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伝説の魔王の剣

第17話 魔王メルギトス

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 ロドスタニアの町を出てから3日。
 僕たちは一日の多くの時間を馬車の中で過ごし、休息と野営を挟みながら、メキア村を目指している。

 旅のメンバーは3人。僕とキセラと、キセラが冒険者ギルドで雇ったリュース。
 リュースは中年のベテラン剣士でメキア村に行った経験があるらしく、御者と道案内役として同行してもらっている。

 馬の蹄が地面を蹴る音、がたがたと荷馬車の揺れる音と振動が延々と続く。舗装された道の両側には広大な麦畑や牧場が広がっていて、たまに行商人や武装した王国兵士の一団とすれ違う。

 キセラは一日中隣で寝ているし、僕はセラ様が用意してくれた『暇つぶし』をやりながら、たまにリュースに話し相手になってもらっている。

「え? 馬車を操りながら、どんなことを考えてるのかって?」

「はい。馬車の旅がこんなに暇だとは知らなくて……」

「今回は危険の少ない旅だからあまり何も考えてねーなー。早く夜になって酒が飲みてーなーとか、ガキの引率みてーだなーとか、お前たちの旅の目的は何なのかとか、そういうことを漠然と思ってるだけだな」

「メキア村に行ったことがあるんですよね? どんな村で、うあああ!!」

 馬が甲高く嘶き、馬車が急停止する。
 いくつかの荷物とキセラは馬車から勢いよく放り出され、まとめて草むらに落下した。

「バカ野郎! 道のど真ん中に座ってるんじゃねえ!」

「す、すみません! 私、目が見えなくて!」

 道に座り込んだ細身の女性は、目のあたりに幾重にも包帯が巻かれている。盲目で よくここまで歩いてこれたな……。
 僕はイラつき気味のリュースを制止して、

「こちらこそ済みません。見晴らしのいい場所ですから、こちらがもっと早く気づいて馬車を止めるべきでした。怪我はしていませんか?」

「ええ。長旅の疲れか、体調が優れなくて……ごめんなさい」

 そう言って女性は立ち上がるが、足元がふらついている。

「どちらまで行くんですか? よかったら途中まで送りますよ」

「ありがとう、とても助かります。私の目的地は、西の果てにあるメキアという小さな村です」

「えっ、僕たちの目的地もメキアなんです」

「よかった。それは奇遇ですね」

 笑顔を向けられているが、奇遇……なのか?
 メキア村は辺境の小さな村で、特産品もなく商売にならないので行商人ですら近づかないとリュースが教えてくれた。
 そんな村に用があるなんて……かなり怪しい。でもその理屈で言うと、僕たちも怪しいか。

「……その格好で歩いてメキア村だって? シュルト、俺は反対だ。キセラ様の判断を、」

「ほうほう。変わった方ですね」

 荷物と一緒に放り出されたはずのキセラは、女性の周りをくるくると回って観察していた。
 女性の身長はリュースよりも少し低く、僕やキセラに比べるとかなり高い。170センチくらいか。年齢は20代前半くらいで、肌の色は浅黒い。修道服に似た服装で、日除けのためかフードをかぶっている。

 どこから旅を始めたのかはわからないけれど、メキア村までは馬車であと4日かかる。荷物も少なく、とても旅をする格好には見えなかった。へクスリングを付けていないので魔法士でもなさそうだ。

「あ、あの、恥ずかしいです……」

「お名前は? ちなみに私はキセラと言います」

「ええと、メ、メル。メメルです」

「なぜ嘘をつくのですか? 目、見えていますよね?」

「……し、失礼しました。この包帯、薄いですから、皆さんの輪郭は見えています」

「なるほど、納得しました。では、夜になりましたら、その包帯を取って事情を話してください。それが同乗の条件です」

「……わかりました」

 包帯を取る?
 どういうことだろう。

「あーあ。積み荷が落ちてるじゃねえか! 俺の酒は無事だろうな!」

 リュースは毒づきながら落下したものを荷台に積み直していく。

「あなたのお酒は、私が魔法でストレージに保管していますから、たとえ馬車が爆発しても安心ですよ」

「すげえ! さすがキセラ様!」

 馬車が爆発したら僕たちもタダじゃすまないと思うけれど、リュースの機嫌が戻ったのでそっとしておく。
 全員で荷物を戻し終え、新たにメメルを乗せて再び馬車は走り始める。乗員が1人増えたけれど、馬車の速度は変わっていないようだった。

「よろしくメメルさん。僕はシュルト、馬車を操っているのがリュース」

「よろしくな、嬢ちゃん。怪しんで悪かったな」

 リュースは背を向けたまま挨拶する。
 たぶん、まだ怪しんでいると思うけれど、キセラの決定なので黙って従っているようだ。

「どうぞお願いします。シュルトさん、そちらは?」

 メメルは僕の頭の上を指差す。

「ゴーレ……わかりやすく言うと、僕の造った魔法の人形です」

 僕はセラ様から旅の『暇つぶし』として、『シュルト君でもわかるゴーレム入門』という小冊子を渡された。僕はそれを毎日読み、ゴーレム造りの勉強をしている。
 ゴーレムの素材となる粘土はキセラのストレージに保管してもらっているので、お願いすればいつでも必要量を取り出してもらえる。

「まあ可愛い」

 いま僕が入門書の課題で創作しているのが猫型のゴーレムで、テキストに書いてある通りに手のひらサイズの猫のゴーレムを造ってみた。
 まだ頭の上に乗ることと、頭の上から落ちないようにしがみつくという単純な動きしかできないし、鳴くこともできない。でも結構かわいい。

「触りますか?」

 僕たちの輪郭しか見えていないことが嘘のように、しっかりとゴーレムを掴み上げ、両手できゅっと抱きしめる。

「はい。可愛いですね。とても……懐かしい匂いがします」

 メメルはそう言うと、俯いて黙ってしまう。
 本当に体調が悪かったのか、単に寝不足だったのかは分からないけれど、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。続いてキセラもまた眠ってしまい、僕はリュースに再び話しかけた。

「リュースさん、さっきの話の続きをお願いできますか。メキア村の」

「メキアは、西の半島のニルハーゼン領にある100人くらいの小さな村だ。特徴は村人かな。村人の肌は浅黒くて、瞳の色は宝石にように綺麗な赤色。バカみたいに陽気な連中で、主に狩猟をして生活していたよ。それで、村人全員が魔王を崇めていた」 

「魔王!? 魔王って実在するんですか!?」

「いや。何百年も前に死んでるよ。魔王の名前はメルギトス――村人たちは自分たちを魔王の血族だと信じていて、今でも神のように魔王を信仰している」

「魔王って悪い人ですよね?」

「……さーな。お前は魔族に何かされたのか? 人族だろうが魔族だろうが、俺は自分や仲間が助けられたら恩を感じるし、理由もなく攻撃されれば腹が立つ。死んでから今も崇拝されてるってことは、村人にとっては良いヤツだったんだろ」

「もっと魔王メルギトスについて教えてくれませんか。魔王っていうくらいだから、『ネジマキ』のように人々を襲って、世界を恐怖のどん底に陥れたとか?」

 リュースは黙ってしまう。
 聞こえなかったのかなと心配になってきたタイミングで、

「シュルト、その発言は気をつけた方がいい。魔族はロドスタニアでは珍しいが、王都に行けばよく見かけるぞ。エルフやドワーフのように。魔族は月と夜の眷属――人族は太陽と昼の眷属。どちらも世界にとって不可欠な存在だろう」

 どちらも必要。
 僕のいた300年前の世界では魔族は悪の象徴だった。他の種族から奪い支配しようと殺戮を繰り返す、忌むべき種族。それが魔族だ。
 時の流れとともに人と魔族は和解したということだろうか。

「そ、そうでしたね。すみません、僕は戦争孤児だったので、ちゃんとした教育を受けたことがなくて……魔族は怖いものだと両親から教わっていて。そうではないんですね。無知でした」

「なんだ、そうなのか。そりゃ、俺も悪かったな。メルギトスのやったことは……なんだったかな。メキアの連中が説明してくれたんだが、細かいことは忘れちまった。もう5年くらい前の話だしな」

「それでは僕も村の人たちに聞いてみます」

「ああ、ひとつ思い出した。あの村にはすげえ剣があるんだ。魔王が残した剣。見ただけで鳥肌が立ったな、あれは」

 僕はキセラから聞いた魔剣の名前を呟いた。

「伝説の魔王の剣、ドグマ」


【彼女の魔法完成まであと325日】
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