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伝説の魔王の剣

第26話 ファティマ

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「魔王の子ども……」

 メルギトスに子どもがいたなんて、ルルメは知っているのだろうか。

「失礼いたしました。僕はロドスタニアの魔法士ギルドのセラ=メイネス様のご命令で、この村にある伝説の魔王の剣を抜きにきました」

 まずは剣を見せて貰う予定だったけれど正直に切り出してみる

「なんじゃ、急にかしこまらんでもよいぞ。セラ=メイネス? 知らんのう。魔剣ならあるが、抜かせてやることはできん」

「結界が解かれてしまうから?」

「ほう。そんなことまで知っているのか。じゃが、魔剣の結界はもうないぞ。いまの結界はワシが新しく張り直したものじゃからな」

 それってつまり。

「ワシが抜いてこの部屋の地下に移動した。ここ数年、魔剣をこっそり抜きに来る輩が多くなっての。今は、ワシと勝負をして勝った者にだけに剣を抜く権利を与えることにしたのじゃ」

「勝負? ファティマと戦って勝てばいいんですか?」

「そうじゃ。これまでワシに勝てた者はいないがの。お主の仲間に、とんでもないヤツがいるじゃろ? ワシはその者と戦いたい」

「ルルメは、魔王メルギトスの妹です」

「なんと! 母様かあさまの妹とな。お主といい、今日はなんて日じゃ。この会話を聞いているのだろう? ルルメとやら、入ってくるがよい」

 ドアが開き、ルルメが静かに入ってくる。
 ファティマの前で立ち止まり、フードを外し、単眼を覆っている包帯を外す。

「……母様かあさまには似てないのう。美しい瞳じゃな」

「魔王メルギトス様は、私よりも遥かに美しく、遥かに強いお方でした。あなたはお姉様の生き写しのようで……泣いてしまいそうです、ファティマ様」

 崩れ落ちるように両膝をつき、祈るように掌を合わせる。
 ファティマは頭上のルルを抱きかかえ、ルルメと向かい合う。

「様などいらん。ファティマと呼ぶがよい」

「ではファティマ。大変申し上げにくいのですが、ここが夜の世界なら私はあなたを殺さなければならないところでした」

「ワシを殺す? なぜじゃ?」

「魔族とヒカリビトが契りを交わすことは禁忌とされています。お姉様は村人と一緒に、あなたを守っていたのですね」

「魔族側が母様かあさまを追放したと聞いているがの。母様かあさまは何百年も前に、この村のひとりの男を愛し、ワシが生まれた。それだけのことじゃ。父様とうさまは老いて死に、母様かあさまも死んでしまった。魔族の下らんルールで殺されては敵わん。ワシはこの先も、村長として村を守らねばならんのじゃ」

「……お姉様はどうしてこのメキア村に惹かれたのでしょうか」

「この村の人間の肌が、お主やワシのように浅黒い理由を知っているか? 各々が肌に染料を塗り込んでいるのじゃ。母様かあさまが肌の色を気にしないように同じ色に。それを最初に始めたのが、ワシの父様とうさまじゃ」

 翼を失い、メキア村にたどり着いたメルギトス。
 村人たちはその容姿から、すぐに魔族だと気づいたのかもしれない。でも、村人は行くあてのない彼女を温かく受け入れた。
 大勢の村人がメルギトスに寄り添い、彼女を勇気づけた。そしてメルギトスは村を出て昼の世界の英雄となった。

「昼の世界は知らないことで溢れている。母様かあさまはこの世界の未知なるものに興味を持ち、特に三天神秘さんてんしんぴについて目を輝かせながら語っておったぞ。母様かあさまは自分の力を余すことなく発揮できる、心躍る冒険がしたかったんじゃ」

三天神秘さんてんしんぴ?」

 聞いたことがない。

「なんじゃ、知らんのか。『天外てんがい梯子はしご』『天空てんくう文殿ふどの』『ことわり天秤てんびん』。これらの謎を解くのが母様かあさまの夢だと、よくワシ話してくれたぞ」

「……そうですか。強すぎるお姉様は、夜の世界の暮らしに飽きていたのかもしれませんね」

母様かあさまの冒険好きのせいで、ワシは大変じゃったぞ。ほとんど家におらんし。お主らにはわかるまい。魔族との混血はゆっくりと年を取る。周りの者は老いて死んでいく。ワシだけが一人、生き続けているのじゃ。恥ずかしい話じゃが、昔はそのことでよく泣いていたのう」

 周りの人たちが年を取り、姿も変化していく中で、自分だけが時間が止まったように変わらずにいる。
 ファティマの苦悩は計り知れない。

「……あの、ファティマは、お姉様の最後を目の前で見ていたのでしょうか」

 ルルメが眠っている間にメルギトスは魔王に殺された。
 目覚めた後に魔王や魔族から聞いた話だと言っていたから、詳細までは聞いていないのかもしれない。

「最後とな?」

「お姉様は、現魔王に討たれたと聞いています。どのような状況で討たれたのか、ずっと気になっていて……」

「なんじゃ、お主はそのように聞いているのか?」

「違うのですか?」

母様かあさまは魔王に討たれてなどおらぬ。そうじゃ! 勝負でワシに勝ったら真実を教えてやろう! ついでに魔剣も抜かせてやろう!」

 魔剣を抜く話が『ついで』になってる……。
 でも現魔王よりも強かったルルメが戦ってくれるなら、ファティマに負ける気はしない。

「いいでしょう。お姉様の娘がどれだけ強いのか、とても興味があります」

「シュルトよ。戦いの間、この子を預かっておいてくれぬか? ついでに勝負の立会いも頼む」

 そう言って、ルルを名残惜しそうに渡してくるファティマ。

「これ僕の猫なんですけど……」


【彼女の魔法完成まであと319日】
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