上 下
66 / 81

第47話

しおりを挟む
 
 ばたーん。

 豪快にドアを開ける音が玄関から。
 続いて、廊下を駆け抜ける音。

 だだだだだだっ。

 屋敷の中でこんなに騒がしい音を出す人物は、宇佐美うさみ家に一人しかいない。

 日曜日。
 外は快晴、二階から見た窓の向こう側には、雲ひとつない青空が広がっている。

 エレナは机の上に広げた分厚い資料を閉じる。
 冷めたコーヒーを一口。

 廊下に出ると、前方からカナが走ってきた。

「エレナ! 私を騙したわね!」

 肩で息をしているカナとは対照的に、落ち着いた口調で、

「なんのことかしら」

「どこまで行っても学校なんてないじゃない!」

「……話が見えないんだけど」

「あとどれくらい頑張れば学校に行けるか調べるために、場所を確認しに行ってきたの。そしたら、駅に着いたわ」

「駅?」

「学校なんてどこにも無いじゃない」

 頬をかき、エレナは右手に持ったマグカップに口を寄せ、一気に飲み干す。

「途中──心療内科だったかしら、病院の先に郵便ポストがあるわよね。あれを左に曲がってない?」

「……曲がった」

「道、間違ってるから」

 手招きして、カナを書斎に入れる。

 マグカップを置き、ノートパソコンと繋がっている液晶モニタをカナに向ける。ブラウザを起動し、周辺の地図を表示させる。

「これが我が家」

 そう言って、赤い旗を地図にポイントする。次に、西にスクロールし、青い旗をポイントする。

「ここが学校で、駅は南。ポストはココ。左に曲がると、学校からはどんどん離れていくわ」

「……なんか悔しい。その距離だったら、先週にはたどり着いてたわ。ずっと無駄なことやってたのね、私」

「無駄?」

「だってそうでしょう? とっくに学校に行けたのに」

「カナ、あなたは学校に行くためだけに頑張ってきたの? そうじゃないでしょう。これからずっと生きていくの。あなたは」

「先のことなんて考えてない。人生なんていつまで続くか分からないもの」

 パソコンをシャットダウンし、エレナは壁に掛かっている写真を眺める。

「ずっとずっと続いていくわ」

 カナもエレナの視線に重ね、色あせた写真を見つめる。写真の中では、石造りの門の前に、正装をした4人が立っている。

 温かい笑みを浮かべたエレナが、タオルに包まった赤ん坊を抱いていた。

「その写真、好き。みんな、幸せそう」

「幸せだったわ。とても」

「今は……寂しい?」

「いいえ。今も幸せよ。この年で、妹もできたし」

「……」

「カナがいると毎日楽しいわよ」

「迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」

「私は全然そんな風に思わないけど、イチノセさんには謝っておいたほうがいいわよ」

「イチノセさんって誰?」

 後ろ。

 と、エレナが言う。

 宇佐美うさみ家の美化を守る唯一の人物、お手伝いさんが立っていた。

「カナ、あなたはまた私の仕事を増やすんですね」

「……イチノセさんって言うのね。今、初めて知ったわ」

 一ノ瀬やよい(今年で62歳)は、カナの言葉には気にする様子なく、ただ「お屋敷の中では靴を脱いでください」と眉をひそめながら言った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

戸惑いの神嫁と花舞う約束 呪い子の幸せな嫁入り

響 蒼華
キャラ文芸
四方を海に囲まれた国・花綵。 長らく閉じられていた国は動乱を経て開かれ、新しき時代を迎えていた。 特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。 名家の一つ・玖瑶家。 長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。 異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。 かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。 『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。 父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。 一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

マグダレナの姉妹達

田中 乃那加
キャラ文芸
十都 譲治(じゅうと じょうじ)は高校一年生。 同じ高校に通う幼馴染の六道 六兎(ろくどう りくと)に密かな想いを寄せていた。 六兎は幼い頃から好奇心旺盛な少年で、しょっちゅう碌でもない事件に首を突っ込んで死にかけている。 そんな彼を守ろうと奔走する譲治。 ―――その事件は六兎の「恋人が出来た」という突然の言葉から始まった。 華村 華(はなむら はな)は近くの短大に通う学生である。 華の頼みで彼らはある『怪異』の検証をする事になった。 それは町外れの公園『カップルでその公園でキスをすると、運命の相手ならば永遠に結ばれる。そうでなければ……』 華の姉、華村 百合(はなむら ゆり)がそこで襲われ意識不明の重体に陥っているのである。 ―――噂の検証の為に恋人のフリをしてその公園に訪れた彼らは、ある初老の男に襲われる。 逃げた男が落として行ったのは一冊の生徒手帳。それは町の中心部にある女学校。 『聖女女学校』のものだった。 そこにこの事件の鍵がある、と潜入する彼らだが……。 少しイカれた素人探偵と振り回される幼馴染、さらにキャラが濃い面々の話。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子
キャラ文芸
 よくあるラノベ展開?!「突然ですが私の秘書として働いてくださいませんか?」浮世離れした美形がある日契約書を持って現れて……  代々『霊感、霊視、透視、霊聴』という霊能力を掲げた占い師の一族、観音堂家のに生まれた妃翠。彼女には霊能力は授からず0感のままだった。だが、幼い頃から占いを好み特にタロットカードは数種類のタロットを組み合わせ独自の解釈をするようになる。対して長女、瑠璃は幼い頃から優れた霊能力を発揮。家族の誰もが妃翠には何も期待しなくなっていく。  平凡が一番平和で気楽だと開き直っていた妃翠に、ある日……この世の者とは思えない程の美形が、「私の秘書として働いてくれませんか? 報酬は弾みます」と契約書を携えて訪ねてくる。    どうして自分なんかに? 彼によると、  ……ずば抜けた霊能力を誇る彼は、それを活かしてスピリチュアルカウンセラーという職業に就いているそう。ただ、その類稀なる容姿から、男女を問わず下心で近づく者が絶えず辟易しているという。そこで、自分に恋愛感情を抱かず、あくまで統計学。学業としての占いに精通している女性を探していたのだという。  待遇面であり得ないくらいに充実しているのを確認し、2つ返事で引き受ける妃翠。そう長くは続かないだろうけれど今の内にしっかり貯めて老後に備えようという目論見があったからだ。  実際働いてみると、意外にも心地良い。更に、彼は実は月読命でこの度、人間見習いにやってきたというのだが……?  男の秘密とは? 真の目的とは? そして彼の元を訪れる者は時に人間ではない時もあり……

処理中です...