鳴けない駒鳥

nao@そのエラー完結

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島崎恵の証言

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島崎恵しまざきめぐみ、33歳です。

はい、あの日は、CDを渡してもらう約束をしていました。
ええ、前日に電話で約束をしたんです。
当日の夕方四時頃には『5時には部屋に行くから』とメッセージを送りました。
返事もなく、既読にもなりませんでしたけれど、直也なおやさんはいつもそんな感じでしたし、特に気にはなりませんでした。

ああ、CDですか?
友人に借りっぱなしになっていて、早く返すように催促されたんです。

ええ、そのCDは玄関の飾り棚に置いてありました。
直也さんが、直ぐに渡せるように用意してくれていたのだと思います。

いえ、ドアには鍵がかかっていました。
インターフォンを押しても返事がなくて、外出でもしているのかと思ったんです。
それで、仕方なく、合鍵でドアを開けました。

玄関でCDを見つけて、直ぐにバッグに仕舞ったんですが、久し振りの我が家が少し懐かしくて、ほとんど無意識に靴を脱いでいました。
家具の配置だとかは少し変わっていましたが、思ったよりは部屋は綺麗に保たれていました。

はい、そうです。
寝室のドアを開けると、直也さんがベッドで眠っていました。
何か、ぞわっと背筋に寒気がして、嫌な予感がしました。
直也さんは、休日でも早起きで、日中に寝ているようなタイプではなかったので、具合でも悪いのかと不安になって、肩を揺すったのですが、反応がなくて。
元々、色白でしたが、一層青白い顔をしていて、唇が白くて、それで彼の額に手を当てたんです。
あまりの冷たさに、私、軽く悲鳴を上げてしまったんです。
私、とても動揺してしまって、それでしばらく立ち尽くしていました。

そうですね。
はい、救急車を呼びました。

遺体ですか?
動かしていません。
私、恐くて、リビングのソファに腰かけて、救急車が来るのをじっと待っていました。

救急隊員の方が、彼の顔や首筋に手を当てて、後頭部を撫でました。
そうして、警察に連絡をすることになったんです。
頭を強打しているようだと、言われました。



直也さんとの離婚の原因ですか?
ええ、書類上は性格の不一致となっています。

それは、何か関係があるんですか?

いえ、離婚を切り出したのは、私の方です。
もう、直也さんとの結婚生活には、堪え切れませんでした。

いえ、直接の原因は、私の不貞です。
直也さんに、不倫現場に踏み込まれてしまったんです。

相手は、加東和希かとうかずきさんです。
彼とは一年ほど関係を続けていました。

今ですか?
直也さんと離婚してからは、会っていません。


直也さんがどんな人柄だったか?
そうですね。
非の打ち所のない、いい夫でした。
そして、とても淡白な人でもありました。

直也さんとの出会いは四年前になります。
私はその頃、NPO法人に所属していたのですが、事務所として使っていた貸しオフィスで知り合ったんです。
ええ、隣のパーティションに区切られているスペースで仕事をしていたのが、直也さんでした。

いえ、声をかけたのは私の方からでした。
彼とは、カフェスペースで雑談するようになって、それで仲良くなったんです。

直也さんは、大学時代に、親友の和希さんと二人で起業していました。相当苦労したそうですが、私が出会った頃は、ようやく経営も波に乗って、安定してきた頃でした。
和希さんは外回りでクライアントと会うことが多く不在がちで、直也さんは事務所で一人で企画開発や事務作業を担当していました。

彼はあまり洒落っ気があるタイプではなく、どこか冷たくてクールな印象がありました。
けれど、あの綺麗な顔立ちで、時折見せる笑顔が、対照的に柔らかくて、私はすっかり舞い上がってしまったんです。
私の方から何度か食事に誘ったんですが、初めの方は、のらりくらりと、かわされていたような気がします。

直也さんが本気になってくれたのは、たぶん、和希さんが私に声をかけるようになってからだと思います。

男の人ってそういうところ、ありますよね。
私が和希さんになびいてしまうとあせったんじゃないでしょうか。
私も二人の男性からアプローチされるのは、悪い気はしませんでした。

和希さんは楽しい人でしたけど、チャラい感じがあって、少し強引なところも好きになれなくて。

ええ、結局、私は最初から惹かれていた直也さんと付き合うことにしたんです。

でも、私は少し焦りすぎたのかもしれません。
半年ほど付き合って、結婚することになったんですが、もっと、ちゃんと考えて、自分のことをちゃんと愛してくれる人を選ぶべきだったんです。

直也さんは、結婚するまではマメに連絡をしてくれましたし、愛情のようなものを感じられていましたが、一緒に住むようになって、少しずつ私に興味を示さなくなりました。 

冷たいというのとは、違います。
優しいところは変わらなかったんですが、一緒に住むと安心してしまうのか、私に触れてこなくなったんです。

私は子供も早く欲しかったものですから、せめて排卵期だけでもと、女の私から迫ったりもしたんですよ?

それなのに、「疲れているから」「明日は早いから」なんて、拒否されていくうちに、まるで私自身が否定されているようで、女としての自信を失っていきました。

そして遂に、呆れた顔で「そんなにやりたいのか」と言葉を投げつけられた瞬間、私の心はポッキリと折れてしまったんです。

ええ、不倫を正当化するつもりはありません。
でも、離婚することは考えられませんでした。
私は彼のことを愛していましたから。

そうですね。
二年程前に、直也さんが不在の時に、和希さんが仕事の資料を届けに部屋に訪ねてきてくれて、その時に、お茶を出して話をしました。
そして、話の流れで、夫婦生活が上手くいっていないことを打ち明けてしまったんです。
和希さんは、「君のような魅力的な女性に寂しい思いをさせているなんて、直也は酷い男だ」と、眉を曇らせて怒ってくれました。
和希さんは相変わらずチャラい感じがありましたが、私の話を親身に聞いてくれて、抱き寄せられた腕に、私は久しぶりに男性から「女」として扱われている高揚感から、鼓動が早く脈打ちました。

魔が差した、というのでしょうか。
和希さんも、結婚されていて、奥様のお腹には赤ちゃんもいることも知っていました。
けれど、私たちは止めることができませんでした。

ああ、その話はいいですよね。
不倫現場に踏み込まれたのは、それから一年ほど後のことです。
ええ、直也さんが仕事で出掛けている間に、和希さんが訪ねてきて、そうして、いつものように、寝室で愛し合っていました。
そこに、直也さんが帰宅してきたんです。
寝室のドアが開く音と、ドサリとバッグが床に落ちる重い音が響きました。
和希さんは、血の気が引いて、固まっていました。

妻と親友との不倫現場を目撃した夫というのは、どういう反応をするものなのでしょうか。
直也さんは、無言で立ち尽くし、それから、スッと顔から表情が失くなりました。
そうして彼は言葉もなく、静かに部屋から去っていきました。

私は愚かでした。

和希さんとの情事を見せつければ、また、あの結婚前のように、直也さんは私を取り返そうとしてくれるのではないか、そんな、都合のよい妄想に囚われていました。

ええ、直也さんが帰ってくることは知っていました。
私は彼を傷付けたくて、彼の心を取り返したくて、必死だったんです。


でも、直也さんは、それから、私と目を合わさなくなりました。声をかけると、溜め息を吐きながら、軽蔑した視線を投げかけてくるようになりました。

私はそれに堪えられるほど、強い人間ではありませんでした。
「どうか離婚してください」と泣きながら懇願すると、彼は小さく鼻で笑って、離婚届にペンを走らせました。


私たちの結婚生活は、こうして幕を閉じたんです。




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