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過去 - Hironori Sakurai -
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「このままだと遅刻よ、桜居くん」
振り返ると、同じクラスの黒川がいた。
黒川が自分から話し掛けてくるなんて珍しいことだ。俺の隣に並び、歩調を合わせてくる。
家からずっと走ってきたのか、まだ肌寒い季節だと言うのに、額には汗を滲ませていた。
「このペースだと遅刻だぞ」
「桜居くんは、いいの?」
「慣れてるからな」
「……」
「どうした?」
「すごいなーと思って」
感心した様子で俺のことを見ている。
「?」
「私はね、遅刻って怖いんだ。先生に怒られるし、教室に入るのにも勇気がいるでしょう?」
「そんなものかな」
「うん、そんなもの」
「怒られるのが嫌なら、走った方がいいんじゃないのか?」
「うーん」
俺の横を歩きながら、どうしようかと考えている。
「……なぜ悩む」
「だって、桜居くんが冷たいから」
「はぁ?」
「私を早く追っ払いたいみたいに聞こえる」
「そんなことないって」
「じゃあ、一緒に学校に行ってもいい?」
「イヤだ。っていうか、遅刻したくないんだろ」
「ほら、やっぱり嫌ってる」
「思い過ごしだ」
「じゃあ、好き?」
「……」
「……もしかして、呆れてる?」
「ああ」
「一緒に学校に行ってもいい?」
「遅刻してもいいなら、許してやる」
俺が偉そうに言うと、黒川は唐突に瞳を潤ませ──と思うと、次の瞬間には笑顔で、
「ありがとう」
と、言った。
当時はわからなかった、黒川の表情の微妙な変化。それに、今更気づく。
「よかった」
「私が力つきて途中で倒れたら、学校まで運んでね」
「置いていく」
「……」
ふくれっ面で、俺を睨んでいる。
「……場合によっては、運んでやるかもしれない」
「桜居くんは優しいね」
「ホントに倒れるなよ」
「……うん」
「なんだ今の間は」
「もしかして、体調悪いのか?」
「全然」
「その辺で休んでいくか?」
「……いい」
「迷ったろ、今」
「気のせい気のせい」
「……」
「……どこにいくの?」
「俺は休憩することにした」
「学校は?」
「どうせ遅刻だ」
「私は平気よ」
「よくそんなこと言えるな。気を遣って欲しくないなら、ばれないようにちゃんと隠してろ」
「……」
「とにかく俺は休むことにした。お前は好きにしろ」
「……」
俺はひとりで歩き出す。
自動販売機の前で立ち止まり、500円玉を入れる。俺が飲み物を選んでいると、黒川が走り寄ってきて、勝手にボタンを押した。
「ありがと」
嬉しそうに販売機から烏龍茶を取り出して、頬にあてる。
熱があるのだろうか。
目を閉じ、気持ちよさそうに額や首筋に冷えた缶をつけている。
「お前、いい性格してるよ」
俺も同じ烏龍茶を選び、飲みはじめる。
「ウーロン茶ってね、カロリーゼロなんだって。いいよね」
「俺は太ってないから関係ない」
「俺は? 私もだよ」
「……そうだな」
「なによ、いまの間は?」
「さあな」
どうやら怒るときに頬を膨らませるのは黒川の癖らしい。まるで子どものような仕草だった。近くの公園のベンチに座って、俺たちはしばらくとりとめのない話をした。
その日の授業のこととか。
テストのこととか。
これからの学校行事のこととか。
どれもそんな、他愛のない話題だった気がする。
「そろそろ行くか」
「うん」
「帰らなくて大丈夫なのか?」
「平気」
「……ならいい」
「……うん」
俺たちは学校に向けて歩き出す。
さっきまで喋り続けていた黒川は、急に押し黙ってしまい、なにかを考えている様子だった。
時計を見る。
普通に歩けば、二時限目には間に合う時間だった。
「……」
黒川が話しかけてくる様子はない。
じっと地面を見つめながら、やはり何かを考えているように見えた。
「……」
なんとなく気まずい空気が漂いはじめ、沈黙に耐えられなくなった俺は、
「やる」
ポケットから飴玉を取り出して、手渡す。
「?」
「義理チョコのおかえしだ」
ただの思いつき。
たまたまその日が3月14日で。
偶然、なぜか俺は飴玉を2つ持っていた。
それだけのことだ。
「チョコ? そっか、今日はホワイトデーだったね」
「お前、近くにいたやつらに配給してただろ?」
俺は包装紙をはがして、出てきた飴玉を口に放り込む。
「うん、した」
確か桜居くんにも、と付け足す。
「ありがたく受け取れ」
神妙な顔で、手のひらの上の飴玉を見つめている。
「これって、10円だよ」
「お互い様だ。ポッキー1本で見返りを期待するほうが間違ってる」
「そうかな」
「それに、ものは値段じゃない。気持ちが大切なんだ」
「なるほど」
黒川は、大きな飴玉を口に入れる。
「愛の味がする」
「……んなものは込めてねぇ」
「そう?」
「お前、変なやつだな」
「桜居くんほどじゃないわ。ついていくのが精一杯だもの」
「よく言う」
俺は大げさに呆れてみせる。
黒川はそれに笑みで応えた後、ふと、空を見つめ、
「なんか、」
「ん?」
「なんかね、元気になった」
「なにがだ?」
「あめ玉、おいしい。コーラ味」
「……」
「……少し愛の味がするし。私、惚れられちゃったりする?」
「しない」
「残念」
「……まあいい」
「うん」
それから俺たちは、再び、お互いに言葉を交わすことなく、学校に向かって歩いた。
振り返ると、同じクラスの黒川がいた。
黒川が自分から話し掛けてくるなんて珍しいことだ。俺の隣に並び、歩調を合わせてくる。
家からずっと走ってきたのか、まだ肌寒い季節だと言うのに、額には汗を滲ませていた。
「このペースだと遅刻だぞ」
「桜居くんは、いいの?」
「慣れてるからな」
「……」
「どうした?」
「すごいなーと思って」
感心した様子で俺のことを見ている。
「?」
「私はね、遅刻って怖いんだ。先生に怒られるし、教室に入るのにも勇気がいるでしょう?」
「そんなものかな」
「うん、そんなもの」
「怒られるのが嫌なら、走った方がいいんじゃないのか?」
「うーん」
俺の横を歩きながら、どうしようかと考えている。
「……なぜ悩む」
「だって、桜居くんが冷たいから」
「はぁ?」
「私を早く追っ払いたいみたいに聞こえる」
「そんなことないって」
「じゃあ、一緒に学校に行ってもいい?」
「イヤだ。っていうか、遅刻したくないんだろ」
「ほら、やっぱり嫌ってる」
「思い過ごしだ」
「じゃあ、好き?」
「……」
「……もしかして、呆れてる?」
「ああ」
「一緒に学校に行ってもいい?」
「遅刻してもいいなら、許してやる」
俺が偉そうに言うと、黒川は唐突に瞳を潤ませ──と思うと、次の瞬間には笑顔で、
「ありがとう」
と、言った。
当時はわからなかった、黒川の表情の微妙な変化。それに、今更気づく。
「よかった」
「私が力つきて途中で倒れたら、学校まで運んでね」
「置いていく」
「……」
ふくれっ面で、俺を睨んでいる。
「……場合によっては、運んでやるかもしれない」
「桜居くんは優しいね」
「ホントに倒れるなよ」
「……うん」
「なんだ今の間は」
「もしかして、体調悪いのか?」
「全然」
「その辺で休んでいくか?」
「……いい」
「迷ったろ、今」
「気のせい気のせい」
「……」
「……どこにいくの?」
「俺は休憩することにした」
「学校は?」
「どうせ遅刻だ」
「私は平気よ」
「よくそんなこと言えるな。気を遣って欲しくないなら、ばれないようにちゃんと隠してろ」
「……」
「とにかく俺は休むことにした。お前は好きにしろ」
「……」
俺はひとりで歩き出す。
自動販売機の前で立ち止まり、500円玉を入れる。俺が飲み物を選んでいると、黒川が走り寄ってきて、勝手にボタンを押した。
「ありがと」
嬉しそうに販売機から烏龍茶を取り出して、頬にあてる。
熱があるのだろうか。
目を閉じ、気持ちよさそうに額や首筋に冷えた缶をつけている。
「お前、いい性格してるよ」
俺も同じ烏龍茶を選び、飲みはじめる。
「ウーロン茶ってね、カロリーゼロなんだって。いいよね」
「俺は太ってないから関係ない」
「俺は? 私もだよ」
「……そうだな」
「なによ、いまの間は?」
「さあな」
どうやら怒るときに頬を膨らませるのは黒川の癖らしい。まるで子どものような仕草だった。近くの公園のベンチに座って、俺たちはしばらくとりとめのない話をした。
その日の授業のこととか。
テストのこととか。
これからの学校行事のこととか。
どれもそんな、他愛のない話題だった気がする。
「そろそろ行くか」
「うん」
「帰らなくて大丈夫なのか?」
「平気」
「……ならいい」
「……うん」
俺たちは学校に向けて歩き出す。
さっきまで喋り続けていた黒川は、急に押し黙ってしまい、なにかを考えている様子だった。
時計を見る。
普通に歩けば、二時限目には間に合う時間だった。
「……」
黒川が話しかけてくる様子はない。
じっと地面を見つめながら、やはり何かを考えているように見えた。
「……」
なんとなく気まずい空気が漂いはじめ、沈黙に耐えられなくなった俺は、
「やる」
ポケットから飴玉を取り出して、手渡す。
「?」
「義理チョコのおかえしだ」
ただの思いつき。
たまたまその日が3月14日で。
偶然、なぜか俺は飴玉を2つ持っていた。
それだけのことだ。
「チョコ? そっか、今日はホワイトデーだったね」
「お前、近くにいたやつらに配給してただろ?」
俺は包装紙をはがして、出てきた飴玉を口に放り込む。
「うん、した」
確か桜居くんにも、と付け足す。
「ありがたく受け取れ」
神妙な顔で、手のひらの上の飴玉を見つめている。
「これって、10円だよ」
「お互い様だ。ポッキー1本で見返りを期待するほうが間違ってる」
「そうかな」
「それに、ものは値段じゃない。気持ちが大切なんだ」
「なるほど」
黒川は、大きな飴玉を口に入れる。
「愛の味がする」
「……んなものは込めてねぇ」
「そう?」
「お前、変なやつだな」
「桜居くんほどじゃないわ。ついていくのが精一杯だもの」
「よく言う」
俺は大げさに呆れてみせる。
黒川はそれに笑みで応えた後、ふと、空を見つめ、
「なんか、」
「ん?」
「なんかね、元気になった」
「なにがだ?」
「あめ玉、おいしい。コーラ味」
「……」
「……少し愛の味がするし。私、惚れられちゃったりする?」
「しない」
「残念」
「……まあいい」
「うん」
それから俺たちは、再び、お互いに言葉を交わすことなく、学校に向かって歩いた。
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