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井戸の中

第1話 vs.スライム

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 僕の彼女は喋らない。
 まるで機械のように毎朝決まった時刻になると工房にやってきて、黙って僕にキスをして去っていく。今日は互いの唇をそっと触れさせる程度の軽いキスだった。
 彼女は徒歩5分ほどの場所にある自分の家からやってきて、いつも町の中心にある冒険者ギルドに行って仕事を引き受け、淡々とそれを達成してまた自分の家へと帰っていく。
 その間、僕はゴーレムを造る。

「よいしょ、っと!」

 自分の頭くらいの大きさの粘土をテーブルにどんと置く。
 ゴーレムの製作は結構な重労働だ。この巨大な粘土をクッキーを作る際に生地にココアを練り込むのと同じ要領で、魔力が込められた粘土に自分の魔力をよく練り込んでいく。

「きついーっ!」

 粘土を丸め、伸ばして、ヘラを使って切り刻み、それらをまとめてまたひとつの塊に戻す。ねりねり、こねこね。僕の魔力が粘土の隅々まで行き渡ったら、今度は人型に形を整えていく。

「よしっ、と」

 人型といえば人型に見えなくもない粘土のカタマリ。僕の頭の大きさの丸い粘土を人型にしたので全長は40センチくらい。その胸の中心部分に、彼女が作ってくれた術石を埋め込む。そして簡単な呪文を唱えると、みるみるうちに粘土が硬質化していく。これで完成。ゴーレムは僕の命令で動くことができる生命体となった。

「うーん。また失敗かな」

 自分で見ても不格好。今日のゴーレムは、左右のバランスも頭と体とのバランスも悪く、それでもなんとか姿勢を保とうとゆらゆら揺れている。
 ゴーレムの製作を開始してから今日で丁度30日。僕には才能があると彼女に言われたけれど、僕は粘土に魔力を広げるのは下手だし、手先も不器用で一向にうまく人型に成形することもできなかった。
 それでも僕は彼女に言われた通りに、できたゴーレムを台車に乗せて鑑定院に持ち込む。

「あら、シュルトさん」

「どうもこんにちは。また造ったので見てもらえますか」

 鑑定院の受付嬢、セーシャ=アリアさん。アッシュブロンドの髪とフチの大きな丸眼鏡が特徴の女性だ。そして女性なら誰もが憧れ、男性ならガン見せずにはいられないプロポーションの持ち主でもある。どうしても様々な場所に目がいってしまう。

 セーシャさんは僕の造ったゴーレムに温かい眼差しを向けていた。悪気はまったくないのだろうけれど、それが意味するところは、子どもの粘土遊びを微笑ましく見つめる母親の心境だと思う。

「バトルも申請します?」

「はい」

「サイズはCですね」

 鑑定料は対象のサイズによって決まる。Cが1立方メートル未満、Bは3立方メートル未満、サイズAは5立方メートル未満だ。それ以上のサイズはSサイズになるけれど、ここにある鑑定装置では測定できない。
 僕は台車に乗せていたゴーレムに鑑定台まで移動するよう命令する。

「そこで止まって」

 ピタリと止まる。
 セーシャさんが鑑定装置を操作すると一枚の紙が出てきた。今回僕が持ち込んだゴーレムの鑑定証だ。

 名称:なし
 種別:人型
 LV:1
 魔力:G
 攻撃:G
 防御:G
 総合:G
 サイズ:C

 以上、鑑定結果である。
 ひとことで言うと、下の下。素人が粘土を丸めて造っただけのゴーレムという評価だ。もはやただの置物に近い。一生懸命作ったのに悔しい。ゴーレムを造り始めて30日、鑑定はこれで10回目だけれど、何度造って持ってきても、まったく能力値に変化はなかった。

「では、そのままバトルエリアに転送しますね。相手はスライムですから、シュルトさんもご一緒に転送させて頂きます」
 セーシャさんは魔法で僕とゴーレムを地下闘技場に転送する。
 鑑定院はゴーレムだけを鑑定する場所ではなくて、ゴーレムのように魔法によって命を吹き込んだ生命体も含め、人間でも亜人でもモンスターでもあらゆる生あるものを鑑定することができる。
 そして鑑定院の地下には闘技場があり、人間とモンスター、人間対亜人、人間対人間、モンスター対ゴーレムなど、様々な組み合わせでバトルを行うことができる。もちろん真剣勝負だけれどジャッジがいるので命のやりとりは発生しない。

『それでは開始します』

 頭の中にセーシャさんの言葉が入ってくる。
 僕が転送された会場は闘技場の中でも一番狭い。魔法の壁で覆われた5メートル四方の正方形の檻だ。ぴょんぴょんとグリーンスライムが飛び跳ねながら接近してくる。スライムは直径30センチほどの楕円体のモンスターで、非力な僕ですらナイフ一本で倒せるくらいに弱い。
 僕は足元のゴーレムに対して、

「目の前のスライムを倒してこい!」

 と言い放った。
 ふらふらとゴーレムはスライムに向かって一直線に歩いていく。ひどく遅く動きもぎこちない。

 どんっ。

 スライムからの体当たり。
 僕のゴーレムは、その一撃だけで上半身を吹っ飛ばされて、下半身は左右の足が絡まってそのまま地面に倒れ込む。

「ひどい弱さだな!」

「ははははっ!」

「無様過ぎるだろ! さっさとやめちまえ!」

 いくつものヤジが聞こえ、続いて近くにいた人たちは大爆笑。空しく横たわるゴーレムの下半身の上に乗り、ぴょんぴょんと跳ねているグリーンスライム。
 僕は悲しい。でもこれが初めてじゃなかった。何度もここでゴーレムを一撃で壊され、何度も惨めな気持ちを味わっている。

 彼女はどうしてこんな僕にゴーレムを造れと言ったのだろうか。
 才能がないどころの話じゃない。

『あなたは世界を救う』

 彼女は言った。
 まるで遥か昔に過ぎ去ってしまった過去の出来事のように彼女は僕に言い、そしてその場で愛を告白され、僕たちは付き合うことになった。
 それから僕は毎日ゴーレムを造り続けている。
 僕があの、世界を侵食し続けている災禍『ネジマキ』を倒すゴーレムを造り上げるなんて、天地が裂けてもそんなことが起こるはずがないと思うけれど。
 
 それでも僕はゴーレムを造らなければならない。明日の朝もきっと彼女はやってきて、無言で僕に唇を重ねてくる。そこには何か儀式めいた、彼女の祈りにも似た感情が込められているような気がしていた。
 

【彼女の魔法完成まであと336日】
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