39 / 45
葉月
第三十九話
しおりを挟む
うだるような暑さの中、辿り着いたのは森林公園の休憩所であった。ベンチに腰かけて、公園中央の湖畔を眺めながら溜め息をつく。じりじりと肌を焼く日差しと、途切れることのない蝉の声。時折、吹き抜ける熱風に、じっとりと汗が滲む。
勢いに任せて牧原家を飛び出したのはいいものの、逃げ込める場所など何処にもなかった。身につけているのは、部屋着のラフなシャツとハーフパンツ、それに傷んだサンダル。
顔馴染みばかりの町は、いつもであれば人情味のある温かさが心地好かったが、今はその無遠慮な視線を向けられたくはなかった。
「佐倉さん」
人影が差して、名を呼ばれる。小洒落た私服姿の男は、怪訝そうに眉を歪めていた。
「大丈夫ですか?」
「急に電話なんかして、ごめんな」
情けない格好で情けなく笑うしかない。途方に暮れて電話をしたのは、午後から会う約束をしていた森岡であった。貴俊と口論になってしまったこと、公園まで来てしまったことを伝えれば「そこにいてください」と通話が切れた。
「ケンカの原因って、もしかして俺ですか?」
「違うよ。俺と貴俊の問題」
森岡は溜め息混じりに頭をかいた。耳鳴りのような蝉の声と、血が沸騰しそうな暑さに、思考はまとまらない。妙な沈黙の後、森岡は額から流れる汗を手の甲で拭った。
「ここは暑いので、俺んちで話をしませんか?」
森岡からの申し出に、一瞬、返事を躊躇った。
「どうかしましたか?」
「いや、ありがとう」
貴俊の顔が脳裏を過った。貴俊は、俺が森岡と二人きりで出かけることを許さないと言っていた。この町にはたくさんの知り合いがいるはずで、きっと、助けを求めれば、すぐに手を差しのべてくれるだろう。けれど、俺には電話をかけられる相手が目の前の男しか思い浮かばなかったのだ。
勢いに任せて牧原家を飛び出したのはいいものの、逃げ込める場所など何処にもなかった。身につけているのは、部屋着のラフなシャツとハーフパンツ、それに傷んだサンダル。
顔馴染みばかりの町は、いつもであれば人情味のある温かさが心地好かったが、今はその無遠慮な視線を向けられたくはなかった。
「佐倉さん」
人影が差して、名を呼ばれる。小洒落た私服姿の男は、怪訝そうに眉を歪めていた。
「大丈夫ですか?」
「急に電話なんかして、ごめんな」
情けない格好で情けなく笑うしかない。途方に暮れて電話をしたのは、午後から会う約束をしていた森岡であった。貴俊と口論になってしまったこと、公園まで来てしまったことを伝えれば「そこにいてください」と通話が切れた。
「ケンカの原因って、もしかして俺ですか?」
「違うよ。俺と貴俊の問題」
森岡は溜め息混じりに頭をかいた。耳鳴りのような蝉の声と、血が沸騰しそうな暑さに、思考はまとまらない。妙な沈黙の後、森岡は額から流れる汗を手の甲で拭った。
「ここは暑いので、俺んちで話をしませんか?」
森岡からの申し出に、一瞬、返事を躊躇った。
「どうかしましたか?」
「いや、ありがとう」
貴俊の顔が脳裏を過った。貴俊は、俺が森岡と二人きりで出かけることを許さないと言っていた。この町にはたくさんの知り合いがいるはずで、きっと、助けを求めれば、すぐに手を差しのべてくれるだろう。けれど、俺には電話をかけられる相手が目の前の男しか思い浮かばなかったのだ。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは
マフィアのボスの愛人まで潜入していた。
だがある日、それがボスにバレて、
執着監禁されちゃって、
幸せになっちゃう話
少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に
メロメロに溺愛されちゃう。
そんなハッピー寄りなティーストです!
▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、
雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです!
_____
▶︎タイトルそのうち変えます
2022/05/16変更!
拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です
2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。
▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎
_____
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~
トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。
しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる