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第57話

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 夜、俺はベッドの上に横になって小説を読んでいた。
 薙先輩におススメされた現代小説。花火師見習いの男性がある夏の花火大会で出会った女性のことを忘れられず、その気持ちを花火に込めて数年後に打ち上げる。そしてその花火大会で再び彼女と出会うが、彼女には夫も子どももいて……といった、男の失恋の話だ。

「……先輩のチョイス、意図的だよな」

 失恋した主人公は、ひたすら花火作りに没頭する。そんな折、毎日通っていた定食屋の女性から告白される。二人は恋をして多少の紆余曲折はあったもののやがて結ばれる。あまりひねりのないストリーだったが、著者の文書力が高いので胸を打つ一節が多く出てくる。
 適当に、ぺらぺらとページをめくり、物語を回想する。

――あのとき出会った彼女は優しく咲いた僕の花火から解き放たれた光の雫の先にいて、闇空に溶けてゆく小さな光の粒が完全に消えてしまうまでの間のひと時くらいは、僕のことを思い出してくれているだろうか――

 小説を読みながら、俺はカナと初めて会った日のことを思い出していた。天井を突き破ってこの部屋に降って来たカナは、機械的な声で、

『こんばんは、伊月進さま。不束者ふつつかものですが、よろしくお願いいたします』

 と言った。
 そういえばカナは、動物園で「さん」付けに直してもらうまで、ずっと俺のことを「進さま」と呼んでいた。まるでアンドロイドである自分を創り出した主人に言うように。
 カナはどこか変で気になる存在。伊月家に来て、カナは期待する何かを得ることができたのだろうか。宇佐美カナは、以前のカナと外見が似ている点を除けば、まったくの別人だった。
 
 俺は机の上を見る。
 手術をする前のカナが選んでくれた二刀流の武士の目覚まし時計、俺が修学旅行で買ってきた若き日の家康公の目覚まし時計。その二つが並んでいる。
 カナが選んでくれた目覚まし時計は、カナがいなくなってしまった今も、かちかちと時を刻み続けている。

「クソっ!」

 頭を掻きむしる。
 バカか俺は。『伊月ってこんなジメジメしたヤツだったっけ』という多川の言葉が思い浮かぶ。
 俺が知っているカナはもういない。宇佐美カナは新しいクラスメイト。それが現実だ。別人にと言っても仕方がない。
 俺は気持ちを切り替えるため、両手で自分の頬をと強く引っぱたいた。


◇ ◆ ◇


 日曜日。
 俺はエレナ先生に会うために宇佐美家を訪れていた。
 先生に呼び出されたからだ。

「カナちゃんの手術から半年近いし、そろそろ落ち着いたかしら。カナちゃんのこと、少しは気持ちの整理がついた?」

 エレナ先生は俺が到着するなりそう尋ねてきた。

「……そうですね。俺の知っているカナがもういない、その点では諦めがつきました。でもまだ、宇佐美カナには馴染めません。近づくのを止められていることもあって、ろくに話をしたことがないからかもしれませんけど」

「及第点」

「何がですか?」

「今日、伊月に全部を話すことにしたわ。カナちゃんに関わることを全て」

「やっとですか。もう待ちくたびれましたよ」

 俺は近くにあった椅子に腰かける。
 
「話の最後に、彼女のお墓に案内するわ」

「……え」

「カナちゃんの体は、カナと話をしてこの家の中庭に埋葬することにしたの。夏になると向日葵のよく見える場所に」

「俺は呼んでくれないんですね」

「泣いて叫んで暴れそうな人は呼べないでしょ。私たちは静かに送ってあげたかったの」

 叫んでしまいそうになる気持ちを抑えつける。
 俺はもう少し感情をコントロールできるようにならないといけない。

「カナちゃんの心は、宇佐美カナに引き継がれているはずなの。だから、そんなに悲しむ必要はないわ」

「あれは別人です」

「伊月にそう見えるのなら、そうなのかもしれないわね。でも彼女の生い立ちや境遇、彼女のお兄さんが願った未来、それらを全部知れば、いまこうして宇佐美カナが生きて存在していること自体を奇跡だと思うようになる。今日は私が知っていること、全部、何から何まで包み隠さずに話すから。それが終わったら、彼女のお墓に花を手向たむけて欲しい」

 俺はうまい返事を見つけることができず、頷きで返す。

「それが私に託された、カナちゃんの願いだから。最後までちゃんと聞いて欲しい」

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