリアの前に並べていく。
今夜はお祝いのつもりで少し奮発した。けれども、平民が食べる贅沢は貴族が食べる普通に決して敵わないだろう。でも、アリアは私が作った料理を見て、
「わぁ! 美味しそう! 子爵邸で出された料理は確かに豪華だったんだけど、正直、庶民のわたしの口には合わなかったよ。 わたしにとっての一番のご馳走はやっぱりお母さんの味だよ!――うん!美味しい!」
そう言いながら美味しそうに頬張るアリア。
「それでね。 お母さん、これ」
アリアはおもむろに持ち帰ってきた手提げ袋から手の平サイズの巾着袋を取り出した。
ジャリ……
なにやら金属同士が擦れる音がして、その音の質感から多量の金属が入っているのが分かった。
「……これって、もしかして」
「うん。 支度金だって」
アリアは巾着袋の口を開けた。中には眩暈を覚える程の大量の金貨。パッと見ただけでも、おそらく3年?くらいは何もせずに暮らせるだろうと思う。
「あと、これとは別に結婚後にもまとまったお金がお母さん宛てに入ってくる予定だよ。そして、その時の金額は今回よりも多いはずだよ」
「……え?」
驚きのあまり言葉が出ない。そして、アリアの口ぶりから察するに、おそらく金額の吊り上げ交渉をしている。私の為に。
「それとね。結婚後は母君も子爵邸近くに住まないか?ってリデイン子爵さまが」
――それは本当なの!?
と、思わずそう叫びそうになったのを、すんでのところで堪える。
村から隣り領の子爵邸までは馬車で5時間ほど掛かるらしい。
この事から結婚後はアリアとは滅多に会えなくなるだろうと思っていた。年に1度会えれば良い方だと。
娘の結婚が嬉しいのは、それは娘の幸せを一番に考えた上での話であって、本音では娘とずっと一緒に暮らしていたい。娘がいない日常がどうしても想像出来ない。
そんな私にとって子爵家側からの申し出はまさに願ったり叶ったりで、是非ともその申し出に乗っかりたいと思った。でも、
――本当にそれでいいのだろうか?
子爵家側からのその申し出をアリアから聞いて飛びつこうとした瞬間、ふと思った。
娘に縋り続ける私はこのままでいいのだろうか?と。
そして、考えれば考えるほどにその迷いは確信へと変わっていく。
――いや、ダメだ。このままではいけない。
それは決して、『私の存在は今後のアリアにとっての幸せの阻害となり得るのでは?』などという類いの娘の幸せを基準に考えたものではない。『娘の為に』という要素は切り離し、自分の為というその一点のみにそう思ったのだ。
娘の人生の旅立ちに私が付いてまわってはいけない。そんな私で在りたくない。私は、私の人生を生きていきたい。
娘同様、私にとっても旅立ちの時が来たのだと。娘から旅立ち、私は私の人生を切り拓いていかなけらばならない。そうしなければ『私』で無くなってしまう気がした。
あくまで、私は『私』の人生を生きて行こう。そう心に決めた瞬間だった。
「……お母さん?」
物思いに耽っていた私を不審に思ってかアリアは小首を傾げながら私を呼んだ。
「ん、すごく良い話だと思うんだけど……ごめんね。 お母さん、その話は遠慮しておくわ」
「え? なんで?」
私の出した答えが意外だったのか、アリアは少し驚いたような表情で私へ聞き返した。
「結婚は一年後、アリアはその時14歳。成人を目前にして、もう立派な大人だと言っていいわ。そんな、子が親の元から離れようとしている時に親が子の後を追うようではダメだと思うの」
アリアは私の言葉に眉を顰め、俯くと、消え入るような弱い声で言葉を紡ぎ出す。
「……でも、わたしはもっとお母さんと暮らしたい……」
アリアはとても賢い子だ。
今の様子から、私の言った事の真意を理解しているようだった。
しかし、理解はしていても納得はしていない様子。
寂しそうに顔を顰めるアリアの姿に私の心が揺れ動く。しかしここで甘えた選択をしてはいけない。私も、アリアも。
「しっかりなさい、アリア。マルク様との結婚はアリアの意思でもあるんでしょ?自分が決めた事には腹を括りなさい。結婚はね、人生において一番大きな決断なの。自分の足で立って、そして歩き出す。結婚するって事は『大人になる』と言う事でもあるのよ。成人の儀を迎えるという事よりもよっぽどね」
アリアは顔を上げると、目尻に溜まった涙を拭いて「分かった」と力強く答えた。どうやら納得した様子。アリアは昔から言えば物分かりの良い方だ。
ただ、その表情はしょんぼりと暗く、また、不安な色も混じっているようだった。
「そんなに悲しい顔をしないで? 何も、今すぐ離れ離れになるわけじゃないんだから。結婚までまだあと1年あるのよ?それまでに心の準備をしておくの。そして1年後、アリアは貴族の妻として、私は私の新たな人生を、強く、楽しく生きていくつもりよ」
「まるで1年後には今生の別れ、みたいな言い方……」
今にも泣いてしまいそうなアリアの顔。確かに少し、重かったか。
私は苦笑しながら口を開いた。
「ふふ、そうね。確かに少し重い話になっちゃったわね。とにかくお母さんが言いたいかった事はね……アリア、幸せになってね。という事と、それと、たとえ貴族の家にお嫁に行ったとしてもお母さんはずっとアリアのお母さんだからね。これは何があっても変わる事はないし、やめるつもりもないから!」
「うん。分かった」
――1年が経った。
アリアは14歳で、私は34歳になった。20代もそうだったが、30を超えてからは更に歳を食いたく無いと思う。
と、そんな事はさて置き、無事にアリアとマルク様の結婚式が執り行われた。
純白のウエディングドレスに身を包んだアリアは言うまでも無く、美しかった。そして、その隣りにはマルク様の姿が、互いに見つめ合いながら二人はとても幸せそうな表情をしていた。
婚約してからのこの一年の間、距離が距離だけにアリアとマルク様は中々頻繁には会えないようだったが、それでも時折りマルク様はアリアに会いに村まで来て、アリアもまた一月に一度くらいのペースで子爵邸へと赴き、二人は着実に愛を育んでいた。
アリアが子爵邸へ赴いた際には貴族の妻として恥ずかしくない程度の教養を侍女長から直々に教えを請うているようだった。そして、その教えを持ち帰ってきたアリアから、今度は私が教えを請うのだった。――とある私の新たな目標の為に。
こうして、アリアはリデイン子爵家の嫁として私のもとから羽ばたいていったのだった。
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