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第一章 娘の結婚
『村一番の美女』の失墜
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月日は流れ、私は33歳、アリアは13歳になっていた。
この頃になるとアリアも職に就き始め、少しだが生活も楽になってきた。アリアとの親子水入らずの時間も増え、私はこの暮らしの中にようやく余裕を持って幸せを感じれるようになっていた。
だがそれでも貧困である事には変わりはなく、私は過重労働、アリアは短い時間での勤務の後は家事に専念と、相変わらず親子二人三脚で貧乏を凌ぐ日々は続いている。もう少し経済面で楽になれないものか……やっぱりジョンからの金銭的援助を断るべきではなかったか、と少しだけ後悔する時もあったり、無かったり。――いや、さすがにそれは無いか。
13歳になったアリアは巷間で評判の美少女になっていた。その評判は村の中だけでは留まらず、『絶世の美少女』としてギルバート領全土に知れ渡るほどだった。娘の事を褒められる事は親としても嬉しい限りだ。
そして何より痛快だったのは、『可愛い』、『まるで妖精のようだ』、『領国一の美少女』……等々の称賛を浴びせられるアリアの様子を物陰から『村一番の美女』――メアリーが嫉妬に駆られた、まるで鬼のような形相で睨む姿を目撃した時だ。まさにメアリー起因で溜まった鬱憤が見事に霧散していくのを覚えた瞬間だった。
――なお、今やメアリーを『村一番の美女』と讃える者はいない。
アリアの評判がそこまで広く知れ渡るとポツポツと娘へ向けた求婚の話が舞い降りてきた。その中には富裕層の者までいたがアリアは消極的な姿勢を示した。
まだ13歳だからというのももちろんあるだろうが、それ以上にアリアは結婚に対して良いイメージを持っていないようだった。
無論、それは私とジョンのせいである。
私自身は結婚に失敗したが、だからといって結婚しない事を娘に薦めるつもりはない。
愛する人と一緒になって子供を授かって幸せな家庭を築く。この幸せの形に何ら異論は無いのだから。
ただ、結婚する相手は吟味する事。私みたいになってはいけない。この事は自身の経験をもとに切実に思う事ではある。
「ねぇ、アリア?」
「ん? 何?」
「アリアは結婚についてどう思ってるの?」
「んー、別に」
「そう。」
15歳で成人。少なくはあるが13歳で結婚する者もいる。
女は大体15歳から20歳の間に結婚する者が多く、次いで20から上にいくにつれて段々少なくなっていく傾向にあり、男はその逆。20代が多く、次いで15~20の間。男女共に結婚適齢期は割と広い。
「もしもお母さんとお父さんのせいでアリアが結婚について悪いイメージを持っているのなら、それは間違いよ? 愛する人と結婚して幸せな家庭を作る事は素晴らしい事。お母さんはそれに失敗しただけ。しっかりと相手を見極めて良い人と結婚すればお母さんみたいにはならないはずよ」
アリアは私の言葉に違う、と首を振った。
「そんな事は関係無く、わたしは結婚しないよ。だって、わたしが結婚したらお母さんひとりぼっちになっちゃうじゃない。わたしはずっとお母さんの側にいる」
なんと、私の事を憐んでの事だったようだ。なんだか悲しい。
「お母さんの事は心配しないで? アリアの幸せがお母さんの幸せなんだから。」
「でもお母さん、わたしがお嫁に行って、寂しくならない?」
「そりゃ、もちろん寂しくはなるけど、アリアの幸せが何よりも一番大事。それに、親はずっといるわけじゃないの。いつかは必ず死ぬの。子供より先にね。そうなった時にひとりぼっちになってしまうのはアリアの方なのよ?だから、そうならない為にもアリアは結婚して家族を作るの。幸せな家庭を。 わかった?」
少し重い話になったが、これが真理だ。アリアは真面目な顔でコクリと頷く。
「だったらわたし、ものすごいお金持ちと結婚する! 貴族と!」
「き、貴族!?」
貴族と平民が結婚した事例が無いわけではない。
ここ、ロズウェル王国の先代王妃様が平民出身であった事から、この国では身分の高さに関係なく結婚が許されるようになっている。
とはいうものの、王族と平民、または貴族と平民が婚姻を結ぶ事例が極めて少ない事はもはや言うまでも無い。
私の驚いた反応にアリアが頷く。
「そう、貴族。 そしたらお母さんにも幾分かはお金の援助がいくようになるでしょ? わたしの幸せがお母さんにとっての幸せって、お母さんは言ったけど、お母さんの幸せだってわたしにとっての幸せなんだからね?」
確かにアリアの事を嫁にと、引く手数多ではある。しかし、まさか貴族と結婚とは……。大きく出たものだ。
「ふふ、ありがとうアリア。でも、結婚は誰かの為にするのではなく、自分の為にするものなの。その事を忘れないでね」
結婚相手に求む条件はとにかくお金持ち。そして貴族。そんな考えを持ち始めたアリア。私が最後に掛けた言葉など届いている様子はない。
そんなアリアとのやり取りから程なくして、まさかのとんでもない縁談がアリアに舞い込んできた。
いや……まさか、本当にこんな事があるなんて……
「私はこのギルバード領の隣、リデイン領で領主を務めているハワード・リデインと申す者である。今日はこの村にアリアという美しい少女がいると聞いてやって来た。アリア嬢はどなたであろうか?名乗り出てはくれないだろうか?」
村の中央の広場に立ち、全村人達へ呼びかけるように声を上げた、明らかに平民ではない服装をした40代と思しき男性。その傍には黒のタキシード姿の年配の男性とその他に護衛が2人。
間違い無い……貴族だ。
そんな、貴族と思しき一行の周りへと集まっていく村人達。その中から1人の女が声を上げた。
「はい。わたくしが、この村で『一番の美女』と謳われているメアリーと申す者です。今日はわたくしにどう言った御用件で?」
相手の身なりから貴族と判断。そこから直感的に利のある話だと、アリアの名前が上がったのにも関わらず無理矢理にでも自分を押し込めるあたりは、さすがはメアリーと感嘆する。
「うむ。メアリーと言ったか。 悪いが、用があるのはそなたでは無い。下がれ」
「ですが――」
すかさず食い下がろうとするメアリーに対し、貴族と思しき男性は視線を鋭くして睨みつけると、
「我らを有力者と見るや否や、呼ばれていない事を知りつつ、己を『村一番の美女』と謳い近づくたあたり、なんと低俗な事か。そしてそなたのその醜い心はそなたの顔にそのまま滲み出ているようだ。そなたが美女?笑わせるな!そなたは紛れもなく醜女だ! 下がれ!!目障りだ!!」
そう語気を強めて言い放った。
「あたしが……醜女?」
信じられない――そんな様子で呆然と立ち尽くすメアリー。
今や、メアリーの事を美しいと讃える者は誰一人としていない。
男を取っ替え引っ替えし、別れ際に起こるトラブルも絶えないと聞く。ジョンが大怪我をした時の素早い身の振り方にも非難の声が上がっていた。
より良い男を、よりお金持ちな男を、より名高い男を……と、男をまるで自分のステータスのように扱うメアリーは今や『悪女』として有名になりつつある。 あ……お金持ちな男を、これはアリアにも当てはまるわね……まぁ、それはさて置いとくとして……
悪事を働いた分だけそれが顔に刻まれる、そんな事が本当にあるのかは分からないが、確かに貴族と思しき男性が言い放ったようにメアリーの顔は今や醜悪そのもの。『美女』と言うにはあまりに遠い顔をしている。
「……ねぇ。あたしの顔ってそんなに、醜い?」
『顔が醜い』――初めて面と向かって言われたのだろう。あまりにショックだったのか、メアリーは涙を浮かべて貌を醜悪に歪めながら近くにいた男性村人に迫るように問い掛けた。
「ひぃ……ば、化け物……」
男性村人はメアリーのその剣幕に怯むように後退った。
『化け物』。女性が言われてこれ以上に傷つく言葉があるだろうか。ましてや、己の見目に絶対の自信を待っていたメアリーだ。計り知れない程の大きな傷を心に負ったに違いない。
メアリーは両手で顔を覆うようにしてその場に泣き崩れた。
自業自得だと思いつつも、私は同じ女としてさすがにこれは可哀想だと少しだけ同情の念を抱いてしまったのだった。
この頃になるとアリアも職に就き始め、少しだが生活も楽になってきた。アリアとの親子水入らずの時間も増え、私はこの暮らしの中にようやく余裕を持って幸せを感じれるようになっていた。
だがそれでも貧困である事には変わりはなく、私は過重労働、アリアは短い時間での勤務の後は家事に専念と、相変わらず親子二人三脚で貧乏を凌ぐ日々は続いている。もう少し経済面で楽になれないものか……やっぱりジョンからの金銭的援助を断るべきではなかったか、と少しだけ後悔する時もあったり、無かったり。――いや、さすがにそれは無いか。
13歳になったアリアは巷間で評判の美少女になっていた。その評判は村の中だけでは留まらず、『絶世の美少女』としてギルバート領全土に知れ渡るほどだった。娘の事を褒められる事は親としても嬉しい限りだ。
そして何より痛快だったのは、『可愛い』、『まるで妖精のようだ』、『領国一の美少女』……等々の称賛を浴びせられるアリアの様子を物陰から『村一番の美女』――メアリーが嫉妬に駆られた、まるで鬼のような形相で睨む姿を目撃した時だ。まさにメアリー起因で溜まった鬱憤が見事に霧散していくのを覚えた瞬間だった。
――なお、今やメアリーを『村一番の美女』と讃える者はいない。
アリアの評判がそこまで広く知れ渡るとポツポツと娘へ向けた求婚の話が舞い降りてきた。その中には富裕層の者までいたがアリアは消極的な姿勢を示した。
まだ13歳だからというのももちろんあるだろうが、それ以上にアリアは結婚に対して良いイメージを持っていないようだった。
無論、それは私とジョンのせいである。
私自身は結婚に失敗したが、だからといって結婚しない事を娘に薦めるつもりはない。
愛する人と一緒になって子供を授かって幸せな家庭を築く。この幸せの形に何ら異論は無いのだから。
ただ、結婚する相手は吟味する事。私みたいになってはいけない。この事は自身の経験をもとに切実に思う事ではある。
「ねぇ、アリア?」
「ん? 何?」
「アリアは結婚についてどう思ってるの?」
「んー、別に」
「そう。」
15歳で成人。少なくはあるが13歳で結婚する者もいる。
女は大体15歳から20歳の間に結婚する者が多く、次いで20から上にいくにつれて段々少なくなっていく傾向にあり、男はその逆。20代が多く、次いで15~20の間。男女共に結婚適齢期は割と広い。
「もしもお母さんとお父さんのせいでアリアが結婚について悪いイメージを持っているのなら、それは間違いよ? 愛する人と結婚して幸せな家庭を作る事は素晴らしい事。お母さんはそれに失敗しただけ。しっかりと相手を見極めて良い人と結婚すればお母さんみたいにはならないはずよ」
アリアは私の言葉に違う、と首を振った。
「そんな事は関係無く、わたしは結婚しないよ。だって、わたしが結婚したらお母さんひとりぼっちになっちゃうじゃない。わたしはずっとお母さんの側にいる」
なんと、私の事を憐んでの事だったようだ。なんだか悲しい。
「お母さんの事は心配しないで? アリアの幸せがお母さんの幸せなんだから。」
「でもお母さん、わたしがお嫁に行って、寂しくならない?」
「そりゃ、もちろん寂しくはなるけど、アリアの幸せが何よりも一番大事。それに、親はずっといるわけじゃないの。いつかは必ず死ぬの。子供より先にね。そうなった時にひとりぼっちになってしまうのはアリアの方なのよ?だから、そうならない為にもアリアは結婚して家族を作るの。幸せな家庭を。 わかった?」
少し重い話になったが、これが真理だ。アリアは真面目な顔でコクリと頷く。
「だったらわたし、ものすごいお金持ちと結婚する! 貴族と!」
「き、貴族!?」
貴族と平民が結婚した事例が無いわけではない。
ここ、ロズウェル王国の先代王妃様が平民出身であった事から、この国では身分の高さに関係なく結婚が許されるようになっている。
とはいうものの、王族と平民、または貴族と平民が婚姻を結ぶ事例が極めて少ない事はもはや言うまでも無い。
私の驚いた反応にアリアが頷く。
「そう、貴族。 そしたらお母さんにも幾分かはお金の援助がいくようになるでしょ? わたしの幸せがお母さんにとっての幸せって、お母さんは言ったけど、お母さんの幸せだってわたしにとっての幸せなんだからね?」
確かにアリアの事を嫁にと、引く手数多ではある。しかし、まさか貴族と結婚とは……。大きく出たものだ。
「ふふ、ありがとうアリア。でも、結婚は誰かの為にするのではなく、自分の為にするものなの。その事を忘れないでね」
結婚相手に求む条件はとにかくお金持ち。そして貴族。そんな考えを持ち始めたアリア。私が最後に掛けた言葉など届いている様子はない。
そんなアリアとのやり取りから程なくして、まさかのとんでもない縁談がアリアに舞い込んできた。
いや……まさか、本当にこんな事があるなんて……
「私はこのギルバード領の隣、リデイン領で領主を務めているハワード・リデインと申す者である。今日はこの村にアリアという美しい少女がいると聞いてやって来た。アリア嬢はどなたであろうか?名乗り出てはくれないだろうか?」
村の中央の広場に立ち、全村人達へ呼びかけるように声を上げた、明らかに平民ではない服装をした40代と思しき男性。その傍には黒のタキシード姿の年配の男性とその他に護衛が2人。
間違い無い……貴族だ。
そんな、貴族と思しき一行の周りへと集まっていく村人達。その中から1人の女が声を上げた。
「はい。わたくしが、この村で『一番の美女』と謳われているメアリーと申す者です。今日はわたくしにどう言った御用件で?」
相手の身なりから貴族と判断。そこから直感的に利のある話だと、アリアの名前が上がったのにも関わらず無理矢理にでも自分を押し込めるあたりは、さすがはメアリーと感嘆する。
「うむ。メアリーと言ったか。 悪いが、用があるのはそなたでは無い。下がれ」
「ですが――」
すかさず食い下がろうとするメアリーに対し、貴族と思しき男性は視線を鋭くして睨みつけると、
「我らを有力者と見るや否や、呼ばれていない事を知りつつ、己を『村一番の美女』と謳い近づくたあたり、なんと低俗な事か。そしてそなたのその醜い心はそなたの顔にそのまま滲み出ているようだ。そなたが美女?笑わせるな!そなたは紛れもなく醜女だ! 下がれ!!目障りだ!!」
そう語気を強めて言い放った。
「あたしが……醜女?」
信じられない――そんな様子で呆然と立ち尽くすメアリー。
今や、メアリーの事を美しいと讃える者は誰一人としていない。
男を取っ替え引っ替えし、別れ際に起こるトラブルも絶えないと聞く。ジョンが大怪我をした時の素早い身の振り方にも非難の声が上がっていた。
より良い男を、よりお金持ちな男を、より名高い男を……と、男をまるで自分のステータスのように扱うメアリーは今や『悪女』として有名になりつつある。 あ……お金持ちな男を、これはアリアにも当てはまるわね……まぁ、それはさて置いとくとして……
悪事を働いた分だけそれが顔に刻まれる、そんな事が本当にあるのかは分からないが、確かに貴族と思しき男性が言い放ったようにメアリーの顔は今や醜悪そのもの。『美女』と言うにはあまりに遠い顔をしている。
「……ねぇ。あたしの顔ってそんなに、醜い?」
『顔が醜い』――初めて面と向かって言われたのだろう。あまりにショックだったのか、メアリーは涙を浮かべて貌を醜悪に歪めながら近くにいた男性村人に迫るように問い掛けた。
「ひぃ……ば、化け物……」
男性村人はメアリーのその剣幕に怯むように後退った。
『化け物』。女性が言われてこれ以上に傷つく言葉があるだろうか。ましてや、己の見目に絶対の自信を待っていたメアリーだ。計り知れない程の大きな傷を心に負ったに違いない。
メアリーは両手で顔を覆うようにしてその場に泣き崩れた。
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