3 / 95
11月6日(火)
第1話
しおりを挟む
電車の窓から見える街並みはハロウィンから、クリスマスへと装いを代えていた。まだ秋の暮れだというのに、年の瀬が一気に近づいたようで、乗り合わせた人々も、どこか気が急いているように見えた。それでも、ワーカーホリックを自覚しているサラリーマンには、イベント事も縁遠く、季節を感じる余裕もないままに、平坦な日常を繰り返し続けている。
今朝も始業時間より一時間早く会社のビルに到着し、セキュリティカードをかざしてゲートを通過した。エレベーターで五階に向かい、第2設計室の扉の前で、首から下げたストラップつきの社員証で扉のロックを解除する。
殺風景なフロアには、二つのディスクの島が存在した。島から外れた奥の中央に位置する役職席は、週に二度、顔をみせるマネージャーの席。俺の席は、右の島。マネージャーと一番近い場所が定位置になっている。
出社してからはお決まりのルーティン。コーヒーを片手に、メールチェックから始めて、今日の予定を確認する。ディスプレイの端に貼った「やること」の付箋を優先順位が高い順に並び替えながら、今日一日の仕事の配分を頭の中でイメージする。
そうこうしているうちに、他の社員たちも出社が完了し、始業開始のチャイムが鳴った。
「じゃあ、ミーティングを始めようか」
朝のミーティングでは、メンバーの作業状況を口頭で確認する。
新人の有沢がやや遅れていることが気になって、原因を訊ねてみれば、障害調査が難航しており、進捗が停滞していることが判明した。彼女一人では、自力で障害を解決するのは難しいと判断して、一旦、俺が預かることにする。その他は、細々とした課題はあるものの、おおむね順調そうで安堵した。
ミーティングの後に、有沢から不具合の内容とオペレーションを聞き取りながら、ソースコードをざっと流し読んだ。けれど、有沢がプログラミングした部分には特に問題は見当たらない。少し観点を変えて、開発中のシステムと繋がっている別のソフトウェアの設定を確認すれば、そちらの方にどうやら原因がありそうだった。
「そうだな。ここは基盤担当の佐々木くんに設定を確認してもらうといいよ」
「すみません。お手数おかけしました」
有沢は恐縮して、手にしている資料をぎゅっと握りしめた。
「いいや、大丈夫だよ。まあ、次からは解らないことがあったら抱え込まないようにしてほしいかな。気軽に俺に相談してくれてもいいから。解決のヒントぐらいなら教えてあげられるかもしれないし」
「はい」
「まあ、でも、新人でここまで調べられたのはスゴいよ。粘り強いのは君のいいところだね」
下手に気落ちされても困るので、笑顔で伝えると、有沢も安堵したように息を吐いた。「ありがとうございました」とぺこりと可愛らしく頭を下げて、自席に戻っていく。
「瀬川さんって、女性には優しいですよね」
斜め向かいの席から、小声で話しかけられる。
「えー? みんなに優しいと思うけどな」
「俺の時は『自分でなんとかしろよ』って突き放してましたよ」
「それは、あれだよ。矢口くんなら自力で出来るって信じてるから」
「本当ですか?」
スねた言葉とは裏腹に、矢口の口調は楽し気だったので、思わず調子を合わせてしまう。
「本当だよ。俺は矢口くんのこと信頼してるからね」
「まったく、そうやってすぐ誤魔化すんですから」
「バレたか」
矢口がくすぐったそうに笑うものだから、こちらも釣られて笑ってしまった。
今朝も始業時間より一時間早く会社のビルに到着し、セキュリティカードをかざしてゲートを通過した。エレベーターで五階に向かい、第2設計室の扉の前で、首から下げたストラップつきの社員証で扉のロックを解除する。
殺風景なフロアには、二つのディスクの島が存在した。島から外れた奥の中央に位置する役職席は、週に二度、顔をみせるマネージャーの席。俺の席は、右の島。マネージャーと一番近い場所が定位置になっている。
出社してからはお決まりのルーティン。コーヒーを片手に、メールチェックから始めて、今日の予定を確認する。ディスプレイの端に貼った「やること」の付箋を優先順位が高い順に並び替えながら、今日一日の仕事の配分を頭の中でイメージする。
そうこうしているうちに、他の社員たちも出社が完了し、始業開始のチャイムが鳴った。
「じゃあ、ミーティングを始めようか」
朝のミーティングでは、メンバーの作業状況を口頭で確認する。
新人の有沢がやや遅れていることが気になって、原因を訊ねてみれば、障害調査が難航しており、進捗が停滞していることが判明した。彼女一人では、自力で障害を解決するのは難しいと判断して、一旦、俺が預かることにする。その他は、細々とした課題はあるものの、おおむね順調そうで安堵した。
ミーティングの後に、有沢から不具合の内容とオペレーションを聞き取りながら、ソースコードをざっと流し読んだ。けれど、有沢がプログラミングした部分には特に問題は見当たらない。少し観点を変えて、開発中のシステムと繋がっている別のソフトウェアの設定を確認すれば、そちらの方にどうやら原因がありそうだった。
「そうだな。ここは基盤担当の佐々木くんに設定を確認してもらうといいよ」
「すみません。お手数おかけしました」
有沢は恐縮して、手にしている資料をぎゅっと握りしめた。
「いいや、大丈夫だよ。まあ、次からは解らないことがあったら抱え込まないようにしてほしいかな。気軽に俺に相談してくれてもいいから。解決のヒントぐらいなら教えてあげられるかもしれないし」
「はい」
「まあ、でも、新人でここまで調べられたのはスゴいよ。粘り強いのは君のいいところだね」
下手に気落ちされても困るので、笑顔で伝えると、有沢も安堵したように息を吐いた。「ありがとうございました」とぺこりと可愛らしく頭を下げて、自席に戻っていく。
「瀬川さんって、女性には優しいですよね」
斜め向かいの席から、小声で話しかけられる。
「えー? みんなに優しいと思うけどな」
「俺の時は『自分でなんとかしろよ』って突き放してましたよ」
「それは、あれだよ。矢口くんなら自力で出来るって信じてるから」
「本当ですか?」
スねた言葉とは裏腹に、矢口の口調は楽し気だったので、思わず調子を合わせてしまう。
「本当だよ。俺は矢口くんのこと信頼してるからね」
「まったく、そうやってすぐ誤魔化すんですから」
「バレたか」
矢口がくすぐったそうに笑うものだから、こちらも釣られて笑ってしまった。
5
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
相沢結衣は秘書課に異動となり、冷徹と噂される若き社長・西園寺蓮のもとで働くことになる。彼の完璧主義に振り回されながらも、仕事を通じて互いに信頼を築いていく二人。秘書として彼を支え続ける結衣の前に、次第に明かされる蓮の本当の姿とは――。仕事と恋愛が交錯する中で紡がれる、大人の純愛ストーリー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
スノードロップに触れられない
ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
*表紙*
題字&イラスト:niia 様
※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください
(拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!)
アルファだから評価され、アルファだから期待される世界。
先天性のアルファとして生まれた松葉瀬陸真(まつばせ りくま)は、根っからのアルファ嫌いだった。
そんな陸真の怒りを鎮めるのは、いつだって自分よりも可哀想な存在……オメガという人種だ。
しかし、その考えはある日突然……一変した。
『四月から入社しました、矢車菊臣(やぐるま きくおみ)です。一応……先に言っておきますけど、ボクはオメガ性でぇす。……あっ。だからって、襲ったりしないでくださいねぇ?』
自分よりも楽観的に生き、オメガであることをまるで長所のように語る後輩……菊臣との出会い。
『職場のセンパイとして、人生のセンパイとして。後輩オメガに、松葉瀬センパイが知ってる悪いこと……全部、教えてください』
挑発的に笑う菊臣との出会いが、陸真の人生を変えていく。
周りからの身勝手な評価にうんざりし、ひねくれてしまった青年アルファが、自分より弱い存在である筈の後輩オメガによって変わっていくお話です。
可哀想なのはオメガだけじゃないのかもしれない。そんな、他のオメガバース作品とは少し違うかもしれないお話です。
自分勝手で俺様なアルファ嫌いの先輩アルファ×飄々としているあざと可愛い毒舌後輩オメガ でございます!!
※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!!
※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる