上 下
50 / 81

第36話

しおりを挟む
 
「あはははははーー」

「先生、飲みすぎです。あと、腕を絡めないでください」

「あーに恥ずかしがってるのよぉ~、私が可愛いからってぇ~~」

「んなこと思ってません」

 御堂みどう先生は、缶ビール2本で悪酔いしていた。

「まーたまたぁ~」

「いやマジで」

 俺はやや冷たく言い放つ。

 先生は、両目を潤ませ顔を近づけてきたかと思うと、急に俺から離れて白貫しらぬきに抱きつき、

清乃きよのちゃぁ~ん、伊月いつきくんがイジメるろよぉ~~」

「よしよし」

 抱きついた先生の頭を撫でる白貫しらぬき
 どっちが生徒なのかわからなかった。

 飯を食い終えた俺たちは、飲み物とお菓子だけを残して後片付けをして、しばらく空や街を眺めたり取り留めのない話をした。

 そこには、昼間とは違う、特有の空気──秘密の時間を共有しているような、微かな高揚感があった。

「さて、先生も静かになったし、続きやりましょ」

 白貫しらぬきの提案で、それぞれ一発芸を用意してくることになっていた。

 1番手は提案者の白貫しらぬき
 前宙とバク宙を見せてくれた。

 白貫しらぬきは『地味でごめんね』とばつが悪そうだったけれど、これには全員が驚いた。
 女子でコンクリの上でバク宙やれるヤツはそうそういない。
 暗くて足場もよく見えないのに、難なく決めたし。

 2番手は多川。
 変な人形を片手に腹話術をやりだした。

 練習不足は明らかで、ぎこちない動きをする人形は気味が悪かったし、人形が喋ると多川たがわの口元は微妙にもごもごしていた。

 やたら緊張してる姿は、それはそれで面白かったけど、白貫しらぬきと一緒に空になったペットボトルを投げつけてさらに楽しんだ。

 3番手は俺だった。
 本屋で立ち読みして覚えたカードマジックを見せた。

 いまいち反応が薄かったけれど、最後に冗談半分でやった、ペットボトルの中身が消えるマジックは、大うけだった。

 ハンカチで隠してる間に必死に中身を飲んでいる多川たがわを見て、俺自身が爆笑してしまった。

 その直後、御堂みどう先生に声をかけたら、すでに出来上がっていた。
 で、今に至る。

「トリよ、麻子あさこ~」

「あの……私、なにも思いつかなくて。だから、物語の暗唱をします」

「一芸なのか、それ」

「お前が言うな、お前が。暗唱ってことは、何も見ないってことだってわかってるか? 物語一本、お前は丸々覚えられんのか?」

「……え」

麻子あさこ多川たがわなんか放っておいて、始めていいわよ」

「ひでえ」

「いや、どこも酷くないから」

 二院にいんは立ち上がって、俺たちから少し距離をおく。

「では、はじめます」

 軽く深呼吸をして、星空を見上げ、目を閉じる。

「みんなも目を閉じてくれますか。見られてると、恥ずかしいので」

 言われたとおりに、目を閉じる。

 すー。
 御堂みどう先生の寝息が聞こえる。

 わずかに吹いている風が、ひんやりとした空気を一定した方向に運んでいく。

「エルという町に、」

 それを聞いた瞬間、全身が粟立つ。

「ぬいぐるみを作る工場がありました──」

 アルビノ……。

「あなたはそこで生まれました」

 二院にいんの口から淡々と語られる物語は、絵本で読んだのとはまた違う印象を与えてくる。

 人間の心をもって生まれてしまった、ぬいぐるみの仲間にも人間にもなれなかった、そんなひとつのイノチの話……。

 カナと過ごした日々が、何度も頭をよぎった。


**********


 全員、物語に聞き入っていた。

「白くて綺麗だった毛は、ひどく汚れて真っ黒になっていました」

 俺は大切なことを思い出した。

「とうとうあなたは黒猫になれたのです」

 忘れていた。

「あなたは嬉しくてぽろぽろと涙をこぼしました」

 俺には、役目があったんだ。

「やっと、あなたは、あなたを黒猫と呼んでくれる人に出会うことができました」

 この物語の悲しい結末から続く、未来への願いを伝える義務が。

「とても寒い日でした」

 一語一句つっかえることなく、二院にいんは、一つ一つの言葉を大事そうに暗唱していく。

「おとなは、あなたのことを火の中に投げ入れました」

 物語が、終わる。

「あなたは、いなくなりました」

 訪れる、静寂──
 誰もが言葉を失ったかのように、沈黙していた。


 その静けさを破り、


「神さまは、可哀相なあなたに──」

 半ば無意識に、俺は、祈るように言葉を紡いだ。
 椎奈しいなから語り継がれた、たった五行の、希望の言葉を。


 いつか。

 いつの日か。

 ──が目を覚ますことを、信じて。















──神さまは、可哀相なあなたに

──命を与えることにしました

──遥かな時が過ぎたのち

──あなたは、目を覚ますでしょう

──今度は ぬいぐるみではなく

──あなただけの色をもった

──ひとりの人間として
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました!🌸平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

灯《ともしび》は真《まこと》の中で

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
キャラ文芸
昔から霊力の高かった有馬灯真《ありまとうま》は、妖怪やお化けなどのそういった類《たぐい》の妖が見えていた。 そして、中学最後の冬、大晦日の日。彼は雪の降る中同じ年頃の少女と出会う。白装束を纏ったおり、目の色は水色。肌は白く、髪は水色と白色が混ぜっているような色だった。顔立ちも綺麗で、まるで妖精のようだった。 だが、彼女は人間ではなく妖怪だった。この地方で伝わる『雪女」だったのだ。 これは、心優しい人間が人と妖の関係を苦しみながらも考え、人とは何なのか。妖怪とは何なのかを一つ一つ考えていく非日常アットホームストーリー

未熟な蕾ですが

黒蝶
キャラ文芸
持ち主から不要だと捨てられてしまった式神は、世界を呪うほどの憎悪を抱えていた。 そんなところに現れたのは、とてつもない霊力を持った少女。 これは、拾われた式神と潜在能力に気づいていない少女の話。 …そして、ふたりを取り巻く人々の話。 ※この作品は『夜紅の憲兵姫』シリーズの一部になりますが、こちら単体でもお楽しみいただけると思います。

突然ファーストキスを奪った先生からいきなり溺愛されているんですが

清見こうじ
キャラ文芸
通りすがりに私のファーストキスとハートを奪ったのは……先生?! 私立桜浜高校茶道部に所属する中沢茶朋(ナカザワ・サホ)。 ある日路上で衝突してしまった美少年に突然ファーストキスとハートを奪われて……! そして衝撃の再会。 彼の名前は千野利久(センノ・リク)。 なんと担任の教師!  そして、戸惑うサホに迫るリク。 「今度俺をその気にさせたら、もう止まらないからな」。 床ドン威圧系キャラでサホを翻弄するリク、だけど。 いやいや、イケメンなら許されるなんてことないからね?! でも、拒否したはずが、気が付けば溺愛されていて……! 私、このあと、どうなっちゃうの?! 勘違い系モテイケメン教師×のほほん茶道女子の、猪突猛進ラブストーリー。 ☆時々挿し絵あります。 ・初デート編「殊勝な~」あたり ※「エブリスタ」「カクヨム」でも公開してます。

校長からの課題が娘の処女を守れ…だと!?

明石龍之介
キャラ文芸
落葉武帝(らくようぶてい)高校、通称ラブ高に通う二年生 桜庭快斗(さくらばかいと)は、突然校長に課題を押し付けられる。 その課題とは、娘の落葉カレンの処女を守り抜けというものだった。 課題をクリアすれば1億円やると言われ安易に受けてしまったが最後、守れなかったら退学という条件を課せられ、カレンの天然な性格にも振り回されて快斗の高校生活は無茶苦茶になっていく。 更に課題はエスカレートしていき、様々な難題を課せられる中、果たして快斗は見事にカレンの処女を守り抜くことができるのか!?

サイクリングストリート

けろよん
キャラ文芸
 中学を卒業した春休み。田中結菜は自転車を買ってもらった。  普通だと信じていたその自転車。それになぜか兄の悠真の意思が宿り、彼は行方不明になった。  結菜は事件の謎を解き明かすためにその自転車に乗って町を走ることにした。  兄の彼女の姫子やサークル仲間の葵と出会い、結菜は一緒に事件に関わっているとされる魔王と呼ばれている少女を探すことになる。  少女達と自転車の物語。

処理中です...