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第13話

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『ご先祖様、どうか進さまをお守りください』

 カナが居間の奥にある仏壇に手を合わせて何やら拝んでいた。

「先祖なんかまつっちゃいねえよ」

『あ、進さま。おかえりなさいませ』

「母さんはどこ行ったんだ?」

『ホッカイドウです』

 北海道?

『お父さまの作品の展示会があるということで、お2人で北海道に行かれました。お父さまから、手紙を預かっています』

 1枚の便箋を受け取る。

《今朝、我が妻を傷つけたこと、忘れたとは言わさんぞ。通常なら万死に値するのだが、今回は許そう。泣いて喜ぶがよいピヨ太郎よ。ということで、母さんと傷心旅行に行ってくるから留守を頼む。貴様は餓死しても構わんが、カナさんには優しくするのだぞ》

「……」

 あの夫婦め。
 俺をダシにして遊びに行っただけじゃねーか。

『どうしました?』

「いつ帰ってくるのか聞いてるか」

『明後日と仰っていましたが』

「メシは?」

『頑張ります』

「……」

『一生懸命、頑張ります』

「……」


◇ ◆ ◇


 見られている。
 いつもなら母さんか親父が絶えず喋ってるのでが持つんだが、カナと2人きりで飯を食うのは初めてだ。

「……」

 カナはいつもの灰色の固形燃料を食べ終わり、味噌汁を飲む俺の様子を満足そうに眺めている。

『美味しいですか?』

「母さんと同じ味だな」

『お母さまにダシの取り方とお味噌の分量、具を入れる順番や火を止めるタイミング、それと美味しく作る秘訣を教えていただきました』

「ふぅん」

『頑張りました』

 得意げに微笑む。
 人間と変わらない、自然な笑顔。

「みたいだな」 

『何度も練習して、お母さまに味見していただきました』

「……うまいよ」

『あと10回言ってくださいますか』

「断る」

『……酷いです』

 カナが料理を作ると言い出して、非常に不安だったが、意外にもちゃんと食えるも
のが食卓に出てきた。

 今夜の献立は、ご飯と味噌汁と肉野菜炒めとボイルしたウィンナーソーセージが3本。インスタント食を覚悟していたので、充分だった。

「……ところでカナ」

『なんでしょう?』
 
「話があるんだろ? いつでもいいぞ」

『どうして……そう思うのですか?』

「俺に手紙だけ残して、あの2人が旅行に行くなんてありえない。17年も一緒に暮らしてるんだから、それくらいはわかる」

『……そうですか』

「親父たちに頼んだんだろ、カナが。こんな回りくどいことをしないと話せないことなのか?」

『……』

 反応なし。

「……話がないってんなら、2階に上がるけど」

『あります』

 カナは、茶碗と皿と箸を流し台に置きに行き、戻ってきて椅子に座る。

『お話があるんです』

「聞きたくない。本当は」

『……』

「だけどな、聞いてやる。この時を、ずっと待ってたんだろ」

『はい』

「ようやくウチに、俺のところに来た理由が聞けるんだな」

 先回りして言うと、

『わたしには、会いたい人がいました』

「……」

『ですが、いまはいません。すべては、わたしの創りだした虚像だったこと、そのことに納得するのに、時間がかかってしまいました。わたしは、ここを出て行きます』

「……」

 出て行く、って言ったんだよな。
 頭の中で確認する。

『お世話になりました、すすむさま』

「待てよ」

『なんでしょうか?』

「勝手に自己完結してんじゃねーよ」

『……』

「家ぶっ壊して、住み着いて、挙句の果てに何も説明しないで消えるのか?」

『いますぐ居なくなるわけではありません。皆さまにはお世話になりました。ですから、なにか、できる限りのことをさせて頂いてから、と考えています』

「全部話せ」

『……』

「それが俺の希望だ。なぜやってきた? なんのために? なぜ俺を知ってた? お前は、何者だ?」

『それは……言え……ません』

 カナは辛そうな顔をする。顔色に変化はないけれど、なぜか苦労して喋っているよ
うに見える。

「言えよ」

『……で……きません』

 カナの目尻がひくひくと動く。
 両肩が震え、カナはそれを抑えるように自分の体を抱きしめる。

 どこかおかしい。
 しかし俺の言及は止まらない。カナがここを出て行ったら、2度と会えないのか
もしれないのに、黙っていることはできなかった。

 せめて聞きたい。

「なら、言えない理由を言え」

『……う…』

 カナが視界から消えた。
 椅子が倒れ、カナが床にぶつかる鈍い音──空っぽになった俺の脳は、数秒、考えることを放棄した。

「……か……な?」 

 立ち上がり、カナに駆け寄る。
 カナは体を小刻みに震わせ、目は開いたままだったけれど、焦点が定まっていなかった。そして涙を流していた。

「おいっ!」

 呼びかけても、返事はない。
 死ぬ? カナが?

 こいつはアンドロイドだ、人間じゃないと、いつかの俺はカナに向かって言った。確かに人間じゃないかもしれない。けれど。喋れるし、笑えるし、涙だって流せる。

 カナのまぶたが、
 静かに、
 閉じていく……。

「カナッ! おいっ!」

『……す』

 俺の言葉に反応し、再び瞳があらわれる。

「待ってろ! 今すぐエレナ先生を呼ぶからッ!」
  
すすむ……さま』

「先生は天才なんだ。きっとなんでも直せる。人間だって、アンドロイドだって、何だって直せるんだから!」

『も……う』

 ──ひとつ教えてあげるわ。

「……喋るな」

 ──あの子を治せる人は、亡くなってもういない。

『もういい……です……から』

「よくねえ! 絶対にイヤだ! 2度とお前が嫌がること、聞いたりしないから、そんなこと言うな!」

 カナの体が完全に脱力する。
 涙が床に落ち──俺は無我夢中で邪魔な椅子を蹴り飛ばし、最短距離で2階に上がって、生徒手帳を持って1階に走り下り、受話器を握り、学校に電話をかけた。

 電話に出たのは数学の御堂みどう先生だった。
 宇佐美うさみ先生は帰りましたと素っ気なく言われたが、どうしても連絡が取りたいと必死に頼むと、電話番号を教えてくれた。

 教えられた番号に連絡するとワンコールでエレナ先生に繋がった。
 状況を簡単に話すと、いきなり怒鳴られる。

「このバカ伊月いつき! 待ってなさい、すぐ行くから! 動かしたら絶対にダメだからね!」

 エレナ先生は、5分で家にやってきた。

「カナちゃんはどこ?」

 うまく喋ることもできなくて、俺は黙って先生をカナのもとに誘導した。

「先生……」

「黙ってなさい」

「……」

 エレナ先生は横になっていたカナを仰向けに寝かせ、頭を少し起こす。そして服の一部をハサミで切って、カナの胸に直接耳を当てる。

 心臓なんてあるのだろうか。

 いくらエレナ先生にだってアンドロイドの体のことは分からないだろう。人間と同じ、もしくはそれに近いものとして対処しているのだ。そう思った。

 不安が広がる。

「あなたは布団でも用意してなさい」

「は、はい」

 客間の押入れから布団を出し、敷布団の上にシーツを丁寧にかけ、毛布、掛け布団と順々に敷いていく。

「先生、できました」

「じゃ、運ぶの手伝って」

 カナの体には白衣がかけられている。
 エレナ先生が頭側を、俺が両足を下から持って、カナを持ち上げる。

 アンドロイドは、金属の塊というイメージが頭のどこかにあったのだが、カナの体は意外と軽かった。同じ体型、同じ身長の女の子と比べたら、2倍くらいは重いと思うけれど。

「……先生」

「たぶん大丈夫。安心しなさい」

「……よかった。ありがとうございます」

 ようやく、緊張から解放され、涙が出そうになる。

「で。何があったの?」

「カナが……近いうちに出て行くって言い出して、俺……ムキになって、色々聞き出そうとして……そうしたら……」

 俺よりもエレナ先生のほうが申し訳なさそうな顔をして、

「話すのが遅れたこと、謝るわ」

「なんのことですか?」

「言語制御」

「……?」

「カナちゃんを造った人が、この子の脳にロックをかけているの。緊箍児きんこじみたいに……西遊記に出てくる、孫悟空の頭の輪っか、知ってる?」

 エレナ先生は回答を待たずに続ける。

「一部のキーワードに触れようとすると、脳から複数の体内器官に負荷をかける命令を出して、喋れないように苦痛を与えるようになってるの。でも、こんなもので済んで良かったわ。死ぬ危険だってあったのだから」

「……そんなのって、」

「そんな顔しない。知らなかったんだから、仕方ないの。済んだことをウダウダ言わない。この経験を明日に役立てなさい」

 明日に……。

 カナは何かを求めてやってきた。それはわかる。でも、求めている『何か』がわからない。
 本人への質問がタブーなら、知るための糸口は断たれる。

伊月いつき、私の布団も用意してくれるかしら。今晩ここに泊まるから」
 
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