鳴けない駒鳥

nao@そのエラー完結

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加東和希の証言

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加東和希かとうかずき、 34歳です。

はい、小さな会社の代表を勤めています。
ええ、駒口直也こまぐちなおやとは、共同で会社を経営していました。

そんな、違います!
あれは、あれは……事故だったんです……
まさか直也が死ぬなんて、
死ぬなんて、思わなかったんです、

は、はい、生死の確認はしませんでした。
とにかく、気が動転していて、あの部屋から逃げ出すことしか考えられなかったんです。

違います。
殺意なんて、あるわけ……
直也は、俺の親友だったんですよ?


直也との出会いですか?
大学三年にゼミで一緒になったのが、キッカケです。最初は、少し取っ付きにくい印象でした。
直也は、あまり人好きするタイプではありませんでしたし、周囲と壁を作っているような雰囲気がありました。それに、あの綺麗な顔立ちは、無言で居ると、まるで作り物のようで、どこか浮世離れしていましたから。

けれど、話してみると意外と人間味のある面白い男で、俺から何度も声をかけているうちに、直也も笑うようになって、気づけばいつも隣にいるようになっていました。
直也は独特のオーラを持っていて、そこにいるだけでも目立つ存在でしたし、そんな彼とダチだと言うと、俺の周囲も沸き立つようでした。
それがとても心地好くて、俺は直也と親友であることが、秘かに誇らしく思っていました。

ええ、俺から起業を持ちかけました。
直也の才能があれば、絶対にこのビジネスは上手く行く自信がありましたから。
直也は秀才で、発想のセンスが抜群で、少し口下手なところがありましたが、俺は彼に大きな可能性を感じずにはいられませんでした。
俺は、たぶん、駒口直也という人間に、淡い羨望のようなものを抱いていたのだと思います。


島崎恵さんですか?
彼女は、今回のことに関係ありませんよね?

……そうですか。
第一発見者だったんですか。
それは、彼女には悪いことをしました。

恵のことは、一目惚れだったんです。
同じオフィスで、そうです、隣のパーティションで働いていました。
とても明るくて可愛らしくて、彼女がいるだけで、パッとフロアが華やぐようでした。

ええ、彼女が直也に惹かれていることには気づいていました。直也は、いつも、俺よりも一歩も二歩も前にいます。凡人の俺は、直也に敵うものは何も持っていませんでした。
直也と比べれば、俺に勝ち目なんてありません。

けれど、俺は、あの二人は付き合うことはないだろうと、高を括っていました。
直也は恵にあまり興味を持っていないようでしたし、そもそも恋愛に熱心になるタイプでもありませんでしたから。

だから、直也と恵が付き合い始めたと報告を受けたとき、目の前が真っ暗になりました。
直也に対して初めて、激しい劣等感を抱きました。
どうせ、すぐに別れるだろう、そんな薄暗い願望も打ち砕かれ、二人は結婚してしまいました。

ええ、もちろん、友人として参列しました。
素晴らしい結婚式でした。
美男美女の幸福に満ちた真新しい夫婦の姿は、今でも脳裏に焼きついています。

そうですね、俺も結婚しています。
俺はほとんどヤケで、手近な女性を口説き落として自分を慰めていました。付き合っている彼女から、陽性の妊娠検査薬を突きつけられたときに、俺は恵への未練を、ようやく断ち切れる気がしました。


ええ、そうです。
結局、断ち切れなかったんです。
妻と直也を裏切りました。
それは、紛れもない事実です。

放っておけなかったんです。
駒口恵は、幸福ではありませんでした。
俺が手を伸ばしても届かなかった女が、目の前で、憔悴して、さめざめと泣いていました。
明るかった笑顔が曇り、今にも消え入りそうでした。
そして、同時に、俺が欲して仕方なかった女を、粗末に扱う直也に、激しい憤りを覚えました。

彼女はやはり可愛くて愛しい存在でした。
俺は彼女の肩を抱き寄せて、駒口恵がいかに魅力的で素晴らしい女性であるかを言葉と愛撫で、イヤと言うほど教え込みました。
そうすると、恵は息を吹き返した花のように美しく妖艶に咲き誇りました。

美しい夫婦の寝室で、親友の妻を抱いている。
そんな罪深い背徳感と、歪な優越感に浸っていると、自分が直也より勝っているような、そんな愚かな錯覚に囚われて、異様に興奮しました。
もしかすると、直也に対する劣等感を、恵にぶつけていただけなのかもしれません。

けれど、そんな堕落した陰鬱な関係が、長く続くことはありませんでした。
白昼夢のような愛欲に溺れている最中に、ドスンと重い音が空気を裂きました。
ドアの向こうで、唖然と立ち尽くす直也と目が合って、俺は現実を突きつけられ、頭の中が真っ白になりました。

いいえ、直也に俺の裏切りを責められたことは一度もありません。

オフィスでは何事もなかったかのように振る舞っていましたが、それが返って、俺には、堪えました。
罵られて、殴られて、殺された方がマシでした。

恵から「離婚した」と連絡がありましたが、俺にはもう恵に向ける情熱も残っていませんでした。


ああ、そうですね。
そろそろ、あの夜のことを話さなければいけませんね。
あの日は、クライアントと打ち合わせがあって、夜の八時過ぎに事務所に戻りました。
そうしたら、俺のディスクに書置きがあったんです。

直也の字で、『俺は身を引く。会社はお前に譲る。』と書いてありました。
俺はパニック状態で、慌ててタクシーを掴まえて、直也のマンションに向かいました。


直也は表面上は変わらないように見えていましたが、俺に対する不信感からなのか、仕事にも影響が表れ始めていました。直也の湧水のように溢れていたアイディアは枯渇して、ストックしていた引き出しも使い果たし、ここ数ヵ月は、以前にボツにしたアイディアを修正して使ってみたり、似たアイディアを焼き増して、なんとか仕事を凌いでいたように思います。
俺がそれに文句を言えるような立場ではありませんでしたし、凡人を自覚している俺に、直也よりもいいアイディアが浮かぶようなことも期待できませんでした。

直也の部屋のインターフォンを何度か押すと、ゆっくりと玄関のドアが開きました。出てきた直也は風呂上がりだったようで、濡れた髪を掻き上げて、バスローブを羽織っていました。いつもは白い肌が、ほんのりと上気していて、少しドキリとしました。
半ば強引に部屋の中に押し入り、俺は直也を説得しようと試みました。

「会社はお前にやるから、もう放っておいてほしい」

直也は、俺から目を逸らして、そんな言葉を吐きました。俺の知っている直也ではありませんでした。
俺は彼を引き留める言葉を必死に探しました。
けれど、何も浮かばず、ただ「辞めないでくれ」と縋りつくしかありませんでした。
直也がいなければ、会社が立ち行かなくなることは火を見るより明らかでした。
あの会社は直也のために、直也だからこそ、作り上げることができた箱でした。

俺がしつこく縋る姿に、直也は苛立ちを隠しきれないようでした。そうして、いきなり俺の胸ぐらを掴みました。

「そんなに辞めて欲しくなかったら、俺の相手をしてみろよ」

そんな言葉を投げ付けられ、呆気に取られているうちに、唇に熱い弾力を感じました。俺は頭が真っ白になって、硬直していましたが、直也が俺にキスをしている、そう気づいた瞬間に、反射的に直也を突き飛ばしていました。

直也は呆気ないほどに簡単にバランスを崩して、後方にあったCDラックに倒れ込みました。
バサバサとCDケースが床に飛び散り、その中で、直也の身体はズルズルと崩れていきました。後頭部をぶつけたのか、直也は踞って頭を抱えて、苦しそうな呻き声を上げていました。

俺は慌てて直也に駆け寄りました。 
そして、肩に置こうとした手を捕まれ、直也に下から鋭い瞳で睨み付けられました。

「お前に拒否権なんてないだろう?」

信じられないほど低い声で、直也は言い放ちました。直也の額から、赤い血がつっーと流れて、俺は恐怖に固まっていました。

唖然と座り込んでいる俺を余所に、直也は、俺のスラックスのファスナーを開けて、俺のナニを引き摺り出していました。信じがたいことに、俺は、軽く勃起していました。
直也は怒りのためか、顔を上気させ、乱れたバスローブからは、男にしては滑らかな白い肌が露になっていました。
親友であるはずの直也の異様な色気に充てられて、俺は狂気染みた空気に飲まれていたのかもしれません。

直也は俺のナニを口に含み、口内と舌と使って扱き始めました。慣れているのか、彼の舌先の動きは的確で、直ぐにでも俺は堕ちてしまいそうでした。直也は煽るように熱っぽく、俺を上目遣いで見上げ、いやらしい舌使いでねぶって、じゅるじゅると音を立てながら吸い上げました。

あの、俺よりも上等な男が、
あの、親友の直也が、
俺の前に膝を折り、俺という男を、求めている。

その事実は、俺の優越感と征服欲を掻き立てるのには、十分でした。

乱れた髪をかきあげて、流れた血を拭う姿も扇情的で、彼が男であることは、些細なことのように思えました。

……そうですか。
直也の胃の中には、男の体液が、

ええ、そうです。
直也の口の中で、俺は達してしまったんです。
直也は、何の抵抗もなく、俺の出した精液を飲み干しました。
そうして、その唇を歪めて、喉の奥で嗤ったんです。
俺が直也に欲情した事実を嘲笑ったんです。

直也は俺のことを許しはしない。
俺のことを親友などとは思っていない。

俺には、駒口直也のいう男に、俺のすべてを支配される未来が見えました。こんなおぞましい復讐の方法が、他にあるでしょうか。

「恵と俺、どっちの方がよかった?」

俺の頬に手を添えて、微笑みかけてくる直也が、得たいの知れない魔物のように見えて、あまりの恐怖に咄嗟に突き飛ばしてしまったんです。
力の加減などできるはずもなく、直也は勢いよくローテーブルに頭をぶつけて、「かはっ」と息を吐き出し、再び床に倒れ込みました。

頭を抱えて蹲りながら、直也はピクピクと身体を痙攣させていました。泣き声のような呻き声をあげていて、俺はもう耐え切れなくて、弾け飛ぶように、あの部屋から逃げ出しました。

直也は踞ったまま、恨めしそうに「かずき」と俺の名を呼んでいました。それでも、俺は振り返ることはできませんでした。
振り返ったら、二度と逃れられない狂気の世界に引きずり込まれるような、そんな恐怖を感じずにはいられなかったんです。


部屋の鍵ですか?
いいえ、かけていません。
そんな余裕はありませんでした。
俺は乱れた服もそのままに、玄関から飛び出したんですから。



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