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15:再会

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 春になり、青薔薇は三枚目のシングルを発売した。
 それをひっさげてのツアーは、北海道、東京、名古屋、大阪、福岡の五公演だ。

 もちろん、優花は全通ぜんつうである。
 ライブは土日が多かったので、土日休みの優花には通いやすい日程だ。


 青薔薇に限らず、ライブは土日の開催が多い。

 前回の人生。
 全通していた頃の優花は、ファミレスの深夜バイトをしていた。
 ファミレスは土日が忙しいので、バイトの人数をいつもより増やす。
 そんな土日に何度も休みを取るのは、なかなか大変だった。

 ツアーの日程が決まると深夜のバイト仲間に根回しをして、シフトを融通してもらったものだ。
 それでも、全通バンギャのツアー中のスケジュールは、過密なものだった。

 金曜日。
 深夜からバイト。

 土曜日。
 バイトを早朝に上がり、その足で移動。
 夜にライブ。
 ライブが終わると、バスに乗り移動。

 日曜日。
 早朝に帰宅。
 荷物の入れ替えと仮眠。
 深夜からバイト。

 月曜日。
 バイトを早朝に上がり、その足で移動…………。

 こんな生活が、二、三か月続く。
 まだ二十代で若さがみなぎっていた優花も、ツアーの後半には死にかけていたものだ。


 ♪ ♪ ♪


 この日。優花は福岡に来ていた。
 今夜は、福岡DRUM LOGASで、青薔薇のライブがあるのだ。

 会場から徒歩圏内のホテルにチェックインした優花は、少し早めに会場へ向かっていた。
 天神駅から徒歩10分くらいの場所にある、福岡DRUM LOGAS。

 優花の好きなライブハウスの一つである。

 この会場の前には、道路を挟んで公園がある。
 会場に入場する前に、そこで整理番号順に整列するのだ。

 この公園は、友達との待ち合わせでもよく使っていた。
 みんなで喋りながら、入り待ちや出待ちをしたこともある。

 この時代、入り待ちや出待ちはある程度、許されていた。
 繁華街や住宅地などにあるライブハウスは、入り待ちや出待ちがNGな場所もあったが、それ以外はOKな場合が多かった。

 待つ場所、とか。
 静かにする、とか。
 メンバーに近づかない、とか。

 ルールをきちんと守っていれば、怒られることもなかった。
 青薔薇の会場入りは、だいたい14時くらい。
 そのくらいの時間に会場に行ける場合は、友達に会いつつ入待ちしたものだ。

 そんな優花の大好きな、この会場。
 最も気に入っているのは客席だ。
 フロアには段差がいくつかあり、後ろのほうでも見えやすいのである。

 どこのライブハウスでも後方のセンターが定位置だった優花は、この会場が大好きだった。
 センターの段差上が取れれば、視界を遮ることがなく璃桜様が見えるのだ。

 本日の整理番号はA20。
 二段目か三段目のセンターが取れるだろう。


 チケットと最低限の荷物だけ持って公園に並んでいると、懐かしい声が聞こえてきた。

「すみません! 何番ですか?」

 前回の人生で、相方だったかえでである。

「20番です」
「18、19番なので、前いいですか?」
「はい。どうぞ」
「「ありがとうございます!」」

 ベースの紫苑ファンの楓は、紫を少し入れた髪色をしている。
 着ているのは、紫苑が好きなブランドの服だ。
 背が高くてスラっとした彼女に、よく似合っている。

 そんな彼女の隣にいるのは、楓のこの時の相方である、ドラムの牡丹ファンの女性だ。

 目の前で楽しそうに話している二人を見て、優花は懐かしさに目を細めた。
 前回の人生でも、楓と初めて話したのはこのライブだった。
 それからツアー先で何度か顔を合わせるうちに話すようになり、仲良くなっていくのだ。
 そして、楓の相方が別のバンドに通い始めたことをきっかけに、優花と楓は一緒にツアーを回るようになっていく。

 今回の人生でも楓と仲良くなれたらいいな、と思っていると……楓と目が合った。
 軽く微笑んで、また相方と楽しそうに話し始める楓。その優しい笑顔が全然変わってなくて、なんだか胸の中が温かくなった。
 
 優花が仲良く話す二人を優しい表情で見つめていると、背後から、これまた聞きなれた声が聞こえてくる。

「すみません。ここ何番ですか? あっ! 優花ちゃんだ!」
「あっ! 姫璃きりちゃん、お久しぶりです!」
「姫璃、友達?」
「うん。前に公録で仲良くなったの!」

 前回の優花の最初の相方だった姫璃こと、本名は里美。
 その隣にいるショートカットの青い髪をした女性は、たぶん璃桜ファンだろう。

 彼女は軽く優花へ会釈すると、不機嫌そうに青い髪をいじりながら携帯を開いた。
 その隣で里美は、優花のチケットを覗き込んだ。

「あっ! 優花ちゃん、何番?」
「20番だよ」
「私、21番だから後ろだー! すごい偶然だね? 今日はどの辺で見るの?」

「うーん、後ろの方の段差取れたら取りたいなって思ってる」
「優花ちゃん、後ろ派だもんね?」

「姫璃ちゃんは前行くの?」
「うん。せっかく良い番号きたからねー。ドセンは無理でも、最前さいぜん入れたら入りたい」

 前の人生で仲良かった時、優花と里美は後方のドセンターの璃桜様前、いわゆるドセンで並んでいつもライブを見ていた。
 疎遠になってからも、後方のセンター付近で里美を見かけることがあった。

 そのため、優花は今回の人生で初めて知った。
 実は、里美はライブは前で見る方が好きだったことを……。

「今日は最前さいぜん入れたんだ」
「璃桜に触れたー」
「優花ちゃんも、たまには前来たらいいのに」
 
 前の里美が言わなかったこんな言葉を言われて、驚いたものだ。

 優花は腰が悪かったので、もみくちゃになる前の方に行くことができなかった。
 一緒にいた頃、里美は何も言わずに気を使ってくれていたのだろう。

 なんとなく、里美とは後半の不仲だった時の印象が強かったが、優しい所や良い所も知っている。
 優花が腰の痛い日には、何も言わずに荷物を持ってくれたりすることもあった。

 初めてバンドというものを好きになり、ライブに行くようになった優花。
 そんな初心者に、V系のノリとか、独特のルールとか、マナーみたいなものを教えてくれたのも里美だ。

 今も、ファンになりたてらしき女の子二人組に整理番号を聞かれて、親切に色々教えてあげている。

 離れてみて、時間が経ったからこそ、見えることもある。
 優花の心の中にあった、里美への嫌悪感は薄れつつあった。


 その日のライブ。
 優花は見事に二段目のドセンをゲットし、璃桜様の投げた水のペットボトルをキャッチした。


 ──やっぱり……強制力みたいなのって、あるのかな?

 二回目のバンギャ人生が始まって、一年が過ぎた。
 そんななかで、最近、よく思っていることだ。

 前回の人生で起こった印象的なことは、少し形が変わってもだいたい起こっている。

 璃桜様のペットボトルもそうだし。
 今日のチケットの整理番号もそうだ。

 楓が19番、優花が20番、里美が21番。
 今日のチケットの番号は、三人とも前回と同じだ。
 前回は優花と里美は一緒に申し込んでの連番だったが、今回は別々の申し込みだった。それでも連番になるあたり、何かしらの力みたいなものが影響していそうだ。

 人との出会いもそうだ。
 今回の人生。優花は、雑誌の文通募集のコーナーに応募しなかった。
 それにも関わらず、前回の人生で雑誌に載ったことをきっかけに、文通を始めて仲良くなった友達とも出会っている。

 今回の人生では、会場で声をかけられての出会いとなった。
 ライブ後に名刺をもらって、文通するようになったのだ。


 そんなことを考えながらホテルに戻った優花。
 彼女の手には、水が五分の一ほど残ったペットボトルが握られている。

 前回の人生。
 このペットボトルは大事に家まで持って帰り、大切に冷凍保存していた。それが、いつの間にか捨てられていて、母と大喧嘩になったことを覚えている。

 優花は手の中のペットボトルを見つめながら、呟く。

「これ……どうしよう」

 前回のバンギャ人生で、何本かバンドマンが投げたペットボトルをゲットした。
 その度にどうするのが正解なのか、毎回迷ったものだ。

 令和では「推し活」なんて言葉も生まれて、ネットやTVなどで特集が組まれることがあった。
 そういう特集は親近感を感じてしまい、ついつい見てしまう。
 その中で、推しが投げたペットボトルの話題は何回か見かけたことがある。

 飲む。
 乾かして保管。
 冷凍保存。

 この辺りは、優花も含めて周りでやっている子も多かった。

 風呂に入れる。
 美顔器に使用。
 加湿器に使用。
 植物にあげて、生った実を食べる。もしくは、植物が吐き出す酸素を吸う。

 これは、聞いたことがないやつ。
 思いつきもしなかったので、色々な方法があるなと思ったものだ。

 そんな令和の知識を総動員しても、結局のところ、どれが正解かわからない。

 手に入れた時には、あんなに嬉しかったペットボトル。
 しかし、地味にファンを悩ませるペットボトル。

 蛍光灯の光を浴びて、ペットボトルの中で光る水。
 それを見つめながら、優花は小さな溜め息を吐いた。
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