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26:2回目①
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2001年7月7日。
優花にとっては二度目となる、青薔薇の解散ライブの日がやってきた。
前回の人生と同じように、会場近くのホテルのベッドで目覚めた優花。
布団にくるまったままで、隣のベッドに目を向ける。
視線の先では、楓の呼吸に合わせて布団が上下している。
――そういえば、前回も私の方が先に起きて、こうして寝ている楓を見てたな。
優花は小さな笑い声をあげた。
その声に反応するかのように、楓が寝返りをうって布団から眠たげな顔を出した。
「……ゔーん…………、優花、おはよう」
「おはよう。ごめん、起こしちゃったね」
「……うん?」
二人はぎこちなく笑いながら、その日をスタートした。
♪ ♪ ♪
「やっぱり日武、でかいね」
「本当。青薔薇のワンマンの最大のキャパだもんね」
会場の前で、いつものメンバーと写真を撮ったりしてから入場。
みんなと別れた二人は、自分の席に向かって歩いている。
「スタンドはガラガラだったらどうしようかと思ってたけど、結構埋まってるね」
「立ち見も出てるらしいよ。こんだけの箱でできるのにね……」
階段を降りてアリーナに足を踏み入れた二人は、会場を見渡しながら歩いていく。
そこら中に知っている顔がいる。
「あっ! 優花、ダンプさんたちがいる!」
「本当だ! 今日はダンプさん、コスしてんだ」
「あれって、インディーの初期の頃の衣装だよね」
「うん。そういえば、ダンプさんも昔はコスしてたって聞いたことあったかも?」
真っ黒な衣装に、ダークなメイクのダンプさんたちを見つめていると、楓が優花の服を引っ張った。
「ねえ、ねえ、あの人たち。見るの久しぶりじゃない?」
「あ! 本当だ! あれって最新のアルバムのコスじゃん。あの人たち上がってしばらく来てなかったけど、今日のために作ったのかな?」
二人の視線の先には、有名な古株のファンの人たちが談笑している。みんな、青薔薇の最後のアルバムの衣装を着ている。
彼女たちは、二年くらい前に上がってしまったので、会場で会うのは久しぶりだ。
「作ったっぽいね。てか、相変わらず、衣装の完成度えぐいね」
「私さ。あの人たちのコスが一番好きだったんだー」
「わかる。気合い入ってたよね。いつも」
「上がっちゃった時、寂しかったけど、最後にまた会えて嬉しいなー」
「なんか、この辺、上がっちゃった人が多いね」
「本当だ! ちょっと、同窓会みたいだね」
「はは……確かに」
懐かしい人たちの横を通り過ぎながら、自分たちの席を目指して歩く。
前に向かうにつれて、見知った顔が多くなる。
──やっぱり、最後は通っていた人を前にしたんだな。
ファンクラブの粋な計らいに、優花の胸に感謝の思いが広がる。
そんな彼女の横を、ダンプさんが走り抜けていった。
久しぶりに会った仲間との挨拶を終えて、自分の席に戻るようだ。
久しぶりに見た彼女の走りすら、最後だと思うと愛おしい。
実のところ、優花はダンプさんが苦手である。
彼女は、いつも古株風をまき散らして偉そうだし。
ライブハウスでのマナーも、すこぶる悪い。
しかし、インディーズ時代から一緒だった仲間が全員上がっても、最後まで通ったダンプさんのことは尊敬している。
ダンプさんが二列目の上手の一檎の前の席に座るのを、優花は感傷的な瞳で見つめていた。
「優花! ここだ」
「最前、やっぱり近いねー」
最前列、センターの少し下手寄り。
前回の人生の時と同じ場所が、優花たちの席だ。
「璃桜と紫苑のちょうど真ん中。ラッキーだね」
「本当。最後に楓と隣で見れて嬉しい」
「なんだよ、優花―。始まる前に泣かせるなよ」
楓はそう言っておどけたように笑いながら、瞳を赤くした。
それを見て笑っている優花の瞳にも、涙が溜まっていく。
♪ ♪ ♪
開演時間から30分後。
流れていたBGMが止まり、客電が落ちた。
一斉に上がった、悲鳴に近いほどの歓声の中。
青い光に照らされたステージに、壮大なSEが流れ出した。
会場中から、メンバーの名前を呼ぶ声が上がる。
一人ずつ、ステージに登場したメンバーのシルエットが浮かび上がる。
優花も楓も大きな声で、メンバーの名前を呼んだ。
楽器隊の全員が配置についたところでSEが変わり、璃桜様が両手を広げながらステージに出てきた。
「璃桜様―! 璃桜様―!」
優花は精一杯の声を上げて、彼の名前を呼ぶ。
璃桜様がステージの中央に立ち、マイクスタンドからマイクを手に取った。
それを合図に、牡丹のカウントが始まり、一曲目が始まった。
一曲目はインディーズ時代の名曲で、久しぶりにやる『Ice Doll』だ。
右隣の璃桜様ファンの女の子は、曲が始まるなりタオルを目に当てて、泣き出した。
彼女につられて潤んだ瞳を右手で軽く拭って、優花はステージに目を向ける。
今日のステージの上には、最後が溢れていた。
演奏する、全ての曲が。
この曲で、璃桜様がCDと歌詞を変えて歌うのが。
この曲で、一檎がキュイーンって音を鳴らすのが。
この曲で、牡丹がスティックを回すのが。
この曲で、紫苑が飛び跳ねて回るのが。
この曲で、太陽が座ってアコギを弾くのが。
メンバーが、この曲で視線を交わすのが。
メンバーが、この曲で笑い合うのが。
客席の「オイ」に合わせて、メンバーが拳を振り上げるのが。
客席のジャンプに合わせて、メンバーが飛ぶのが。
客席のワイパーに合わせて、メンバーが首や手を揺らすのが。
全部、全部。最後だ。
それを優花は瞳に焼き付けるかのように見つめた。
あっという間に本編が終わり、アンコールのステージが始まった。
「みんなの声が聞きたいよね」
そう璃桜様に振られて、最初に話したのは下手ギターの太陽。
「みんなー。楽しい?」
「楽しい!」
「聞こえないな、楽しい?」
「「「「「楽しい!」」」」」
「よし。俺も楽しい。ははは……最後にみんなと笑って、大好きなライブで終われて幸せです。みんな、色んな気持ちがあると思うけどね。できたら、最後まで笑っていてください。今までありがとうね」
会場からあがる「太陽」「ヒマ」などという、彼の名前を聞きながら、太陽はいつものようにニッカリと笑った。
いつも笑ってバンドのムードメーカ―だった、彼らしい明るいMCだ。
次は、ベースの紫苑。
「こんばんは」
「「「「「こんばんは!」」」」」
「みんな、ちゃんと見えてるよ。うーん。何言おうかなって、昨日の夜に考えたんだけど、ステージに立ってみんなの顔見たら、全部吹っ飛びました。俺からみんなに伝えたいことは、これだけです。こんな俺たちに、最後までついてきてくれてありがとう」
泣きながら、紫苑の声をこぼさないように聞いている楓。
隣から伝わってくる小さな空気の震えが、優花の胸を揺らす。
自分のファン以外には塩対応で、ライブ中は自分のファン以外はほとんど見ない紫苑。
そんな彼が、会場全体をゆっくり見つめながら話している。
ステージで振られてもほとんど喋らない彼が、初めてこんなに話したMCだった。
次は、ドラムの牡丹。
ドラムソロばりに、派手に一回ドラムを叩いてから、スティックを掲げて立ち上がった。
歓声とともに、客席から拍手が巻き起こる。
立ったままで、ジャーン、とシンバルを力いっぱい叩き、スティックを掲げる。
そのたびに、会場から「いえーい!」とか「オイ!」などの歓声と大きな拍手が上がる。
そんな掛け合いを何回か繰り返してから、牡丹はマイクを手に取った。
「みんな。家に帰るまでがライブです。あと残り数曲ですが、思いっきり楽しんで、そして元気に家に帰って……それで明日からも、それぞれの場所で元気に生きてください。僕たちもみんなからもらった想いを大切に、これからの人生を生きていきます。八年間、本当にありがとう」
叩くドラムの音の力強さから、牡丹の想いが伝わってくる。
生真面目でみんなのお兄ちゃんみたいな存在だった、牡丹。
そんな彼らしいMCだ。
次は、上手ギターの一檎だ。
いつもはクールで、俺様キャラで。
ファンにはオラオラした態度だった一檎が、マイクを持つなり言葉に詰まった。
一回。後ろを向いて、呼吸を整えてから、前を向く。
そんな一檎を見て、優花の瞳にも涙が浮かんだ。
「ごめん。最後までカッコつけたかったけど、無理だったわ。絶対に泣かないって決めてたのに、マジでカッコ悪りぃ。CDを出すとか、曲を作るとか、ギターを弾くとか。バンドをやってきて楽しいことはいっぱいあったけど、俺にはライブが一番楽しくて、ここが最高の遊び場でした。みんな、遊んでくれてありがと」
普段は見せない一檎の素が見えるMCに一檎ファンだけではなく、会場から悲鳴のような歓声と大きな拍手があがった。
そして、最後はボーカルの璃桜様だ。
「日本武道館―! みんな、今日は来てくれてありがとう」
そんな挨拶から始まった、璃桜様のMC。
「ついに来ちゃったね? 今日が、Blue Rose最後のライブです。……高校三年生の時にこのバンドを組んで、八年経ちました。知っている人もいるかもしれないけど、初ライブの動員はたったの二人。その二人も友達です。それが、今日は……」
一度、マイクを口から離して、呼吸を整える璃桜様。
会場は息をのんで、彼の言葉を待つ。
「ごめん。それが、今日は一万人、一万人もの人がBlue Roseのライブを見にきてくれています。……三年前。先輩の武道館ライブを見た日から、みんなをこの会場に連れてくるのが、夢でした。その夢を最後に叶えられて…………みんなをここに連れてこれたことを誇りに思います」
涙声になった璃桜様は、少しだけ時間をかけて気持ちを整えてから、静かに口を開く。
「Blue Roseは…………今日で、解散します。それでも、俺たち五人が残した音楽が、これからのみんなの明日にあったら……それだけで、Blue Roseが存在した意味がある気がします。……本当に、みんな、ありがとう。心から愛しています」
所々、詰まりながらの璃桜様のMC。
会場からは何度も、彼の名前を呼ぶ声が響いた。
優花は、目を凝らして。耳を凝らして。
璃桜様の心の声を逃さないように、必死でステージに全身を傾けた。
メンバーを呼ぶ声が響く中。
璃桜様は気持ちを整えるかのように、マイクスタンドに手を乗せてうつむく。
……数秒後。
顔をあげた彼は、いつものボーカル璃桜の表情をしている。
マイクをスタンドから取ると、挑戦的な目を客席に向けた。
「それじゃ、いくぞ! お前ら。いけるかー!」
「「「「「オー!」」」」」
「そんなんじゃ、足りねーぞ。いけるかー!」
「「「「「「「オー!」」」」」」」
何度かそんなやり取りをして、会場を温めたあと。
青薔薇のアンコールのライブが始まった。
優花にとっては二度目となる、青薔薇の解散ライブの日がやってきた。
前回の人生と同じように、会場近くのホテルのベッドで目覚めた優花。
布団にくるまったままで、隣のベッドに目を向ける。
視線の先では、楓の呼吸に合わせて布団が上下している。
――そういえば、前回も私の方が先に起きて、こうして寝ている楓を見てたな。
優花は小さな笑い声をあげた。
その声に反応するかのように、楓が寝返りをうって布団から眠たげな顔を出した。
「……ゔーん…………、優花、おはよう」
「おはよう。ごめん、起こしちゃったね」
「……うん?」
二人はぎこちなく笑いながら、その日をスタートした。
♪ ♪ ♪
「やっぱり日武、でかいね」
「本当。青薔薇のワンマンの最大のキャパだもんね」
会場の前で、いつものメンバーと写真を撮ったりしてから入場。
みんなと別れた二人は、自分の席に向かって歩いている。
「スタンドはガラガラだったらどうしようかと思ってたけど、結構埋まってるね」
「立ち見も出てるらしいよ。こんだけの箱でできるのにね……」
階段を降りてアリーナに足を踏み入れた二人は、会場を見渡しながら歩いていく。
そこら中に知っている顔がいる。
「あっ! 優花、ダンプさんたちがいる!」
「本当だ! 今日はダンプさん、コスしてんだ」
「あれって、インディーの初期の頃の衣装だよね」
「うん。そういえば、ダンプさんも昔はコスしてたって聞いたことあったかも?」
真っ黒な衣装に、ダークなメイクのダンプさんたちを見つめていると、楓が優花の服を引っ張った。
「ねえ、ねえ、あの人たち。見るの久しぶりじゃない?」
「あ! 本当だ! あれって最新のアルバムのコスじゃん。あの人たち上がってしばらく来てなかったけど、今日のために作ったのかな?」
二人の視線の先には、有名な古株のファンの人たちが談笑している。みんな、青薔薇の最後のアルバムの衣装を着ている。
彼女たちは、二年くらい前に上がってしまったので、会場で会うのは久しぶりだ。
「作ったっぽいね。てか、相変わらず、衣装の完成度えぐいね」
「私さ。あの人たちのコスが一番好きだったんだー」
「わかる。気合い入ってたよね。いつも」
「上がっちゃった時、寂しかったけど、最後にまた会えて嬉しいなー」
「なんか、この辺、上がっちゃった人が多いね」
「本当だ! ちょっと、同窓会みたいだね」
「はは……確かに」
懐かしい人たちの横を通り過ぎながら、自分たちの席を目指して歩く。
前に向かうにつれて、見知った顔が多くなる。
──やっぱり、最後は通っていた人を前にしたんだな。
ファンクラブの粋な計らいに、優花の胸に感謝の思いが広がる。
そんな彼女の横を、ダンプさんが走り抜けていった。
久しぶりに会った仲間との挨拶を終えて、自分の席に戻るようだ。
久しぶりに見た彼女の走りすら、最後だと思うと愛おしい。
実のところ、優花はダンプさんが苦手である。
彼女は、いつも古株風をまき散らして偉そうだし。
ライブハウスでのマナーも、すこぶる悪い。
しかし、インディーズ時代から一緒だった仲間が全員上がっても、最後まで通ったダンプさんのことは尊敬している。
ダンプさんが二列目の上手の一檎の前の席に座るのを、優花は感傷的な瞳で見つめていた。
「優花! ここだ」
「最前、やっぱり近いねー」
最前列、センターの少し下手寄り。
前回の人生の時と同じ場所が、優花たちの席だ。
「璃桜と紫苑のちょうど真ん中。ラッキーだね」
「本当。最後に楓と隣で見れて嬉しい」
「なんだよ、優花―。始まる前に泣かせるなよ」
楓はそう言っておどけたように笑いながら、瞳を赤くした。
それを見て笑っている優花の瞳にも、涙が溜まっていく。
♪ ♪ ♪
開演時間から30分後。
流れていたBGMが止まり、客電が落ちた。
一斉に上がった、悲鳴に近いほどの歓声の中。
青い光に照らされたステージに、壮大なSEが流れ出した。
会場中から、メンバーの名前を呼ぶ声が上がる。
一人ずつ、ステージに登場したメンバーのシルエットが浮かび上がる。
優花も楓も大きな声で、メンバーの名前を呼んだ。
楽器隊の全員が配置についたところでSEが変わり、璃桜様が両手を広げながらステージに出てきた。
「璃桜様―! 璃桜様―!」
優花は精一杯の声を上げて、彼の名前を呼ぶ。
璃桜様がステージの中央に立ち、マイクスタンドからマイクを手に取った。
それを合図に、牡丹のカウントが始まり、一曲目が始まった。
一曲目はインディーズ時代の名曲で、久しぶりにやる『Ice Doll』だ。
右隣の璃桜様ファンの女の子は、曲が始まるなりタオルを目に当てて、泣き出した。
彼女につられて潤んだ瞳を右手で軽く拭って、優花はステージに目を向ける。
今日のステージの上には、最後が溢れていた。
演奏する、全ての曲が。
この曲で、璃桜様がCDと歌詞を変えて歌うのが。
この曲で、一檎がキュイーンって音を鳴らすのが。
この曲で、牡丹がスティックを回すのが。
この曲で、紫苑が飛び跳ねて回るのが。
この曲で、太陽が座ってアコギを弾くのが。
メンバーが、この曲で視線を交わすのが。
メンバーが、この曲で笑い合うのが。
客席の「オイ」に合わせて、メンバーが拳を振り上げるのが。
客席のジャンプに合わせて、メンバーが飛ぶのが。
客席のワイパーに合わせて、メンバーが首や手を揺らすのが。
全部、全部。最後だ。
それを優花は瞳に焼き付けるかのように見つめた。
あっという間に本編が終わり、アンコールのステージが始まった。
「みんなの声が聞きたいよね」
そう璃桜様に振られて、最初に話したのは下手ギターの太陽。
「みんなー。楽しい?」
「楽しい!」
「聞こえないな、楽しい?」
「「「「「楽しい!」」」」」
「よし。俺も楽しい。ははは……最後にみんなと笑って、大好きなライブで終われて幸せです。みんな、色んな気持ちがあると思うけどね。できたら、最後まで笑っていてください。今までありがとうね」
会場からあがる「太陽」「ヒマ」などという、彼の名前を聞きながら、太陽はいつものようにニッカリと笑った。
いつも笑ってバンドのムードメーカ―だった、彼らしい明るいMCだ。
次は、ベースの紫苑。
「こんばんは」
「「「「「こんばんは!」」」」」
「みんな、ちゃんと見えてるよ。うーん。何言おうかなって、昨日の夜に考えたんだけど、ステージに立ってみんなの顔見たら、全部吹っ飛びました。俺からみんなに伝えたいことは、これだけです。こんな俺たちに、最後までついてきてくれてありがとう」
泣きながら、紫苑の声をこぼさないように聞いている楓。
隣から伝わってくる小さな空気の震えが、優花の胸を揺らす。
自分のファン以外には塩対応で、ライブ中は自分のファン以外はほとんど見ない紫苑。
そんな彼が、会場全体をゆっくり見つめながら話している。
ステージで振られてもほとんど喋らない彼が、初めてこんなに話したMCだった。
次は、ドラムの牡丹。
ドラムソロばりに、派手に一回ドラムを叩いてから、スティックを掲げて立ち上がった。
歓声とともに、客席から拍手が巻き起こる。
立ったままで、ジャーン、とシンバルを力いっぱい叩き、スティックを掲げる。
そのたびに、会場から「いえーい!」とか「オイ!」などの歓声と大きな拍手が上がる。
そんな掛け合いを何回か繰り返してから、牡丹はマイクを手に取った。
「みんな。家に帰るまでがライブです。あと残り数曲ですが、思いっきり楽しんで、そして元気に家に帰って……それで明日からも、それぞれの場所で元気に生きてください。僕たちもみんなからもらった想いを大切に、これからの人生を生きていきます。八年間、本当にありがとう」
叩くドラムの音の力強さから、牡丹の想いが伝わってくる。
生真面目でみんなのお兄ちゃんみたいな存在だった、牡丹。
そんな彼らしいMCだ。
次は、上手ギターの一檎だ。
いつもはクールで、俺様キャラで。
ファンにはオラオラした態度だった一檎が、マイクを持つなり言葉に詰まった。
一回。後ろを向いて、呼吸を整えてから、前を向く。
そんな一檎を見て、優花の瞳にも涙が浮かんだ。
「ごめん。最後までカッコつけたかったけど、無理だったわ。絶対に泣かないって決めてたのに、マジでカッコ悪りぃ。CDを出すとか、曲を作るとか、ギターを弾くとか。バンドをやってきて楽しいことはいっぱいあったけど、俺にはライブが一番楽しくて、ここが最高の遊び場でした。みんな、遊んでくれてありがと」
普段は見せない一檎の素が見えるMCに一檎ファンだけではなく、会場から悲鳴のような歓声と大きな拍手があがった。
そして、最後はボーカルの璃桜様だ。
「日本武道館―! みんな、今日は来てくれてありがとう」
そんな挨拶から始まった、璃桜様のMC。
「ついに来ちゃったね? 今日が、Blue Rose最後のライブです。……高校三年生の時にこのバンドを組んで、八年経ちました。知っている人もいるかもしれないけど、初ライブの動員はたったの二人。その二人も友達です。それが、今日は……」
一度、マイクを口から離して、呼吸を整える璃桜様。
会場は息をのんで、彼の言葉を待つ。
「ごめん。それが、今日は一万人、一万人もの人がBlue Roseのライブを見にきてくれています。……三年前。先輩の武道館ライブを見た日から、みんなをこの会場に連れてくるのが、夢でした。その夢を最後に叶えられて…………みんなをここに連れてこれたことを誇りに思います」
涙声になった璃桜様は、少しだけ時間をかけて気持ちを整えてから、静かに口を開く。
「Blue Roseは…………今日で、解散します。それでも、俺たち五人が残した音楽が、これからのみんなの明日にあったら……それだけで、Blue Roseが存在した意味がある気がします。……本当に、みんな、ありがとう。心から愛しています」
所々、詰まりながらの璃桜様のMC。
会場からは何度も、彼の名前を呼ぶ声が響いた。
優花は、目を凝らして。耳を凝らして。
璃桜様の心の声を逃さないように、必死でステージに全身を傾けた。
メンバーを呼ぶ声が響く中。
璃桜様は気持ちを整えるかのように、マイクスタンドに手を乗せてうつむく。
……数秒後。
顔をあげた彼は、いつものボーカル璃桜の表情をしている。
マイクをスタンドから取ると、挑戦的な目を客席に向けた。
「それじゃ、いくぞ! お前ら。いけるかー!」
「「「「「オー!」」」」」
「そんなんじゃ、足りねーぞ。いけるかー!」
「「「「「「「オー!」」」」」」」
何度かそんなやり取りをして、会場を温めたあと。
青薔薇のアンコールのライブが始まった。
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