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伝説の魔王の剣

第29話 魔剣ドグマ

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「お姉様はその『天空の文殿ふどの』で命を落としたのですか?」

「恐らくの。お主たちは『天命の石』という魔法具を知っているかの? 遠方の人間の安否を知るための道具で、紐づいた対象者が死ぬと石が砕けるのじゃが……200年ほど前になるかのう。母様は新しい仲間と『天空の文殿ふどの』に向かうと言い残して冒険に出た。それから数か月後、石が砕け、母様は二度と帰ってこなかった。あっけない終わり方じゃった。ワシは母様がどのように死んだのかを知らぬ。悔いて死んだのかも、満足して死んだのかも、まったくわからぬ」

「私は今の魔王からこう聞かされました。お姉様はメキア村の村人たちを人質にされて、その身を捧げたと……」

「お主は母様の妹じゃろ。誰よりも母様の近くであのデタラメな強さを見ておったのではないか? あの母様がその程度の状況で命を差し出すと?」

「……私の知るあのお姉様なら、村もファティマも守り、魔王を返り討ちにして。次に手を出したら殺すと脅迫します」

「それが真実じゃよ。母様は魔王から守りたいもの全てを守ったのじゃ。夜の世界で母様のことがどう語り継がれているのかワシは知らぬが、何もかもが母様の企てじゃろう。村とワシを守り、母様が昼の世界で自由に生きていくための」

「それが真実なのでしたら納得できます」

 すべて仕組まれた事なら。
 死の偽装によって夜の世界におけるメルギトスの名誉と魔王の尊厳を回復させ、新魔王が歴代最強の魔王を討ったことにして夜の世界の安定化を図ったのか。
 そうなると新魔王が夜の世界を閉じたのもメルギトスの指示なのかもしれない。
 元魔王メルギトスは単に強いだけじゃなくて聡明だ。ルルメが憧れ、ファティマが自慢げに話す理由がよくわかる。

「じゃが、母様も譲歩したものがあるぞ」

「ヒカリビトと魔族との共存でしょうか。それと英雄としての名声ですね」

「そうじゃ」

 冒険者として英雄となったメルギトスは、昼の世界で魔王に殺されたことになっている。死体は夜の世界で埋葬され、昼の世界では存在自体の記録を抹殺された。
 新魔王が去った後、メルギトスは名前を変えて別の冒険者として活動していたのだろう。

「お姉様がヒカリビトとの共存に固執していた理由を知っていますか?」

「知っておる。母様はそちらの世界で力を持て余していた魔族たちに、未踏の冒険を贈りたかったのじゃ。魔族がヒカリビトを殺すのは――非力にも関わらず知恵と工夫で挑んでくるヒカリビトの勇敢さと眩しさに中てられているからじゃと。魔族に歯向かうヤミビトは皆無じゃが、ヒカリビトを殺せば魔族を倒そうと強いヒカリビトが現れる。強いヒカリビトを倒せばさらに強いヒカリビトが現れる。昼の世界への憎しみなどではなく、魔族は好奇心をかきたてる『強者』に飢えていると。この飢えを、渇きを、停滞した夜の世界で満たすのは難しいと。このままじゃといずれ魔族同士で殺し合うしか道が無くなると、母様はそう言っておったぞ。こちらの世界には、三天神秘のように魔族の力でさえ無力と感じるほどの謎や遺跡が幾つも存在する。母様は共存を実現させ他の魔族にもこちらの世界の奥深さや冒険の素晴らしさを知って欲しかったのじゃ。三天神秘の攻略にはヒカリビトの力が不可欠じゃ。両者が仲違いしているうちは、その入口にすら立てぬらしいからの」

「……お姉様でさえ命を落とす、未踏の冒険」

「いい顔じゃ。ルルメよ、歓喜で指先が震えとるぞ」

「そ、そんなことはありません。私には魔剣『ドグマ』を持ち帰るという王命があります」

「嘘つき魔王の命令など無視すればいいのじゃ」

「魔王の命令は絶対です。この理に背くことはできません」

「堅苦しいのう。現魔王よりお主の方が強いのじゃろ。強き者が夜の世界を支配する。お主が目覚めたことでその理は破綻しておるようじゃが?」

「そ、それは」

「仮にお主が拒んでも、お主を祭り上げようとする輩は出てくるのではないか? ワシですら思いつく程度のことは魔王も想定しているはずじゃ。お主が反旗を翻すことすら念頭に置いているのではないかの」

 ルルメは押し黙ってしまう。
 魔王はなぜ今このタイミングでルルメを目覚めさせたのだろうか。
 夜の世界は面倒な問題を抱えていると言っていたから、その解決を急いでいて魔剣が必要になったのだろうか。
 でも、たとえメキア村の結界の中に入れる魔族がルルメしかいないのだとしても、魔剣がルルメの手に渡れば魔王にとって脅威になるんじゃないのか。

 魔王に忠実なルルメなら離反することは無いと踏んでいるのか。それとも魔王は王位をルルメに譲るつもりなのだろうか。
 今回のセラ様の依頼と、ルルメの覚醒のタイミングが一致しているのもなんだか気になる。
 それともうひとつ。

「あの、僕の話を聞いてもらえますか。実は気になっていたことがあって……僕がロドスタニアの町で受けた依頼は『魔王の剣を抜くか破壊する』ことなんです。でもこの2つの行為には大きな差があると思っていて……剣を抜くか破壊した場合の結果が同じ意味を成すのだとしたら、それはメキア村の結界が解除されることくらいなのかなと。だけど魔剣はファティマが抜いたって言ってましたし、結界も張り直されています。それなら僕がまた剣を抜くことに何の意味があるのだろうかと……」

「意味ならあるぞ。ワシは剣を地面から引き抜いたが、剣は抜けておらぬ」

「どういうこと?」

 意味が分からない。

「なるほど。鞘から抜けていないのですね」

「その通りじゃ。魔剣は鞘に収まったまま地面に突き刺さっておった。それはワシが力ずくで抜いたのじゃが、どうしても鞘からは抜けんかった。あれは力ではなく資格がある者だけが抜けるのじゃと思う。ルルメは知っておったのか?」

「いえ。お姉様は戦いの際には抜剣していましたから、誰にでも抜けるものとばかり思っていました。私の旅の目的は『ドグマ』を持ち帰ることですから鞘に入ったままでも構わないのですが、シュルトが受けた依頼は剣を抜かなければ達成できませんよね?」

「……はい、恐らく」

「ふと思ったのじゃが、あの剣は魔王だけが抜けるのではないか?」

「それはあり得ますね。またはお姉様が何らかの封印を施しるとか。村に戻ったら剣を見せてください。キセラにも見てもらいましょう」

「魔剣はワシの家の地下室にある。地下室には母様が集めた魔法具やら『三天神秘』の資料が山ほどあるぞ。やることはできぬが、自由に見ていくがよい」

 鞘から抜けない魔剣。
 剣が鞘に入ったままなら、抜剣と破壊はイコールに近づく。
 メキア村に行って魔剣を抜くか破壊する。簡単なクエストだと思っていたけれど、セラ様からの依頼だけあって一筋縄じゃいかないらしい……。


【彼女の魔法完成まであと319日】
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