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第一章 娘の結婚
アリアの結婚
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「わたしがアリアです」
集まる村人の後方あたり。私の隣りにいたアリアが手を挙げて貴族と思しき一行の前に出た。
「おぉ! そなたがアリア嬢か!評判通り確かに美しい。いや、むしろ聞きしに勝る美しさだ」
貴族と思しき男性はアリアの姿を見て感嘆の声を上げた。
アリアが口を開く。
「貴方様は御貴族様であられる御方でしょうか?」
「如何にも。子爵位を持っている。先程も申した通り、私は隣の領国の領主をしている者だ」
「そのような御方が平民のわたしに一体どんな御用件で?」
貴族相手に毅然とした態度で受け答えをするアリア。
その大人びた様子に、娘がいつの間にか成長していた事をまざまざと実感する。でも同時にどこか寂しいような気持ちにもなる。
「うむ。では、単刀直入に申そう。 我が息子、マルク・リデインの妻となってはくれぬか?」
子爵様のこの言葉に村人達が一斉にざわつき、私も驚きのあまり、思わず口元を手で覆うも、それでも驚きの声は漏れ出てしまう。
「え……う、うそ……でしょ?」
アリアが言った『貴族との結婚』。
まさか、そんな事が現実のものになるなんて夢にも思っていなかった。それも、こんな突然に。
もっと先だと思っていたアリアの結婚。
私の手の届かない所へアリアが行ってしまうような、そんな恐怖心に駆られた私は咄嗟にアリアの名前を呼ぶ。
「アリア――」
「――その申し出、わたしで良ければ謹んでお受け致します」
私の声がアリアの耳に届く前に、アリアは快諾の意向を子爵様へ示した。
貴族側から平民への申し出。そもそも平民側に拒否権はない。
「そうか。突然の申し出にも関わらず快く引き受けてくれた事に感謝する」
いつかは誰かと結婚して私のもとを去っていく。分かっていた事ではある。
でも心の準備が、覚悟が出来ていない。恐い……
――何が?
アリアが居ない日常が。 孤独が恐い。
これまで、私にとってのアリアとはまさに心の支えだった。アリアの為に生きていると言っても過言ではなかった。
本当は、一生死ぬまでアリアと一緒に暮らしたい。それが本音だ。
でも、それでは娘の幸せを阻害してしまう事になる。娘には誰よりも幸せになって欲しい。
複雑に絡み合う思慮の中で、娘が結婚するその前に自分の中での覚悟が必要だと思っていた。 アリアがいない日常を送る上での覚悟が。
それがないと私は――、
「ただ、一つだけお願いがあります」
「何だ? 申してみよ」
「婚約期間を一年間、設けて欲しいのです」
落ち込んだように俯いていた私は、アリアの言葉にハッと顔を上げた。
アリアの申し出を受けた子爵様は顎に手をやりながら思案気な表情で隣りに従えた執事と思しき男性に問い掛けた。
「ふむ……アリア嬢の歳の頃は?」
「はい。 13と聞いております」
「なるほど。子をこさえるにも、少し早いか……」
「はい。旦那様。 それに、御坊ちゃまの意向次第では……」
「なぁに、そこは心配するな。 アリア嬢のこの美貌を見てみろ。平民としてのこの身なりでこれだ。着飾ればどこまで美しくなるか、もはや想像すら出来ない。 さすがのあやつもそんな美貌を前にしてはイチコロであろう。そうでなければあやつはもはやもう男ではない」
「あの、恐縮ですがリデイン子爵様。ひとつお尋ねしても宜しいでしょうか?」
何やら子爵様と従者との間で色々と交わされている中、アリアが割って入った。
その言葉に子爵様はハッとしたように見開き、反応を示師た。
「おぉ、これは失礼致した。 うむ。そなたの申す通り、最低でも一年間は婚約期間を設けるとしよう。 して、聞きたい事とは?」
アリアは一瞬、子爵一行を見渡してから、
「その……今日はマルク様はいらしてはいないのでしょうか?」
そう問い掛けるアリアに対し、子爵様とその執事は、痛いところを突かれた、とばかりに苦し気に表情を曇らせた。
「その事、なのだがな……」
子爵様は重い口調でここまでに至った経緯と、抱える事情を話し始めた。
子爵様の話によれば、令息マルク様は女性に全く興味がないとの事らしい。
普通、年頃の貴族の令息といえば社交の場などで気に入った同年代の令嬢につばをつける意味合いで交流を図るものらしいのだが、マルク様にはそういった様子はまったく無いらしく、自身の子爵家の跡取りとしての教養を身に付ける事にしか思考を働かせていないらしい。
とにかく『女にうつつを抜かす暇があったら、勉強を』がマルク様の頭の中を席巻しているとの事らしい。
いずれはマルク様を跡取りにと、そう考えている子爵様からすれば、マルク様のこの考えは大問題である。
そこで子爵様はマルク様の男としての本能に呼び掛けようと考えた。
リデイン子爵家は総力をあげてマルク様でさえも思わず胸をときめかせる程の、そんな見目の美しい貴族令嬢を探した。しかし、『誰もが胸をときめかせる程の美しい貴族令嬢』は上位貴族の令息達が全て持っていってしまい、下級貴族として分類される『子爵』程度ではそのような高嶺の花は用意できなかったとの事。
因みに、世継ぎの問題を解決する為だけという事ならば、政略結婚という手もあるらしいが、一般的に政略結婚とは格下の貴族が格上の貴族に取り入る為に娘を差し出すケースがほとんどで、旨みの少ない子爵家を相手に娘を嫁がせる貴族は少ないだろうと子爵様は言う。
そんな八方塞がりで頭を悩ませていた子爵様のもとに、丁度興味深い話が舞い込んで来た。
――隣りの侯爵領に絶世の美少女がいる。しかもそれは平民で。
それがアリアの事で、今に至ったというわけらしい。
「なるほど。それで、平民階級であるわたしに目を付けたと」
「そういう事だ」
「同じ事を考える下級貴族もいるだろうと、ここへ来るまでの道中、それはヒヤヒヤしながら来たものだ」
そう言って、ははは、と笑う子爵様。対するアリアは表情を曇らせた。
「という事は、わたしがマルク様に見初められた、というわけではないのですね?」
そんなアリアの言葉に狼狽えた表情を浮かべる子爵様。
そもそも、平民側のアリアに拒否権は無いのだが、折角得られた快諾が覆るのは子爵様としても心地良いものではないず。子爵様は慌てて言い繕おうとするが、
「い、いや! 心配するな! そなたのその美貌ならば――」
「――であれば、わたしが必ず落としてみせます!」
その心配はまったく不要だったようで、子爵様からすれば、アリアのその反応があまりに意外だったのだろう。目を丸くして呆気に取られている様子だ。
――そう。私の娘アリアは、大の負けず嫌いで、そして自信家だ。
そこだけで聞けば、まるでメアリーのようだが、他は全く違う。
曲がった事が大嫌いで、一度決めた事はとことんやる。13歳にして超が付くほどの頑固者。少し気性が荒いところもあるが、他人を思いやれる誠実で心優しい女の子。私の自慢の娘だ。
子爵様の言う通り、いくら異性に興味を持たないマルク様といえど、アリアの前ではイチコロよ。 え?親馬鹿? いいえ、必ずそうなります。
ともあれ、貴族が結婚相手というのはアリアにとっても好条件。ただ……、
結婚後、平民の私と貴族となった娘が自由に会える事はできるのだろうか?
そうなるまでに1年という猶予が与えられたはしたが、1年後、文字通り私とアリアは違う世界で別々に暮らす事となる。
私の手の届かない遠いところへアリアが行ってしまうようなこの侘しい感覚はどうやったって拭いきれない。
とにかく、これからの一年間を大事に過ごそうと思う。娘と過ごせる最後の一年間、それを噛み締めながら楽しく過ごす。
そしてアリアが嫁に行った後、一人『寂しい』と嘆くのではなく、『今まで頑張って来た分、あとはのんびりと余生を過ごそう』と、そう思えるようになっていたいと切に願う。
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「如何にも。子爵位を持っている。先程も申した通り、私は隣の領国の領主をしている者だ」
「そのような御方が平民のわたしに一体どんな御用件で?」
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「うむ。では、単刀直入に申そう。 我が息子、マルク・リデインの妻となってはくれぬか?」
子爵様のこの言葉に村人達が一斉にざわつき、私も驚きのあまり、思わず口元を手で覆うも、それでも驚きの声は漏れ出てしまう。
「え……う、うそ……でしょ?」
アリアが言った『貴族との結婚』。
まさか、そんな事が現実のものになるなんて夢にも思っていなかった。それも、こんな突然に。
もっと先だと思っていたアリアの結婚。
私の手の届かない所へアリアが行ってしまうような、そんな恐怖心に駆られた私は咄嗟にアリアの名前を呼ぶ。
「アリア――」
「――その申し出、わたしで良ければ謹んでお受け致します」
私の声がアリアの耳に届く前に、アリアは快諾の意向を子爵様へ示した。
貴族側から平民への申し出。そもそも平民側に拒否権はない。
「そうか。突然の申し出にも関わらず快く引き受けてくれた事に感謝する」
いつかは誰かと結婚して私のもとを去っていく。分かっていた事ではある。
でも心の準備が、覚悟が出来ていない。恐い……
――何が?
アリアが居ない日常が。 孤独が恐い。
これまで、私にとってのアリアとはまさに心の支えだった。アリアの為に生きていると言っても過言ではなかった。
本当は、一生死ぬまでアリアと一緒に暮らしたい。それが本音だ。
でも、それでは娘の幸せを阻害してしまう事になる。娘には誰よりも幸せになって欲しい。
複雑に絡み合う思慮の中で、娘が結婚するその前に自分の中での覚悟が必要だと思っていた。 アリアがいない日常を送る上での覚悟が。
それがないと私は――、
「ただ、一つだけお願いがあります」
「何だ? 申してみよ」
「婚約期間を一年間、設けて欲しいのです」
落ち込んだように俯いていた私は、アリアの言葉にハッと顔を上げた。
アリアの申し出を受けた子爵様は顎に手をやりながら思案気な表情で隣りに従えた執事と思しき男性に問い掛けた。
「ふむ……アリア嬢の歳の頃は?」
「はい。 13と聞いております」
「なるほど。子をこさえるにも、少し早いか……」
「はい。旦那様。 それに、御坊ちゃまの意向次第では……」
「なぁに、そこは心配するな。 アリア嬢のこの美貌を見てみろ。平民としてのこの身なりでこれだ。着飾ればどこまで美しくなるか、もはや想像すら出来ない。 さすがのあやつもそんな美貌を前にしてはイチコロであろう。そうでなければあやつはもはやもう男ではない」
「あの、恐縮ですがリデイン子爵様。ひとつお尋ねしても宜しいでしょうか?」
何やら子爵様と従者との間で色々と交わされている中、アリアが割って入った。
その言葉に子爵様はハッとしたように見開き、反応を示師た。
「おぉ、これは失礼致した。 うむ。そなたの申す通り、最低でも一年間は婚約期間を設けるとしよう。 して、聞きたい事とは?」
アリアは一瞬、子爵一行を見渡してから、
「その……今日はマルク様はいらしてはいないのでしょうか?」
そう問い掛けるアリアに対し、子爵様とその執事は、痛いところを突かれた、とばかりに苦し気に表情を曇らせた。
「その事、なのだがな……」
子爵様は重い口調でここまでに至った経緯と、抱える事情を話し始めた。
子爵様の話によれば、令息マルク様は女性に全く興味がないとの事らしい。
普通、年頃の貴族の令息といえば社交の場などで気に入った同年代の令嬢につばをつける意味合いで交流を図るものらしいのだが、マルク様にはそういった様子はまったく無いらしく、自身の子爵家の跡取りとしての教養を身に付ける事にしか思考を働かせていないらしい。
とにかく『女にうつつを抜かす暇があったら、勉強を』がマルク様の頭の中を席巻しているとの事らしい。
いずれはマルク様を跡取りにと、そう考えている子爵様からすれば、マルク様のこの考えは大問題である。
そこで子爵様はマルク様の男としての本能に呼び掛けようと考えた。
リデイン子爵家は総力をあげてマルク様でさえも思わず胸をときめかせる程の、そんな見目の美しい貴族令嬢を探した。しかし、『誰もが胸をときめかせる程の美しい貴族令嬢』は上位貴族の令息達が全て持っていってしまい、下級貴族として分類される『子爵』程度ではそのような高嶺の花は用意できなかったとの事。
因みに、世継ぎの問題を解決する為だけという事ならば、政略結婚という手もあるらしいが、一般的に政略結婚とは格下の貴族が格上の貴族に取り入る為に娘を差し出すケースがほとんどで、旨みの少ない子爵家を相手に娘を嫁がせる貴族は少ないだろうと子爵様は言う。
そんな八方塞がりで頭を悩ませていた子爵様のもとに、丁度興味深い話が舞い込んで来た。
――隣りの侯爵領に絶世の美少女がいる。しかもそれは平民で。
それがアリアの事で、今に至ったというわけらしい。
「なるほど。それで、平民階級であるわたしに目を付けたと」
「そういう事だ」
「同じ事を考える下級貴族もいるだろうと、ここへ来るまでの道中、それはヒヤヒヤしながら来たものだ」
そう言って、ははは、と笑う子爵様。対するアリアは表情を曇らせた。
「という事は、わたしがマルク様に見初められた、というわけではないのですね?」
そんなアリアの言葉に狼狽えた表情を浮かべる子爵様。
そもそも、平民側のアリアに拒否権は無いのだが、折角得られた快諾が覆るのは子爵様としても心地良いものではないず。子爵様は慌てて言い繕おうとするが、
「い、いや! 心配するな! そなたのその美貌ならば――」
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その心配はまったく不要だったようで、子爵様からすれば、アリアのその反応があまりに意外だったのだろう。目を丸くして呆気に取られている様子だ。
――そう。私の娘アリアは、大の負けず嫌いで、そして自信家だ。
そこだけで聞けば、まるでメアリーのようだが、他は全く違う。
曲がった事が大嫌いで、一度決めた事はとことんやる。13歳にして超が付くほどの頑固者。少し気性が荒いところもあるが、他人を思いやれる誠実で心優しい女の子。私の自慢の娘だ。
子爵様の言う通り、いくら異性に興味を持たないマルク様といえど、アリアの前ではイチコロよ。 え?親馬鹿? いいえ、必ずそうなります。
ともあれ、貴族が結婚相手というのはアリアにとっても好条件。ただ……、
結婚後、平民の私と貴族となった娘が自由に会える事はできるのだろうか?
そうなるまでに1年という猶予が与えられたはしたが、1年後、文字通り私とアリアは違う世界で別々に暮らす事となる。
私の手の届かない遠いところへアリアが行ってしまうようなこの侘しい感覚はどうやったって拭いきれない。
とにかく、これからの一年間を大事に過ごそうと思う。娘と過ごせる最後の一年間、それを噛み締めながら楽しく過ごす。
そしてアリアが嫁に行った後、一人『寂しい』と嘆くのではなく、『今まで頑張って来た分、あとはのんびりと余生を過ごそう』と、そう思えるようになっていたいと切に願う。
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