24 / 81
第16話
しおりを挟む金曜。先週借りた絵本の返却日。
カナが帰ってこないからといってそのまま無視している訳にもいかず、事情を説明するため図書室にやってきた。
閑散とした室内は薄暗くて、微かに黴臭い。
「ということだから、あの絵本、今週も貸してくれ」
悩んだ結果、家にやってきた親戚の子どもにせがまれて、つい貸してしまったということにした。
「規則違反なんだけどね。又貸しは」
片瀬姉は、図書委員長の腕章を指差し、ジト目を向けてくる。
「今度、なんか奢るからさ」
「買収?」
「解釈は任せる」
「んー」
「いいじゃんか。どうせ滅多に借りる人いないんだから」
「残念ながら、次の予約が入ってるの」
「え? 誰?」
「2-Cの二院さんって子。常連さんよ」
2年で二院という苗字の生徒は、二院麻子しかいない。
「なら話は早い。俺から謝っておく」
「……あの子のこと知ってるの?」
「毎日一緒に昼飯食ってるしな。それよりも薙が二院のことを知ってるとはな。今度、ここに連れてこようと思ってたのに」
薙は腕を組み、考える仕草をして、
「新しい彼女?」
「違う。それに新しいって何だ。前にも言ったけど、俺に彼女はいねーし。二院は白貫が連れてきた新しい昼飯仲間だ」
「……ぁゃしぃ」
「そのジト目をやめろ」
「どうして伊月くんの周りには女の子が集まるのかしら。ルックスは人並みで……運動神経はいいらしいけど、私と同じ道草部だし……」
「独特のオーラみたいなものが出てるとか?」
「ないない。なーんにも出てないわよ」
「ひでぇ」
「二院さんに説明してくれるんならいいわ。でも早めに返すこと。いい?」
「ああ。ありがとな」
「さて、仕事に戻ろうかな」
世界の爬虫類というタイトルの分厚い図鑑から、しおりを抜き取る。
「仕事?」
「そうよ、仕事。委員長たる者、新書のチェックは立派な仕事よ……なに、その目は?」
「いや何でもない」
「ならいいけど」
「そういや、椎奈は?」
「風邪で休み。あ、そうだ。伊月くん、お見舞いに行ってくれない? ついでに委員会の今月の会報を渡してきて欲しいの」
「丁重にお断りします」
「私に回らないお寿司を奢るのと、椎奈のお見舞い、どっちがいい?」
「見舞い」
即答する。
断ったら絵本のこともあるし、本当に奢らされそうだ。
「はいこれ、プリント。あと、椎奈に頼まれてた本があるの。ついでに渡してきて」
「どっちがついでだ?」
プリントよりも目的は本を渡すことのように思える。
「解釈は任せるわ」
「さいですか」
「そうそう。椎奈が弱ってるからって、いやらしいことしないでよね」
「するか!」
「……本当かしら」
「俺を何だと思ってるんだ」
「聞きたい?」
「いや」
「賢明な判断だわ」
「で、椎奈の家って、どこにあるんだ?」
「伊月くんの家の近所よ。だから頼んでるんじゃない」
◇ ◆ ◇
片瀬《かたせ》姉が言ったとおり、俺の家から歩いて5分もかからないところに、椎奈の家はあった。
門扉も外壁も綺麗で、建ってから数年程度しか経っていないように見える。
インターホンを押すと、しばらくしてパジャマ姿の椎奈が出てきた。
「伊月先輩……?」
「お前、無防備過ぎだぞ。俺が押し売りとかだったら、どうするんだ」
「防犯カメラ、見ましたから」
「……」
「心配してくれて、ありがとうございます」
その自然なフォローの言葉が、余計に恥ずかしい。
「どうぞ上がってください」
「いや、」
「上がってください。両親は共働きなので、誰もいませんし」
「……」
なおさらダメだっつの。
薙に何を言われるかわかったもんじゃない。
だが、ドアを開けっ放しで話すのも風邪の椎奈の体に悪い気がしたので、ひとまず家の中に入り、玄関に腰掛ける。
「風邪は治ったのか?」
「はい。月曜日からは、学校に行けそうです」
「それは良かったな。薙姉さんも淋しがってたぞ」
「心配かけてしまいました」
「病欠じゃしかたないだろ。なりたくてなるヤツはいないし」
「……はい」
カバンから図書委員会の月報と、薙に渡された本を出す。
「わざわざありがとうございます。寝てばかりいるのは退屈だったので、嬉しいです」
「無理しないで休み休み読むんだぞ」
「……」
ふと、椎奈が微笑む。
「伊月先輩、本当のお兄さんみたいですよ」
「気のせいだ」
「強くて優しくて……私は先輩を見ていると安心できるんです」
「思い過ごしだ」
「どうしてかわかりますか?」
「錯覚だから」
「違いますよ。知っているからです」
「なにをだ?」
「先輩の……後ろ姿を、です。私は、伊月先輩のことを、ずっと見ていましたから」
「その発言はストーカー防止条例に抵触するぞ」
「ふふ、そうかもしれませんね。でも、あの頃の先輩は、声をかけられるような雰囲気ではありませんでしたから」
「いつのことだ?」
「私は去年、この町に引っ越してきました。でも9年前まで、私は隣町に住んでいたんですよ」
「そうなのか」
9年前の俺は──ハカナを探すことしか考えていなかった。
物凄いスピードで時間が過ぎていった。
「……なるほどな」
椎奈が俺のことを以前から知っていたのは、そのせいか。
「俺、そろそろ帰るから」
背中を向ける。
あの事件は当時、何度もテレビで放映されたし、俺ら家族は取材を受けたり町中でビラを配ったりしたから、今でも覚えているヤツは多い。
偉いだとか、バカだとか。
勝手なことを散々言われた。
「あの、まだ帰らないでください。私は、先輩に、言いたかったことがあるんです」
椎奈は緊張した面持ちで、
「先輩は、」
「……?」
「誰よりも頑張りましたよ! 一生懸命頑張ったんです! ハカナは、先輩のことが大好きだって言ってましたから!」
椎奈の叫び声がびりびりと全身に響く。
なぜだかわからないが、胸が熱くなった。
「きっと最後まで……ハカナは……幸せでした。だから……そろそろ、あの子に会いに来てくださいませんか」
「お前……」
椎奈はハカナのことを知っている……。
それもとても近い距離で……。
「ハカナを探して頂いたこと、感謝しています。当時の私は自由の許されない子どもで、何もできませんでしたから。先輩のお父さんとお母さんにも感謝しています」
「椎奈、」
「もうすぐ、ハカナの命日です」
「……」
「会いに来てください。ハカナは、先輩の家にはいないです。親族が何を言ったのかはわかりません。でも、それでも、お墓に……ハカナに会いに来てください」
「……いいのか?」
「ハカナが望んでいることですから。私からのお願いです。ぜひご家族でいらしてください」
「ああ。まずは親父たちに話してみる」
「よかったです」
「椎奈は、ハカナとどういう関係なんだ?」
「姉妹です。私の今の両親は、実の両親ではありません。苗字が違うのはそのせいです。とても複雑な家庭事情がありまして、簡単には説明できませんけれど、私とハカナは本当の姉妹です」
「……そうか」
「もっと早く会ってお話がしたかったです。ここまで来るのに、こんなにも時間がかかってしまいました」
「もしかして、風邪は仮病じゃねーだろうな」
「そ、それは違います!」
「ふーん」
「あ、その顔は信じてませんね!」
「信じてる信じてる」
「絶対に信じてない顔ですよ!」
「信じてるって。そろそろ本当に帰るからな」
「えーっ」
「風邪なんだろ?」
「……う」
「俺も帰って宿題やらないと」
「先輩がそんなことをするわけないです」
「失礼だな。俺だって、たまには宿題をやる気分になったりすることも、ないことはないかもしれない」
「……どちらかわかりません」
「またな」
「また病気になったら、本を宅配しに来てくださいね」
「気が向いたらな」
「ぜひ向かせてください」
俺はドアにかけた手を止め、
「椎奈」
「はい?」
「さっきみたいなことを言ってくれるヤツ、いなかったから……驚いたけど、少し、嬉しかったと言えなくもない」
「喉が痛くなりました」
はにかみながら喉元を押さえる。
「建前上、病み上がりなんだから、無理すんな」
「酷いです……本当なのに」
「そういうことにしておく。また、来週な」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
GELADEN~装弾済み~
如月 風佳
キャラ文芸
事故にあった小林 美奈子は燃え盛る火の海の中にいた。
逃げ惑ううち、殺し屋(政府の犬)達に出会う。
美奈子は、その殺し屋達に“現在”は2350年だと知らされる。
何故、美奈子が未来に来てしまったのか、
彼らは何故、殺し続けるのか…
かなり長い物語になりますが、読んで頂ければ幸いです。
誤字脱字も多いと思います。
出来れば優しく教えていただけると嬉しいです。
近い…けれど遠い未来が
少しでも輝いていればと思います。
意味の無い死が少なくなり、
命が命を消すという残酷な行為が
無くなっていくよう…。
愛する人と永遠を共に出来るよう…。
戦争などによるたくさんの被害者が
少しでも減っていくように…。
心から祈ります。
もし、この物語のような未来が待っているとしたら
変えられるのは…きっと今だけなんだと思います。
でわ、楽しんでいただける事を祈って…。
なお、著作権は管理人・如月風佳にあります。
ないと思いますが無断転載厳禁でお願いします。
執事が眠れないお嬢様を適当に寝かしつける話
あにと
キャラ文芸
早く寝かしつけたい適当執事と、悩み多き眠れないお嬢様の攻防。眠れない夜に軽く一話どうぞ。お嬢様のベッドはもちろん天蓋付きのふかーっとしたいい感じのベッドで。スヤァ…
祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜
ハナミツキ
キャラ文芸
祖母が大事にしていた駄菓子屋を継ぐために、祖母の住んでいた街にやってきたあなた。
独特な雰囲気を懐かしむあなたの前に現れたのは、なんと言葉を話す犬だった……
祖母に仕えていたという黒髪の少女めいも加わり、あなたの日常は一気に非日常へと変わるのであった?
異形と呼ばれる者たちが住む街で、異形達の取り纏めをしていた祖母の代わりにその後を継いだあなたの【後継人】としての新しい日常物語が、今始まる。
※カクヨム、なろうにも投稿
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
飛竜烈伝 守の巻
岩崎みずは
キャラ文芸
戦国の世の宿鎖が、現世にて甦る。血で血を洗うバトル奇譚。
高校一年生の宗間竜(そうま・りゅう)の右拳の上に、ある日、奇妙な赫い痣が浮き上がる。その日から悪夢に魘される竜。同じ頃、幼馴染みの親友、巳子柴蓮(みこしば・れん)も不快な夢に怯えていた。剣道部マネージャーの京野絵里(きょうの・えり)と口論になった竜は、絵里を追い、三ノ輪山の奥へと分け入って行く。そこは、戦国の時代、数百人が無残に殺され炎に包まれた古戦場だった。目の前で連れ去られた蓮、惨殺された祖母。前世の因縁に導かれ、闇の象限から甦った者たちとの、竜の戦いが始まる。
後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる