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- Another Story 02 - 過去 - Saeko Sawasumi -

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 一年ぶりに帰ってきた私を待ち受けていたのは、地獄だった





 ◇ ◆ ◇


 私は家に戻る途中、
 母さんに会う前に村人に捕まって、監禁された

 村のことが心配で戻ってきたのに
 二度と村を出れないことを覚悟して、私は帰ってきたのに
 なのに──


 ◇ ◆ ◇


 薄暗い納屋に閉じ込められた私は、そこで村の男どもにけがされた
 この村の人間は、クズばかりだった

 最低の人生
 死よりもつらい日々

 早く死にたいという気持ちは
 いつしか激しい憎悪へと変わっていた
 みんな殺してやる、と思った

 毎日のように私を傷つけ犯し続けた村の男どもと、それを知っていながら助けてくれなかった村の女ども

 殺してやる
 絶対に、許さない


 ◇ ◆ ◇


 死ぬことも許されず、人として生きることもできない
 憎いあいつらを残らず苦しめ、殺すにはどうしたらいいか
 私は凌辱と屈辱の中で、そればかりを考えた


 ◇ ◆ ◇


 詠の誕生は、私の決意を鈍らせた
 あの子の瞳があの人の瞳にとても似ていたから……

 でもそれは
 あり得ないこと

 詠があの人の子どもであるはずがない


 ◇ ◆ ◇


 あの人は全身を呪いに蝕まれていて、
 いつ死んでしまってもおかしくなかった

 それでも私を愛し、村を愛していた


 ◇ ◆ ◇


 地獄は終わる様相の無いまま続いていた
 なかなか私は身ごもらなかった

 私は、言った
 あの人となら、子どもができるかもしれないと訴えた


 ◇ ◆ ◇


 あいつらの目的は自分たちの手で後継者を作ること
 そして、私を服従させること

 私が二度と村から出たりしないように
 自分たちの意のままに神事を執り行うために

 私に恐怖を植え付けた


 ◇ ◆ ◇


 やがて私の訴えは聞き入れられた

 あの人に再会した
 あの人は、私の姿を見て涙を流してくれた
 傷だらけの身体を優しく撫でてくれた

 それだけで
 私は救われた気がした

 まだやり直せるかもしれない


 ◇ ◆ ◇


 私たちは愛し合った
 あの人は私の汚れた体を温かく包んでくれた

 でも、
 いつまで経っても子どもはできなかった


 ◇ ◆ ◇


 時は待ってくれず、

 やがて、
 あの人との、永久の別れが訪れた


 ◇ ◆ ◇


 どうしてあの人のような人間が死んで
 村のクズどもが平気な顔して生きているのか

 私には
 それが不思議でならなかった


 ◇ ◆ ◇


 私はまた地獄のような生活を味わうことになった
 まるで家畜のような扱いだった

 いや
 家畜以下、だった

 常に両手足を縛られて拘束されて、日夜監視された
 猿ぐつわを噛まされていたから、舌を噛んで死ぬこともできない

 食べるのをやめて抵抗した時期もあったが
 無意味だった

 猿ぐつわの隙間から管のようなものを喉の奥に通されて、水で溶いた米を無理矢理胃の中に流し込まれた
 いくら吐き出しても、何度も飲まされた

 死にたかった
 だけど
 そんな気持ちは、体力と気力の衰えに比例して薄れていった

 人間ってなかなか死なないな、って
 ただ漠然とそんな風に思ったことを、覚えている


 ◇ ◆ ◇


 私は身ごもった
 当然、父親なんてわからない

 おぞましかった

 私の中から産まれてくるのは、人間じゃなくて、
 魑魅魍魎ではないかとさえ思った


 ◇ ◆ ◇


 心身ともにずたずたにされていた私には
 死ぬことも、生きることも、どうでもよくなっていた


 ◇ ◆ ◇


 ある日、監視役の男から、母さんが倒れたことを知らされた

 神事を行うことができる人間がいなくなってしまう
 それを恐れたあのクズどもは言った

 今まで済まなかった、と

 私は思わず笑ってしまった
 自分たちが私に対して何をしてきたのか、お構いなしで言える無神経さに

 助けてくれ?

 私の嘆きや叫びには聞く耳持たなかったお前たちを、なんで私が助けてやらなきゃいけないんだと笑ってやった
 あいつらは子どもを身ごもっていた私に酷いことをしたり、殺すわけにはいかなかったから

 それに、別に死んでもよかった
 生に対する執着など微塵もなかった


 ◇ ◆ ◇


 私はその場の思いつきで5人の名前を言った

 監禁されていた私に対して特に酷いことをした5人の名前を伝えて、そいつらを殺してくれたら、もう逃げないし月使を継いでもいいと言った

 もちろん嘘に決まってる

 でも
 半日もしないうちに5人の死体が目の前に積み重ねられた


 ◇ ◆ ◇


 母さんに会うことができた
 山の中腹に新しく建てられた家に帰ることも叶った

 多少の監視つきだったけれど
 私はようやく自由を取り戻した


 ◇ ◆ ◇


 毎日、母さんの看病をして過ごした
 私は母さんのことが好きだったし、尊敬していた

 私はその頃、臨月を迎えていた

 やがて
 詠が生まれた


 ◇ ◆ ◇


 子どもの父親のことは、聞かれなかった

 母さんは純粋に
 私の子どもの誕生を喜んでいた


 ◇ ◆ ◇


 詠(よみ)という名前は
 母さんと二人で色々と案を出し合って、決めた

 呼びやすく
 とても優しくて響きのいい名前だと思う


 ◇ ◆ ◇


 詠の産声を聞いた瞬間──
 もしかしたら、私も、こうして生まれたのかもしれないと思った

 私はお父さんの名前を知らない……
 この子と同じ……


 ◇ ◆ ◇


 私は月使を継ぎ、間もなく母さんは息を引き取った

 私の出生のことは
 結局最後まで聞けなかった


 ◇ ◆ ◇


 あの人の子と思い、私は詠を育てた

 わかっていた
 あの人の子どもである筈がないと

 でも、似ていたのだ
 信じられないことだけど、本当に、詠は、あの人の面影を持っていた

 私は詠の、私に向けるその無垢で温かい眼差しに
 癒されていった

 村人に対する憎しみは徐々に胸の奥底に沈んでいった


 ◇ ◆ ◇


 村のやつらは、神事をそつなくこなす私に安心した様子だった

 神事を行うことができるのが私だけとなり
 腫れ物に触るように接してくる村人

 実質、村の実権は、私が握ることになった
 そうなってしまうと、何不自由なく暮らすことができた

 詠の成長が私の新たな生きがいになっていた

 さらにもうひとつ嬉しい出来事があった
 妹が村に帰ってきたのだ


 ◇ ◆ ◇


 10年ぶりに会った妹は
 背も伸びてひどく痩せていたけど、

 それは確かに
 あの日、一緒に村を出た私の大切な妹だった

 そして娘の沙夜と妹の夫

 沙夜は詠と年が近いこともあって
 よい遊び相手になってくれた

 妹の夫は、とても明るくよく笑う人だった
 詠と二人きりだった私に、急に家族が増えたような気がした

 まもなく彩が生まれ
 私の周りはさらに賑やかになった

 少しずつだったけれど
 幸福だと感じることができる日が増えていった


 ◇ ◆ ◇


 私は、

 復讐なんてやめよう
 運命を享受しよう、と

 この時、本当にそう思っていた


 ◇ ◆ ◇


 呪いの進行を抑える手段を妹が教えてくれた
 方法は、村のやつらには言うつもりはない

 詠は
 いつの日か私のように外の世界に憧れるのだろうか

 もしそのときが来るのなら、この希望を伝えよう


 ◇ ◆ ◇


 村のやつらは
 私の思いを踏みにじり、また、私のことを傷つけた

 あいつらは、妹たちに嫌がらせをするようになった

 具体的になにがあったのか妹は話してくれなかったけれど
 それは度を超えていたに違いない

 妹たちは
 まったく神社に来なくなった


 ◇ ◆ ◇


 この件に関しては、
 村のやつらは私の言うことを無視し続けた


 ◇ ◆ ◇


 許せなかった
 詠はとても寂しがっていた

 私に隠れて妹のところに遊びに行ったこともあったけれど
 泣きながらいつも帰ってきた


 ◇ ◆ ◇


 妹たちが神社に来なくなってから一ヶ月が経った頃、
 妹の夫が神社にやってきて、彩の出生届を出すために、一時的に村から出たいと言った

 必ず帰ってきます、そう熱心に言い、
 彼の祖母は産婦人科医で、その人に頼めばこんな形でも届を出すことができると思うと、嬉しそうに私に話してくれた

 私は村の外に出ることを許可した
 いつの日か成長した彩が村を出ることを望む日がやって来ることを信じて


 ◇ ◆ ◇


 一週間後、
 彼は確かに帰ってきた

 しかし
 その表情から感情や熱は失われていた

 私は死体のわき腹に刺し傷があるのを見つけた

 この瞬間、だ
 私の眠っていた憎悪が目を覚ましたのは


 ◇ ◆ ◇


 川原で死体を見つけたという村の男を言及すると

 発見したときには生きていたが
 自分が殺したと白状した

 そうするに至った理由を問うと
 災いだとか汚れだとか、聞くに耐えない言葉が返ってきた

 こいつらは
 平気で人を殺し
 傷つけ
 それが正当性を冠していると、心底、信じ込んでいるのだ


 ◇ ◆ ◇


 時の経つのは早い
 いくつか大きな出来事があった

 妹の死
 彩と沙夜は、二人で暮らすことを望んだ

 村人が何人か呪いで死に
 詠は成長し
 いつしか私の背丈を超えていた

 私は、
 あとどれくらい生きていられるのだろうか


 ◇ ◆ ◇


 神事の準備で忙しかったせいで
 黒川葉子という女の子のことは、詠に任せていた

 ただ何点か、
 神社の外には一人で出てはいけないとか
 注意を促した

 彼女は一週間ほど村にいて
 神事を見て
 自分の死期を知り
 丁寧に私に挨拶をして帰っていった

 数日が経ち、
 彼女は川に身を投げて村にたどり着いたのだと
 詠から聞いた


 ◇ ◆ ◇


 私は待っていた
 準備はすでに整っている

 あとは、
 実行に移す機会を待つだけだ


 ◇ ◆ ◇


 詠と沙夜と彩
 私の大切な家族たち

 村のやつらには指一本触らせない
 誰にも傷つけさせやしない

 沙夜を神事に参加させることができないのは可哀想だけど
 神主である私の、村に対する忠誠心を見せるためだ

 仕方ないことだと割り切ることにする


 ◇ ◆ ◇


 雪が降っていた
 桜の季節に雪が降るのは、珍しいことだ

 私は、
 詠の帰りが遅いのを心配して、外に出た

 雪の上に倒れている詠を見つけ
 濡れて冷たく重くなった身体を背負って、急いで神社に戻った

 気がつかなかった
 すぐそばに、もうひとり人が倒れていたなんて……


 ◇ ◆ ◇


 桜居宏則という青年にようやく会うことができた

 どこか私のことを警戒しているように見えたが
 私の話を信じてくれただろうか

 勘の良さそうな子なので、いくつかの嘘は見破られたかもしれない

 しっかりした子だ
 詠たちと打ち解けている理由もわかる

 でも、一度会っただけで信用してしまうのは禁物だ
 もう少し様子を見てから決めようと思う


 ◇ ◆ ◇


 千載一遇の機会かもしれない


 ◇ ◆ ◇


 考えている時間はない


 ◇ ◆ ◇


 沙夜に嘘をついてしまった

 しかし
 これくらい言わないと沙夜は決断できなかっただろう

 村を出る二人に
 幸せな未来が待っていますように


 ◇ ◆ ◇


 詠は村を出ないと言った
 ひとり残される私のことを心配しているようだ

 私には構わず、村を出て欲しい

 私は
 あの人のもとに行くつもりなのだから


 ◇ ◆ ◇


 私は何をしているのだろう

 過去のことを忘れて
 すべてを心の奥に押し込めて
 そのまま押さえ込んでしまえば

 私は詠たちと
 ささやかな日々を送れたかもしれない
 そう思うこともある


 だが違う
 そんな風に思ってはならない

 私がいるから
 村のやつらは詠たちに手出しができないのだ

 私がいなくなったら
 詠たちは、あの時の私のように……

 そんなことはさせない


 ◇ ◆ ◇


 詠は私の説得に応じてくれない


 ◇ ◆ ◇


 すべてを話すべきだろうか


 ◇ ◆ ◇


 沙夜と彩たちが村を出てしまった
 時間がない


 ◇ ◆ ◇


 醜く歪んだ本当の私の姿を
 詠には見られたくない


 ◇ ◆ ◇


 妹は許してくれるだろうか
 お母さんは許してくれるだろうか

 あの人は、私のことを許してくれるだろうか

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