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第21話

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 同じ制服を着た生徒たちとすれ違う。
 俺は生徒の流れに逆行して、ひとりだけ学校に背を向けて歩いていた。

 フランスパンのような形をした雲が、澄んだ空を流れていく。
 道路の所々にまだ水たまりが残っているがよく晴れた朝だった。

 エレナ先生から届けられた地図はかなりアバウトで、交差点の名前やバス停の名前が書いてなければ数分で途方にくれそうな出来栄えだ。

 運良く、顔見知りに会うことなくバスに乗り込むことができた。
 地図の端に書き込まれた指示に従い6番目のバス停で降りる。

「……」

 バス停のある麓から、玉座へ続く赤い絨毯のような、僅かな歪みもない道路が一直線に坂上まで続いている。

「……あれじゃねーだろうな」

 道の両側は林で、建物などは見当たらない。
 地図には、不格好な矢印が、坂の頂上に向かって伸びている。

「……」

 なだらかな坂道の頂上付近。
 洋館、と呼べばいいのだろうか。

 レトロな雰囲気と重苦しさが同居したような、西洋風の三階建ての巨大な建造物──建物の両端には尖塔が聳えていて、その片方の天辺で風見鶏が回っている。

 目的地が病院ではないことは想像していたが、こんな場所に案内されるとは、思っていなかった。

 なんとも言えない緊張感が増していく。
 頂上に着くと、石造りの門が出迎えてくれていた。


**********


 門の前に立っていた、大柄なおばさん(家政婦? 学生食堂が似合いそうだ)に案内され、連れて来られたのは、左右に天井まである高さの本棚に挟まれた書斎のような一室だった。

 そこにエレナ先生がいた。
 いつもの白衣を着て。

「おはよー、伊月いつき宇佐美うさみ家へようこそ」

 ……自宅でもこの格好なのか。

「どうしたの?」

「先生って、何者なんですか?」

 聞かずにはいられない。

「令嬢」

 また冗談かよなんて言い返せなかった。
 校長に対する不可解な影響力や、カナのためとは言え私用で何日も学校を休んで許
されてる現状とか……その理由が分かった気がする。

「他に質問あるかしら?」

「呼んだのはカナの件ですよね」

 話題を本題に戻す。

「ええそうよ。手術のこと。ようやく治療の目処が立ったんだけど、あの子、とても怖がっててね。昔、散々身体の中を弄られてきたみたいだから、不安がっているの」

「手術を受けるように説得しろってことですか」

「いいえ、そうじゃないわ。あの子が自分で選べばいいの。ただ、怖いからだなんて、そんな理由で生きることを放棄して欲しくないから」

 生きる……こと。
 つまり、

「そ。ここままだと、あの子、長く生きられないわ」

 考えが顔に出たのだろうか。
 俺の疑問を先回りして、回答してくる。

「……それは、前に先生が言ってた、言語制御とかいうのが影響してるんですか」

「色々よ。あの子の身体のあらゆる部分には、常に負担がかかっている。彼女を構成している有機金属、有機回路、生体部品……どんなものであっても、人工的に作ったものは劣化していくの。寿命があるのよ」

「寿命? カナから年齢は聞いたことないですけど、見た目は、俺と同じ高校生くらいじゃないですか」

「見た目はね。でも、」

 言わないでくれ。
 何を言われるのかが判り、咄嗟に、そう思う。

「彼女は、人間ではないもの。人のように話すことができても、人のような感情を持っていたとしても、彼女はヒトの定義から外れているわ」

 わかってる。
 だけれど、目の前で断言されると、やるせない気持ちになる。

「手術して……どれだけ寿命が延びるんですか」

「このまま何もしなかったら、あと1ヶ月も持たないと思う」

 質問の答えになっていない。
 先生にでさえ、わからないということだろうか。

「……」

「手術が成功したら、言語制御から解き放たれるし、生きていられる期間も1、2年延びるかもしれない」

「命を賭けて手術をして、たったそれだけしか……」

 それに、その具体的な数字は、先生の希望のように思える。

「では聞くけど、伊月は100年生きることができれば幸せなのかしら。そういうものではないでしょう、生きるということは」

 子どもに言い聞かせるように、優しい口調で言う。

「あの子はね、あなたに聞いて欲しいことがあって、やって来たの」

「……はい」

「ただ、それだけのために。命を賭けて。あなたにとっては、迷惑なことかもしれないけど、それでも、あなたには彼女のことを見届ける責任があると思うの。わかるわよね」

「責任だとか、そんなことはわかんないです。だけど、そのつもりです」

「それならいいわ」

 エレナ先生は、いつかのように、俺の頭をかき混ぜるように撫でてくる。

「あの子に勇気を与えてあげて。あなたにしか、できないことだから」


**********


 大きな長方形の窓から射してくる光が、室内を程よい暖かさで満たしていた。
 木製のドアを押し開けると、カナがベッドの上で寝ていた。

『……宇佐美うさみ、さま?』

「いや、俺」

 半身を起こし、カナがこちらを向く。

すすむさま……』

「あまりに帰ってくるのが遅いから、会いに来たぞ。元気だったか?」

『……ご心配かけて、申し訳ありません』

「謝ることじゃないだろ。それより平気か。先生に毎日どんなことをさせられているんだ?」

『検査……です。それ以外のときは、お庭を散歩させて頂いたり、本をお借りして読んでいます』

 その言葉を肯定するように、ベッドの脇に文庫本が数冊、平積みされている。

「検査は、痛かったりするのか」

『いえ、平気です』

 こんなことを話したいわけじゃないのに、当たり障りのない質問ばかりが口から出てくる。

「今日はいい天気だな」

『はい。昨日はずっと雨でしたから、嬉しいです』

「……そうだな」

 ほんの少し、昨日のことを思い出す。

『……進さま』

「なんだ?」

『今日は学校ではないのですか?』

「休んだ」

『ダメですよ……お友だちが心配します』

「実は、エレナ先生に呼ばれたんだ」

『……そうだと思いました』

「手術、するんだってな」

 意を決して、言う。

『……はい』

「成功すれば、あの時みたいなことが、起こらなくなるかもしれないんだってな」

『……そうです』

 カナは視線を落とし、目を閉じる。
 エレナ先生の言った通り、悩んでいるようだった。

「どうしたい?」

『……?』

「なあ、カナはどうしたいんだ? 手術を受けたいのか? それとも、もう帰りたいか?」

『……わたしは』

「言っただろ。いつでも帰って来いって。いつだって待ってるから、って。選ぶのはカナだ。先生じゃない」

 カナは顔を上げ、

宇佐美うさみさまには、良くしてもらっています……ですが、』

 俺にすがるように呟く。

『帰り……たいです。進さまのところに』
 
 
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